第2話 告白予告宣言


 ――翌日。


 土曜日のお昼過ぎ。

 僕は一人で近所にある大型ショッピングセンターに来ていた。

 理由はただ一つ。

 今日は僕の好きな本の販売日だからである。

 ワクワクしているせいかいつもより足が軽く感じる。

 そのまま一直線に目的の場所へと向かう。

 しかし――。


「うわ~、今日は休日ってことで人が多いなぁ~」


 本当は一秒でも早く本を買いたいので走りたいところではあったが人が溢れかえったショッピングセンターの中を歩いて行く事にした。

 なんでも今日は特撮レンジャー戦隊の舞台があるらしく、そのせいか小さい子供が沢山いたからだ。もし急ぐ僕と小さな子供がぶつかって怪我でもされたらそれこそ本までの道が遠のいてしまう。


 それから中央の広場を抜け、金券ショップの前を通り、二軒続く服屋を通り過ぎた所に今日の目的地でもある書店がある。しばらく歩いていると、ようやく無事辿り着くことができた。書店の中に入り新刊コーナーへと向かい、僕が欲しかった本を一冊手に取る。それからすぐさまレジへと並び、会計までを素早く済ませる。


 額の汗を袖で拭きながら僕は書店の前にある休憩用のベンチに腰を下ろす。

 それから無くさないように買ったばかりの本をショルダーバッグに入れる。


「ふぅー。これでようやく僕の一日が始まる」


 今日の予定は本を買いそれを自宅でゆっくりと読むことである。

 なので本を買わない事にはなにも始まらない。


「あれー可笑しいなぁ~。絶対今日ここに来ると思って待ってたのになー」


 可愛い女の子がそんな事を呟きながら、僕の目の前を通り過ぎて行った。

 女の子の服装はダボっとしつつも落ち着いた色のニットに黒色のスキニーに黒のパンプスと一見普通の服装だった。それに手に持ったハンドバッグも女の子らしくて好印象である。ただし――知り合いでなければの話しである。


 今日は僕がこれでもかと言う程に待っていた本の販売日!

 そして今日は読書の休日を決め込む日! でもあるのだ。


 可愛い女の子には悪いが見つからないうちにおいとましようと腰をあげたとき、偶然にも後ろを振り返った先程の可愛い女の子と視線が重なってしまった。


「あっ……」


「あーーー見つけたぁ!!!」


 明らかにテンションが違う女の子が飼い主を見つけた犬のように僕の元へとやって来る。

 その時に尻尾ならぬ、黒髪のポニーテールが揺れていた。

 ニコニコしながら近づいてきた女の子は僕の正面にやって来てはそのまま下から顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、今から一緒に私とお昼ご飯でもどう?」


「……一応聞くけど拒否権は?」


「ないよ? それに和人君は今のうちにまた私と仲良くしておいた方がいいと思うよ」


「どうゆう意味?」


「秘密! あっ、でも付き合ってるときみたいに、響子ってこれからまた名前で呼んでくれるなら教えてあげてもいいけどどうするぅ~?」


 小悪魔の言葉に僕はため息を吐く。

 僕は確かに幼馴染の事を響子と名前で呼んでいた時期があった。だけどそれは言わば期間限定の呼称でもあった。去年の僕は幼馴染の事が好きすぎて名前で響子といつも呼んでいたのだが、それは付き合っている時の期間限定。別れたら元の距離感、元の呼び名に戻るのはごく普通の事である。少なくとも僕はそう思っている。だけど目の前の小悪魔ならぬ幼馴染は相変わらず僕と付き合っている時の距離感で近づいて来てはいつも僕の名前を嬉しそうにして言ってくる。


 こんな平凡な僕の事なんか早く忘れて新しい相手を見つけて幸せになってくれたらと言う僕の心の願いを全て無視して。悪気がないのも知っているし、僕がそれを恥ずかしがってちゃんと伝えられていない事も原因の一つなのだろうが、それにしてもなんで僕の近くに気付けばいつもいるのだろうか。とても不思議だ。


「僕が仮に君の事を名前で呼んでも僕達は一度付き合って別れた。もう昔の関係にはなれないし、そこに意味はないと思うけど」


「相変わらず冷めてるねー。昔は大好きまで言ってくれたのにね」


 唇と尖らせて、ふてくされ始めた響子。

 このままいじけられて僕の時間を全て奪われるのも嫌だったので、今回は交換条件で僕の読書の時間を確保することにした。


「わかった。なら今日は響子って呼ぶ、ただし夕方まで。夜は今日買った本を読みたいから一人にしてくれ」


「むぅ~」


 今度は頬を膨らませてきたので、僕は人差し指で膨らんだ頬っぺたをツンツンしてみる。


「きゃぁー!?」


 驚いて可愛らしい声をあげる響子。

 そして僕が鼻で笑うと。


「わかった。なら、ご飯食べに行こっかぁ!」


 そう言って響子が歩きだした。

 僕達はそのまま近くのエスカレーターに横並びになって乗り、三階にあるフードコートへと一緒に向かった。




 フードコートに着くと同時に僕と響子は一旦別れてそれぞれ食べたい物があるお店へと向かい注文までを終えて合流する。

 注文した料理が来るまでの間、僕がどうやって時間を潰そうかと考えていると、僕の正面に座る響子が話しかけてきた。


「それでやっぱり気になる?」


「なにが?」


「だからさっき私が秘密って言ったこと」


「あー、そう言えばさっきそんな事言ってたね」


 僕はここに来る前の出来事を思い出しながら返事をする。


「んで、やっぱり気になる?」


 ここまでくるとどうしても話したいようにしか見えない。

 と言うか、机に両手をついて身を乗り出してこないで欲しい。

 顔が近くて緊張してしまうのと、その……なんというかやっぱり大きいなって目のやり場に色々と困るから。


「う、うん」


「おっ、素直になったね」


「素直と言うよりかは素直にさせられたに近いけどね」


「またまたぁ~。それでねさっきの答えだけど一言で言うなら、告白予告宣言だよ!」


「こ、こくはく……よこく……せんげん?」


 僕は思わず首を傾ける。

 なにそれ? と言うレベルで初めて聞く言葉に正直どう反応していいかがわからない。


「そう。和人君は今から一か月以内つまりは今月中に『私に好きです付き合って下さい』って言います。これが告白予告宣言だよ!」


「…………――?」


「あれーなんで真顔で黙るの!? ここは、うそ!? みたいな感じで驚いてよ!!!」


「えっ……ごめん。一応確認だけど、僕が響子に告白するの?」


「そうだよ」


「んな、ばかな……」


 なんで僕が響子それも元カノに今月中つまりは四月いっぱいに告白をしないといけないんだ。そりゃ未練は少しはあるけど、僕は今響子の幸せを願って距離を取ろうと頑張っているんだぞ。


「それ本気?」


「うん。逆に聞くけど私に告白してくれないの?」


「……仮にうんって僕が言ったらどうするの?」


「泣く……。逆にしてくれるなら喜ぶかな。だって私から告白して私が振られるって割に合わないじゃん。だから今度は私が振りたいなぁーなんて」


 えー、それ僕にマイナスしかないじゃん。

 だけどそれをストレートで口にすると面倒な事になりそう。


「普通振られるとわかっていたら告白しないでしょ」


「そりゃ、そうだけどさ……」


 足をぶらぶらさせたかと思いきや、嫌がらせなのか僕の足をコツンコツンと蹴ってきた。


「まぁなにはともあれ和人君は遅かれ早かれ私に告白すると思うから別に今はそれでもいいけどさー。元カノのお願いぐらい素直に聞いてくれもいいと思うよ」


「頬っぺた膨らませてるけど、また突いて欲しいの?」


「むぅ~いじわるぅー。別に突きたかったら突いたらいいじゃん」


 なら遠慮なく。

 僕は右手で拳を作り、そこから人差し指を突き出して、響子の頬っぺたに近づける。

 そして後一歩で人差し指が触れると思った瞬間――


 パクッ


 ――え!?


 次の瞬間。


「いてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 痛みが襲った。

 人差し指が可愛い顔した小悪魔に食べられたからだ。


 慌てて人差し指を小悪魔の口から抜き、左手で抑えて痛みを緩和する。


「てへっ♪」


 僕が涙目になりながら響子を見るとしてやったりの顔をしていた。


「ごめん、ごめん、お腹空いてたらつい口がでちゃったよー」


「上手い事言ってる気がするけど全然上手くないから」


「えっ? 和人君の人差し指美味しかったよ?」


 さては、上手いを美味しいに脳内変換したのか。

 相変わらず冗談が上手というか、機転が優れているというか。

 話しが嚙み合ってそうで嚙み合っていない理由がよくわかった。


「……冗談抜きで痛いから今度から止めてくれない?」


「それは無理なお願いかな」


「えー」


「えへへ。ありがとう」


「ちょっと待って! 褒めてないからね!?」


「知ってる。言ってみただけ。その方が愛嬌があっていいかなと思って」


「あいきょうって……」


 すると――。


「お待たせしましたー」


 店員さんが先ほど注文した料理を二人分まとめて持ってきてくれた。


「「ありがとうございます」」


 僕達は料理を持って来てくれたお姉さんにお礼を言って目の前に用意された料理を見る。

 そう言えばもうお昼過ぎだし、お腹もペコペコだ。

 とりあえずご飯を食べることにしよう。


「「いただきます」」


 この時、僕は心の中で誓った。


 ――付き合って下さい


 と言うものかと。

 次はもっと優しくて愛嬌があって僕の事を理解してくれる相手を見つけてやる。



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