挿話 王都でのお話


 ここはジェラード王国の王都。


 その中でも一番立派で大きな建物の中にある、高級そうな調度品で整えられた執務室で、豪奢な服に身を包んだ威厳のある見た目をした初老の男と、彼より少し年老いているが聡明そうな雰囲気の男が会話をしていた。


「セザール、あれから光の柱の調査はどうなっておる?」


「はい陛下、そろそろ先日向かわせた第三騎士団が戻ってくる頃かと思います」


 セザールと呼ばれたこの国の宰相をしている男は、持っていた調査報告書と思われる紙の束を捲ると、この国の王、オーギュスタン・ジェラード陛下に直近の動きを伝える。


「ようやくか……今度こそあの現象の正体を掴めるんだろうな?」


「確実に……とは言い切れませんが……騎士団ほどの戦力を出せば、おそらく大抵の脅威は潜り抜けて……少なくとも何らかの情報くらいは持ち帰れるかと……」


「そうか、まぁよい……して、今までの情報はまとまっておるのだろう?」


「はい、ご報告いたします……」


 そしてセザールは目の前の男に説明を始める。


 事が起こったのは半月ほど前、陽が沈み空の色がオレンジから藍色へと変わり始めた頃、誰が最初だったか、悲鳴を上げながら空を指さす民間人が現れ、それにつられて空を見上げては声を上げるという連鎖が広まっていった。


 門番がその空を見上げたのは、声に釣られたか、自然に気づいたのか、そこには、この時間帯にあるはずのない、綺麗な青空が見えたと言う。


 それは、突然夜が明けたというわけではなく、夜空という空間の一部が切り裂かれたように一筋の線が走っていて、その裂かれた夜空の隙間の向こう側に、澄み渡る夏の青空のような景色が広がっていた。


 門番はすぐにそれを上司の隊長に報告すると、その足で王宮の衛兵に伝えるために走らされ、報告を受けた衛兵はその上司へと、そしてその言葉のバトンはやがて食事中だった王の耳にまで届き、王は食事を中断して窓のカーテンを開き空を見上げる。


 報告の前から特に変化のない、相変わらず異様な夜空と青空の混じる光景は、王やその家族を驚かせたが、そこで、今まで口を開いたまま何も言わなかった空が変化を見せた……その開いた青空から、この夜の大地に向けて、まっすぐ一筋の光が降り注いだのだ。



「それが儂が見た光の柱というわけか」


「左様でございます」


 その光の柱が現れたのは一瞬の出来事だったが、王城から見える広い草原を眩く照らすと、空は夜なのに大地は昼のように明るいという奇妙な光景を映し出し、ゆっくりとその光を収めていくと、完全に無くなった時には夜空にあった青空も見えなくなっていた。


「たしか、その光の落ちた場所の調査を冒険者に依頼したのだろう?」


「はい、落ちたのがあの草原でしたので、Bランク冒険者に……」


「竜の休息地……か……」


 光が落ちた場所はこの国で”竜の休息地”と呼ばれる場所で、この大陸中をあちこち飛び回っている巨大な竜が、翼を休めるために訪れる草原となっている。


 その竜が近くの森の凶悪な魔物や猛獣を餌として食べてくれるおかげで、森から人を襲うそれらが溢れてくるほど繁殖しないという利点があり、討伐体を編成して定期的に森に立ち入る人員や経費が削減できているのだが、逆に、人の脅威となる魔物を餌としてしか見ていない竜を怒らせるわけにはいかないため、休息所である草原に街道を伸ばしたり、餌場である森を開拓したり出来ないという難点もあった。


 そんな、普段は魔物といってもスライムくらいしか出現しない代わりに、出現するときには生き物の頂点と考えられる竜が出現してしまう草原……しかも、空が割れると言う怪奇現象が起きた後に、謎の光が落ちてきた場所の調査となれば、大抵の者は恐れが勝ち、いくら報酬が高くとも依頼を受けようとは思わない……。


 しかし、何か危険に巻き込まれそうになっても逃げ帰ることは出来る自信のあるBランク冒険者の中には、多大な報酬と、王族へのコネを獲得できるこの依頼は受ける価値があると思った者もいる。


 もちろんその上位のAランクやSランクの冒険者であれば、逃げるどころかトラブルを打破する力すらあるだろうが、彼等は殆ど貴族と同じ扱いであり、実際に功績を上げて爵位をもらった者もいるため、騎士団を編成して向かわせるのと大して変わらないので、ただの調査であったその段階ではBランク冒険者に依頼されたのだ。


「その結果、大きな情報が得られないまま後にAランク冒険者を送ることになってしまいましたが……」


「そして、そのAランク冒険者でも太刀打ちできずに、第三騎士団が出ることになったと……」


 まず、その異常事態が発生した次の日に、王宮で事態の対応を決める会議が開かれ、最初は冒険者に調査を依頼しようという方針が決まり、実際に冒険者ギルドに依頼書が張り出されたのはまた次の日、光の柱が出現した二日後の早朝となってしまう。


 そして緊急案件として張り出されたその依頼を受ける冒険者はその日のうちに決まったが、何が起こるか分からないため装備を整えるのに丸一日かかり、王宮の上階から見えると言ってもその草原は遠く、実際に調査場所に辿り着いたのは事態発生の五日後だった。


 しかし、調査に向かったそのBランク冒険者は草原に着いてすぐに引き返してきたようで、王都を出た四日後に冒険者ギルドへと戻って来た。


 彼らが言うには草原に大量のスライムが湧いていて、仮に草原一帯がスライムで埋め尽くされているとすればその数はかるく三百は超え、いくら一体一体が弱いとしても奴らは打撃攻撃があまり効かず、それだけの数に囲まれたら自分たちではひとたまりもないと、その報告を持って逃げ帰るのが精いっぱいだったらしい。


 冒険者ギルドはこの報告を受けると、これは緊急事態だと判断し、王宮に使者を出すと同時に、先んじて手近にいたAランク冒険者に調査と討伐の緊急依頼を発行した。


 王宮で報告を受け取ったセザールも同じ判断で、すぐに冒険者ギルドにAランク冒険者の出撃命令を出すと、既に準備をしていた冒険者は草原に向かう。


 街を一つ飲み込むほどのスライムが発生しているという緊急事態に、彼等は馬を使って徒歩だったBランク冒険者より半日ほど早く草原に着いたが、そこに到着した彼らが見たものは、静かなはずの竜の餌場、草原に隣接する大森林から、大量の猛獣が溢れてくるところだった。


 何かから逃げるように森から飛び出していくその狂暴化した獣たちを前に、流石Aランク冒険者といったところか、すぐに仲間と連携して、魔法による目くらましや牽制攻撃による流れの誘導を行い、自分たちの身を護りながらも近くの町にも被害が出ないように多くの獣を撃退していく。


 しかし、いくらAランク冒険者とはいえ所詮は人間、止まることのないその無限に沸き続ける獣の勢いに、自分たちだけでこれをどうにかするのは不可能だと判断して、その進行方向だけどうにか変えると、応援を呼びに王都へと戻った。


「流石の私も焦りましたが、ちょうど別の区域に定期の魔物退治に向かう準備を完了させていた第三騎士団がおりましたので、すぐに彼等を向かわせました」


「いつも良い判断をしてくれて助かる、普段は静かとは言え、全く人の手が入っていない大森林だからな……そこにいる獣が全て暴れ出したら、この王都でもどれだけの被害を受けるか……」


「はい、幸いにもその獣の群れがこちらに向かってきている様子はありませんが……もしかすると周辺の町にはそれなりの被害が出ているやもしれませぬ……」


「そうだな……」



 ―― コンコン ――


 そうして、二人が周辺の町に発生したであろう被害に対してどのような手順で復旧作業を進めようかと話していると、この執務室のドアが部屋の外に立つ衛兵にノックされた。


「陛下、ヴェルンヘル様がお見えになられました」


「来たか……通せ」


 衛兵に開けられたドアから入ってきたのは、明るめの長いブロンドヘアーを後で縛った、ヤンチャそうな青年、第三王子のヴェルンヘル・ジェラードだった。


 彼は陽気な笑顔で部屋を進むと、執務机の前まで来た後、ハッと何か気がついた表情になって数歩下がり、右手の拳で左肩を叩く敬礼のような動作を行う。


「親父! じゃなかった……陛下! 俺……じゃない、第三騎士団隊長ヴェルンヘル、”竜の休息地”の調査結果を報告しに参りました!!」


「……」


「……」


 ぎこちない喋り方で王に向かってそう挨拶をした彼は、背筋を無理に伸ばして身体をプルプルと震わせながら返答を待っていたが、セザールはそれを目を瞑って見ないふりをして、王は眉間に手を当てて頭を振っていた。


「はぁ……もうよい……ここには儂とセザールしかおらん、普通に喋ってよいからさっさと報告せい、バカ息子……」


「よっしゃ! そんじゃ、報告するぜ」


「……それで、草原には一体何があったんだ?」


「何もなかった!!」


「……は? いや……まさか……辺り一帯が焼け野原か荒れ地に……」


「いんや、普通にいつも通りの草原だったぞ? あんまり平和だったんで昼寝して来ちまったぜ! はっはっは!」


「……」



 ――ゴツンッ――


 王から直々にゲンコツを頂戴した第三王子は、それから詳しく状況を説明するように求められ、王都を出てからここに戻るまでのことを事細かに説明させられたが、それでも結局、情報量は変わらず、ただ本当に、草原に大量発生していたスライムや、大森林から湧き出していた獣たちの影など今はどこにもなく、そこにはいつも通りの”竜の休息地”が広がっているだけだということが分かっただけだった。


「あ、でも、ここに来る途中で、行商人から面白い話を聞いたぞ?」


「お前また庶民に気安く……まぁよい、なんだ?」


「その光の柱だけどさ……」


 そして、ヴェルンヘル第三王子からの報告を聞いた王は、彼を下がらせ、またセザールと二人になると、静かにため息をついた。


「セザール……今回の件、どう思う?」


「突然スライムや猛獣が大量発生して、それらが霧のように消え去った件でしょうか……」


「それもそうだが、その後にあのバカ息子が報告したことだ……」


「北西の未開拓地の辺りにも、その光の柱が発生していた……ですか……」


 第三王子が言うには、例の異常が発生したとき、南から王都に向かって馬車を走らせていた行商人が、王都の向こう側、北西の大地に光の柱が出現したのを目撃したらしい。


 そこはまだ人族が開拓していない、魔物の蔓延る土地なので、スライムが大量発生しようが獣が暴れようが関係ないのだが、そんな現象が同時に二か所で発生したというのが、どんな意味を持つのか気になる。


「あぁ……もう儂には何が何だかさっぱりだ……」


「力及ばず誠に恐縮ですが私もです……これは新しい情報が自然に入ってくるのを待つしかありませんね……」


「そうだな……」


 そういって王は椅子から立ち上がると、窓の方へと歩き、今は何の変哲もないただの青空になっているその光景を見上げた。



「一体この国で、この世界で……何が起ころうとしているんだ……」

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