第6話 変化


 僕はいつも通り朝起きてから身支度を終わらせる。

 そう僕の日常はあくまでいつも通りであって、特別な事が日常茶飯事ってことは一切ない。漫画やアニメの主人公のように僕の日常がある日を境にして大きく変化などは残念ながらない。


「なら、母さん行ってきまーす」


「はーい。気を付けて行くのよー」


 母さんの返事を聞いて、いつも通り玄関を出る。

 すると僕と同じ学校の制服を着た響子の姿があった。


「おはよう、和人君!」


「え? あっうん。おはよう」


「さて質問です。私はここでどれくらい待っていたでしょうか?」


 これはなんだ……また僕がからかわれるパターンの奴なのか。

 と言うか別れてから一度も朝一緒に登校した事がないのになぜ急に今日は一緒に行こうみないな感じでここにいるんだろう。


「五分ぐらいかな?」


「ぶっー。正解は十分ぐらいかな」


「……お待たせして、すみませんでした」


 てかなんで僕が謝っているんだ。

 何も悪い事してないじゃないか。


「十分、十分……。つまり暇人?」


 ボっと僕の顔を見てぶわぁぁぁぁ。

 ――真っ赤になった。

 え? なんで?

 今の会話に照れる要素なかったと思うけど……。


「顔赤いけどどうしたの?」


「べ、別に十分待つぐらい、か、和人君の事が好きとかじゃないから!」


「う、うん……」


 必死になって何かを伝えようとしてくれているのはわかるが、照れる要素が僕には全くわからないので残念ながら今回は共感も同情もしてあげられそうにない。

 それにしても可愛いところある……いかん、いかん、心をしっかりと保たなければ。


「め、迷惑だった?」


「そ、それは……」


 僕の正面に立ち綺麗な瞳で顔を下から覗き込んでくる。

 それでいて不安そうにこちらを見てくる所が女の子らしさアップで高得点……あーもう、僕の頭しっかりしろ。これじゃ響子の思う壺じゃないか。


「一緒に行きたいんだけど、だめぇ?」


 僕はため息をついた。


「誤解されてもしらないよ?」


 すると響子の顔に笑みが戻る。


「うん! 一緒に行こう!」


 元気な声で答える響子。


「相変わらず朝から元気だね」


「だって和人君とまたこうして登校できるからね!」


 嬉しい事を言ってくれる。

 こんな僕に対してこんな事を言ってくれるのはやっぱり家がお隣の幼馴染しかいない。

 それにそんなことばっかり言うから僕が中々諦められないのだと早く気付いて欲しい。


 こうして僕は響子と一緒に登校することとなった。




 学校が近づくにつれて同じ学校の生徒が増えて、ちょくちょく向けられる視線の数々。

 気にはなったが、正直知らない人だしと、心の中で割り切って一緒に歩いて行く。


 こうなんていうか幾ら幼馴染とは言え男と女である以上周りから見たお互いの距離感は大事だと思う。


 なんで僕がこんな事を思っているかというと、周りから見たら始業式早々早くも復縁した恋人同士にしか見えないぐらいに手と手が何回かぶつかり合うぐらいの距離感で僕と響子が歩いているからだ。僕がちょっと恥ずかしがって離れると磁石のように響子がさり気なく近づいてくる。


 その理由は単純明快で響子が不思議ちゃんだと言う事だ。


「ちょっと離れないでよ!」


「えっ……」


「私だって恥ずかしいんだよ! でも告白予告宣言をした以上何がなんでも告白してもらわないと私が困るの。だから四月は幼馴染以上恋人未満の関係! いい、わかった!?」


 そんな、なんとも一方的過ぎる。

 てか顔が近い、それに身体を寄せてきたことでさり気なく当たっているから。

 なにがとは言わないが、制服越しでも大きいとわかり、実際今みたく身体に触れると程よく弾力がって心地よいアレだ。


「は、はい……」


「本当にわかったの!?」


 疑いの視線を僕に向ける響子。


「わかった。とりあえず四月だけの期間限定でいいんだよね?」


「うん。だって五月からは赤の他人だからね」


 その言葉に僕の心が痛みを覚えた。


「えっ、うそ?」


 そしてつい心の声が漏れた。


「当たり前。だって私は和人君を振るんだから。そしたらもう私の復讐終わるし、和人君もこんな寂しがり屋な幼馴染がずっと近くにいたら読書の時間なくてイライラするでしょ? それに友達も多い私の事見てたら親しい関係だと嫉妬してまた怒ってきそうだしさ」


「うぅ……」


 僕はすぐに否定ができなかった。

 だって僕は過去に前科がある人間だと自覚しているから。

 それにしてもなんだろう、この急に胸が締め付けられる感覚は。

 まるで自分の好きな人に好きな人がいた時や好きな人が他の異性と仲良くしているのを目の前で見た時のようななんとも形容しがたい痛み。


「どうしたの?」


「べつに……」


「ねぇ、なんで否定してくれないの?」


「だって本当のことだから」


「むぅ~」


 すると響子が頬っぺたを膨らませる。


「それは昔、今はもう違う! って言って否定して欲しかったのに。まったくこれだから和人君は私と些細な喧嘩をしたぐらいで私を一方的に傷つけたあげく振っちゃうんだよ。そのせいでこうして元カノが復讐心に駆られるとも考えずにね!」


 腕を組んで大きな胸を強調しつつもそっぽを向きながら歩く響子。


「ごめんなさい」


「もう怒った! こうなった以上責任取って!」


「責任?」


「そう、責任! 今月は基本特別な事情がない限り私と登下校をすること! 拒否権はなし。お返事は?」


「は、はい……」


 なんとも強引過ぎる。

 こうも強く言われると僕が断れない事を知っているからこそ強気に出れるんだろうけどさ。


「なら許してあげる! ってことで今は仲良し幼馴染で我慢してあげる!」


「なんで上から目線なの?」


「仲良し幼馴染でもいいかなぁ、和人君?」


 すると上目遣いで僕の目をしっかりと見て響子が言い直してきた。


「う、うん」


 か、可愛いじゃないか。

 そう思った僕の返事は少しぎこちなかった。


 それから――。

 学校に到着し、校門を抜け校舎の中に入り、外履きから中履きに履き替える。

 その後、二人で一緒に並んで歩きながら僕達のクラスに入り、席に座る。

 時計を見ると朝のHR(ホームルーム)まで少し時間があった。


 鞄の中の荷物を机の中に入れていると響子は仲の良い女子集団の元へと歩いて行くのが視界の隅に入ってきたので僕は結局昨日買って読めなかった本を手に取り読み始めた。

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