第十六話 ゴブリン掃討作戦で検証 その二


 商業都市アルダートンと王都の間に位置するウィートカーペット村の外れ、小麦畑が途切れた草原の辺りで、自分やグリィ殿と、フランツ殿たち〈爆炎の旋風〉のメンバーは夜に始動する掃討作戦まで休憩するためテントの設営をしていた。


 とは言っても自分たちの方は交代で見張りをするため、小さな一人用テントをひとつ張るだけで終わるので、そちらは【サバイバル】スキルでテキパキと終わらせて、既にもう食事の準備に取り掛かっていたが……。



「おいおい、随分ウマそうな匂いをさせてんじゃねぇか」


「む? フランツ殿も食べるか?」


「いいのか? なら味見だけでもさせてもらおうかな」


「是非食べてみてくださいっす! このスープ結構おいしいんすよ! 作ったのは私じゃないっすけど……」


 自分は最後に味見をして料理の完成を確かめると、外で自炊するときの定番になっているその〈キノコと山菜のスープ〉を、フランツ殿が取り出した自前の木の器に取り分けた。


 冒険者らしい安い保存食を優先して確保していることもあり、実際にあるのか分からないが、昆布や魚介系の出汁、醤油などを入れておらず、日本人の感覚を持っている自分としては少し物足りないが、干し肉で出汁を取って塩で調えただけでも十分食べられる味にはなっているし、具材が多いのでキャンプ飯としてはかなり満足できるレベルだろう。


 夏にも取れるヒラタケのようなキノコは秋のものと違って香りはそこまで高くない気がするが、味は強く、具があるだけで食感が変わるしビタミンDなどが摂れるたりするので、かさ増しとして入れるのには十分良い効果を発揮すると思う。


 山菜も美味しいものの多くは春が旬なので夏に食べられることはあまりないが、わらびなど探せば夏でも残っている山菜もあるし、ツユクサやスベリヒユのように夏が旬の山菜も存在するから【鑑定】スキルさえあればスープに合いそうなものも確保できる。



「んん!? うまいじゃねぇか!」


「ですよね! オースさん料理の才能あるっすよ!」


「うむ、喜んでもらえたのなら良かった、キノコや山菜など無くなったらまた取りに行けばいいのだ、お仲間も呼んで一緒に食べたらどうだろう?」


「取りに行くって言っても、探すのはもちろん、採取したのを持って帰るのも持ち運ぶのも大変だろう? と思ったが……そういえばお前はバカみたいな容量の収納魔法が使えるんだったか」


「ああ、ついでに言うと探すのも大変じゃない、本当に遠慮しなくて大丈夫だ」


「うーん、そこまで言うなら……自分たちも食料を持ってきてないわけじゃないが、たまにはこういう人の作った料理を食うってのも悪くないな……おい、お前ら」


 フランツ殿はそう言って後ろを振り向き、ちょうど大型テントの設営が終わったらしい仲間に声をかけると、どうやら自分の作ったスープを物々交換でもらう事にしたらしく、仲間と一緒にご馳走になる代わりにと保存食を数日分くれた。


 ルノー殿もアンナ殿も美味しいと言ってお代わりまでしてくれて、干し肉を使っているので少し心配だったが、エルフのセイディ殿も大丈夫だと言って食べると森の恵みがたくさん入っていて自分好みだと微笑んだ……宿屋でエルフは草食だと聞いていたので肉は完全にNGなのだと思っていたが、後で聞いたら単純に種族全体として少し強い好き嫌いを持っている程度の感覚で、体質や宗教上の理由で食べられないわけではないらしい。


 そんな風に少し賑やかになった食卓で、自分はフランツ殿のパーティーからも調理用の鍋を借りて二つ体制でお代わり用のスープを作っていると、鍋をかき混ぜる自分にその背後から声をかけられた。



「お? なんだお前、何か変わったもん作ってんな」


「うむ? 変わったものと言ってもただのスープだが……貴殿も食べるか?」


 声をかけてきたのはどうやら見回りをしているらしい騎士団の一人のようで、明るめの長いブロンドヘアーを後で縛った、ヤンチャそうな青年という雰囲気の男だった……他の騎士よりも少し豪華な服装をしているので、この男は上官か何かかもしれない。


 騎士というからには貴族なのかもしれないが、まぁ一人で見回りの任に就いているような人物であれば特に気にすることは無いだろう……自分は使ってない木の器に出来たばかりのスープを入れると、その男に同じく使っていない木のスプーンと一緒に手渡した。


「へぇー、冒険者ってのはこんな感じのを食うのか……」


「他の冒険者がどうかは分からないがな、少なくとも自分はこういうものを食べている」


 男は渡されたスープを興味深そうに眺めると顔を近づけて匂いを嗅いだ……この世界の貴族様が普段どういう食事をとっているのか知らないが、きっとこのスープよりは数倍豪華なものだろう……嫌な顔こそしていないが、とても不思議そうな顔をしているのが伺えた。



「? ブフォッッ! ふ、フランツさん! 向こうでオースさんが話してるのって……」


「どうした嬢ちゃん? 坊主が誰と話してるって……? ブフーーッ!」


「ちょっと兄貴! 汚い! 一体何が……? ブフゥーーーッ!!」


 何やら後ろの椅子代わりに石や丸太を集めただけの食卓が騒がしかったが、自分は騎士らしいその男が手に持ったスープを食べるのを少し躊躇っているような様子を察して、同じ鍋のスープを自分の木の器に入れると、先になって食べることで毒が入ってないことをアピールする。


 すると男はそれを見て安心したのか、不慣れな様子で木のスプーンを使い、器からスープをすくって口に運び……。



「殿下!! なりませぬ!!」


 そして、口に入れる前に後ろから走って来た別の男に止められた……。



 スープを食べようとした若い騎士を大声で止めたのは、短めに整えられた髪と同じグレーの髭を蓄えた付き人のような格好をした男で、殿下と呼びながらその騎士に近づくと大慌てで手に持っていた木の器を奪い取った。


「ふむ? 殿下……?」


「坊主!! バカお前何やってんだ!!」


「フランツ殿か、いや、この方が自分の作ったスープに興味を持ったようなので少しだけお裾分けしようとしていたところだ、まだフランツ殿たちのお代わりもあるから心配するな」


「違ぇよ! 誰もお代わりなんて心配してねぇよ! ジェラード王国の第三王子に対して、なに粗末なものを食わせようとしてんだって言ってんだよ!!」


「む? 自分のスープは粗末で不味かっただろうか……」


「そうじゃねぇよ! 言葉の綾だよ! お前の作ったスープはうまかったよ! っていうか反応するのはそこじゃねぇだろ!」


 それから自分はフランツ殿に襟首を掴まれ、ただの騎士かと思ったが実際は第三王子だったらしい男の前に引きずられると、無理やり頭を下げさせられる。


 しかしその王子は寛大な人らしく、別にいいと言って笑って許してくれるどころか、隙を見て付き人からスープを奪い返すと躊躇うことなく口に運び、その付き人とフランツ殿が口を開けて青ざめる中、ふむふむと頷きながら全て平らげてしまった。


「まぁスパイスが入って無いし肉が少ねぇから若干物足りなさは感じるが、食ったことない食材がたくさん入っててなかなか面白いスープだな」


「うむ、自分も味には少し物足りなさを感じるのだが、まぁ食べられなくは無いし、健康を維持するには十分合格点となっているだろう」


「へぇー? 健康を考えた食事が作れんのは、うちの資料室にある古代書物が読める王宮の料理人だけかと思ってたけど、平民にもそういう知恵があるんだな」


「他の平民がどうかは知らないが、少なくとも自分は基礎程度なら……」


「ええい貴様! さっきから聞いておれば殿下になんて口の利き方だ!」


 自分がスープの感想まで言ってくれた王子と食事について話していると、横から彼の付き人が割って入ってきた……ちなみにフランツ殿は王族と関わる時のマナーを守っているのか知らないが、王子と会話中の自分を止めることなく、少し後ろでずっと冷や汗を垂らしながら頭を下げている。


「よせ爺、こいつ平民の子供にしてはちゃんと喋れてるじゃねぇか、別にいいだろ?」


「ふんっ……まぁ確かに落ち着いた話し方は及第点といったところですがね、しかし逆に殿下を前に堂々としすぎているのが気に入りません! それにそもそも平民が重大な用も無しに王族と話すことが間違っているのです!!」


「ちっ、爺は頭が固ぇなぁ……まぁいいや、俺はテントに戻るぜ、変わったスープありがとな」


 そう言って王子はこちらに背を向けながら片手を軽く振りつつ歩き始めると、彼の付き人も最後に自分を睨みつけてフンと鼻を鳴らすだけして彼の後に続く……付き人は王子に従いながらもまだ彼に向かってグチグチと何かを言っているようだったが、その本人は耳を塞いで聞く耳持たずという雰囲気でゆっくり歩いているのが印象的だった。


「ふむ……嵐のような二人だったな……」


「いつも嵐の中心にいるような坊主が何を言ってやがる!」


 ―― ゴツン ――


 突然やってきて思い思いに喋ってさっさと立ち去ってしまったその二人を見送っていると、それまで黙って成り行きを見守っていたフランツ殿が自分の後頭部を殴ってきた……なるほど、前から【物理耐性】を持っている割に地味に痛いと思っていたが、下位冒険者に憧れられるほど有名で実力がある冒険者と聞いた今なら納得できる。



 それからお代わりのスープ鍋を持って食卓に行った自分は〈爆炎の旋風〉一同に囲まれ、フランツ殿から関わるなとだけ教わってた貴族や王族に対するマナーをみっちりと講義された……通常の依頼として関わるのはだいぶ先だが、こういう突発的な出会いがあった時にこのままでは大変だと言うことで大人しく従うことにした。


 巻き込まれる形で一緒に講義を受けていたグリィ殿も最初はメモを取りながら頑張っていたようだが、彼女は数分もたたないうちに眠ってしまい、今はパーティーリーダーがしっかりしてれば良いからと言うことで、彼女の分も自分が指導される。


「……よし、とりあえずこれくらい覚えておけば大丈夫だろ」


「うむ、フランツ殿、〈爆炎の旋風〉の方々、とても為になった、感謝する」


「いいってことよ、俺の心労のためにもだからな」


 そうして突然始まった貴族マナー講座が終わり、グリィ殿がそのタイミングでちょうどよく目を覚ましたので、自分は彼女と休憩を交代して仮眠をとる事にした。


 起きたら決行される作戦は、狩りのために外に出ていたゴブリンが洞窟に帰ったところを見計らって全員で森を包囲しながら洞窟に近づいていき、六ヶ所ある出入り口に分かれて突貫役の冒険者と守備役の騎士団がそれぞれ十人ずつ待機して、残りの冒険者はバックアップ要員……魔法の光弾が打ち上げられると同時に突貫役の冒険者が洞窟に突撃、もし洞窟からゴブリンが逃げ出して来たら守備役の騎士団が対応し、緊急事態が発生したり人数が欠けたりしたらバックアップ要員がフォローに回るとなっている。


「起きたらいよいよゴブリン掃討作戦か……」


 戦力のバランスを考えてなのか、自分とグリィ殿は他数名の下位ランク冒険者たちと一緒にフランツ殿たち〈爆炎の旋風〉と組むことになっていて、山を少し上がったところの洞窟に突貫役として配置されたようだ……王族の来訪や突然の講義発生でバタバタしたので一緒に組む下位冒険者と食事を囲むことは出来なかったが、自分のテントに入る前に顔合わせだけはしておいた。



「ふむ……なるほど……よし……」


「とりあえず熟睡して寝坊しよう……」



 こうして自分はゴブリンと出会ったら検証することを考えながら眠りについた……。



 ♢ ♢ ♢



「こら坊主!! さっさと起きやがれ!!!」


 ―― ゴツン ――


「……痛いぞフランツ殿、朝から騒がしいな」


「朝になってたら殴るだけで済ませてねぇ! 顔洗って目を覚ましやがれ!!」


 ゴブリン掃討作戦を決行する夜、想定パターンの一つであったフランツ殿に殴られて起こされるという検証結果を身をもって体験すると、言われた通り冷たい水で軽く顔を洗ってからテントをそのまま亜空間倉庫に放り込んで片付けた。


「オースさん……収納魔法で片付けが一瞬で済むからって、大事な作戦の前に寝坊するのは良くないと思うっすよ」


 そんな風に声をかけるグリィ殿の言う通り、この検証は寝坊してフランツ殿に起こされることになっても片づけが一瞬で済む事を見越してのことだったし、それ以上に遅れたとしても【身体強化】スキルを全力で使って走れば間に合うから実行したものだった。


 保険としてそれ以上遅れたらまずいという時間に【鑑定・計測】スキルの時計と、つい最近獲得した【危機感知】スキルを組み合わせたアラームも設定しておいたので、検証の安全性に抜かりはない。


「まぁ結果として遅れずに準備完了したので良いではないか」


「え? 準備完了って……確かにキャンプ地の片付けは済んでるっすけど……オースさん、ゴブリン退治にそのままの恰好で行くんすか?」


「ふむ?」


 何か変な格好をしているかと自分の服装を見てみるが、いつもと変わらぬ村人の服……アルダートンの街にある井戸の所で洗濯しながら、盗賊からいただいた服と交互に着まわしているのだが、特に大きく破れたりしているところは無いし、寝てる間に脱げているとかでも無さそうだ。



「いや……そんな服装を眺めて『何か問題でも?』みたいな顔をされても……」


「おい坊主! 何してんださっさと鎧を身に着けやがれ! もう出発すんぞ!」


「鎧? そんなものは持っていない」


「え?」


 準備が出来たか確認しにきたフランツ殿に言われて周りを見て見ると、確かにどの冒険者も騎士団もその素材こそ皮や金属と様々だが鎧を身に着けていて、言われてみればグリィ殿も今は街では外している腕当てなどを装備している……なるほど、この世界でもTPO的な服装で浮いてしまうことがあるということか。


「うーむ、まぁ確かに多少目立つようだが、持ってないなら仕方ないだろう……街に戻ったら適当にそれっぽい見た目の鎧を購入しておくから今回は大目に見てくれ」


「いやいやいや、それっぽい見た目の鎧とかじゃなくてだな! 坊主、お前本当に鎧持ってないのか? 収納魔法の中にも?」


「ああ、この服か少し盗賊っぽい服しか持っていない」


「服じゃねぇよ! 鎧だよ! お前狼と戦ったことあるんじゃなかったか? スライム相手ならまだしも、獣を相手にする時にそんな格好だと怪我するだろう?」


「まぁ最初は多少怪我をしたがな、今なら怪我なんてしないだろう」


「はぁー、お前、訳の分からねぇことばっかりやってるくせに、狼相手に無傷で勝てるくらい戦闘できるのか……」


「うむ」


 自分はそんな風にフランツ殿に感心してもらったので、だから鎧なんてなくても大丈夫だと伝えたのだが、だとしても今回はゴブリンが一度に何匹出てくるか分からないから身に着けておかないとダメだと言い、フランツ殿はたまたまお古を持っていたらしいパーティーメンバーのルノー殿から皮鎧のお下がりを貰ってくると自分に押し付けた。


 切れたところが雑に補修してあったりするボロボロの皮鎧は捨てるのを忘れていただけ物ということらしいが、それでも無いよりはましだろうと譲ってくれたので、自分はその好意を無駄にするのも悪いと思い、少しサイズが大きかったがそれを身に着けることにする。


 見た目は若干不格好な感じになってしまったが、一緒にもらった革ひもを帯のように身体に巻き付けたりして隙間が出来ないようには工夫したので、この鎧を着たせいで動きが大きく阻害されるようなことにはなら無いだろう。



「よし、まぁ見た目は少々アレだが、とりあえずこの作戦中はこれでいいだろう」


「うんうん、いくらスライム相手に無双できるオースさんでもゴブリンに囲まれたら怖いっすからね、何とかこれで乗り切って街に戻ったらちゃんとしたのを買いましょうっす」


「ふむ、承知した」


 元から服装など何でもよかったので自分はそれを受け入れると、〈爆炎の旋風〉を先頭にして、他の冒険者と一緒に作戦の場所に向けて歩き始める。


 しんがりを務めるのは同じく山の少し上の洞窟を担当することになった騎士団の小隊だったが、流石にそこに第三王子が含まれているなんてことも無く、フランツ殿と事務的なやり取りをする時以外は特に接触してこなかったので、そのまま問題なく持ち場の洞窟の手前まで辿りついた。



 草木の茂る森をしばらく歩いた先に現れた岩山を少し登ったところにあるその洞窟の出入口には見張りのゴブリンが二匹いて、洞窟のある場所まではゴツゴツした岩の転がる足場の悪い斜面を転ばないように歩くだけで辿り着けそうだが、それより上を目指すならロッククライミングのようなことをしなければならないだろうという地形だ……これ以上進むと身を隠せる草木が無さそうなので、フランツ殿はこの森の切れ目を待機地点にするらしい。


 ゴブリンの見た目は登場するゲームや本によって少し異なっていたと思うが、前方に見えるのは自分がその名前を聞いてパッと思い浮かべる、緑色の肌に小さな身体で手足が細い餓鬼のような見た目のそれだ……服は腰に布を巻き付けただけで、手には棍棒を持っている。


「よし、とりあえず道中でゴブリンに遭遇せず持ち場につけたな、作戦開始の合図をされるまで各自装備の最終確認と警戒だ、あまり音を立てるなよ?」


「「「了解」」」


 フランツ殿の小声の指示に共に行動するメンバー全員が小さく返事をして、自分も他の冒険者と一緒に周囲を警戒しつつ軽く装備の点検を始める……騎士団は騎士団で、そちらもリーダーの指示で同じ作業を始めたようだ。



 装備の点検というのは、言ってしまえば検証である……それが本業の自分は、ここに来る途中で既にメモ画面で簡単なチェックリストを作成していたので、防具に緩みが無いかなどの確認は素早く澄ませ、次に今回のゴブリン戦で使う鋼鉄のメイスの点検を始めた。


 ここに来る前にも確認したが、鋼鉄のメイスといっても金属部分は槌頭や握りから石突にかけてで柄は木製なので、それらの連結が甘くなってガタガタしないかなどを確認する必要があるのだ。


「うむ、異常なしだ」


「うぅ……なんだか緊張してきたっす……ってあれ? オースさんって武器は槍を使うんじゃなかったっすか?」


「? いや、槍はこの間の戦闘訓練の時に初めて使ったものだし、今のところ特にメインの武器は決めてない……まぁ、強いて言うならば拳と投石を多く使っているだろうか」


「え……初めて使う武器であのスライムの大群を相手取ってたんっすか? いや、まぁ確かに武器の練習をするなら丁度いい相手かもしれないっすけど……というかメインが拳と石って、子供の喧嘩じゃあるまいし……」


「大丈夫だ心配するな、武器の扱いに慣れていない部分は体術でカバーできる」


「うーん……まぁ少なくとも私より全然強かったんで大丈夫だとは思うっすけどね……って、私は初めての武器を使ってたオースさんより戦えてなかったっすかぁぁぁ……オースさんより私の方が心配っすぅぅ……やっぱり止めておけばよかったかもしれないっす……」


 そんな風に小声で泣き言を言っているグリィ殿は初めての大規模作戦で緊張しているためか、いつも自信が無さそうな顔をしているというのに今日は特に不安そうな顔をしていた。


 しかし泣き言を言いながらも装備の点検はしっかり続けていて、自分が渡したトルド殿作の鋼鉄のダガーを、刃こぼれしていないか、グリップにゆるみが無いかなどを念入りに確認している……昇格試験に何度も落ちていたとはいえ冒険者歴自体は自分よりも上なので、その辺りはきちんと身についているらしい。


 暫くしてグリィ殿も含めて冒険者全員の装備点検が終わり、そろそろ時間が近いと言うことでフランツ殿が洞窟内での隊列を再確認する……組んでいる騎士団の方は自分たちが洞窟に突入するまでは一緒だが、それ以降は出入り口に待機してその洞窟から逃げ出してきたゴブリンを倒す役割だ。


 そして、事前に何度も聞いていたその隊列と作戦の最終確認が終わる頃、ポンという小さな音と共に上空に作戦開始の光弾が打ち上げられるのが見えた……。



「作戦開始!」



 それを確認したフランツ殿が即座に号令を出すと同時に、アンナ殿が洞窟の入り口を見張るゴブリンの片方に杖を突き出して、もう片方はセイディ殿が弓を引き絞り狙いを定める。


「【ファイア・ランス】!」


 その声と同時にアンナ殿の持つ杖の先端から放たれた炎の槍がゴブリンに向かって飛んでいき、作戦開始の光弾に気づいたゴブリンが応援を呼ぶ間もなく命中すると、着弾地点に火柱が立ち上ってそのゴブリンを焼き尽くす……そして一瞬で丸焦げになったそれが倒れる頃には、同時に撃たれていたセイディ殿の矢に眉間を貫かれていたゴブリンも隣で永遠の眠りについていた。


「すげぇ……一瞬で……」


 下位ランク冒険者の誰かが思わずそう呟いてしまうのも分かる……ゴブリンは単体では狼と同程度の力しかないと聞いているが、それでも二匹を同時に応援を呼ぶ隙すら与えずに倒せると言うのは、やはりCランク冒険者の実力と、息の合った連携があってこそだろう。


「よし、中の連中には気づかれて無さそうだな、決めた通りの順番で中に入るぞ」


「「「了解!」」」



 そうして作戦開始の合図と同時に洞窟の入り口を制圧した自分たち冒険者組は、その場を騎士団の人達に任せて洞窟の中へと入って行った……。

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