第十五話 ゴブリン掃討作戦で検証 その一


 戦闘訓練から帰ってきた翌朝、日課にしているラジオ体操もどきの全身運動や、軽いジョギングとしてアルダートンの街を十周ほど走ってきた後、宿娘のソニア殿にお湯をもらって身体を拭き、朝食を取りに食堂へと向かった。



「オースさん、おはようっす!」


「うむ、おはようグリィ殿」


 食堂では既にグリィ殿がドライフルーツの乗ったオートミールを食べていたので自分も同じものを頼み、何やら朝からテンションが高い彼女の話に相槌を打ちながら朝食をとる。


 元気な理由を尋ねれば「朝食が食べられるどころか、それが乾燥したパンじゃないなんて信じられない」とか「外気にさらされずにベッドで寝られて、温かいお湯で身体が拭けるなんて最高」だとか、日本に住んでいた自分からしたら、当たり前どころかこれでも生活レベルが低いと思っていることを素直に喜んでいて、そういえば折角拠点を移したのに次の日から野営をさせてしまって申し訳ないことをしてしまったなと、少し反省した。



「お、オースの坊主じゃねぇか、帰ってきてたのか」


「フランツ殿か、うむ、昨日帰って来たのだ」


「ミュリエルから聞いたぜ? 無事にFランクになって速攻で冒険者パーティーを結成したんだってな、そういう予定が無かったなら、しばらくうちのパーティーに入れて修業させてやろうかと思ったけど、その必要もなく上手くやってるみたいだな、はっはっは」


「なるほど……フランツ殿のパーティーか、それはそれで検証し甲斐がありそうだな」


「……いや、やっぱり今のは無しだ、忘れてくれ」


 グリィ殿と朝食をとっているところにフランツ殿が現れて同じテーブルに着き、彼は自分たちと違って朝からがっつり肉とパンとスープのセットを注文する……この宿屋〈旅鳥の止まり木〉では朝食も夕食も二種類のメニューの中からどちらかを選ぶことが出来て、大きな違いを説明するなら”肉があるか無いか”というところだ。


 元々は草食メインのエルフのために多くの宿屋で始められたサービスらしいのだが、単純に肉が入っていないメニューの方が値段が安いということで駆け出しの冒険者たちにも好評で、それからずっと続いているらしい。



「あ、あの……オースさん、ちょっといいっすか?」


「む? どうした、グリィ殿」


「こちらの方は、Cランク冒険者のフランツさんじゃないっすか……?」


「ふむ、そういえばまだ紹介していなかったな……フランツ殿、彼女がその一緒にパーティーを結成したグリィ殿だ」


「は、始めまして、オースさんとパーティーを組んでるグリィという者っす!」


「ほう、嬢ちゃんが坊主のパーティーメンバーか」


「で、既に名前を知っているようだが、こちらは自分が冒険者になる時から度々お世話になっているCランク冒険者のフランツ殿だ」


「ひぇぇ、やっぱり! あの駆け出し冒険者がまず目標とするパーティー〈爆炎の旋風〉のリーダーじゃないっすか! よ、よろしくお願いするっす!」


「はっはっは、そう固くなるなって、こっちこそよろしくな」



 初対面の挨拶が済んだところで、自分は早速〈爆炎の旋風〉とは何だと尋ねたところ、どうやらこの街の冒険者で知らない人はいないほど有名な冒険者パーティーらしく、四人いるメンバー全員がそろそろBランクに昇格するだろうと言われるほどの実力者な、とても強くて信頼ある人達とのことだ。


 そして前から有名だとは聞いていたフランツ殿はそのパーティーを率いるリーダーで、周囲からは〈旋風の大斧使い〉と呼ばれて親しまれているらしい。


 特に偉そうな振る舞いもしていなかったのでそんなに有名人だったとは全く気がつかなかったが、きっとそんな風に気さくな態度で自分が冒険者ギルドに登録するときのように他の駆け出し冒険者にも手を差し伸べていて、自身の力や地位を自慢したりしないというころが、大勢から親しまれる理由なのだろう。



「なるほど、フランツ殿はそんなに有名人だったのか」


「オースさんはどうしてその有名人とお知り合いなのに何にも知らないっすか……」


「はっはっは、まぁこいつのことだ、仕方ないだろう……っと、そうだ……お前ら、今日はもう何か予定入ってるか?」


「む? いや、今から冒険者ギルドで何か依頼を受けに行こうかというところだが……」


「それは丁度良かった、昨日まで出かけていたなら知らないと思うが、実はな……」



 フランツ殿曰く、自分たちが草原へと戦闘訓練に出かけている間に、アルダートンの北西に位置する森の中でゴブリンの住処が発見され、一昨日の朝、冒険者ギルドで騎士団も参加する大規模な掃討作戦が行われるという発表があったようだ。


 偵察に行った斥候の報告によればゴブリンは出入口が複数あるかなり大きな洞窟に潜んでいるらしく、森へ狩りに出ている数だけでも三十匹以上はいたので、洞窟の中にいるやつらを含めると百匹はいるだろうということで、討ち漏らしを無くすためにこの街の冒険者ギルドでも、とにかく人数を確保しておきたいとのことだった。



「ふむ、そういえば魔物と言ったらまず思い浮かぶゴブリンを今まで一匹も見かけなかったな……」


「え? オースさんゴブリンみたいな魔物がそこら辺にいると思ってたんっすか?」


「いないのか?」


「はぁ……坊主の世間知らずは筋金入りだなぁ……」



 草原や森、街道を歩いて[スライム]や[盗賊]などのファンタジーRPGの敵としてメジャーな相手と遭遇する中、それら序盤の敵としてもう一つの王道である[ゴブリン]や[オーク]といった人型の魔物には一切遭遇しないどころか、人との会話の中にも出てくることは無く、依頼書の中にもそれらの討伐任務がまるで見当たらなかったので、この世界にはそういった魔物はいないものだと思っていた。


 しかし二人に話を聞いてみると、どうやらそういった人型の魔物は自分たち人族を積極的に襲う生き物だということで、領土を開拓するときにその巣ごと一匹残らず掃討することになっているらしい。


 そのため開拓が済んだ土地、ましてやここジェラード王国の王都直轄領に位置する商業都市アルダートンでは、人族がそれらの脅威に脅かされることは無いどころか、普通はその存在は見ることすらない……開拓の歴史が一番古いと思われるソメール教国の王都ではその名前を聞くことすらなく一生を終える事さえあるとのことだ。



「では、今回の騒動は開拓の際の討ち漏らしが発見されたということか」


「そういうことだな、まぁそういうことを見越して俺みたいなCランク以上の冒険者が激戦区の未開拓地に出払わないようにギルドがうまく人員調整しているが」


「冒険者の一つの目標っすよね、強くなって危険な未開拓地に出向いて報酬をがっぽがっぽ稼ぐか、ギルド指名で開拓済みの土地に残って契約料を貰いながら安全にのんびり暮らすか……」


「まぁ、残る組もこういうことがあると駆り出されるから絶対に安全とは言えないけどな……歳を取って最前線が厳しくなった引退間近の冒険者とかが、その経験を活かせる道としてそういう仕事が残ってるのはいいことだろう」


「フランツ殿も引退までのんびり過ごすのか?」


「バカ言え、俺たちのパーティーはまだまだ現役だ、引継ぎ先が見つかったら前線の未開拓地に暴れに行くさ!」


「ふむ、そういうものか」



 それから自分はグリィ殿と今回の招集に関して相談し、フランツ殿たちのような頼りになる冒険者パーティーや王都から派遣される騎士団が参加するなら、一緒に戦わせてもらって経験を積ませてもらうのもいいかもしれないということになり、そのゴブリン掃討作戦に参加することになった……まぁ、こんな検証必須と思われる緊急イベントを目の前に出されてしまっては、グリィ殿に断られても自分一人で参加するつもりだったが。


 そして朝食も終えて話もまとまった自分たちは、フランツ殿と一緒に冒険者ギルドに出向いて掃討作戦のメンバーとして登録する。


 どうやらランク持ちであることが最低条件らしく、自分たち以外にもFランクの冒険者はそれなりの数が参加するようだったが、土壇場で参加意欲よりも恐怖の方が勝ってしまったのか、登録用紙を受け取ったもののサインをする前に返却する冒険者も多かった。



「オースさんとグリィさんは本当に参加で大丈夫ですか?」


「ふむ、自分は問題ないが、グリィ殿は怖ければ留守番でもいいぞ?」


「な、何言ってるんっすか! そ、そりゃあ私も子供のころから”ゴブリンに捕まったら生きたまま食われるぞ”ってよくある脅しを聞かされて育ったっすから、嫌でもゴブリンは怖い魔物だって思っちゃうっすけど……冒険者として生きていくならいつかは戦わなきゃならないんっすから、頼りになる人達がたくさんいる比較的に安全なこの機会に学んでおいた方がいいに決まってるっす!」



 緊急招集ということで依頼受付も兼任することになったらしいミュリエル殿のところで注意事項を聞いて登録用紙にサインをした自分たちは、その用紙を受け取った彼女に最後の確認を受けていた。


 人型の魔物というのは、その発祥こそ確かな伝承としては残っていないが、[コボルト]が犬に似た姿で、[オーク]が猪に似た姿ということで、一般的には何らかの動物が破壊神の瘴気の影響を受けて変化したものだと言われているそうだ。


 [ゴブリン]や[トロール]のように一見すると動物の特徴を持っていないように思われる魔物に関しても、同じように猿やゴリラが魔物化した物だと言われており、それが本当かは分からないが、彼らが破壊の瘴気の影響を受けた魔物だと言うのは確かで、人族に対して意図的に危害を加えようとする性格なのは共通認識のようだ。



「まぁ、無理そうになったら逃げればいい、その時は自分がグリィ殿の分まで働こう」


「うぅっ……実際、そう言ってもらえると少し気が楽っす……でも、持ち場を離れると共闘する他の仲間に迷惑をかけるってことで、ギルドへの貢献度もマイナスになるっすからね……戦闘訓練で二人分の活躍は出来そうなオースさんの身体捌きを見てるとは言っても、出来るだけ私も頑張ってみようと思うっす」


「はぁ……受付の前で規約違反の相談するのはどうかと思いますが、まぁFランク冒険者の誰もが通る道ですからね……言った通り他のメンバーの迷惑になるので、参加するなら出来るだけ持ち場から離れないで欲しいですが、本当に危なくなったら逃げていただいて結構です……貢献度のマイナス処理は行わせていただきますが、バックアップ要員はちゃんと何名か待機させてありますし、誰でも自分の命が一番大事ですからね」


「ふむ、それなら……」


「だからって危険でもないのに逃げてきたら怒りますし、最悪ギルド登録の抹消処分なんかにもなりえますので、検証だとかいうよく分からない理由で持ち場を離れないでくださいね?」


「……うむ、承知した」



 そうして自分たちは商業都市アルダートンの冒険者として、王都の冒険者ギルドと第三騎士団も交えた総数三百人に近い大規模なゴブリン掃討メンバーの一員に加わり、王都から向かってきているらしい騎士団たちと合流する予定の村へと向かった。



 ♢ ♢ ♢



「ふむ、ここがウィートカーペット村か」


「いやー、いつ見ても見事な小麦畑っすねー」


 商業都市アルダートンと王都の中間にあるその村は、名前の通り小麦の絨毯が敷かれたように見渡す限り小麦畑が広がっていて、収穫の時期が近いその黄金色の穂が風に揺れる光景は、確かに村の名前にしたくなるのも分かる素晴らしいものだった。


 こちらの冒険者と王都組が合流するのはその村の中心あたりで、打合せ自体は各冒険者ギルドから選抜された上位ランク冒険者パーティーのリーダーと王都の騎士団長が行い、自分たちは指示が来るまでは待機とのこと。


 フランツ殿もその打ち合わせに参加するようで、他にも、会ったことは無いがアルダートンの冒険者ギルドのBランク冒険者を率いるパーティーリーダーであるAランク冒険者も参加しているようだ……ちなみにアルダートンにはSランク冒険者も一人いるようだがその人は今回のゴブリン掃討作戦には参加していないらしい。



「それにしても流石にこの人数は過剰戦力な気がするな……ゴブリンとはそんなに手強い相手なのだろうか?」


「うーん、まぁ私も実際に戦ったことは無いっすけど、聞いた話では相手の三倍の戦力を用意するほど強くはない魔物って感じはするっす」



 合流場所に到着した自分たちが辺りを周りを見渡すと、そこには既に作戦会議が開かれているのであろうジェラード王国の旗が立てられた大きなテントが設置されており、その周りには王都から来た騎士団や冒険者と思われる人たちがわらわらと集まっていた。


 ギルドで聞かされた説明によると、アルダートンのギルドから参加する冒険者が五十名、王都のギルドから参加する冒険者が七十名、ジェラード王国第三騎士団が六十名の、計百八十名がこの討伐隊のメンバーらしい。


 そして騎士団と聞いて自分は西洋甲冑を全身に纏って馬を操り戦うような姿をイメージしていたのだが、王都から連れてこられたらしい馬は数頭だけで、統一された出で立ちではあるものの胸当てと籠手以外は革製の防具という動きやすそうな装備った。


 おそらく戦う相手が剣を持った敵国の兵などではなく棍棒を振り回すゴブリンで、戦う場所が広い草原や荒野ではなく森の中という条件に合わせた格好なのだろう。


「おい坊主、あんまり騎士様方をジロジロ見んな、絡まれても知らねぇぞ?」


「フランツ殿か、打ち合わせが終わったのだな……む? そちらの方々は?」


 自分が騎士団と呼ばれる人達がどの程度の強さなのか少し離れた場所から【鑑定】スキルでチェックしていると後からフランツ殿に声をかけられ、自分が振り返ってその姿を確認すると、彼の後ろには見覚えのない人達が三人ほど付いて来ていた。


 いかにも冒険者という恰好をした彼らは、見た目的にはフランツ殿と同じくらいの年齢に見えて、その誰もが冒険者として結構な経験を積んでいる雰囲気を纏っている。



「おう、丁度いいから坊主たちをうちのパーティーメンバーに紹介しておこうと思ってな……おいお前ら、この人の話を聞かなそうな坊主がさっき言ったオースって新米冒険者だ、そして隣にいるお嬢ちゃんがその仲間のグリィちゃん、みんな仲良くしてやってくれ」


「ば、爆炎の旋風の!? わ、私はFランク冒険者のグリィっす! よろしくお願いするっす!」


「ふむ? ああ、フランツ殿のお仲間方か……同じくFランク冒険者のオースというものだ、よろしく頼む」


「はっはっは、坊主は相変わらず誰に対しても堂々としてるなぁ……まぁ、別に変に態度がデカいわけじゃないからいいけどよ、相手によってはもう少し気を使った接し方をした方がいい時もあるから気をつけろよ? じゃ、こっちも自己紹介、ルノーから」


 自分たちの自己紹介の後にそう呼ばれて前に出てきたのは、フランツ殿ほどではないが逞しい身体つきのお兄さんで、ミディアムに切られた暗めのブロンドヘアーと、興味深そうにこちらを観察する黒に近い茶色のどこか子供っぽい印象を受ける目が特徴的だった。


 動きやすそうな革鎧を身に着け、腰の後ろに二本の短剣を装備しているので、おそらく戦闘の時は二刀流で戦う軽戦士と言ったポジションかと思われる。



「よっ! へぇー、お前が噂のオースか……オレはフランツと同じCランク冒険者で、この国で一番の双剣使いである〈無双の双剣使い〉ルノー様だ、よろしくな!」


「うむ、よろしく頼む……しかし自分は何か噂になるようなことをしただろうか?」


「おいおいカッコいい二つ名はスルーかよ……まぁいい、お前のことはそりゃぁ、殆ど毎日あの鬼のミュリエルを怒らせてるアホがいるってなれば噂にもなるさ……んで、そいつとパーティーを組んだそっちの嬢ちゃんも、Fランクを四回も落ちた逸材だって有名だぜ? グリィちゃんだっけ? よろしくな!」


「わ、私の事もご存じっすか! 名前を知られてる理由がちょっと恥ずかしいっすけど、よろしくお願いするっす!」



「おうっ! じゃあ次はアンナ!」


 気さくで明るいルノー殿の自己紹介が終わったあと、彼に呼ばれて前に出てきたのは、こちらも元気で活発そうなお姉さん。


 ショートボブ程度のブロンドヘアーに、少し猫っぽい印象を受ける目の色は茶色、革製の軽鎧を着ていて動きやすそうな服装ではあるが、手に持っている武器は剣や弓などではなく杖で、恰好からして杖術もある程度は嗜んでいそうだが、宝石のようなものが埋め込まれ装飾が施されたその杖を見る限り魔法職なのかもしれない。


「はいはーい! あたしはアンナ、この男どもと同じくCランク冒険者で、こんな恰好だけど一応は魔法で戦うのがメイン、オースくんもグリィちゃんもよろしくねっ!」


「貴方があの〈爆炎の魔女〉さんっすか! お目にかかれて光栄っす! よろしくお願いするっす!」


「やはり魔法使いであったか、こちらこそよろしく頼む……して、〈爆炎の魔女〉とは?」


「あはは……あたしが人間なのにドワーフに匹敵する炎の魔法を使うとかで付けられた二つ名だね、誰が言い始めたんだか分からないけど、それを聞いたルノーのやつが面白がってパーティー名を兄貴の二つ名と組み合わせた名前に変えちゃうんだから、まったく迷惑な話だよ」


「む? 兄貴……?」


「あれ、聞いてないのか? 〈旋風の大斧使い〉って呼ばれてるこの筋肉男はあたしの兄貴だよ」


「おいアンナ、筋肉男ってなんだよ、お前だって女で魔法使いのくせに腹筋割れてんじゃねぇか」


「うるさいバカ兄貴、あたしのはスタイルを維持する程度だよ! っていうか妹の身体をジロジロ見るなヘンタイ兄貴!」


「なんだとぉ!」


 フランツ殿の妹ということらしいアンナ殿と自己紹介をしあっていたのだが、途中からその二人は些細なことから兄妹喧嘩を始めてしまった……ルノー殿に目をやると両手を顔の横に上げてヤレヤレというように首を振っていたので、きっといつもの事なのだろう。


 一人っ子だった自分には兄妹仲というのがよく分からないが、口では言い争っていても本気で相手を憎んだりしている雰囲気ではないので、おそらくこれが喧嘩をするほど仲が良いと言われるものなのだと思われる。



「うふふ、もうフランツちゃんもアンナちゃんも仕方ないわねぇ……仲良し小好しな二人は放っておいて私も自己紹介しちゃいましょうか」


「「誰が仲良し小好しだ(よ)!!」」


 喧嘩しながらも息ピッタリなフランツ殿とアンナ殿に温かな微笑みを送りながら前に出てきたのは、初めて間近で見たがエルフの女性だろうか……金色の長い髪に緑色の瞳を持つ彼女の耳は映画やゲームに出てくるそれのように尖っていて、どこかおっとりした雰囲気ではあるがその顔立ちは芸術品のように美しく整っていた。


 シルクかコットンか、緑色に染められた綺麗な布で作られたローブを身に纏い、手首にアクセサリーを付けたその装いはアンナ殿よりも魔法使いらしい格好だが、その背中には鋼では無さそうな光沢ある金属で作られ意匠が施された長弓が背負われている。


「私はセイディ、この子たちと同じCランク冒険者で種族はエルフ……エルフと言っても人間とそんなに変わらないから、オースちゃんもグリィちゃんもよろしくね、ふふふ」


 やはり彼女はエルフだったか……ファンタジー小説やゲームの中ではよく魔法の才能が有り長寿な種族として描かれることが多いが、果たしてこの世界でもそうなのだろうか……?


「坊主! 先に言っておくがセイディに年齢は……」

「ちなみにセイディ殿は何歳なのだ?」


「あ……」


 自分がフランツ殿が何か言いかけていたのを気にすることなく、検証のプロとして彼女に気になったことをズバリ尋ねると、その瞬間場が凍り付いたような雰囲気に包まれる……。


「む!?」



 《スキル【危機感知】を獲得しました》



 そして自分はそのメッセージを聞くと同時に大きく後ろに飛びのいた。



 ―― バチンッ ――



 飛びのくと同時に【五感感知】で研ぎ澄まされた自分の耳に何か強い電流のようなものが走る音が聞こえた気がしたが、しかし視界には何も映らず、そして数秒待っても、自分のみにも周囲にも特に何も変化は訪れなかった……。



「オースさん、急にジャンプしてどうしたんすか? っていうか、女性に対して気軽に年齢を尋ねちゃダメっすよ! もうちょっとデリカシーを持ってくださいっす!」


「う、うむ……気をつけよう……セイディ殿、すまなかった、自分は人付き合いがあまり得意では無いようでな……至らない点が多々あると思うが、どうかよろしく頼む」


「え……ええ……反省して気をつけてもらえるのならいいのよ……?」


「私の方からも謝るっす! うちのリーダーは女性に気を遣うどころか率先してスパルタ指導をしたりしますが悪い人では無いので……よろしくお願いするっす」


 こうして自分たちは、二つ名付きの様付けで自身を呼称する調子のいい男ルノー殿、フランツ殿の妹で炎の魔法が得意らしいアンナ殿、微笑みの絶えないおっとりとした雰囲気だが、自分が一撃でスキルを獲得するほどの何かを放った油断できないエルフの女性セイディ殿と知り合いになる。


 そしてそのすぐ後、アルダートン代表のAランク冒険者から自分たち参加者へ向けた掃討作戦の説明があるようだったので、自分とグリィ殿はフランツ殿に背中を押されて、アルダートンの冒険者が集まる場所へと向かっていった……。




「はっはっは、珍しいこともあるもんだな、セイディが年齢を聞かれても地獄の電撃ビリビリを手加減するなんて……流石にFランクになりたての坊主には悪いと思ったのか?」


「……ったわ」


「えっ……?」


「いつものように気絶させる勢いで放ったわ、でもあの子が避けたのよ……」


「はぁ? もうBランクどころかAランクにだって昇格できるのにわざわざ俺たちの事を待ってるだけのお前の魔法が、数日前にFランクに昇格したばっかりの坊主に避けられるわけないだろ? 確かに後ろに飛びのいたようにも見えなくは無いが、お前が意図せず手加減した雷魔法でビリっと来て身体が跳ねたんだろう?」


「うーん……そうなのかしら……」


「ま、偶然避けられたんだとしても気にすることは無いさ、俺たちも作戦を聞きに行こうぜ」



 そんなフランツ殿たちが自分たちの背中を見送った後にしていた会話は、周りの冒険者がガヤガヤと騒ぐ声でかき消され、百匹を超えるゴブリンを全滅させるという大きな作戦を聞くことに集中していた自分やグリィ殿の耳には入ってこなかった……。

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