第3話 繋がったままの心


「んー美味しい!」


 幸せ顔いっぱいで、たこ焼きを食べる響子が言った。

 白い湯気が見える事からとても熱いのだろう。

 口の中でたこ焼きを転がしている。


 それにしてもなんで僕は今日響子と一緒にお昼ご飯を食べているのだろう。

 僕ってなんだかんだ言って響子に甘い気がする。

 これが他の友人ならば今日は家にご飯があるとか言って断っていたはずだろうに。

 それにしても十二個か。

 よくそんなにその細い身体に入るなと思いながらも、僕は僕で冷めないうちにハンバーグ定食を食べていく。


「幸せだぁー、やっぱり和人君と食べる昼食は美味しいよぉー」


「そう?」


「うん。ってことで一口頂戴♪」


 僕がナイフで切り、フォークで口元に運んでいたハンバーグを響子がパクッと食べる。

 それにしても本当によく食べるのになんで響子はそんなに痩せているのだろう。

 その時だった。

 僕は一人妙に納得した。

 きっと身体は身体でもその大きな胸に全部栄養がいっているのだろう。

 なんて便利のいい身体なんだ。


「なになに、今日はご飯じゃなくて私を食べたいの? まったくわがままさんだねー和人君は」


 僕の視線に気付いたのが、胸を張って答える響子。


「…………」


 ジッ―


「ちょ、恥ずかしいから黙らないでよ!」


 慌てているのか顔を赤くした響子が言った。


「そうだね、ごめん、ごめん」


「えーもうちょっと心込めて言ってよー」


「ごめんね」


「よくできました。はい、仲直りのお詫び!」


 そう言って響子は僕の口の中に熱々のたこ焼きを一つ入れてきた。


「あつぅぅぅーーーーーー!」


 すぐに水をと思い、コップに手を伸ばすとコップがどこにも見当たらない。


「ふふーん。お水欲しい?」


 コップを一人占めした響子に僕がコクりと頷く。

 すると、悪い笑みを浮かべてきた。


「なら告白予告宣言期間中は私との時間を最優先するって誓う?」


 美味しそうに一口、それも見せつけるようにして「美味しいー」と言って水を飲み始めた。

 今も口の中では熱さと上手さが混ざり合っている。

 正直手のひらで遊ばれている気がしなくもしないがここは水が最優先。


「わ、わひゃったから、み、みずを……」


「はい、どうぞ」


 受け取った水を一気に飲み干した。

 猫舌の僕は一命を取り遂げたわけだが、なにかとても大事な物を失った気がしなくもない。だが約束した以上僕は今日から四月終わりまで響子との時間を最優先することにした。まぁ本は五月になっても読めるから、それまでの我慢だな。

 とりあえず本に対する諦めのため息を一回ついておく。


「それでこれからどうするの?」


「勿体ないからちゃんと全部食べるよ?」


「違う。食べ終わったらの話し」


「二人で色々と見て回るかなー」


「わかった」


 これはしばらく帰れそうにないなと思い、僕は残りのハンバーグ定食を食べることにした。

 途中何度か響子が僕の手元を見て「美味しそうー」と言ってきたので定期的に餌付け感覚でハンバーグやポテトを食べやすい大きさに切って口に入れてやった。

 そのたびに頬が緩みニコニコする響子はとても幸せそうだった。


 なんで別れてからの方の君の方が幸せそうなんだ。

 より正確に言うなら、別れてから僕に近づいてくる君の方って意味だけど。


 やっぱり僕には君の気持ちが何一つ理解できないや。


 だって君は昔僕に言ったじゃないか。


 ――――――って。


「人は失ってからその人の大切さを実感することあるんだけど、和人君は今私の大切さ実感してたりする?」


「どうだろう……。良くも悪くもって感じだけど」


「そっかぁ……」


 この後、僕達の間に会話はなかった。

 お互いに顔をチラチラと見ては視線を逸らす、そんな気まずい雰囲気になってしまったからだ。

 それから僕達はフードコートを静かに出た。




 場所が変わればその場の重苦しい雰囲気もなくなりと、響子の顔に笑みが戻った。

 それからお腹いっぱいになったのか、両手でお腹をポンポンと叩いてお腹いっぱいになったアピールをしてきた。


「おいしかったね~! いまなら和人君の事も勢いで食べれそうだよー」


 僕の身体が身の危険を感じて一瞬ビクッと反応してしまった。

 それから一歩さりげなく後ろに行くことで身の安全の確保する。


「もぉ~、冗談に決まってるから逃げないでよー」


 そう言って隣にやって来る響子。


「君の場合冗談が冗談に聞こえないから」


「き・み・って今言った?」


 それからこれでもかと言うぐらいに顔を下から近づけてきた。

 響子の甘い香りが僕の鼻を刺激する。

 これはシャンプーの匂いだろうか。

 不覚にもドキドキしてしまった僕は平常心を装って言い直す。


「き、きょうこ」


「もぉー意地悪なんだから。でも言い直してくれたし許してあげる」


「あ、ありがとう」


 それから僕は響子の隣をついて行くことにした。

 まず最初に寄ったのは服屋。

 なんでも新しい洋服が欲しいらしい。

 女の子らしいと言えば女の子らしいのだが、女性服売り場に男の僕が同伴させられるのは正直恥ずかしかった。周りに視線を飛ばすと女性客しかいないからだ。それにチラチラと向けられる視線が妙に痛いと言うか恥ずかしい。


「どう? これとか私に似合うと思うんだけどー」


「そうだね、今右手に持っているのとかはいいと思うけど」


 僕は早く終わらせて欲しい一心で素直に感想を言う。


「こっち? なら試着するからちょっと待ってて!」


 そう言って試着室に入っていく響子とその隣にある丸椅子に座って待つ僕。

 これでは傍から見れば恋人みたいではないか。

 かと言ってそんな事を理由に断れば、響子が怒って家に来るかもしれない。

 そうなっては本末転倒なことからここは黙って従うしかない。


「どうかな?」


 試着室のカーテンが開き、黒のワンピース姿の響子が姿を見せる。

 ワンピース下から伸びる細く綺麗な足を際立たせ、全体的に上品な雰囲気に見せてくる。

 それでいて響子のスタイルの良さをしっかりと際立せているあたりも高得点と言えよう。


「よ、よく似合っていると思う」


「和人君が照れてくれるって珍しいね」


「て、照れてなんか……」


「そうなの? 顔赤いよ?」


「う、うるさい」


「なら脱ぐからもう少し待ってて。ちなみに気になるからって覗いたらダメだからね?」


「だ、誰が見るもんか!」


「本当は見たいくせに~ツンツンしちゃって可愛いね」


「…………」


 反論したくても言葉が上手く出てこない僕を見て響子が満足したのかカーテンを閉めて着替え始めた。

 中から聞こえてくる音が僕の好奇心をそそる。

 さっき余計な事を言われたからだろう。

 これで僕が本当に覗いたらきっと涙目になって本気で怒ってくるのだろう。

 なんて理不尽な世の中なんだ。

 健全な男子高校生ならば女子の着替えに興味があって当然のこと。

 むしろない方が異常だと言えよう。

 ましてや自分が可愛いと思っている女の子の着替えなら尚のことだ。

 そこに好意や下心がなくてもやっぱり気になってしまうのが男子高校生の性だと僕は思っている。だから僕は決しておかしくないと僕自身に何度も言い聞かせて正当化する。

 だからと言って本当に覗くわけではない。

 ただ、乱れた心を正常に戻すだけのこれは作業なのだ。


「おまたせー」


 カーテンを開けて着替えを終わらせた響子が出てきた。

 それから右手に試着したばかりの黒いワンピースを手に持って丸椅子に座る僕の元へとやって来る。


「うん」


「これ買うから付いてきて!」


「わかった」


 それから僕達は一緒にレジへと向かった。

 会計中店員さんから「仲が良いんですね」と褒められた。

 すると「そんなことないですよね~」と口では否定しつつも照れた響子が僕の隣にはいた。言葉と行動があっていないと思ったが、下手に何かを言うと面倒なことになりそうだったので僕はお口をチャックして余計な事を言わないようにした。

 それにしても周りから見た僕達は仲が良いように見えるみたいだ。


 その後、僕達はお店を出て次の目的地へと向かった。

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