第五話 冒険者ギルドで検証 その一


 ウェッバー村から西に一日ほど歩いた距離にある、商業都市アルダートン。


 来た道を戻るように東の道へ村を超えてまっすぐ進むと他国と隣接するフォレスター領があり、南に伸びる道を進んで行くと海のあるコールフィード領、そして北の道を進めばここジェラード王国の王都があるという、交易路の中心地であり人と物が行きかう街である。


 元の世界では村で聞いた限りの文明レベルではこういった都市は殆どなく、中世の終わり頃になってから貿易や特産品によって商人の力が強い自由都市が乱立し、その影響で封建制の政治が衰退していったと聞いたことがあるが、この世界では大きな商業都市があっても貴族社会が揺るがない何かがあるのだろう。


 自分はうしろからやってきた親切な旅商人らしい人の馬車に乗せてもらって、その頑丈そうな防壁に囲まれた街に辿り着くと、その商人や、腰に剣を携えた人が並んでいるのを見ながら、門に入るための列らしいそこへ加わった。


「止まれ!」


「ふむ、何か?」


 そしていよいよ自分が街の中に入る番だというところで、門の横に立っていた兵士のような恰好をした人物に話しかけられる。


 同じように街に入ろうとしていた人達を見ていた限り、軽く身分の確認をされているだけのようだったので、ボロボロの服は着ていないし、持ち物は武器どころか村でもらった旅の必需品が入った小さな麻袋くらいしか持っていない自分は、きっとすぐに通してもらえるだろう。


「見ない顔だな、どこかの村の子供か?」


 今着ている服が村でもらった庶民的なものということを考えると、客観的にみたら確かに田舎からお使いに来た平民の子供に見えるだろうか……村長の家には鏡など置いてなかったが、この街にあったら後で見て見よう。


 とりあえず今はどう答えるべきかだが、門番というのは職質する警官のようなものだと考えると、ウェッバー村の村長に説明したような自分の状況じゃなく、普通に社会的な受け答えをした方がいいだろう。


 自分はそう思い、素直に社会人らしい返答をした。



「デバッガーを職業としている大須という者だ、この街には検証に訪れた」


「……は?」


 そして何故かそのまま門の横の詰所のような場所に連れていかれてしまった。


 ふむ……何が問題だったのだろうか……。



 ♢ ♢ ♢



「で、オース少年、そのデバッガー? という自己紹介は、ウェッバー村の子供の間で流行っている遊びか何かか? おつかいに来たにしろ冒険者にあこがれて独り立ちしたにしろ、親から挨拶の仕方くらい教わっただろうに……」


「そうであった、この世界で自分の名前はそういう発音だったな」


 なるほど、問題点は発音であったか、次からはちゃんとオースと名乗ることにしよう。


 自分は思考操作でメモ画面に名前の発音を書き留めると、「いや、重要なのは名前の発音とかじゃなくてだな……」と困った顔をしている門番に、どうやらこの世界では一般的ではないらしいデバッガーという職業のことを、真面目に詳しく、そしてなるべく分かりやすく説明した。


 デバッガーとは様々な物事の挙動を検証して、意図しない状況に陥ることが無いか確認し、それを担当者に報告するなどして物事の正常化を図る仕事だと。


 検証とは様々な状況下で、あらゆる想定をし、仕様設計者が思いつかないような操作も含め、細かく分析、調査し、地道に一つ一つ問題を発見して解決に導く行為だと。


 大体そんなニュアンスのことを説明したと思う。



「……あー、つまり簡単に言うと研究者のようなものか?」


 そしてなんとかこの世界に住む者なりに理解したらしい門番がそう訪ねた。


「まぁ、研究者と言えなくもないな」


 確かにゲームなどの製作物を詳しく調べて、製作者以上に細かく理解するということを考えると、ある意味デバッガーとは研究者のようなものだと思うし、実際に自分は学生時代からこの検証作業のことをゲームの研究と捉えていた。


「……」


「まだ何か?」


「いや、もういい……研究者っていうのは”頭のおかしな天才”って意味だろう? 王都に行くとそんな奴で溢れているらしいが、俺みたいな最近入った門番がそんなやつに何を聞いても話が理解できないさ……子供に何が出来るんだと思わなくはないが、”頭がおかしい”という部分ではオース少年も才能があるように思えるしな」


 うーむ、この世界で研究者というのはあまり理解されていないのだな……いや、元の世界でも似たようなものか。


 未来をよくするために人々の知識の終点からさらに先を目指している立派な職業だと思うのだが……まぁそれを自分が気にしても仕方ないな。


 それから門番に、王都で研究者として働くなら同じく王都にある学校に通って、そのまま研究所に入るのが主流らしいという話を聞いたり、しかし学校に入れるのは貴族や大手の商人の子供くらいだから田舎出の子供には無理だろうと言う話を聞く。


 自分は派遣のデバッガーという元の立場から正社員になるつもりは無かったので別に研究所に務めるつもりはないが、まぁ気になる情報ではあるので覚えるだけ覚えておこう。


「それで、もう街には入ってもいいのか?」


「あぁ、大荷物も持っていないようだし、大銅貨三枚の税を払えば問題ないだろう」


 うーむ……亜空間倉庫の中にだったら、草原や森で拾った大量の素材や、スライムや獣を倒して入手したアイテム、盗賊から貰った武器などが入っていたが……まぁ門番の言う通り(手には)何も持っていないので大丈夫だろう。


 それよりも自分は日本の生活では馴染みのない後半部分に対して、改めて異国に来たんだなぁという感想を抱き、門番に問いかけた。


「あー、すまないが何分旅に出たばかりなので、あまり税に関して詳しくないのだ……手数だが価格と簡単な内訳を教えて欲しい」


 そして門番の人に説明してもらったところ、基本的にこのような大きな街によそから入るときにはその時に関税のようなものを払わなければならないらしい。


 ここの住民でないものが、街にある施設を利用できるという権利に対する税であり、この街にいる間は防壁や兵士に守られるという恩恵に対する税でもあるとのこと。


 冒険者ギルドや商業ギルドなど、街をまたぐ大きな組織に所属する者はそれを証明するカードを提示するだけでそういった税金が免除されたりするらしいが、そういった人たちも大量の商品を持っていれば場合は、その分だけ別途税を取られるとのことだ。


 自分は商人でも冒険者でもないので、一般的な額である大銅貨三枚をこの街に納める必要があると言われた。


 硬貨の価値に関してはウェッバー村で村長に聞いていて、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の順で、十枚ごとに繰り上がっていく簡単な仕様らしい。


「手持ちの現金がないなら、街の中にある店で代わりに何か物を売ってきてやってもいいが、その場合は少し手数料をいただくことになる」


「いや、問題ない、これでいいか?」


 そう言って自分は麻袋から大銅貨を三枚取り出す。


 前に盗賊からいただいたり、村でご老人が少し持たせてくれたお金が亜空間倉庫に入っていたので、思考操作で麻袋の中に出現させたのだ。


 先ほど大荷物は持ってないと確認されたことを考えると、今そのまま何もない場所から出現させたら面倒なことになると思ったので、念のため少し工夫して取り出してみた。


「ああ、確かに受け取った」


 そして自分は税金を払うと無事に詰所から解放され、その後門の前まで送ってくれた門番に礼を言って別れる。


 別れ際に「変な言動は控えるんだぞー」と心配顔で声をかけられたが、今の自分はそんなに小さな子供に見えるのだろうか……とりあえず無言で手を振って返しておこう。


 本当はあえて税金を払わないで強行突破する検証や、逆に税金を払いすぎる検証も行いたかったのだが、今は手持ちのお金が少なく、それで対処しきれない場合、検証が続行不可能な状況に陥る可能性があったので、今日は止めておくことにする。



「ほう……なかなか大きな街だな……」


 そして門をくぐった先に見えた光景……その色鮮やかで賑やかなヨーロッパ風の街並みを見て、自分は柄にもなく少し感動を覚えワクワクした。


 村に入った時は日本の田舎とあまり変わらなかったのでそこまででは無かったが、今目の前にあるこの光景を見ると、やはりここは日本ではないのだなと実感する。


 ゲームの中なのか異世界なのかはまだハッキリとしないが、レンガで出来た建物や石の敷き詰められた道や、そこを行きかう様々な人種の人たちを見たかぎり、少なくとも地球上に存在する地域では無さそうだと思えた。


 街並みだけならヨーロッパのどこかにありそうだが、流石にゲームによくある動物の耳が生えている特徴を持った人種はいないものの、染めたにしては自然すぎるカラフルな髪の人たちが、普通に剣や鎧を身につけて歩いていたりして、それを珍しそうに見ているのが自分だけなのを考えると、ここではこの異常が日常であり普通のことなのだろう。


「しかし、二~三日で終わりそうにないな……」


 自分がそう呟き、長くかかりそうだと思ったのはもちろんデバッグの事。


 元々ゲームが好きなこともあり初めて生で見るファンタジーな街の光景に少しだけ胸をときめかせたが、やはり根っからのデバッガーである自分の頭はすぐに検証モードに切り替わり、先ほど感じた期待がそのままこれからの大変さへの不安に変わっていった。


 外から見た限りでもこの街は広く、商店や酒場、鍛冶屋などの施設関連も多いが、何よりも人の数が村とは比べ物にならないほど多い。


 流石に街から街に移動する行商人や旅人など、同じ場所に留まっていない人物にまで全て話しかようとするのは難しいと思うが、少なくともこの街に住んでいる人に関しては、老若男女問わず、なるべく全ての人物に話しかけようと思っている。


 自宅から出ないキャラクターならば別だが、普通に生活していて会話する機会がある人物ならば、例えモブキャラのNPCでも一行の定型文くらいは会話イベントがあるはず。


 不具合とはそういう地味な場所に隠れていることが多いので、その行為を省略するなど絶対に行ってはならないのだ。


「効率よくイベントを回るルートがあればいいのだが……」


 やらなければという謎の使命感にかられながらも、この街での膨大な検証を地道に何の指標もなく一つ一つこなしていくのは、どこまでやったか分からなくなったりする可能性があるので、自分は少しでも効率よく正確に検証できそうなルートが無いかと考えながら、とりあえず街のメインストリートを歩く。


 ちょうどいい機会なのでこの街に紙が売っていたら、それに検証する項目を洗い出してチェックシートを作成して、ついでにこの世界で検証しなければならなそうな事を一覧化してみてもいいかもしれない。


 メモ画面を使って書けなくもないが、自分としてはただ箇条書きするだけではなく、元の世界でデバッガーとして働いていた時と同じように表のようなものを作ってまとめたいのだ。


 ふむ……しかしそのためには紙がいる……だがこの文明レベルで紙が安く大量に売っているとは思えない……ということはまずお金を稼がなければならない……うーむ、どこかに自分をデバッガーとして雇って給料を支払ってくれる店はないだろうか。


 自分はそんなことを考えながら周りをキョロキョロと見回し、せっかくなら街の地形や店の位置関係を覚えながら歩こうと思い立ち、それを書き留めるためにメモ画面を開いた。


「うむ?そういえば……」


 ふと、ステータス表示の検証をしていた時にメモしていた内容が目に入り、自分はその時に見つけたいくつかの画面の内のひとつを思考操作で呼び出した。



 ―― ヴォン ――


「あぁ、やはりか……これの検証もしないとな……」


 現れたのはステータス画面と同じような透けた青い板で、書かれているのは線や図形が組み合わさって表示された地図のようなもの、いわゆるマップ画面などと呼ばれるものだろうか。


 しかしこれを発見した時は周りに障害物などが一切見当たらない草原だったので、何もない四角い画面の中心に、向きを示す三角のアイコンが一つあるだけ……検証しようにも圧倒的に画面情報が不足していて、マップ画面だと断定できなかったのだ。


 だがここならばちゃんと道や建物が書かれていて、どうやらタップするとその構造物の簡単な説明も表示される。


 うむ、検証は必要だがこれはマップ画面で間違いなさそうだな。


 そしてそのまま立ち止まっては通行人の迷惑になると思い少し道から外れて、人通りの少ない端の方でしばらくその表示を確認していると、自分はマップ画面からその建物を発見した。


「む? 冒険者ギルドとな?」


 街の中央と東門のちょうど中間くらいの位置にある大きな建物のアイコンをタップして表示されたのは、〈冒険者ギルド〉という、いかにもファンタジーな雰囲気のある名称だった……そういえば門番と話している時にそんな名称が出ていたな。


 マップ画面の詳細説明を見る限り、ゲームや小説などで出てくるものと同じような機能を持っていて、街を管理する貴族や、街の住人、はたまた旅の商人まで、様々な人々からのお困りごとという名の依頼が届き、そこに所属する〈冒険者〉という名の便利屋が、それを解決することで報酬をもらう、という仕組みで動いているらしい。


 ふむ……元の世界でいう、人材紹介と言われる職業紹介所のようなものだろうか……うむ、元々デバッガーの派遣会社に勤めていた自分がお金を稼ぐのにピッタリじゃないだろうか……それにこれを使えば効率の良いイベント周回が出来そうでもある。


 街の住人たちは自分の手に負えない困ったことがあると冒険者ギルドに協力を依頼し、冒険者はその依頼を受けて、色々な場所で多種多様な人助けをしていく……それは自分のやろうとしている行動に沿った内容で、しかも依頼自体がデバッガーとして重要なチェック項目だろう。



「ふむ……なるほど……よし」


「まずは冒険者ギルドに登録するところからだな」



 ♢ ♢ ♢



 ――カララン――


 マップを頼りに少し街の中央付近に進んで、それらしい大きな建物に入ると、そこはカントリー風のバーやレストランのような食事処と、銀行や市役所のような受付カウンターを合わせたような場所で、手前には食事や酒を楽しむいくつかのテーブルがあり、部屋の壁にはたくさんの紙が貼られた掲示板のようなものがあったりした。


 ――ギロッ――


 そして自分がそこに足を踏み入れると、テーブルで会話をしていた筋肉質な男たちが一斉にこちらを睨み、受付や掲示板の前からも値踏みをするような視線が降り注ぐ。


 それほど多い人数がいるわけでもなく、声をかけられたり絡まれる事こそなかったが、初めて見るよそ者に対する警戒なのか、しばらくしてそれまでの作業や会話に戻った者も、こちらを完全に意識外に出すことはしないで、チラチラとこちらを気にしているようだった。


「ふむ……」


 しかし、自分はデバッガーである。


 そんな行動をされたら、検証しなければという使命感を感じずにはいられなかった……何もしていないのに視線が集まるなど、何か重大な不具合である可能性が高いと思われる。


 そう考えた自分は、この視線が不具合によるもので、もしかしたらこの建物にいる人物の視線が自分に固定されてしまい、その影響で何らかの進行不能バグが出てしまっているのではないかと思ったので、それを確かめるために無言で検証を開始する。



 ――テクテク、スタッ――


(……?)


 部屋の真ん中で急に立ち止まってみたり……。


 ――テクテクテク、カララン――


(……???)


 そのまま何もせずに立ち去ろうとしてみたり……。


 ――カララランッ――


(ビクッ……っ!)


 と見せかけてすぐにまた入ってきたり……。


「ハッ、セイッ、タァッ」


(ビクビクビクッ……っ!)


 そのままバク転で縦横無尽に動き回ってみる……。



 うーむ、なるほど……これは不具合ではないのかもしれない。


 何故か先ほどよりも強い視線を向ける人物も現れたが、逆に”こいつとは関わってはならない”とでも言うように、あからさまにこちらへ視線を向けなくなった人物も現れた。


 ふむ、人の挙動が固まったり、進行不能バグが起こっているわけでは無さそうだ。



 《スキル【視線感知】を獲得しました》

 《称号【常軌を逸した者】を獲得しました》



 そしてまた変な称号を獲得してしまったようだ……。



 ――ドッドッドッド――


「おい坊主! 何暴れてやがる! ここは遊ぶ場所じゃねぇ!!」


 さらに走って来た見知らぬ男に怒られてしまった……何故だ。


 彼はテーブルでお酒を飲んでいたうちの一人のようで、革鎧を纏ったその身体はよく鍛えられており、背も高く堂々とした佇まいは男らしい力強さを感じさせる。


 ブロンドの髪は角刈りのように短く整えられていて、特に傷があるわけではないが深堀で鋭い眼光を持つその顔は威圧感があるため、子供だったら見ただけで泣き出しそうな印象は受けるが、自分が子供なのは見た目だけで精神的には大人なので問題ない。


「失敬な、遊んでいるわけではない」


「じゃあ何をやってるって言うんだ? 突然立ち止まったり、何もせずに出ていったり……かと思えば速攻で引き返して、挙句の果てに急にバク転を始めるときた……これが俺達冒険者をおちょくって遊んでいる以外の何だって言うんだ?」


 なるほど、たしかにこの方たちの意見もごもっともだ。


 門番の人も検証がどういうものか知らなかったことを考えると、この冒険者を名乗る男も、というよりもこの世界全体でこういったデバッグ作業が一般的ではないのかもしれない。


 しかしきっと、自分が何をやっていたか説明し、その結果がどうであったか話せば、何もおかしなことはしていないことを分かってくれるだろう。


「降り注ぐ視線が、バグじゃないか検証していたのだ」


「検証……?」


「そうだ、ただ建物に入っただけで視線を集め、しばらく様子を見てもイベントが発生した様子もなかったからな」


「イベント……?」


「ああ、だから自分は、あなた方の視線が何かのバグで固定されてしまったのではないかと考え、それによって行動に何らかの制限などが出てしまっている可能性を危惧し、穏便な方法でそのバグの実態を確かめようと動いたのだ」


「穏便……?」


「うむ、そしてどうやらあなた方の挙動に問題はないようだ」


「お前の挙動が大問題だよ!!」


 ふむ? 自分の対応は何か不足があっただろうか……?



 その後、どうやら見た目は強面だが内面は優しかったらしいその男は、冒険者とはどういった人物なのか、冒険者ギルドとはどういった場所なのか説明してくれた。


 冒険者とは仕事の都合で誰かの恨みを買うこともあり、常に周りを警戒していて、冒険者ギルドで初めて見る者に対する態度はそれが普通であると。


 そして特に大きいと言っても領都ほどではないこの街では、よく来る依頼者も冒険者も顔見知りばかりなので、今まで全く見かけたこともなく、冒険者にしては軽装過ぎるし、依頼者にしても貧相という、何故ギルドに入ってきたのか分からない相手に警戒していたらしい。


 この世界の常識についての知識が不足していた自分は、そのまま他にも冒険者ギルドに関する常識や基礎知識を教えて欲しいと言って、ウェイトレスらしい女性に彼が飲み干して空になった酒のおかわりを注文すると、「非常識な子供のくせに変な常識だけ知ってるんだな……」と言われながら色々なことを教えてもらった。


「なるほど、色々と情報をありがとう、助かった」


「いいってことよ、新人」


 親切なその人はフランツという名前のCランク冒険者で、Cランクというのは下から四番目のそれなりに仕事のできる一般的なランクらしい……そのランクというのがどういう意味を持ち、それがどんなシステムの上で成り立っているのか気になったが、その辺りの詳しい説明はギルドの受付で本職から直接聞いた方がいいとのこと。


 そんな彼との一通りの会話が終わる頃には、自分が成人で、冒険者ギルドに登録しに来たことも理解してくれたようで、自分に対する呼び方が「坊主」から「新人」へと昇格した。


 そしてついでにギルド内でもう暴れるなという注意も受けた……うーむ、検証についての理解は得られなかったようだ。


 まぁそれはそれとして、自分は見るからに田舎者の子供といった見た目にもかかわらず丁寧に対応してくれた冒険者、フランツ殿に礼を言うと、ギルドに新規登録するため、教えられた総合受付に向かった。


 その窓口の向こうには受付嬢らしい若い女性が立っており、周りをキョロキョロと見渡しながら近づく自分に気がつくと声をかけてくる。



「……どのようなご用件でしょうか、依頼ならあちらの窓口です」


 シンプルにそれだけを伝えてきた、黒髪をうしろで一つに束ねてポニーテールにしている総合窓口の女性は、女性の平均身長よりも少し背が高く、スラっとしたスマートな体型で、縁の無い眼鏡を通して少し厳しそうな目で自分の方を見つめている。


 おそらく自分のことを田舎の村からおつかいで依頼を持ってきた子供だと思っているのだろうが、受付というギルドの顔という立場であることを考えると、もう少し愛想がよくてもいいのではないだろうか……まぁ、その態度は田舎者を見下しているという様子ではなく、ただ真面目に淡々と仕事をこなしているという雰囲気なので、そこまで悪い印象を受けるわけではないが。


「依頼ではない、冒険者登録をするために来たのだ」


「登録……? 失礼ですがご年齢は?」


 ふむ、そういえばフランツ殿が、冒険者でも商人でも正式にギルドに登録できるのは一般的には成人になってからだと言っていたな……そして今、子供に見えるらしい自分がそう尋ねられるのも無理はないか。


「童顔ゆえ幼く見えるだろうが、齢は十五で成人だ」


「……それを証明するものはお持ちですか?」


 しかし、この世界では赤ん坊や子供の死亡率が高く、なので生まれてすぐに出生届を国に提出するということもないため、自分の年齢や身分を証明できない者も、それなりに多くいるとウェッバー村の村長から聞いている。


 一般的な家庭では子供が成人すると教会で洗礼を受けさせ、洗礼証明書として受け取るギルドカードのようなものを身分証として利用するらしいが、旅をする冒険者の間に生まれた子供や、家を持たない行商人の子供、成人する前に親を亡くして浮浪児としてスラム街で過ごすことになった子供など、その手順を踏まない者もある程度いるとのことだ。


 そういった子供が成人してから手っ取り早く身分証代わりのものを手に入れる方法が、どこかのギルドに登録することなので、おそらく冒険者ギルドではそういった身元不明の者を扱うことも多いだろう。


 まぁ、だからこそギルドカードはあくまでも簡単な身分証代わりに使用できるだけで、教会で貰えるそれと比べると利用できる場所も限られ、ギルドカードしか持っていない人々は一般市民よりも下に見られるらしいが……。


「いや、少々事情があって洗礼を受けていないんだ」


「そうですか……ではランクなしの状態からスタートとなりますが、よろしいですか?」


 そしてフランツ殿から聞いていた通り、そういった身分証を持っていない自分みたいな子供は、たとえ本当に成人していてもランクなしの身分から始まるようだ。


 この状態ではその仮の身分証としても効力が弱く、身分証を求められるところでそれを提示しても、取り合ってくれるのは同じギルド内だけらしい。


 しかし、功績を上げてランク冒険者になれば仮の身分証としての効果を発揮して、さらにランクを上げて上位のランクになると、通常の身分証と同等の役割を果たしてくれるようになるとか。


 なので、ここでランクなしの冒険者として登録するのは正しく、多くの人が通る道である。


 それは当たり前のことであり、自分もそれに習うべきだろう……だが……。



「ふむ……なるほど……よし……」


「……?」


 自分はデバッガーである。


 そしてこれはアカウント登録という重要な検証項目であった……。



「前回の冒険者データを引継ぎたい」


 うむ、アカウント検証でデータ引継ぎ関連は外せないよな。



「……」


「……」


「ええと……もう一度お伺いしても?」


 うむ、引継ぎがキャンセルされて、前の処理に戻ったようだな。


 これは正常な挙動といっていいと思うが、念のためもう一度試してみよう。


「冒険データの引継ぎを……」



 ――ドッドッドッド――


「おい坊主! また意味不明なことをしてるんじゃねぇ!!」


 何故か自分の様子を見守っていたらしいフランツ殿が走ってきて、呼び方がまた坊主にランクダウンした上にお叱りを受けてしまった……うーむ、やはり検証という行為をこの世界に理解してもらうのは難しいのだろうか。


 もちろん引継ぎデータなんて持ってないから、それを実行出来ないのは当たり前だが、だからこそ当たり前だろうと片づけられ、経験の少ない開発チームだと検証がスキップされている可能性もある。


 開発の段階でも普通に気をつけると思うのでミスなどそうそう起きないが、検証とは操作できる全ての行為を試みることをいうのだ、決して気を抜いてはいけない。


 不具合が発生しそうな箇所を集中して確認するデバッガーは三流だ、元のデータが無いのに途中から始められたり、他人のデータを違法に引き継げたら不味いと考え、もし不具合があったら大変だという部分に気を張ってこそ、一流のデバッガーと言えるのである。


「ふむ、とりあえず引継ぎは出来ないということでいいだろうか?」


 ということで、自分はフランツ殿を無視して目の前の受付嬢と会話を続ける。


「ええと……おそらく引継ぎとはギルドカードの再発行を示しているのだと思うのですが、以前に冒険者登録をした事は……?」


「ないな」


「……」


「……」


 ふむ、この受付嬢はたびたび固まるな……データが膨大で読み込みが遅いのだろうか。


 それと先ほどから、フランツ殿が自分に向かって「少しは一般常識を身につけろ」とか「さっきギルド内で暴れるなと注意したばっかりだろ」とか話しかけてきて騒がしい。


 今は暴れず大人しく(デバッガーとして)常識的な行動を取っているというのに……。


「コホン……申し訳ありませんが、冒険者登録をしていない状態では、ギルドカードの再発行手続きは出来ません、まずは登録からよろしくお願いします」


「そうか、出来ないか……」


 自分がそう呟くと、受付嬢は「分かってくれた……」と言う感じの少しホッとした表情を浮かべて、おそらく冒険者への登録用紙と思われる紙の準備を始める。


 うむ、最初はこの受付嬢のことを少し機械的で愛想が欠けていると思ったが、デバッガーであり人とのコミュニケーションが少し苦手な自分としては、選択した内容に対して正確な回答を出してくれるこの女性はとても話しやすい。


 今も後からずっと「ミュリエルが優しい人で良かったな」とか「ギルドに入ってから冒険者登録の手続きに移るまで時間かかりすぎだろ」とか小言を呟き続けているフランツ殿とは大違いだ……ふむ、そしてミュリエルとはこの受付嬢の名前だろうか。


「では、新規登録の手続きを……」


「いや、待って欲しい」


「……?」


 そして、ミュリエルという名前らしい受付嬢が話しやすいからこそ、少し騒がしいが冒険者としての経験が豊富らしいフランツ殿が近くにいるからこそ、まだこのアカウント関連という重要な検証を終わらせるわけにはいかない……。



「登録データの削除を頼む」


 うむ、アカウント登録を完了させる前に、データが無い状態で削除が選択できないか確かめないとな。



「……」


「……」


「出来るわけないでしょうがぁぁあ!!」


 ふむ……どうやら真面目な受付嬢を怒らせてしまったようだ……先ほどまでの凛とした表情から一変して、元から釣り目なのに更に釣りあがった目は恐ろしく、幻覚だろうか頭から角が生えているようにすら見える……。


 そしてフランツ殿は「新規登録中に鬼ミュリエルが降臨しただと……?」といって珍しいような怯えるような困ったような表情を浮かべていた。


 どうやら名前をミュリエルというらしい受付嬢は、新しく入ってくる冒険者が最初に会話する総合受付として、実際はベテラン冒険者にも恐れられる鬼受付嬢だが、新人が最初に登録を終えるまでは優しく丁寧に接するというポリシーがあるらしい。


 後でフランツ殿に聞いたのだが、新規登録の段階で本性を引き出したのは自分が初めてだとか……うむ、新規登録でも鬼となる検証が出来て良かったではないか。


 それからも鬼と化したミュリエル殿に怒られたり、フランツ殿に突っ込みを入れられたりしつつ、無事にいくつもの検証項目を確認して、最終的にはちゃんと冒険者登録を済ませる。


 登録用紙を見せられても文字が読めなかったので、オースという最近名乗り始めた名前や、ギリギリそう見えるらしい15歳という今の身体年齢などを口頭で伝えて、少し冷静さを取り戻したミュリエル殿に代筆してもらった。


「フランツさん! 何なんですかこの方は! まだ登録してないのに登録解除しようとしたり、登録されていればいいんだな?とか言って他人の登録を解除しようとしたり!」


「すまん、ミュリエル……俺がついていながら……」


 途中で態度は豹変したものの、ミュリエル殿の仕事内容に関しては、意地かプライドか、最後まで決して投げ出さず、自分のどんな言動にもきちんとギルドで定められたルール通りの回答を出してくれたようだ。


 ふむ、総合受付に不具合らしきものは見当たらなかったな、素晴らしいことではないか。


 自分はそんなことを思いながら、ひと仕事終えた何とも言えない清々しい達成感を楽しみつつ、何故か隣でミュリエル殿に怒鳴られながら俯いているフランツ殿に声をかけた。


「何があったか知らんが、そう落ち込むな」


「「誰のせいだ(ですか)っ!!」」


 うーむ、心配して声をかけたのに、ミュリエル殿にまで怒られてしまった……。



 それから自分は、冒険者ギルドにランクなし冒険者として登録する登録料である銅貨三枚を支払って、名前や年齢、登録番号などが書かれた銅のカードを貰う。


 ランクなしだと登録料は安いが、ランクありに昇格するときに追加でFランク冒険者としての正式な登録料を支払うので、最初から身分が証明できる人と比べると、余計な出費になっているらしい。


 それでも登録料が安いなら何重にも登録していくつもの身分を持つこともできるのではと思ったが、ミュリエル殿の説明によると、先ほどの登録用紙は魔道具の一種らしく、最後に言われて押すことになった血判で魔法的な契約が結ばれて、二重登録などが出来ないようになっているとのことだ。


 それは同じ効果を持った魔道具を使う別のギルドに登録するときにも発揮され、自分が今から商業ギルドに登録しにいったとしたら、全くの別人として新規登録をすることは出来ずに、同一人物として冒険者ギルドとの掛け持ち登録となるそうだ……元の世界より文明が低いはずなのに、元の世界以上にセキュリティがしっかりしていそうだな……。


 ただ、どうにかして血や指紋を他人から奪ったり、一流の魔術師に誤認の魔法をかけてもらったりと、抜け道を見つけて二重の身分を作ることを完全には防げないので、最初に登録できるランクなしカードの効力を下げて、効力のある上位ランクに上がるためには功績と信用が必要という条件にすることで、なんとか身分詐称がやりにくいようにしているらしい。


「なるほど、このギルドカードについてはだいたい分かった……それで、自分はもうこれで依頼を受けられるのか?」


「え? あ、はい……コホン……登録は終わりましたので、依頼ボードに貼ってある依頼を専用の窓口に持っていけば今日からでも受けることは可能です……ただし先ほど説明したようにFランクの依頼のみですが」


「なるほど、とりあえず試して見るか」


 一通り騒いだ後に冷静さを取り戻したらしい受付嬢ミュリエルによると、冒険者は最初にランクなしかFランクとして登録されて、依頼を達成する度にその難易度に応じた功績が蓄積され、一定の功績が溜まると上のランクに上がる試験が受けられるらしい。


 ランクはF、E、D、C、B、A、Sの7段階あり、先ほどから心配そうな顔でこちらを見ているフランツ殿はCランク冒険者で、この街ではそれなりに有名な実力者とのことだ。


 依頼にも同じようにランクが振られていて、受けられるのは自分のランク以下か、一つ上のランクまでの依頼のみ。


 上のランクの方が報酬が高いが、難易度もそれだけ高いため、経験の少ない冒険者に依頼を失敗させないためにも、そして無茶な難易度に挑まれて死者を出さないためにも、この両者の安全が考慮された方式が採用されたという。


 そういうわけで、今日はもう昼過ぎなので時間のかかる依頼は出来ないとしても、この冒険者ギルドにはどんな依頼があるか、ランクなしの状態でどんな仕事が受けられるのか、情報だけでも知っておいて損はないだろう。


「ミュリエル殿、フランツ殿、世話になったな」


「いえ、仕事ですから」


「礼には及ばんよ、もう勝手に変なこと始めるんじゃねぇぞ?」


 自分はすっかり真面目モードに戻った受付嬢のミュリエル殿と、また世話になってしまったフランツ殿に手を振り、総合受付から離れ、教えられた通りに依頼ボード……には行かず、依頼受付の方へ歩みを進める。



 依頼の受け方が分からなかったわけではないし、むしろミュリエル殿にもフランツ殿にも、依頼ボードに並んでいる木の板や紙を持って行かないと、依頼を受けることなど出来ないことは少ししつこいくらい何度も教わっていた。


 だが、自分は手ぶらのまま、誰も並んでいない依頼専用の受付窓口まで進み、そこにいる依頼関連の受付をしてくれるのであろう女性の前に立つ。


「……??」


 そして何故まっすぐこっちに来たのかと困惑しているらしい受付嬢を前にして、名前を聞くでもなく、あいさつをするでもなく、さっそく本題を切り出した。



「とりあえず依頼の受注を取り消したい」


 うむ、依頼を受けていない状態で依頼の破棄を選択するのは、受注前でないと出来ない検証だからな、忘れる前にやっておかなければ。



 きっとミュリエル殿やフランツ殿があんなにしつこく依頼を受ける手順を説明してくれたのは、こういったイレギュラー検証を忘れるなという遠回しな助言だったのだろう……やっと検証の事を理解してくれたようで嬉しい限りである。


「……」


「……」



 ――ドッドッドッド――


「変なことを始めるなって言っただろ!!」


 というのは気のせいだったようで、遠くから様子を見ていたらしいフランツ殿にまた怒られてしまった……うーむ、この世界の人々に検証の理解を広める道のりは遠そうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る