第8話 響子の行動力 2


「…………」


「そっかぁ。でも和人君は四月終わり私に振られてバイバイだからなぁ~」


 なにかを期待したように僕の身体を揺らしつつ顔を覗き込んでくる小悪魔――おっと失礼響子だった。


「なにが言いたいの?」


「ならさ今週の土曜日私とデートしない?」


「ん?」


「だからデートだよ、デート。せめてもの情けで四月は仲良くしてあげる。だから和人君も変に私に気を遣うのは禁止! いい、絶対だよ?」


「でも……」


「拒否するならその口を私の唇でふさぐけどいいの?」


 下からのアプローチ。

 これには流石の僕も本気でドキッとしてしまった。

 それでいて上目遣いで目をウルウルさせてくる響子に僕は小さく諦めのため息を吐いてしまった。


「わかった」


「よろしい! なら99.9パーセントまで落としてあげる!」


「それなんの数字?」


「和人君が私に振られる確率だよ」


「つまり僕は0.01パーセントをこの短期間で取りに行けと?」


「そうそう! 和人君が好きな物語の主人公ならそれくらいしてくれると思うんだけどどうかな?」


「あくまで物語は物語で僕は現実に生きているから無理な相談かな」


「ふ~ん。そんな事言っていいの?」


「なんで?」


「ほら想像してみて。私が他の男と学校でキスしてるシーンを!」


 突然の事にせき込んだ僕を見て、腹を抱えて笑う響子。

 なにより楽しそうで結構だが、真面目な顔をしてそんな事を言わないで欲しい。

 いろんな意味で心臓に悪い。

 せき込みながらもなんとか息を整える僕に響子が言う。


「和人君はもう少し女子の恋愛価値観を勉強した方がいいよ。私じゃなかったら多分鈍感! って怒られてるよ。なにより私も内心そう思ったしね」


 チラッと僕の方に一瞬鋭い視線を向けてきた。


 鈍感と言われても僕が響子以外に親しい女子は残念ながらいない。

 そうなると勉強以前に誰にどう教えてもらえばいいのかとなるわけで、こればかりは考える余地なく諦める事にする。


 すると――。


 響子が僕の心の中を見透かしたようにジッ―と見つめてきた。

 無言の圧が凄いと言うか、なんとも言えない。


「0.01パーセントでも可能性がゼロじゃない。そう考えるとさ、男なら諦めずに男らしく惚れた女を振り向かせようと頑張ろうと思わないわけ?」


「……うん。どうせ振られるからね」


「うわー! 超ネガティブだ。もしかして私と別れてやつれた?」


 引いているのかとても嫌そうな顔を向けてくる響子に僕は黙って頷く。


 すると響子が大きくため息を吐いた。


「はぁ~。仕方ないな~」


「ため息をつきたいのは僕もなんだけど」


「あ~もう! なんでこうぎくしゃくしてばかりなの! ムカつくなぁ~!」


「それは――」


「ほら! これで少しは我慢しろ、この嫉妬野郎!」


 怒ったのか不貞腐れながら響子が僕に背中を向けて身体を近づける。

 それから背中を僕の方に倒して寄りかかってくる。


「えっ――!?」


「別れても私達仲の良い幼馴染でしょ! それならどうすることが正解か少しは考えて!」


 とても感情的でありながらチラチラとこちらを見てくるあたり、本気で怒っていながら何かを期待しているようにも見える。

 僕は一瞬どうするか戸惑ってしまったが、左手で響子の頭を撫でることにした。

 響子は寂しがり屋でありながら、実は甘えん坊と手のかかる元カノだった。


「はぁ~、ムカつく」


「なら止めたほうがいい?」


「違う。どんなに怒っても和人君にこうされると気持ちが落ち着いて居心地がいいなって感じてる自分がムカつくの」


「…………」


「私そんなに単純な女じゃないはずなのに……」


「…………」

(なるほど)


 これが女心と秋の空と言う奴なのだろか。

 やっぱり僕には何一つわからない。

 クラスの女子にも頭撫でられるといつも気持ちよさそうにしている時点であまり変わらないと思う。

 だけどそんな事を言えばどうなるかは流石の僕でもわかる。

 それにしても響子の髪から甘くて良い匂いがする。

 こうしてリラックスして身体を預けられると抱きしめたくなるのは男の性(さが)なんだろうか。

 だとしたら世界は残酷だ。

 抱きしめてはいけない相手だからこそ抱きしめたいとより一層気持ちが強くなり思ってしまうのだから。男はリスク=危険な遊び=大好きという謎定義がなんだかんだある。まったく神様って奴は余計な機能を僕の本能に付けてくれたらしい。


「鈍感な和人君に一つ良い事教えてあげる」


「なに?」


「女は嫌いな相手には甘えないよ、後は勘違いされて困る相手にも……」


「なるほど。僕なら勘違いしないと」


 すると響子が大きくため息をついた。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないよ……」


 響子は少し落ち込んだのかちょっと大人しくなった。

 だけど今も頭を撫でる左手に頭を押し付けてくるあたり怒っているようには感じられない。


「ん~やっぱり気持ちいいんだよねー」


「そうなの?」


「うん。和人君のなでなではとても気持ち良くて安心して眠くなってくる感じなの」


「そうなんだ……」


「ちなみに私が寝ても制服脱がしたり、胸触ったり、キスしたりするのは禁止だからねぇ~」


「しないから安心して」


 僕は即答する。

 ここで返事に戸惑い、変な誤解生んだらマズイと判断したからだ。

 そもそも響子の中での僕は一体どんなイメージなんだろう。

 全部セクハラになる発言しか僕の耳には聞こえなかった。

 一応これでも社会的制裁があることは絶対にしない健全な男子高校生である。

 そう事故じゃなければ……。


「ふぇ~、ひどい~」


「逆に聞くけど、もしするって言ったらどうしてたの?」


「警察に通報してレイプされかけたって学校で言いふらすよ!」


 元気よく、満面の笑みで答える響子に僕はゾッとしてしまった。

 この小悪魔可愛い顔してなんて物騒な事をサラッと言うんだ。


「絶対にしないからそこは安心してください」


「むぅ~。半分冗談だから、そんなに警戒しないでいいのに~」


「警戒は女の子って意味が響子がするのと、どうやって半分取ったらさっきの言葉を笑って受け入れる事ができると?」


「え~、そんなの簡単だよ! 少年刑務所に入る覚悟を決めたらだよ~!」


「この小悪魔が」


「あははは~」


 愉快に笑う響子と絶対に手は出さないと心に誓う僕。

 それからしばらくすると響子が身体に力を入れて立ち上がって僕の方に振り返る。


「ありがとう~。久しぶりに和人君に甘えれて嬉しかったよ!」


「う、うん。それはよかった」


「ならデートの内容は夜考えてLINEで送るね!」


「わかった。お出掛けは響子が行きたいところでいいから」


「ホント!? 相変わらず気遣いができる所は高得点だね! ならばいばいー!」


 そう言って鞄を持った響子が手を振って僕の部屋を出て行く。

 僕も響子に手を振って部屋の中から背中が見えなくなるまで見送った。


 その日の夜、響子からLINEで今週末の土曜日のお出掛けの予定表が送られてきた。

 それと一緒に。


『これから期間限定とは言えいっぱい甘えるから覚悟しておけ、この鈍感元カレ! ちなみに私が異性で甘えるのは和人君だけだから安心していいよ!!! お休みー♪』


 と僕の心をドキッとさせてくる文言も添えられていた。

 この小悪魔は僕に諦める選択肢を与えないどころか四月終わり本気で告白をさせたいらしいとつい思ってしまった。


 だからなのか僕は――。


「可能性がゼロじゃないなら告白少しだけ考えてみるか……」


 と何故か告白予告宣言を前向きに心が受け入れ始めていた。

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