第17話 帰宅
※※※
「イルカさん可愛いかったねー」
「そうだね」
「あんなに可愛いのに飛び跳ねたり、輪投げやったり、ショーしたり、私と同じで才能に溢れているよ、ホント!」
「そうだね」
僕は棒読みで返事をした。
「人の心を惑わし誘惑する容姿と才能が響子にはあると思うよ」
帰宅途中の帰り道。
僕と響子は横並びに歩いている。
それは沈み始めた夕日が僕達を照らし細長い影を作り出す時間でもあった。
その為か少し小腹が空いたので、今日の夜ご飯は何にしようかなと考えていると、響子が顔を覗かせるようにしてこちらを見てきた。
「そうでしょ、そうでしょ。だからもっと私に誘惑されてね」
「遠慮しておくよ。でないと今度は僕が自殺を考えることになるかもしれないからね」
「あはは!」
響子が笑う。
「和人君が失恋で自殺とか似合わないよぉ~! だから止めておきなよ。無駄に命を枯らすのは愚策だからさ!」
「うっ……」
「それにそんな事されたらきっと私も付いて行くから覚悟してよね。それであの世で沢山怒ってやるんだから。それが嫌だったら私を振った事を後悔しながら生きなさい! いい、わかった?」
「僕は生きてても死んでも響子と離れる事ができないような言い方だね」
「だって私達幼馴染なんだし本当の意味でお別れって結構難しいと思うよ?」
「それもそうだね」
響子の言う事も一理あるなと思った僕は素っ気ない返事をした。
だけど心の中は、モヤモヤでいっぱいだった。
失恋したからと言って、もう会わなくていい関係になれるかと言えば無理だろう。なにせ同じ学校で同じクラス。これでは顔を合わせない事がまず無理だ。仮にそれがどうかなっても家が隣同士である以上、いつかは家の前で鉢合わせをする可能性だってある。そう考えると、僕達はどちらかが結婚するなりして実家を出て行かない限り腐れ縁としていつまで経っても幼馴染以上の関係を続けるしかないと言う事になる。
これも運命だと言えばそうなのかもしれない。
だったらいっその事、素直にこの状況を受け入れた方が楽なのかもしれない。
本当は遠ざけないといけない。それが響子の今後の幸せに繋がると思っているから。それにもし誰かに見られたら響子の評判に影響がでるかもしれないし、何より響子の好きな人に誤解を与えてしまうかもしれない。
だけど、僕は自分にも響子にも最近甘くなり始めてしまったのかもしれない。
「にしてもこの子可愛い」
水族館のお土産コーナーで買ったイルカのストラップを見て呟く響子。
もっと言えば響子の提案でお揃いで買って、スマートフォンのケースにその場で僕も付けた。
「そうだね」
「イルカは甘えん坊さんで可愛いよね」
「……手繋ぐ?」
僕は隣を歩く響子に手を差し出す。
「嫌なら止めとくけど……」
頬が熱を帯びていく。
だけどこれは夕日のせいだと僕は自分自身に言い聞かせる。
「仕方ないなぁ~、独り身でモテない和人君の為に繋いであげるよ~」
僕の手に小さくてひんやりとした女の子の指が触れた。
それから絡み合う指を通して、僕の熱が伝わっていく。
「嫌なら離すけど?」
「離せるものなら離してみな」
すると響子の指に力が入った。
僕がチラッと視線を向けるとニコッと微笑んでくれた。
やっぱり響子のその微笑みが好きだなと再認識すると同時に照れくさくなってしまった。
「離せないでしょ?」
「うん」
「えへへ、なら良かった」
「ん? どうゆう意味?」
「教えてあげな~い。それより何で手を繋いでくれたのか教えて?」
「告白予告宣言に今までより前向きに考えてもいいかなと思ったから。後は昨日温もりをあげるって約束したから」
「そっかぁ」
手を通して伝わってくる冷たさが気持ちいい。
それにしてもずっと忘れていた温もりを今まではただ一方的に与えられるだけだったけど、今は少し違う。昔みたいに僕からも与えている。そう思うと心が満たされていく。それによく見ないとわからないが、響子の口元がいつもより緩んでいる。これは響子が嫌がっているんじゃなくて、照れていたり、嬉しかったり、喜んでいる時に見られる仕草の一つでもある。そう言った意味ではやっぱり響子は甘えん坊さんだと思う。
「それにしても和人君から何かしてくれるあたり私達少しだけ前の関係に戻ったみたいだね」
「かもしれないけど、実際は違うと思う」
「相変わらず口は冷たいままなのがちょっとムカつく。どうせなら昔みたいに口でも優しくして欲しいな~なんて思ったりしてる私がここにいるんだけど、どうかな?」
「それは丁寧に断るよ」
「やっぱりそれは私の為だったりするの?」
「…………」
勘がいい女の子だなと僕は思った。
遠ざけても遠ざけきれないなら、僕の我儘と響子のお願いを程よく叶えていけばいいと考えたわけだけど、流石は幼馴染そこら辺をよくわかっていての質問だろう。それは長年一緒にいたから顔を見れば何となくわかってしまう。
「だとしたら止めな。私は別に和人君にまだ気があるってクラスの人達に思われても何一つ困らないから、ね?」
僕の目が大きく見開かれた。
「もしかして好きな人に誤解されても相手を落とす自信があるの?」
ニヤァ と口角をあげる小悪魔。
「あるよ。それに私からしなければならない好きな人へのアプローチって実は殆ど終わってるの。後は程よい距離感を保ちつつ最後の最後で心を鷲掴みにするだけってね!」
手でブイサインをしてきた。
その笑みは自信に満ちあふれており決して強がっているとかではない気がする。
むしろその逆で失敗を全く恐れていないように見える。
本当に出来の良い幼馴染。
文武両道だけでなく学校においての人間関係も良好。
それでいて僕が知らないうちに恋に対しても強くなったのだと思った。
「もしかしてもう告白されてるとか?」
「違うよ」
「ならなんでそんなに自信があるの?」
「知りたい?」
響子が僕の顔を覗き込んでくる。
「まぁ、興味がなくはないかな」
「なら特別に教えてあげる。私好きな人に対しては後退のネジ外して突撃するの!」
「ん? 具体的には?」
「それは秘密。少なくとも私の元カレならそこらへんは過去の私を思い返して気付いて欲しいかなー」
目で察しろ、思い出せ、と無言の圧をかけてくる。
だけど僕はエスパーでもなんでもない。
と言うかずっと近くにいたせいか響子を客観的に見た事なんて殆どない。
小学校、中学校、高校といつも一緒。さらには別れてからも気付けば近くにいる。
そんな相手を客観的に見る機会はとても少ないと言えよう。
「そうだね。五月以降にそうしてみるよ」
だから僕は来月以降そうしてみることにした。
そうすれば少しは何かが変わって見える気がする。
って、あれ?
なんで告白する事を前向きに考えたかと思いきや振られた時のことも考えているんだろう。
…………?
矛盾した二つの心。
「浮かない顔してどうしたの?」
「あっ、いや、べつになんでもないよ」
「はは~ん、さてはこのまま私をお持ち帰りする方法を考えていたんだね?」
ドヤ顔で最後まで言い切る響子。
「違う」
小悪魔の言葉に即答してやった。
てか毎度毎度人の心を察したかと思いきや唐突に変な事を言ってこないで欲しい。
もし本音がポロっと出たらどうしてくれるんだ、この小悪魔!
そうなったら恥ずかしくて僕は本当の意味で本の世界に逃避行しなければならなくなるのをわかっているのだろうか。いやわかっていないんだろう。全く油断できない小悪魔だ。
「え~、ひどぉ~い!」
「酷くはないと思うけど。てか持ち帰られた方が困るよね?」
「でも女として魅力がないって遠まわしに言われてもそれはそれで女として困るんだよ。こんなにあるのに……」
胸元に視線を落とし空いている手でたぷんたぷんと揺らしながら目で同意を求めてくるあたりなんともあざとい。
「それは触っていいよって言う同意でいいの?」
なので僕は意地悪をしてみることにした。
これで少しはからかわれなくて良くなるだろうと考えての発言だ。
僕だってやる時はやるし、反撃する時はする、って所を見せたつもりだったが。
「あー、えっちだぁー。でもまぁどうしてもと言うなら触らせてあげてもいいよ。ただし警察にお世話になる覚悟があるならだけどね~」
「うっ……手ごわい」
「へへ~ん。でもそんな勇気がないヘタレな元カレさんの心の願いを少しだけ察して夜ご飯の時間までは持ち帰られてあげるよ」
「うん、全然察してないね。そもそも別に嫌なら――」
「嫌じゃないよ、だから家に着いたら甘えさせて欲しいな。ってことでレッツゴー!」
僕の言葉を遮り、帰る家が決まった僕達はお互いの意思疎通が上手く出来ていないまま歩き続けた。その時、僕は気付かなかった。夕焼けとは違う理由で響子の頬が赤くなっていることに。
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