第7話 響子の行動力 1
放課後。
僕が帰る為の準備をしていると、響子が歩いてやってくる。
「放課後暇?」
暇以外ありえない、と言いたげに自信満々の表情で僕を見ている。
正直に答えようかと思ったが、これはこれでちょっと悔しかったのでからかってみることにする。
「実は今日――」
「そっかぁ、暇なんだ。なら付き合ってよ。私達昨日約束したよね?」
僕の言葉を無視――いや強引に断ち切って笑顔で言ってくる響子。
悪意のない純粋な目で僕に同意を求めてくるあたりなんとも言えない。
というか小動物がご主人様の帰りを待っていた時みたいに目をウルウルさせて見ないで欲しい。そんな事をされたらつい心が本当は反論の一つや二つしたくても許してあげたくなるじゃないか。
「だめぇ?」
あと、可愛いく言うのも禁止。
なんだよ、これも女子の特権なのか!?
僕みたいに本の世界とずっと友達している人間はな、三次元にそんな事をされたら結構簡単に落ちると正しく理解しているのか……と言うか理解しているからしているのか。
なんかそんな気がしてきた。
そう思うと、どこか嬉しい気持ちと切ない気持ちが同時に僕の心の中に生まれた。
「……ちなみに場所は?」
「和人君の家だよ」
「…………えっ?」
思いがけない言葉に僕は耳を疑った。
目の前にいる響子の言葉が信じられなかったからだ。
「どうしたの?」
「いや……べつに。本気?」
「うん。だって和人君の家にはよく小さい頃から行ってたし、たまにはゆっくり二人でお話ししたいなぁーなんて」
「あーそうゆうこと」
「そうそう! それになにより安全だから!」
「ん?」
安全とはいったいどういう意味なのだろうか。
僕が一人頭の中で考えていると。
「だってこんなに可愛い元カノが何度も遊びに行っているのに一回しか手出してこなかったもん! とは言ってもその日は危険日だったから冷静な判断の元セーフティゾーンで留まった私もいるけどね!」
胸を張って自信満々にいう響子を見て、僕は思わず頭に手をあてる。
頭が痛い。
普通に考えて出したらマズイから出さなかったという認識は響子の頭の中にはないのだろうか。一度本能に負けそうになったことは確かに認めるが……。
後カミングアウトする場所も考えて欲しい。
ここは教室でまだ周囲を見渡せば何人かの生徒が残っている。
「なら今日は僕が狼になるかもだから止めておこう、ってことでまたね」
さり気なく周囲に視線を飛ばせばクラスメイトが僕達の事を見てひそひそ話しをしている。ここで下手に響子と一緒に帰ってありもしない噂が流れたらそれこそ響子にとってマイナスでしかない。そう目の前にいる元カノにして幼馴染の女の子は一言で言うなら寂しがり屋なのだ。だから早く恋人となる人を見つけて幸せになって貰いたいと言う僕の密かな願いを叶えてもらうにはここは距離を取るが正解なのだ。僕は本も好きなことから響子だけをずっと見ると言う事が残念ながら過去に出来なかった。それもあってか当時響子は仲の良い友人と一緒にいる時間が増え始め、僕と色々とすれ違うようになってしまったのだ。今思えばすれ違いがすれ違いを呼びを負の悪循環だったと思っている。
「ぶっーーー! 和人君は私との時間を最優先すると約束した以上今月は私最優先です!」
「周りの目は大丈夫?」
「うん! 今日の私は和人君とお話ししたいから!」
僕の目を覗き込むようにして凝視してくる響子。
「……確信犯?」
「てへっ」
「…………」
「えーそこは黙らないで喜んでよ! ここは素直に喜ぶところだよぉー?」
「後で後悔してもしらないから」
「やったぁー、そう来なくちゃ! なら一緒に帰ろう」
「わかった」
僕は返事をして机の中に残っている教科書と筆箱をカバンの中に入れる。
そんな僕を静かに見守る響子。
この時陰キャな僕とは対照的で明るい響子に僕の心はまた少しだけ惹かれ始めていた。
恋は自分にない物を求めると言われるが、僕の場合はまさにそうだった。
僕が欲しい物を響子はいつも沢山持っていて、その中の一部を僕に無償で提供してくれる。本当に惜しい事をしたと今でもつくづく実感している。だけど出会いがあれば別れもある。これは当然のこと。そう全ては運命の導きによって恋の神様が僕と響子に課した運命なのだと僕は思っている。だからこそ僕達はお互いに次の恋へと進む必要があるのだ。
「お待たせ」
「よし! なら和人君の家にレッツゴー!」
放課後だと言うのに元気が有り余っている響子の声が教室に響いた。
それから僕達は教室を出て、家へと向かった。
二つ並んだ二階建ての一軒家。
右側が僕の家で左側が響子の家だ。そんな並びにある家の右側に僕と響子は入っていく。玄関を開けると靴がなかったことから両親はどうやら外出していることがわかった。それから僕は二階にある部屋へと響子を案内する。なんだろう、両親がいてくれた方が僕の緊張が和らいでいたのにと思うと、本当にタイミングが悪いと感じてしまった。だって今この家には男と女つまりは僕と響子しかいないのだ。幾ら幼馴染とは言え異性と二人きり、それも一度は心が通じ合い、愛し合った元恋人の関係だと思うと色々な意味でドキドキしてしまう。先に述べておくが決していやらしい意味ではない。ただ健全な男子高校生として……色々と思ってしまう事があるだけだ。
扉を開けて部屋にある勉強机の上に鞄を置き、座卓に腰を下ろす。
「なら私はここかな」
そう言って僕の左斜めに腰を下ろす響子。
「それで僕とお話ししたいってなにを聞きたいの?」
「なら先に約束して欲しい事があるんだけど聞いてくれる?」
「断る」
僕は即答した。
「えっーうそ!?」
すると響子が大きく目を見開いて驚く。
「冗談だよ」
人目がないので少しからかってみたが、これはこれで面白いなと思った。
「相変わらず二人きりの時は意地悪なんだね」
「それだけ僕が心を許しているからかな」
「ならいいよ。それでね、話し戻すんだけど約束して欲しい事があります」
「なに?」
「今から聞く質問に本心で素直に答えてください」
「わかった」
「では一つ目。今好きな人はいる?」
「いないよ。ただ気になる女の子はいる」
仮にいたとしてもハッキリとは言えない。
だって言ったら今までの僕の努力が水の泡になるだけならまだしも響子からしたらはた迷惑な話しだろうし。なにより僕では幸せにできない。それなら一層のこと好きな人の幸せを願うこともまた一つの恋の形だと僕は思っている。
「なら二つ目。私と距離を取ろうとする理由は?」
ビクッ
その言葉を聞いた瞬間、僕の身体が一瞬震えてしまった。
「先に言っておくと私は内心怒っています」
「えっ」
「だって私がこうも積極的に頑張ってあげてるのに、和人君はどこか私と距離を必要以上に取ろうとしている時があるよね? それって私に凄く失礼だからです。私は今ご機嫌斜めになりました!」
プィ
そう言って僕から視線を逸らすと、響子は頬を膨らませて、腕を組み、瞼を閉じた。
それから顔を元の向きに戻して片目を開けて僕に言ってきた。
「正直に話してくれるなら許してあげる」
「わかった。ちゃんと話す」
「うん。なら聞かせて」
それからテーブルに肘をついて身体を前のめりにして僕の方を見てくる響子。
僕と目が合うと、ニコッと微笑んでくれる。
仕方がない。こうなった以上白状しよう。それで僕と響子の関係を一旦リセットする。
それで僕は僕の日常、そして響子は響子の日常を取り戻せると思う。
「理由は二つある」
「二つ?」
「そう。一つ目は僕はまだ君の事が好きだと言うこと」
すると響子の顔が赤く染まった。
なぜ僕が響子と名前ではなく君と言ったのかを察して欲しいのだが、響子の頬はみるみる熱を帯びていく。
それに照れているのか、何故か頬が緩み始めた事に僕は気付いたがそのまま続ける。
「二つ目は僕は一度響子を傷つけてしまったから。あの日酷い事を言った。それは過去の過ちであってもうやり直す事はできない。だから僕は僕の好きな人の幸せを願って身を退く事にした。だけど君は別れてからの方がグイグイ来るようになったから僕がそれに合わせて距離感を調整していただけ。以上だけど文句と反論以外であれば聞くよ」
「なるほどね-。色々と納得! それでなになにぃ~まだ和人君って私に未練あったの~?」
そのまま僕の隣に来ては肘で僕の身体を揺らしてくる。
それに身体が近くになった事で少しだけ心臓の鼓動が速くなってしまった。
なにより不覚だった。
僕の心臓がドキドキしている……くそっ、この幼馴染強敵だ。
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