第四話 村で検証


「そこのご老人、少々尋ねたいことがあるのだが」


「うん? わしに一体何か……」


 村を目指して歩き始めてすぐ盗賊に絡まれるというトラブルがあったが、なんとか翌日中にはその村に辿り着くことができ、自分は村の入り口のすぐ近くにいたご老人に後ろから声をかけた。


 そのご老人はこちらを振り返ると、口を開けたままそのまま数秒固まった後、目をぱちくりと瞬きさせて、ゆっくりこちらの全身を上から下まで眺める。


「お……おい、お前さん……いったい何があったんだ?」


「ふむ、尋ねたいことがあったのに逆に質問されるとは……」


 驚いた顔でそんなことを訪ねてきたご老人は、彫りが深い西洋風の顔立ちで、短い白髪も白髭もよく似合っており、そして日本人との違いか、しゃんと立ったその身長は自分よりも高かった。


「いやいやいや、本当に何があったんじゃ! なんじゃそのボロボロの服は! もはや布切れではないか! 一体何に襲われたらそんな状態になる? そして何故その状態で生きておる!?」


 長身のご老人にそう言われ、改めて自分の服装を確認すると、たしかに殆ど布切れと言っていいほどボロボロだったが、その内側の肌には現状傷一つついていないので、そこまで慌てるようなことではないだろう?


 まぁ、自然治癒で治る前はその心配に納得がいくほど身体も傷だらけだったが……。


「ふむ、何かに襲われたとすれば、スライムや狼、盗賊などだろうか……序盤の敵配置としては少々難易度が高めの設定だったかもしれないが、まぁレベルの上がりやすさを考えると許容範囲内だろう」


「スライムは簡単に逃げられるとしても、狼じゃと!? 少々難易度が高いどころの騒ぎじゃないじゃろう! 大人なら一匹くらいなら怯ませて逃げられるじゃろうが、お前さんのような子供が一人で出会ったら間違いなく追いつかれて食われてしまうわい!」


「自分みたいな……子供?」


「そうじゃ、見たところ十三~十四歳くらいじゃろ? 童顔だから実際には十五歳で成人しているとしても、ワシからすれば子供のようなものじゃ」


 このご老人は何を言っているのだろうか。


 確かに日本人だから外国人と比べると背が低く童顔だとは思うが、それにしても、もう二十代も後半で三十近いとなれば、少なくとも大人には見えるだろう?


 自分はそう考えながら自身の手や足を改めて眺める。


「……うむ?」


 なるほど……改めて見ると、そこには子供のような小さな手足があった。


 そういえばこの世界に来てから周りの景色や魔物ばかり見ていて、自分の身体に関しては殆ど関心が無かったな……元の世界で倒れてこの世界に来た時に、この自分の状態を把握するのが苦手な性格を治そうとひっそり考えていたのだが、今までの生活で根付いているそれは簡単には治らないらしい。


 しかし、だから周りの世界が少し大きく見えていたのか……。


 スライムが想像より大きく感じたのも、森の木々が高く思えたのも、実際には周りが大きいのではなく、自分が小さかったのだな……鏡を持っていないので顔までは確認できないが、着ている服もよく見ると自分が持っていないもののようなので、全くの別人になっている可能性が考えられる。


「大方、隣りの街から家出して、獣から逃げて転びながらこの村まで辿り着いたんじゃろう?死ななかっただけでも奇跡じゃ……悪い事は言わん、商人の馬車が来たら乗せてもらって家に帰るのじゃ、それまではワシの家に泊まっていけばいい」


 そして一人で思考の海に沈みかけていた自分にそんな声が投げかけられると、ご老人はもうそれが決定事項だとでも言うように、全然違うことを考えていたせいで返答が遅れた自分の手を引いて、家の立ち並ぶ村の中心の方へと歩き始めてしまった。


「待ってくれご老人、泊めていただけるのはありがたいが、自分に帰る場所は無いのだ、明日になったら一人で旅立つ」


「帰る場所が無いじゃと……? お前さんは一体何者じゃ?」


 我に返った自分が、ご老人の提案にあった家に帰るという部分に反論すると、子供の姿らしいので当たり前だが訝しげな眼で見られる。


「こことは違う国から来た”大須 啓太”という者だ、他者により見知らぬこの土地に放り出された上、訳あっておそらくその辺の子供よりもこの世界の常識にも疎い」


 この世界がゲームの中なのか異世界なのかがまだ分かっていない状況で、自分の状況をどうやって説明しようか少し迷ったが、おそらくこれがもっとも真実に近い今の状況を説明する言葉だろう。


 仕事が終わったら倒れて、気がついたら知らない世界に立っていた、なんて言っても信じてもらえない可能性が高いので、適切な言葉に言い換えたつもりだ。


「違う国? オース・ケーター?」


「ふむ? この世界でこの名前はそういう発音になるのか」


 【人族共通語(会話)】スキルを獲得してから、すっかりこの世界の言語を日本語のように扱えるようになっていたので、ここが海外だと言う感覚が無くなっていたが、例え日本のゲームだったとしても本格的な外国という設定だったな。


 名前についても英語や西洋言語の感覚なら、姓-名じゃなく名-姓で、”ケーター・オース”となるのだろうか……まぁここに元の戸籍情報があるとは思えないしどうでもいいか。


「家名があるってことはどこかの貴族……いや待て、たしか、隣国の第三王子が継承争いで命を狙われて、碌な護衛もつけずにこの国に助けを求めにきたという噂を……まさか……」


「……何をブツブツ言っている?」


 そして自分がスキルや国に関して考えていると、目の前のご老人は何やら全く別のことを考え始めたようで、顎に手を当てながら首をひねり、ブツブツと何かつぶやきながら、たまにこちらをチラチラと伺っていた。


「整った顔立ちで貴族のように偉そうな言葉遣い……元は立派だっただろう服はボロボロで、装飾品の類も一切無し……そうか……この青年はきっと仕えていたはずの護衛にも裏切られ……必至必死に抵抗するも身ぐるみはがされて……そのままこの村まで……」


「だからさっきから一体……って、何だ? なぜ急に泣いている?」


 そして考え事が終わったようで顔を上げた目の前のご老人は、何故かこちらを見つめながら涙を浮かべ、狼狽える自分の肩を叩きながら泣き出してしまった。


「そうか……そうか……辛かったな……」


「……うむ?」


「いやいや、何も言わんでよい、過ぎたことは忘れるのじゃ……」


 人の名前を聞いただけで泣き出すとは、このご老人、大丈夫だろうか……うーむ、何かの不具合という可能性も……いや、まぁとりあえず家出している少年という扱いじゃなくなったようなので、今はとりあえず良かったということにしておこう。


 それから、なかなか泣き止んでくれないご老人を慰めるが、「自分も辛いじゃろうに何て良い少年じゃ……」ともっと泣き出して、それを落ち着かせるのにかなりの時間を要した。


 何とか話を聞いてもらえる状態に持っていって、この世界の常識や文明レベル、国の情勢について尋ねると、「そうじゃろうな……元の国には戻れんじゃろうからな……」とか言って、また少し涙を零し始めたが、泣きながらでも自分の質問に丁寧に答えてくれた……全くよく泣くご老人だな……そういうキャラ設定なのだろうか。


 とりあえず、そのご老人から聞き出した情報を元に自分なりに分析すると、予想通り中世ヨーロッパくらいの文明で、大きく違うところと言えば魔法が存在する代わりに銃などの火器が発達しておらず、その影響で金属加工の技術力が伸びていないため、機械の開発や、その使用を前提とした大量生産などは行われていない世界観であるだろうことが分かった。


 ただ、魔法に関しては使いこなせる人が少ないものの、貴族だけしか使えないなどと言ったことは無く、平民でも勉強する機会があれば習得出来て、むしろそう言った人たちが働く、魔法の使用を前提とした大量生産の工場のようなものがあるらしい。


 まぁそうは言っても強力な攻撃魔法が使えるようになれば兵士のような職業に就き、手柄を立てられれば勲章が与えられ、場合によっては騎士爵を授かり一代貴族になれることを考えると、やはり自然と魔法が使えるものは貴族寄りの地位になってくるそうだ。


 他にもこの国の名前やこの村のある領地、宗教などについてもある程度は聞いて、硬貨の種類やだいたいの物価も教えてもらった……ちなみのこの村の名前はウェッバー村というらしい。


 しかし小さな村では情報量に限界があるようで、政治や宗教の細かい知識などは少し西にある大きな街で聞いてほしいとのこと。


「ありがとう、ご老人」


「いや、礼には及ばんよ、それよりも……」


 ご老人は自分の質問が終わると改めてこちらに目をやり、「たしか孫のお古があったと思うから家に来なさい」と言って、手を引いて半ば強制的にその自宅らしき住居に案内すると、孫の古着とやらを一式譲ってくれた。


 リネンのような布でつくられた薄いシャツや下着に、ウール製と思われるゴワゴワのズボン、靴は鞣した獣の皮で作られているようだったが、現代のブーツほど厚くて丈夫な革というわけではなかった。


 まぁ日本の快適な生活に慣れている自分としては思うところが無かったわけでは無かったが、元々そこまで服装にこだわりは無かったし、この時代だとおそらくこういった服が主流なのだろう、タダでくれるというのだからお礼は言っても文句は言ってはいけない。


 服を着替えながらご老人にこのウェッバー村について話を聞くと、村の人口や普段の生活などの情報を得た他、なんとこのご老人は村長だったらしいことが分かった……どうりでさっき見た家の外観が他の家よりも大きいと感じたはずだ。


 せっかくなので村に住む他の人にも紹介して欲しいと言って、小さな村での全住民との会話イベント検証を済ませることにした。


 村には年寄りや大人が多かったが、幅広の布をたすき掛けにして背負われている乳児や、親の仕事を手伝っている子供もそれなりにいて、子供の反応は警戒して全く近づいてこないか、逆に興味津々に出身や年齢を訪ねてくるかの二択だった。


 大人に関しては、声は聞こえなかったが村長が先導して自分のことを紹介してくれたようで、しかし何故か会わせてくれた村人は誰もがオーバーなほど優しく接してきて、使わなくなった麻袋や、少し刃がかけた小さなナイフなどを譲ってくれたかと思うと、「頑張れ」とか「希望を捨てるな」とか、自分に向けて応援の言葉を投げかけてきた。


 何故会ったばかりの自分に対してこんなに優しいのかはよく分からないが、貰えるものは貰っておく性分なので、自分はちゃんとお礼を言って、それらの冒険に役立ちそうなものをしっかり受け取る。


 きっと自分の見た目が子供だからなんだろう……村長であるご老人の家にも鏡は置いてなかったが、聞くところによるとギリギリ十五歳に見えなくもないくらいだというのだから、そんな子供に優しくするのは当たり前なのかもしれない。


 ……うむ?しかし十五歳で成人とも言っていたような……まぁいいか。


 そして次の日の朝、あの後、結局ご老人の家で、硬い黒パンと具が少なく味の薄いスープという、簡素ながらも温かい夕食をいただき、そのまま泊めてもらった自分は、日の出よりも早く起きると、昨日は出来なかったとある検証を開始する。



 ――ゴリゴリゴリ――


 自分はただひたすら歩き続ける。


 ――ゴリゴリゴリ――


 村の中、それも各家の壁のすぐ隣を。


 ――ゴリゴリゴリ――


 身体を壁に擦りつけながら……。



「あ……」


 ふむ、どうやら村人の起床時間は思ったよりも早かったらしい。


「おはようございます、お隣さん」


「え? あ、ああ……おはようございます」


 うむ、朝の挨拶は大事だな。



 ――ゴリゴリゴリ――


 そして挨拶を済ませた自分は検証を再開した。



 先ほど出会った、おそらく昨日挨拶を済ませている住人が、何やら慌てた様子でご老人の家に駆けて行ったが、何かあったのだろうか。


 よく分からないが、村人の朝は早いということだろう。


 そんな感じで徐々に起き出してくる村人を横目に、3Dゲーム特有の壁付近で当たり判定の隙間に引っかかったり奈落に落下したりしないかの検証を終わらせ、全員が起きたあたりで世話になった住人に別れの挨拶をした。


 貰ったばかりの服がボロボロになるのは気が引けたので、頭を壁に擦りつけるようにその検証を行ったのだが、【物理耐性】スキルの影響で髪にすら全くダメージを受けなかったので助かった……ゲームの中だとしても髪の毛が無くなるのは辛いからな。


「ふむ、それにしても温かい村だったな」


 午前中にウェッバー村の壁に身体を擦りつける検証を無事に終えた後、住人に困りごとなどないか聞いてまわって、未消化イベントの確認を行ったのだが、特に無いと言われるどころか、逆に何か困ったらいつでも助けになるという言葉をかけられた。


 昨日から何故か心配されすぎだが、とりあえず他にイベントも無さそうなので、この村で出来る検証は一通り終えたということだろう。


 それならば村を出て、昨日教えてもらった西の商業都市とやらを目指そうと決め、自分は住人たちや村長に旅立つことを伝えたところ、村で手の空いていた何人かが一緒に村の入り口まで見送りに来てくれた。


 そして彼等は途中でお腹が減ったら食べてくれと言って、涙ぐみながら貴重だと思われる干し肉や果物を渡してくれる。


 これでも精神年齢は二十代後半で、見た目もギリギリ成人らしいのだが、今の自分はそんなに頼りない容姿なのだろうか……まぁ貰えるものはありがたく貰っておこう……そしていつか、必ずお礼を返しに尋ねよう。


 今は手持ちの現金も少ないし、返せるものも思いつかないが、そのうち何かちょうどいいものが手に入るだろう……人の好意は素直に受け取り、後で何倍にもして返す派なのだ。


 自分はそう決めると、メモ画面にやることリストとして書き込み、村に来る時よりも少し軽い足取りで、次の街へと旅立つのであった。



「うぅ……村長の言った通り、そうとう辛いことがあったんだね……」


「頭がおかしくなって朝からあんな常軌を逸した行動をとるなんて……」


「真面目そうな少年だし、家族や家臣に裏切られるなど余計に堪えたんだろう……」


 村人たちからそんな事を言われながら背中に憐みの視線を向けられているとは知らずに……。

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