第三話 盗賊で検証
森から出発して川を辿り、その広い道に出るまでおよそ二日ほどの距離だろうか。
自分の最初に立っていた場所から地平線が見えたことからかなり広いとは思っていたが、実際に歩いてみるとその草原は本当に広かった。
しかし実際にはスライムと別れてからまた三日以上経っている。
途中で[狼]という獣に遭遇してまた色々と検証をしていたのだ。
草原を川に沿って歩いていたら、メキシコオオカミのような外見のそいつがいきなり襲い掛かってきたので、またスライムの時のように暫く好きにさせて攻撃パターンを観察した後、出現場所の調査をした。
ただ、狼は牙も爪も鋭く、【物理耐性】を持っていても痛かったし血も出て、【身体強化】の自然回復力を越えて体力が減ったので、その作業は傷の治りが良くなる薬草を磨り潰したものを傷口に塗りながらやることになった。
そして出現場所の調査の結果、スライムのように不思議な条件で草原に直接現れるわけではなく、森の中で普通に交配で生まれた獣が草原に出てきただけだと知ることになる。
それを確かめるために、獣の嫌がる匂いを発する薬草や、刺激を与えると爆発するキノコをなど、いろいろなアイテムを【調合】スキルで組み合わせて、衝撃を与えると爆発して獣が嫌いな匂いを拡散させる煙玉のような団子を作り、【投擲】スキルで森の奥に大量に投げ込んだのだが、目当ての狼だけでなく大きな猿や飛ばない鳥、牙の長い虎のような獣まで次々森から飛び出してきて大変だった。
流石に自分が起こしたスタンピードで近くの集落などが被害を受けたら不味いと思い、見える範囲の獣は全て倒したが、如何せん森がとんでもなく広いため、森の反対側や遠くの方で暴れていたら分からない。
まぁ戦ってみたところ、元の世界で動物と戦ったことなどないので最初は勝手がわからなかったが、戦っているうちに慣れてきて、身体中をあちこち怪我してボロボロにしながらもそれなりに早く倒せるようになった。
この世界に来て一週間ちょっとの自分でも一度も倒れることなく勝てたのだから、元からこの世界で暮らしている住人なら余裕で対処できるだろう……きっと。
自分はそう楽観的に考えると匂い玉を使った検証を繰り返し、目当てだった狼を含めて森に住む獣たちの攻撃パターンや特性を確かめていった。
うーむ、しかし……大量の獣との戦闘が、体力が減ってくるのと反比例して、後半になるほど楽になっていくのに最初は戸惑った。
もちろん戦闘に慣れてきたというのも、単純に獣を倒してレベルやステータスが上がったのも原因だとは思うが、最後の方は慣れだけでは説明できないほど身体が機敏に動き、狼に噛まれても傷が全くつかなかったという、明らかに大きすぎる成長が見て取れたのだ。
おそらく【身体強化】や【物理耐性】スキルの効果なのだろうが、所持していても元々それほどの恩恵は感じなかったことを考えると、もしかしたらスキルは名前が変わる”変化”が行われなくても、内部的には使い込むほど成長しているのかもしれない。
自分はそんなことを考えながらスタンピードを意図的に発生させては自分で処理し、大量の獣の亡骸を亜空間倉庫に仕舞ってはまた森に匂い玉を投げ込むという作業を何十回か繰り返して、一通り森にすむ獣の情報を得られた今日、夕暮れ時に差し掛かろうとする頃、やっと人通りがあるであろう街道らしき道が見える場所まで辿り着いた。
うーむ、流石の自分もゲームの開始地点をリアル時間十日以上検証することはあまり無い ……やはり体感型のゲームというのはテレビゲームなどとは勝手が違うな……まぁこれがゲームなのかはまだ分かっていないが。
そんなことを考えながら道を眺めてみる。それはモンゴルにある草原の道のようだった。ただ人や馬車の通りが多いため踏み固められてできただけの道のように感じた。
この世界が元居た世界と同じかは分からないが、街道が舗装されていないことを考えると、ここではローマの石畳の街道のようなやりすぎ気味の通行税が無いかもしれない。
今いる草原から見て左右に太い道、正面に細い道が伸びていて、【五感強化】で視覚の感度を上げ道の先を見てみると、正面の細い道の先には広い田畑のある村のような集落。左右に伸びる広い道の先の先には、そのどちらも外壁に囲まれた都市のようなものが見えた。
もちろん自分の歩いてきた草原方向に道はないので、左右に伸びる太い街道を通って都市間を移動する人々は、草原方向には行かずにまっすぐ次の都市に移動するか、正面に見える村に寄るのだろう……どうりで今までまったく人と出会わなかったはずだ。
正面の村や左右の都市までの具体的な距離は分からないが、村に向かうなら【身体強化】を使って全力で走ればギリギリ陽が落ちる前に着きそうで、左右の都市はどちらも到着が夜中になりそうなくらい離れている。
ここから見える範囲の光景で文明のレベルを推察すると、今の時代ではおそらく夜中に辿り着いたとしても門が固く閉ざされていて都市に入ることは出来ないだろう。
そう考えると、なるべく早く人に出会って情報収集したいという気持ちもあり、そして何より見つけてしまったからにはその村も隅々まで検証しなければという使命感にかられ、とりあえずあの村の住人全員に話しかけて回ってみようかなと思いながら街道に足を踏み入れた。
「……ふむ?」
けれどそこで、道を外れたところに放置されている壊れた馬車が目に入る。
レッカー車などがない時代では廃車を片づけることも出来ないのかもしれないし、そこに壊れた馬車があること事態はそれほど気にならなかったが、自分には別のことが気になった。
もちろん駆動部分の作りから文明レベルを割り出したいという意味でもその馬車はとても気になるが、それ以上にその馬車の方向から……これは、人の気配というものだろうか……何かそこに存在する、かすかな違和感のような感覚があるように思えた。
おそらく遠くを見ていたときに発動していた【五感強化】で聴覚も鋭くなった影響で、その馬車に視線を向ける前に人が動く音や、今も静かに息をひそめる呼吸音のようなものが聞こえているからなのだろう。
ハッキリとは分からないが、大量の獣と戦闘していた時にも背後から襲ってくるそれらにこういった気配を感じて、急襲に迅速に対応できたことがあった。
《スキル【気配感知】を獲得しました》
ふむ……そんなことを考えていたらそんなスキルを獲得した。
やはりその馬車の影に人が居るような気がするのは気のせいではないらしい。
まぁそれでも、自分はあえてその気配に気づかなかったことにして、そのまま正面の村に通じる細い道に向かって歩き出した。
もしかしたら馬車を調べることで発生する隠しイベントがあるかもしれないが、その逆に馬車の横を通り過ぎようとしたら発生する通常イベントの可能性もある。
通り過ぎて見て何も起きなそうだったら引き返して調べなおせばいいのだ、とりあえず通常イベントの可能性を信じて進んでみよう。
「■■、■■■!」
「うむ、通常イベントであったか」
そう思って馬車の横を何食わぬ顔で通り過ぎたところで、後からバタバタと音がして人のような声が聞こえた。
これがいわゆる第一村人というやつだろうか、と、人との出会いに少しワクワクと期待しながら振り返ったのだが、しかしそこにいたのは村人というよりも、小汚い服装で頭にバンダナを巻き無精ひげを生やした、いかにも盗賊といった恰好をした4人の男だった。
【鑑定】を発動させてみるとやはり[盗賊]という職業をやっている人間らしく、ステータスを見たところ、狼より少し強いかなと言ったところのようだ。
なるほど、そっちだったか。
怪我をした商人に持っている薬草を渡したりする人助けイベントのパターンも考えていたが、ゲームのイベントとしては確かに盗賊の襲撃イベントの方が王道かもしれない。
草原に現れてまっすぐここを目指していたら、最初に戦闘が行われていたのがここだったかもしれないと考えると、もしかしたら戦闘のチュートリアルイベントなのかもしれないな。
……うーむ、正規ルートとしては順番を間違えたか……だがまぁ正規ルートは別のデバッガーがちゃんと見ているだろう、会社でもそうだったように、自分はイレギュラーの検証をメインにすると考えれば何も問題はない。
それに事前にスライム四桁や獣の群れ三桁と戦ったところでわずかな誤差だろう。きっとゲームの進行には何の影響はないに違いない……多分。
「■■■? ■■■■■」
「ふむ? さっきも思ったが、もしや知らない言語を喋っているのか?」
その中のリーダーだろうか、一番厳つくて強そうな人物が自分の方に近づきながら、湾曲した剣を抜いてこちらに向け、何かよく分からない言葉をしゃべっている。
それに対して自分が少し反応に困っていると、仲間内で何やらその言葉のまま会話がなされていたので、相手の活舌が悪いから聞き取れないというわけでは無さそうだ。
うーむ……ひとつの予想としては考えていたが、まさか本当に全く分からない言語を話す国だったとは……。
日本語と英語のほかに、中国語も少し分かり、他の国も意味までは分からなくても発音の仕方からだいたいの地方を当てられる自分が全く分からないとなると、この世界はゲームではなく異世界と考えた方がいいのだろうか……いや、しかしステータス画面などは日本語だった事を考えると、本格的な異世界をモチーフとして言語まで考えられたゲームという線もある……うーむ、まだやはり判断するには情報が足りない。
「■■■■! ■■!」
「……おっと」
顎に手を当てながらそんなことを考えていると、無視されていることに腹を立てたのか、盗賊の親分のような人物が大声を上げて剣で斬りかかってきた。
話し合いもないままで突然そんな行動をとられた自分は、考える間もなく、ただ獣たちとの戦闘の癖で、つい上腕で攻撃を受け止めるという行動をとってしまう。
ガードするように上げた腕に、盗賊は笑みを浮かべて何のためらいもなくそのまま剣を振り下ろし……そして……。
―― ガキン ――
腕に当たった剣は、まるで太い金属に思い切りぶつけたような音をさせて止まった。
うむ、体力もスライムに攻撃されたくらいしか減っていないし、森から出てきた虎のような獣……たしか[サーベルタイガー]と言ったか、それと比べれば攻撃速度も威力も大したことは無いな。
「■■■■■■!?」
そんな馬鹿な!? というようなニュアンスのことを叫んだように見える盗賊のリーダーは、自分の腕から剣の刃を離すと驚きながら後ずさり、仲間たちはただ無言で驚愕の表情を浮かべてその光景を見つめた。
この地域では【物理耐性】をここまで効果のあるスキルに昇華させている人物は少ないのだろうか……自傷行為でスキルを獲得した後、スライム四桁と獣を三桁ほどに対して攻撃を受けながら戦って成長させるだけなので、そんなに難しい条件ではないと思うのだが……。
うーむ、でもまぁ突然のことで少し焦ってしまったが、盗賊の攻撃は受けても問題ないことが分かったな。
そしてこの出会いはちょうど良かったかもしれない。
このまま村に行ったとしても、きっと同じように言葉が通じないだろうし、それが早めに分かったのも、それを解決してくれそうな人物が目の前にいるのも幸運だ。
言葉の検証のために、少し肉体言語が必要になるかもしれないが、まぁ相手はいきなり斬りかかってくる悪党のようだし、おそらく自身が何をされても文句は言えないだろう。
「ふむ……なるほど……よし……」
自分はそう呟くと、攻撃が効かないと分かって怯える盗賊たちに【体術】で一気に近付き、投げや足払いで瞬時に全員を転倒させると、彼等の着ていた服を使って素早く拘束した。
そしてとりあえず服以外の持ち物を全ていただいて亜空間倉庫に格納すると、ふと思いついて、仕舞った物の中から剣を一振り取り出した。
うむ、言葉を覚えるだけじゃなく、一緒に剣の扱い方も検証してもいいかもしれないな。
自分はそう思い立つと、寒いのか身体が震えている盗賊を近くの木に立たせた状態で縛りつけ、使ったことのないその湾曲した剣を相手に向けた。
命を奪うつもりは全くない、あくまでも寸止めで剣を振り続けて、この剣の重さや使い勝手に慣れながら、相手の言動と表情からその言葉の意味を予測してみたりしようという、とても効率的な検証を目指そうという考えだ。……まぁ剣道の竹刀などと違うちゃんと斬れる剣を扱うのは初めてなので、最初の内はちょっと切ってしまうかもしれないが、森や草原で拾った薬草もまだまだあるし問題ないだろう。
「さぁ……検証の開始だ……」
♢ ♢ ♢
翌日。
あれから丸一日ずっと盗賊の方々に検証に付き合ってもらって、何とか言葉も分かるようになり、剣の扱いにも慣れてくると、それぞれ【人族共通語(会話)】【剣術(基礎)】というスキルとして獲得した……なるほど、確かに言葉も技術や特技のようなものか。
そしてスキル名から推測すると、この世界に言語は他にもあって、会話ができるようになっても文字を読めるようにはならないという、現実的な設計のようだ。
うーむ……本当ならこのまま盗賊に付き合ってもらって文字の方も習得したいところだが……。
「はぁ……ひぃ……も……もう勘弁してください」
その頼りにしたい相手が限界のようで、もうこれ以上続けるのは無理そうだった。
「ふむ? ちゃんと傷は手当して体力的には全快のはずなのだが……」
確かに最初の内は距離感を掴めなかったり、剣の重量になれなかったり、つい手元が狂ってしまったりして、傷をつけてしまうこともあったが、すぐにちゃんと薬草で治療したのでその痕跡すら残っていない。
それにその薬草がとても役に立った。
怪我をした盗賊にその植物を見せると、その植物の名前を喋ってくれたので、アイテム一覧を見たり【鑑定】を使えば日本語で植物の名前が分かる自分としては、言語を覚えるのに非常にありがたかった。
名前以外にも、薬草をあえて口の中に突っ込んで「食わせるんじゃない! 傷口に塗るんだ!」という反応を貰ったり、磨り潰さずに草のまま傷口にゴシゴシ擦って「痛い違う! 磨り潰してから塗ってくれ!」という反応をもらったり、薬草じゃなく毒草を取り出して見せて「止めろそれは薬草じゃない! 毒草だ!」という反応をもらったりと、何を言っているかが予測しやすい反応を引き出すのにもとても便利だったのだ。
そんなこんなで相手のステータスを鑑定しても、体力が減っているどころか何故か【恐怖耐性】というスキルまで増えているのに、どうしてこんなに疲れた表情をしているのだろうか……うーむ、文明レベルを考えると、もしかしたら徹夜に慣れていないのかもしれない。
「まぁ仕方ない、人には向き不向きがあるからな」
自分はそう言って盗賊の拘束を慣れた剣裁きで切ってやると、「もう悪さをするんじゃないぞ」と注意して、ついでに着ていた服も全部いただいてから彼等を解放した。
本当か嘘かは分からないが、聞くところによると彼らは基本的には金を奪うだけで、多少の怪我をさせても命までは取ったことが無いと話していたのだ。
自分に襲い掛かってきたのも、ボロボロだがいい服を着ていたので何処かの大商人の息子だろうと思い、少し怪我させて誘拐したら、身代金だけいただいて解放する予定だったとかなんとか。
誘拐するなら普通はもっと小さい子供を標的にするんじゃないかと思ったが、日本人は童顔だし外国人から見ると自分は二十代くらいに見えるかもしれない。
まぁそういうわけで、それが本当なら命まで奪わなくてもいいだろうと考え、今までやってきたことを反省するように、持ち物を全て奪うだけで逃がしてやることにしたのだ。
検証に一日中付き合ってくれたお礼というのもある。
でもきっとこれは日本人的な甘い考えで、本当はどこかの衛兵とかに突き出した方がいいのだろうが、この世界に来て間もない自分はその辺りの仕組みもよく分かっていない。
まぁ、青い顔をして裸のまま逃げ出していく彼等を見る限り、二度と悪さをすることは無いような気がする……自分にはわからないが、おそらく検証の最中に何か自分のこれまでの行いを反省する機会があったのだろう、うむ、彼等に丸一日考える時間を作ってあげたと考えると、何かとてもいいことをした気がする。
《称号【非道なる者】を獲得しました》
うーむ……スライムの時もそうだが、称号の獲得に関しては何か不具合があるのではないだろうか……解せぬ。
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