第二話 スライムで検証


「ふむ、まぁこんなものか」


 あれからさらに三日ほど経過していた……。


 自分はその間ずっと、走ったり、跳んだり、転んだり、自分自身を肉体的に痛めつけたり、自らを罵倒し精神的に追い詰めてみたり、ひたすら地面に素数を書き続けてみたり、道具なしで出来る筋トレを百回ずつやってみたりと、とにかくスキルを獲得することだけを考えて過ごしていた。


 途中、小川を見つけて、そういえばまだ何も口にしていなかったと思い出し、検証も含めて川の水やその辺に生えている雑草、さらに進んだところにあった森に生えていたキノコなど、危険そうなものまで含めて色々なものを口にした。


 もっと森には奥に行けば色々な種類の果実なども見つかったかもしれないが、草原から見える範囲ではあまり見当たらなかったのでリンゴのような果実だけ取ると、迷って出られなくなる可能性も考えてそれ以上はあまり奥には入らなかった。


 ……まぁ水を飲んだり食べ物を食べたことで流石に【身体欲求耐性】では抑えきらなかったらしい尿意や便意を感じたので、用を足しに少しだけ森の奥に入って行ったが。


 そして、食べ物に関しては、同じものを何度か口にするとその採取物の効果が分かるようになったのだが、ついでと思い所持アイテム画面の使い方も確認するため、その半透明の青い板に雑草を近づけてみたり、小石を手に持って“所持“や“獲得“などと強く念じてみたりした。


 結果、どちらでも物を画面に仕舞えることが分かったので、様々なものを画面に吸い込ませてみたところ、口にせずとも入手すれば画面に効果が表示されることが判明。


 操作の方も、所持アイテム画面を表示させておかなくても念じるだけで一定範囲のものを手で触れることなく格納できることが分かり、今のところ入れられる数に上限は無さそうだ。


 入手すれば効果が判明して、その操作が思考だけで可能なのであれば、わざわざ手に入れなくても効果が判明してもいいのでは?



 《スキル【鑑定】を獲得しました》


 と、そんなことを考えたらまたスキルが増えた。


 視界に収めてそのスキルを発動させるだけでアイテムの効果が分かるようになったようだ。


 まぁ食べなくても効果が分かるようになっても、いや、だからこそ、毒に対する薬草が見ただけで分かるようになったので、余計に危ない毒を自分の身体で体験するという検証が捗った。


 そうして様々なスキルを次々に獲得し、さらにそれが成長し、統合され、また成長して、しかし最終的には昨日よりスッキリしたスキル画面になった。



 ▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明 勇者によって効果は異なる。

【物理耐性】 :物理的な悪影響を受けにくくなる

【精神耐性】 :精神的な悪影響を受けにくくなる

【環境耐性】 :環境による悪影響を受けにくくなる

【時間耐性】 :時間による悪影響を受けにくくなる

【異常耐性】 :あらゆる状態異常にかかりにくくなる

【五感強化】 :五感で得られる情報の質が高まる

【知力強化】 :様々な知的能力が上昇する

【身体強化】 :様々な身体能力が上昇する

【成長強化】 :あらゆる力が成長しやすくなる

【鑑定】   :視界に収めたものの詳しい情報を引き出す



 最終的に現在獲得しているスキルとして一覧に表示された数は少ないが、ここに到達するまでにかなりのメッセージを受信していたし、それらのスキルをタップすると下位のスキルがツリー状に表示され、それらも合わせるとかなりのスキル数になっているようなので、まぁ三日かけた甲斐はあったのだろう。


 どうやら”スキル”というのは、”慣れ”や”免疫”や”コツ”といったものに近いものらしく、そのスキルに関連することを繰り返し行って、その行動のコツを掴んだり、慣れたり、免疫ができるような状況になれば獲得できるらしい。


 そして、そのスキルを使い続けて更に慣れれば上位のスキルに変化することもあり、複数のスキルがまとまった上位スキルの何割かを獲得したら、他のスキルを獲得せずとも統合され上位スキルに変わるようだ。


 【視覚強化】【聴覚強化】【味覚強化】【嗅覚強化】の四つを獲得した時点で【五感強化】に統合されたので、おそらく間違ってはいないだろう。


 普通に行動する上で”触感”に関して全く扱っていなかった訳ではないが、おそらくそれだけ同系統のスキルのコツがつかめたなら、同じ要領でうまく扱えるだろうという理由で省略されたのだと思われる。


 しかし他のスキルは成長や統合があったのに【時間耐性】だけは全くそれが行われることは無かったな……元から効果の高いスキルなのだろうか、二日間一歩も動かなかったというだけで獲得した簡単なものなのだが……。


 ふむ、まぁ気にしても今は効果の確認方法も分からない。


 今度何かの機会があればじっくり検証しよう。



 そしてこの三日間で得たものはスキルだけではない。


 アイテム画面の使い方を覚えてから、その容量の検証も並行して進めていたため、亜空間にある倉庫のようなものだろうか、その内部の獲得物も大変なことになっている。


 自分の知っているゲームではこの機能の事をアイテムボックスやインベントリと言われていたと思うが、とりあえず今は亜空間倉庫とでも呼んでおこう。


 そこに水や様々な種類の薬草、森で見つけたキノコやリンゴ、火の付きやすい枯れ枝、何の変哲もない小石など、目についたものを片っ端から収納し続けて、それでもまだ入り続けるので、確定ではないがおそらく容量は無限だろうと仮定することにした。


 もちろん薬草などの植物は採りすぎてしまうと増えるスピードが消費するスピードに追いつかなくなってしまうので、見つけたものを全て採るようなことはせず、適度に残しながら集めていった……まぁ、それでも【鑑定】スキルのおかげで見逃しが無いのでかなりの数が集められている。


「とりあえず食べ物の心配は無くなったな」


 うーむ、しかし薬草やキノコを集め始める……いや、スキルを獲得する検証を始める前に、何か別のことをやろうとしていたような気がするのだが……。


 自分は気になる検証項目があると、すぐにその検証作業に移行してしまう癖があるようで、直前まで何をしようとしていたか忘れてしまうことがある。


 まぁそのおかげで不具合発見率は高いのだが……。



「……あぁ、そうか、集落を探していたんだったな」


 そして当初の目的を思い出すと、何事もなかったかのように作業を続けるのだった。


 スキル検証やアイテム採取の時間を含めて五日、自分のここまでの活動範囲は、最初に立っていた場所からおそらく半径百メートルと少し、おそらく東京ドームくらいの広さしか歩き回っていない。


 草原や森がどこまで続いているのかは分からないが、初日から集落を探して歩き回っていたら、流石にどこかの村についているだろう。


 そんなことを思いつつも自分は特に焦らず、人のいる場所を目指すという目的のため、川の流れに沿ってのんびりと下流へ向かって歩き始めた。


 上流方向に行くと森があるので、集落があるとしたらその反対側だろうと思ってこの方向に進み始めたのだ。



 そして、歩くこと半日。



 日が沈み始めた淡い朱色の草原で、河原にある小石を拾いながら歩き、引き続き無限と思われる亜空間倉庫の容量を検証していると、ブルブルと身体を震わせながら動き回るそいつに出会った。


「ぴぃー!」


 元気な声で鳴きながら体当たりしてきたそれは、透明感のあるゼリーのような生き物だった。


 突然の出会いに放心していたというのもあるが、あえて避けずにその攻撃を受けたところ、見た目通り少し弾力のある、柔らかい感触だ。


「ぴぃー! ぴぃー!」


 攻撃してもビクともしない自分に対して、頭が悪いのか恐怖心が無いのか、体当たりを続けるその生き物。


 自分は冷静にステータス画面を開いて、体力が少しだけ減っては自動回復で元に戻る様子をしばらく観察すると、そっと画面を閉じた。


 レベルも体力も防御力も初期値のままなので、おそらくステータスは大したこと無いのだが、どうやら【物理耐性】でダメージが軽減され、【身体強化】で自然治癒力が上がっているようだ。


 薬草で回復しながらひたすら岩に頭をぶつけて【物理耐性】に統合される前の【打撃耐性】を獲得したり、覚えてる限りのヨガやストレッチをやって、【身体強化】に統合される前の【代謝強化】を獲得した甲斐があったようなので良かった。


 自分は相変わらず体当たりを続けるその生き物に【鑑定】を使って[スライム]という名前の生物であることを確認し、そのステータス情報の中に現在の体力も表示されること確認する。


 初めて出会った、おそらく敵? らしいその生き物。


 きっと戦闘に突入している? のであろう、今の状況。


 そして今のところお互いにゼロにはならなそうな体力ゲージ……。



「ふむ……なるほど……よし」


「まずはこのまま放置して行動パターンの確認だな」



 こうして自分の草原からの脱出はまた遠のいた……。



 ♢ ♢ ♢



 そして数日後。



「……ぴぃー……ぴぃー」


 スライムと一緒に検証を始めてから五日ほど経ったのだろうか……【時間耐性】の影響か、ただ単に検証に夢中になっていたからか正確な日数は覚えていないが、そこには、残り体力がおそらく一桁の状態で、まだ健気に体当たりを続けるスライムがいた。


 ただ、これは最初に出会ったスライムではない。


 あれから出現条件やタイミング、場所にいたっても検証してピンポイントで分かるようになり、スライムとの戦闘開始が確実に再現可能になったので、憂いなく攻撃の検証も行っていた。


 どうやらスライムの出現には、河原の近くに生えていた〈スライム草〉という変わった形の植物が必要なようで、その花のつぼみに一定量の水が溜まった状態で夜を超えると、朝日と共に花が開き、そこからスライムが生まれるようだった。


 ずいぶん変わった出現方法だなと思ったが、考えてみればゲームのように何もない空間からいきなり現れる方が変わっているか……。


 まぁとにかく出現方法さえ分かってしまえばこちらのものだ。


 それが判明してから自分はスライム草を探しては川の水をつぼみに流し込んで回った。


 おそらく実際には朝露や川の水しぶき、雨などが少しずつ溜まって言って、それが一定量を超えた時に自然発生していたのだろう。


 ここに来るまでに拾って亜空間倉庫に入れていたスライム草も全部出してわざわざ植えなおし、そこにも水を入れたりしていたら、翌日の朝、草原がスライムで埋め尽くされてとても愉快な景色になっていた……毎朝おそらく二百から三百匹は生まれていたように思う。


「……ぴぃー……ぴぃー」


「ふむ、毒にも色々種類があるのだな」


 そして現在、そのまま放置すると近所迷惑になりそうなのでスライム草は出来るだけ集めて亜空間倉庫の中に仕舞い、この日に現れたスライムで最後の毒の検証をしていた。


 大量に毒草や毒キノコを発見しつつも、自分の身体では流石に体力をゼロにする検証は躊躇われたので、これ幸いとスライムの口に無理やり色々突っ込んでみた。


 その結果、死亡まで体力が削れてしまう毒と、体力が減少するだけでゼロにはならない毒があることが分かり、他にも組み合わせによる毒や薬の効果変化が確認できた。


「協力に感謝する」


「ぴぃー……」


 攻撃に関する検証中に手に入れた【短棒術(基礎)】スキルを使い、太い木の枝でスライムを殴って楽にしてやった後、しぼんで変化した〈スライムの粘液〉というアイテムを収納する。


 既に亜空間倉庫には四桁を超える数のそれが入っており、その数のスライムを倒して……いや、倒すつもりは無くても検証していたら倒れてしまったのだが、その過程でスキルや称号も少し増えていた。


 木の枝で様々な角度からスライムを殴りつけて【短棒術(基礎)】を獲得し、投げた小石がどこまで届くか辺り一帯のスライムにぶつけて【投擲】を獲得、その検証をしていたら何故か集まってきた大量のスライムを捌いて【体術】を獲得したのは分かる。


 そして一体だけ残して、死なないように調整しながら毒と薬を交互に、時には石ですりつぶして混ぜ合わせたりしながら、三桁に届きそうなパターンだけ検証して【薬術】や【調合】を獲得したのも分かるが……。何故か同時に【躊躇いの無い者】という称号を獲得してしまった。


 ふむ……よく分からないが、とりあえず獲得条件が謎の称号としてメモに残しておこう。


 他には、検証の副次的効果としてレベルなど他のステータスも上がったが、まぁそんなのは些細なことだろう。


「いったん試せることは全部やったか?」


 生きものは亜空間倉庫に収納できないことも試せたし、スライムにも【毒耐性】スキルが芽生えることも分かったし、その耐性で抑えられる以上の猛毒となる毒の組み合わせがあることが分かった。


 それとスライムというのはゲームの序盤に出てくる敵として有名だが、実際に戦ってみると意外と手強いことも分かった。


 毒の検証に入ってからは苦に感じなかったが、スライムには【打撃耐性】があり、短棒や素手では上手く力を加えないと体力をあまり削れない。


 最初に大量に出現させた時、そんな殴っても全然倒せない百匹ほどのそいつに囲まれたときは本当に死ぬかと思った。


 きっと戦いの中で【体術】を獲得できたのがその難易度の表れで、もし自分がスキルの検証をしていた時に【身体強化】を取っていなかったら、今以上に苦戦を強いられたのだろう。


 そしてあまり必要ない情報だが、スライムの大きさには個体差があり、そのいずれも自分がゲームなどで想像していたよりも大きい事も分かった。


 いや、というよりも、森で見た木々も含めて、この世界のものはどれも地球より少し大きいように思える……まぁ、誤差の範囲だろう。


 とりあえず現時点で出来る戦闘に関する検証は終わった。


 そして……。


「うーむ、スライムに会う前、何をしようとしていたのだったか……」


 どうやら途中で目的を見失うことに関しては【思考強化】スキルでカバーできないらしい。


 ふむ、まぁそれはそれでひとつの検証結果だな、スキルは便利だが万能ではないことが分かったので良しとしよう。


「……あぁ、そうか、集落を探していたんだったな」


 そうしてやっと当初の目的を思い出した自分は、草原を脱出して人と出会うため、再び歩き始めるのであった。

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