第六話 冒険者ギルドで検証 その二


「うぅ……」


 あれから自分は、依頼担当の受付嬢と依頼の受注に関連する検証を行い、世話焼きなフランツ殿に度々ツッコミを入れられながら一通りの検証項目を確認した。


 今は何故か涙目になって怯えているその受付嬢の名前はエネットというらしく、ふんわりと三つ編みにされたダークブロンドの髪を右肩から前に垂らした髪型で、女性の平均身長よりもやや低い背丈だが、メリハリのある女性らしい体型をしている。


 彼女はギルドの受付になって日が浅いのか、総合受付のミュリエル殿とは違ってかなり感情豊かに……というか、自分が何かする度に慌てたり、目に涙を浮かべて怯えたりと、もはや落ち着きが感じられないというレベルで情緒不安定な対応だった。


 受付嬢のマニュアルに書かれていそうな基本的な対応に関しては問題なかったが、イレギュラーな対応には慣れていないようで、そんな彼女をフォローするように事あるごとに口を挟んできたフランツ殿の方がよっぽど知識があるように思えたほどだ。


「はぁ……はぁ……」


 その頼りになるフランツ殿も今は叫びすぎか肩で息をしているが。


「フランツ殿、お疲れのようだな、無理せずに休めるときに休んでおいた方がいいぞ?」


「誰のせいだっ!!!」


 うーむ、勝手に騒いでいたのはフランツ殿ではないか……。


 ふむ、まぁいい、しばらく依頼の受注に関することで検証漏れなどが無さそうか考えてみたが、とりあえず今できそうな検証は一通り済んだだろう。


 あとは発注する方の検証もしてみたいところだが、手持ちのお金が依頼の未達成報告による違約金だけで底を尽きかけたので、それは後日改めて行うことにした。


 そして所持金が尽きかけているということは、今夜どこかの宿に泊まるお金もないということなので、どうにかして一泊の費用くらいは工面しなくてはならないと思い、今度はちゃんと達成する用の依頼を選ぶために、自分は依頼ボードへと足を運んだ。


 依頼ボードに張られた依頼内容は、最初こそ自分では何が書いてあるか読むことができなかったが、受注の検証をする際に毎回エネット殿やフランツ殿に読んでもらっているうちに【人族共通語(識字)】スキルを獲得し、既に獲得済みだった会話の方と統合されて【人族共通語】スキルとなったので、今は自分一人で依頼内容を読むことができる。


 会話の時と比べて獲得が早かったのは、既にその会話の方のスキルを獲得していたからというのと、識字率がほぼ100%である現代日本の学習能力があり、さらにデバッガーとして法則性を見つけるのが得意だったことが影響しているのだろう。


 文字を読めるようになった時、フランツ殿は「そんな簡単に読めるようになるわけないだろ!」とか、「はっ……まさか最初から読めてて、俺たちが読むことができるか検証していたとかか!」など言ってきたが、本当に覚え始めた今日のうちに習得できたのだから、あらぬ疑いをかけないでいただきたい……だがまぁ、検証というものがどういったものか理解し始めてくれたのは素直に喜ぼう、この調子で検証への理解を深めて欲しい。


「うーむ、Fランクで受けられる依頼は少ないのだな……」


 Eランク以上の依頼を含めればそれなりの数あるのだが、先ほど受注や依頼の破棄に関する検証をした時に、しっかりとFランクまでの依頼しか受けられないことは確認した。


 その時フランツ殿に「受けられないって説明されただろ!」と怒られたが、想定された仕様と挙動に差異が無いか確認するのはデバッグの基本だろう。


「これは……常時依頼?周回クエストのようなものか?」


 検証内容について思い返しながら依頼ボードに貼ってある紙を眺めていると、Fランクで受けられる内のいくつかは常時依頼と書かれており、そのどれもが薬草や魔物の素材を納品するものであるということが分かった。


 薬草は森や草原で散々集めたから亜空間倉庫の中に三桁ほど収納してあるし、最初に受注する依頼としてはちょうど良さそうだ。


 今日はそれなりに検証が進んだし、持っている素材の納品依頼で小金を稼いだら、宿を探して残りを明日に回すのがいいかもしれないな。


 自分はそう計画を立てると、その依頼書をボードから剥がして依頼受付に持って行った。



「すまんがこれを……」


「ひぃっ……! またですかっ! また受けてすぐに解約するんですかっ! それとも依頼者じゃないのに依頼内容を変更するとか言い出すんですかぁ……ひぐぅっ……」


「いや、普通に達成しようと思うのだが……」


 目の前で急に目を潤ませてしまったエネット殿は、最初の方こそふんわりとした柔らかい対応で接してくれていたが、検証を重ねるうちに何故か怯え出してしまい、今では自分が依頼書を持って近づくだけで涙を浮かべながらビクビクと震えるようになってしまった。


「何もしていないのに泣きそうになっている……これも何かの不具合だろうか……」


「お前の今までの行動が不具合だよ!!!」


 うむ、フランツ殿は言っていることはよく分からないが、よっぽど叫ぶのが好きなようだな、先ほどまで疲れて息を切らしていたのに元気なことだ。



「え……ええと……本当に受けるんですか?」


「ああ、受けるぞ?」


「本当にちゃんと……依頼達成まで進めてくれますか?」


「そうだ、達成するために受けるのだ」


「絶対に絶対……」


「しつこいぞ、受けるし達成すると言っているだろう」


「ひぃぃ……ごめんなさいぃぃっ!」


「エネットちゃんを泣かせるんじゃねぇ!!!」


 うーむ、なぜ自分が怒られなければならないのだ……。



 それから自分はフランツ殿から理不尽な説教を受け入れて、涙目でビクビク怯えるエネット殿に可能な限り優しく丁寧に対話して、それなのに何故か「普通に会話してくれてありがとうございますぅぅ」と余計に泣かれながら、なんとか受注を済ませた。


 受けた依頼は〈治癒草の納品〉で、草原や森に生えている、治癒草という傷の回復を促進させる薬草を集めれば、納品した数一本あたり銀貨二枚で引き取ってもらえるとのことだ。


 安い宿に素泊まりする金額が銀貨三枚と考えるとかなり高額な取引のように思えるが、他の草に紛れているため見つけるのが大変で、小さな傷を治すくらいなら高度な調合技術もいらない効果を持ち、腕のある薬師がそれを調合すれば大きな傷も後を残さずに治す薬が作れるらしいので、魔物が溢れるこの世界ではその価値で合っているのかもしれない。


「ところで質問なのだが、既に持っている場合はその場で達成となるのか?」


「え? あ、はい、大きな納品物でもないので、私に対象の薬草を渡して頂ければ達成となりますが……」


「ふむ、そうか、ならば……」


 自分は落ち着いてきたらしいエネット殿に事前確認を取ると、思考操作で亜空間倉庫ことアイテム一覧から目的のものを選び、目の前のカウンターに五個ほど出現させた。


――ドサッ――


「これがその治癒草とやらだろう? 五個納品させてくれ」


「「収納魔法……っ!?!?」」


「ん? なんだ? その収納魔法とやらは」


 何やら同時に驚いているエネット殿とフランツ殿によると、収納魔法という亜空間にものを格納しておける魔法は使い手が少なく、仮に使えたとしてもその容量が少ないのが殆どとのことだ。


 重さを感じることなく、他者の目に触れることもなく、術者が無事な限り格納物が盗まれる心配もないということで、もし馬車一台分の容量を持つ収納魔法が使えるのであれば、大手商会や貴族の元で一生不自由なく暮らしていけるらしい。


「ふむ、そうか……で、査定を進めてもらいたいのだが」


「そうか……って! 反応薄すぎるだろっ!!!」


「しらん、そっちの検証は後回しだ」


「えぇぇ……」


 冒険者としてその魔法に何か思うところがあったのかフランツ殿が暑苦しく絡んできたが、魔法に関連しそうなスキルは特に獲得しておらず、容量がおそらく無限ということを考えると、自分が使っているのはおそらくその収納魔法とやらではないだろう。


 自分も既存の魔法と比較してその効力がどこまで違うのか検証してみたかったが、今は納品クエストの検証が優先だ、いつも通りメモ画面に後で検証することとして書き留めて、騒がしいフランツ殿にそっけない態度をとると、彼は大人しく引き下がった。


 後で聞いたところによると、他の冒険者に対してその生い立ちや持っている能力についてしつこく詮索することは、暗黙のルールとして禁止されているらしい。


 まぁ確かにいつ敵対するかもわからない者に対して、自分の特技や弱点となるものをペラペラと喋るのは、本人にとってもその家族や関係者にとっても良くないだろう。


 同じ依頼を受けて仲間として共に行動するとしても、連携のために多少はお互いの能力を明かして打ち合わせるだろうが、裏切りのことも考えればいざという時のために切り札となる力まで開示することはない。



「えーと……治癒草五個、確かにすべて本物ですので、合わせて銀貨十枚です」


「うむ、適切な査定感謝する、それで問題ない」


「かしこまりました、ではこちらをどうぞ」


 落ち着きを取り戻したらしい彼女の対応はきちんとしていて、営業スマイルにしては自然な柔らかい笑顔で接してくれ、取引相手として安心できる良い受付という印象を受けた。


 先ほどの受注周りの検証の時も、涙を浮かべたりビクビクすることはあったが、仕事自体はキッチリとこなしていた事を考えると、真面目でちゃんとした性格なのかもしれない。


「銀貨十枚、たしかに受け取った」


「はい、ご利用ありがとうございまし……」



――ドサドサッ――


「では続けて治癒草十個の査定をお願いする」


「……」


 と、エネット殿の評価を上方修正しようと思っていたのだが、自分が続けて納品物を出現させると、また固まってしまった……。


 ミュリエル殿もそうだが、ここの受付はたまに少し処理落ちするようだ。進行不能になるまで動かなくなることは無いが、少し不安だな……不具合予備軍としてメモしておこう。


「ミュリエル殿もエネット殿も、本当によく固まるな……大丈夫なのか?」


「誰のせいだよっ!」


 ふむ、フランツ殿は何でもかんでも自分のせいにしたいらしいが、これがバグならばゲームの開発者のせいではないだろうか……?



「うーむ、自分が何かやっただろうか……」


「いや、同じ納品物があるならまとめて出せよ! エネットちゃんが困るだろ!」


「あっ……いえ! その、大丈夫ですから……」


 ようやくローディング処理が終わったらしいエネット殿は、彼女を不安そうに眺める自分と、その視線を遮るように立つフランツ殿にわたわたと手を振りながらそう言って、カウンターに放り出された治癒草を一つ一つ丁寧に確認していく。


 どうでもいいが、フランツ殿はエネット殿に対する庇護が激しいな……たしかに護ってあげたくなるような、小動物的な要素を持っている気もするが、フランツ殿のその態度はそれでも行き過ぎている気もする……エネット殿に恋愛感情を持っているのだろうか。


「……あれ?」


「なんだ? 何か問題でもあったか?」


「ひぃっ! いえっ……いや、あの……これと、これ、二つは治癒草じゃないです……」


「……なんだと?」


「ひぅっ……」


 自分としては普通に声をかけているつもりなのだが、元から淡々と用件だけを話すミュリエル殿に近い人間なので、受け取り手によっては少し高圧的な態度に見えるかもしれない……しかし、そのコミュニケーション能力の低さはもう染みついてしまったものなので、今さらどうにかなると思えないので、話すだけでビクビクするエネット殿には慣れてもらうしかないな……。


 それはさておき、先ほどカウンターに出した十個の草の内、二個が治癒草ではないことは自分で分かっている。何せアイテム一覧で名前が表示されるんだから意図的にじゃないと間違えようがない。


 だがこれも必要なことなのだ。依頼の達成処理に不具合があったら今後の冒険者活動に影響するので、ここで正常な挙動をしない箇所は洗い出しておかなければなるまい……必要以上に怯えているエネット殿には申し訳ないが、その発言を撤回しないか、しばらく挙動を観察させてもらおう……。


「……」


「ひぇぇ……そ、そんなに見つめられても、違うものは違うのですぅぅ……」


「……」


「確かに私は新人ですけど、査定の資格はちゃんと持っているのですぅぅ……」


「……」


「ひっく……ひっく……そんな怖い顔をされてもダメなんですぅぅ……」


「……うむ、エネット殿」


「ふぇ……?」


「合格だ!」


「何様だよ!! お前の人間性が不合格だよっ!!!」


 うーむ、判定の不具合を検証するのは大事なことなのだが……そしてフランツ殿、軽くやっているつもりだろうが、自分の頭を叩かないで欲しい……貴殿の筋肉量で叩かれると【物理耐性】スキルを持っていても地味に痛いのだ……。



「え、えぇと……その、それで……十個の内、二個はよく似てますが雑草なので、納品は治癒草八個となって、達成報酬は銀貨十六枚なのです」


「ああ、それでいい」


「かしこまりました、こちらをどうぞ」


 自分はテーブルに置かれた銀貨を数えて、査定通りの枚数であることを確認すると懐にしまった。


 睨めっこで目を潤ませていたエネット殿も落ち着いたのか、ちゃんと一般的な明るい受付嬢のような対応に戻ったようだ。


 彼女は精神が乱れるのも早いが回復も早いようで、自分が他の冒険者たちとのやり取りで多いであろうマニュアル的な行動を取り始めると、おそらくマニュアルにそう書かれているのだろう、きちんと笑顔で対応してくれる。


 きっとフランツ殿のような優しい冒険者たちは、彼女のそんな笑顔を守るために、イレギュラーな行動を起こす他の冒険者を監視しているのだろう。


「うむ、確かに受け取った、対応感謝する」


 自分も別に彼女を泣かせたいわけではないので、先ほどまでよりも優しい声を意識して、彼女にお礼の言葉を述べると、その言葉を聞いたエネットはいくらか元気を取り戻してくれたようで、自然で柔らかく明るい笑顔をこちらに向けてくれた……。


「ご利用ありがとうございました、またのお越しを……」


 なので……。



―― ドサドサドサッ ――


「次にこの治癒草三十個の精算をお願いする」


 そのままの優しい声で、追加の納品を頼んだ。


 うむ、これくらいの事で円滑のコミュニケーションが取れるのであれば、ちゃんと出来ているかは分からないが、気持ち的には優しめな感じで接するのも悪くないだろう。


「……」


「……?」


「……ひ」


「ひ?」


「ひぇぇええぇぇえぇぇぇんっ!ミュリエルさん助けてくださいぃぃぃっ」



――タッタッタッタ――



「うーむ、優しい声で接してみたつもりなのだが、何がいけなかったんだろうか……」


「……」


 だがまぁしかし、治癒草三十個となると一人では時間がかかるということで、ミュリエル殿に査定の助っ人を頼みに行ったようだし、精神的に少し不安定なところがあると言っても、依頼受付の仕事事態はしっかりとこなせているようだな……。


「うむ、少々心配だったがエネット殿に挙動に問題はないようだ」


「だからお前の挙動が問題大ありだよ!!!」



 そうして一通り納品の検証を終わらせた自分は、ついでに亜空間倉庫に入っていた狼の素材も亡骸まるごと五体ほど換金してもらうと、「持っている薬草の量もそうだったが、狂暴な狼の素材をそんなに持っているなんて何者だ」と、またフランツ殿やエネット殿に変な目で見られたが、「検証していたら自然と集まったのだ」と素直に答えると深くは聞いてこなかった。


 ただ、薬草をこれだけ集められて、狼を一人で倒せる実力があるなら、ランクなし冒険者のままにしておくのはもったいないとかで、納品処理の助っ人に来ていたミュリエル殿がFランクに上がるための申請をしてもいいと言うのでお願いした。


 ランクなしからFランクに上がるために必要な貢献度は少ないようで、大量の薬草が納品された段階で達成されているらしく、あとは受付か上位ランク冒険者の誰かが推薦すれば、後日行われる簡単な面接と試験をクリアするだけでFランクになれるらしい。


 自分はそれらの情報を聞くと、その日の冒険者ギルドでの作業は終わりにして、この街の治安などに詳しいミュリエル殿にすすめられた宿に向かうことにした。


 本当は狼以外の獣の素材も納品して見たかったのだが、依頼ボードに貼られていたそれらしい討伐依頼のランクが高かったので止めておく……高ランクの依頼が受けられないことはもう検証済みだからな、お金は欲しかったが同じ検証を何回もしても仕方ない。


 まぁすべての精算が無事に完了すると、今日の納品クエストだけで大銀貨十枚分くらい稼げたので、今後も含めて無理して検証に関係ない依頼を受けたりしなくてもいいだろう。


 そんなわけで、自分は明日からどんな依頼を受けようかとか、依頼を受けずに街の中を探索するのもいいかもしれないなとか考えながら、その日はそれ以上検証作業をすることは無く、ミュリエル殿に薦められた宿屋で夕食を食べて眠った。


 いや、もちろんその宿屋でも入るなりチェックアウトを申し出たり、一人なのに二つの部屋を借りようとしたりと基本的な検証を行おうとしたのだが、どこからともなく現れたフランツ殿に止められたので出来なかったのだ。


 仕方なく、自分も久々に人と長く話したりして疲れていたこともあったので、お人好しで心配性なフランツ殿に言われるまま、さっさと夕食を食べて眠ることにした。


 有名らしいCランク冒険者というのは、きっと金が余ってて暇なのだな。と思いながら。

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