第一話 草原で検証


「ふむ、一日経っても処理速度の低下は無しか」


 草原で意識を取り戻した自分は、それからずっと一日中その場に立ったまま殆ど動かずに過ごしていた。


 そこから見える景色は、どれも実際に存在するかのようなリアルなグラフィックで、風が草を揺らす音や、日に当てられた地面の匂いまで感じることが出来て、時間の経過で空の色は綺麗で鮮やかな移り変わりを見せる。


 もちろん自分の身体にも目を向けてみたが、肌の柔らかさも服の質感も本物のようだった。


 ただ、何かは分からないが、その見た目に少し違和感を感じた……倒れる前とは着ている服が違うとかだろうか……まぁそうだとしても自分は小さい時から親が趣味で買ってきた服を何も考えずに着ていたし、個人的には服に特に興味は無いのでよく分からない。


 自分は綺麗な風景を眺めながらこれからのことを考えた。


 幸か不幸か考える時間はたっぷりあったので、思考をまとめるのには苦労しなかった。


 まず最初に目指すべき目標として、この世界を隅から隅まで検証して、ここがゲームの中なのか、はたまた異世界か何かなのかという判断材料を集めたいと思う。


 それまでは極力この世界は現実かもしれないという考えを念頭に置き、ゲームだから何でもやっていいというような思考にならないように気をつける。


 ……まぁ、それでも検証のためならば多少の無茶はするかもしれないが。



 そしてここがゲームの中だったとしても、異世界だったとしても、もし元の世界に帰れるなら最終的には帰ろうと思う。


 人とあまり関わらず、基本的に自由に生きてきた自分だが、世話になった人たちがいないわけではない。


 特に、自分の自由な生き方を見守り応援してくれた親には、たとえ元の世界に帰れなかったとしても、せめてお礼の手紙くらいは届けたい。



 何かの事故でこんな状況になったのか、誰かに何かを期待されてこの世界に連れてこられたのかは分からないが、ここに来られたということは、逆にここから元の世界に何かを送ることも出来なくはないだろう。


 もし自分をこの世界に呼んだ誰かがいるのなら、ここで目的を達成する代わりに、せめて手紙を送るくらいは許して欲しい。



 まぁそんなわけで、とりあえず最終目標は元の世界との繋がりを持つこととして、今はこの世界がどういったものなのかを検証しよう。



 口に出して呟いた通りもしここが仮にゲームの中だとしても一日中放置しても処理落ちなどは発生しないし、目にした通り空も大地も自分自身もかなりリアルに感じることができる。


 それだけを見れば、ここは現実と変わらない、ゲームなどに出てくるドラゴンに似た鳥が飛んでいるだけの、元の世界の違う国ということだってありえる。


 そのため自分は「最近のゲームはかなり作りが凝っているな」という考えから、「もしかしてこれはゲームでは無いのではないだろうか」という考えに吸い寄せられるのだが……。



 《スキル【睡眠耐性】を獲得しました》



「またか……」


 この機械的なメッセージを耳にする度に、やはりこれはゲームなのだろうか、という考えに戻ってくる。


 『スキル』というのはゲームでよく見かけるもので、日本語で表すなら技術や特技、能力と言ったところだろうか。


 自分の知るゲームの中ではそのスキルを持っているだけで常に効果を発動し続けるものや、使用した際に効果を発揮するものなどがあると認識している。


 自分は先ほど獲得した【睡眠耐性】以外にも、ただずっとこの場に立っていただけで、【空腹耐性】【渇き耐性】【寒さ耐性】などを獲得していた。


 他にも、遠くの空を飛ぶドラゴンを朝も夜も目で追い続けて、【遠視】【注視】【暗視】を獲得したり、並行して今の状況を整理、分析し、様々な想定をして、対処法を考えているうちに、【情報処理】【未来予測】などを獲得している。



「獲得したスキルを一覧で見たいな……」



 自分はそう思ってステータス画面のような表示を出せないか、手で色々なジェスチャーをしてみたり「ステータスオープン」のようなコマンドを声に出して唱えてみたりした。



 ―― ヴォン! ――



 すると、そのどれに反応したのか分からなかったが、自分の目の前にそれが表示された。



「ふむ……まさか本当に表示されるとは……」



 半透明の青っぽいその板には、おそらく自分のステータスであろう様々な数値や、目的であった「獲得スキル一覧」というボタンのような項目も日本語で表示されている。


 おそらく反応するのだろうと思いタップすると、予想通り別画面に切り替わり、そこには今までメッセージで表示されてきた獲得スキルが一覧で表示されていた。


 最終的に獲得できるスキルの数が多いことを想定してか、上下にスクロールできるような作りになっており、それぞれの項目はタップやホールドで詳細が表示された。


「む……?」


 その中には、自分が獲得した覚えの無いものが混ざっている。



 ▼スキル一覧

【輪廻の勇者】:不明。勇者によって効果は異なる。

【空腹耐性】 :空腹を感じにくくなり、その悪影響が出にくくなる

【渇き耐性】 :喉の渇きを感じにくくなり、その悪影響が出にくくなる

【寒さ耐性】 :寒さを感じにくくなり、その悪影響が出にくくなる

【睡眠耐性】 :眠気を感じにくくなり、その悪影響が出にくくなる

【遠視】   :遠くのものでも高い視覚情報を得られるようになる

【注視】   :目で捉えた目標を見失いにくくなる

【暗視】   :暗闇でも高い視覚情報を得られるようになる

【情報処理】 :情報を整理、分析、解析する能力が向上する

【未来予測】 :未来に起こりうる可能性を予測する能力が向上する




「うーむ……【輪廻の勇者】とはなんだろうか?」


 獲得した覚えが無いということは、おそらく最初から持っていた物だろう。

 それに効果の説明を見ても効果内容がさっぱり分からない。

 今すぐ検証したいほど気になるものではあるが、検証するにも情報が少なすぎる。


 ……ふむ、このスキルの検証は後回しにするしかないな。


 それよりも今はこの目の前に表示されている画面だ。


 分かりやすい表示に、細かい情報、直観的に操作できるインターフェース。


 それなりに多くの人が関心しそうな水準だが、まぁ今ではそれくらい当たり前なので、それ以上に多くの人が無関心を示すだろう。


 ……だが自分の感想はそのどちらでもなかった。


「これは強敵だ……」


 色々な箇所で詳しい情報が見れるということは、それだけ検証する箇所が多いということであり、様々な操作を受け付けているということは、それだけ不具合の混入率も増えてしまうということだ。


 利用するユーザーにとって嬉しい作りは、開発する側、検証する側にとって厳しい作りなのだ……。



「ふむ……なるほど……よし……」



「まずは画面の端から端まで連打だな」



 こうして二日目も移動することは諦めて、先ほど表示されたステータス画面を始め、他にも特定の操作で出現する画面が無いかを確認し、その全ての挙動と不具合のチェックをすることに決めた。



 ♢ ♢ ♢



 そして翌日。


「凄いな……ここまで凝った作りで不具合なしとは……」


 全ての画面で自分の持つ検証の知識と技術を総動員したが、不具合らしい不具合は全く見当たらなかった。


 もちろん単純に見つけられなかっただけということもあるし、このゲームが製品版だとしたら、逆に不具合があったらまずいだろう。


 ……まぁこれがゲームであるかはまだ謎だが。


 そして、自分はそんなことよりも、検証中に発生した別のことが気になっていた。



 ▼称号一覧

【連打を極めし者】

【全てを試みる者】

【世界の理を探究する者】



「またよく分からないものが増えたな……」


 ステータス画面に表示されたその不可解な文字列を一瞥した自分はそう呟いた。


 ちなみに色々と試した結果、他にも所持アイテム画面や、装備画面など、先ほど発見した以外の画面をいくつか発見し、それらを最終的に思考だけで表示できるようになった。


 そしてステータス画面に書かれた称号とやらは、スキルと同じように音声メッセージと共に獲得したのだが、スキルと違って画面の表示をタップしても説明が出なかった。


 ここだけ詳細表示がないのが不具合のような気もするので、自分としてはすぐに担当者へ仕様確認を投げたいところではあるが、それを投げる相手がいないので覚えておくだけに留めることにする。


 表示される画面を確かめていた時に見つけたものの中に、何故かメモが書き込める画面があったので、とりあえず覚えておきたいことはそこに書いておくことにしよう。


 他にも検証中にいくつか確認したいことが出てきたのだが、まぁそちらも同じく尋ねる相手がいないし、自分で詳しく検証したくても事前情報が足りなかったりするので、それもまとめてメモしておくことにする。


「ふむ、とりあえず表示の確認はこんなところだろうか……」


 自分はそう呟くと次に検証することを考える。


 うーむ、ここはやはり……この世界? ゲーム? の情報を増やすために、会話できそうな人を探すべきだろうか……。


 この草原に自分が現れてから既に丸二日経ったわけだが、どうやらここは人通りが全くない場所のようで、今まで誰一人として出会っていない。


 画面の表示確認をしながら歩いていればまた状況は違ったのだろうが、自分は歩きスマホのようなことが好きじゃないので、この検証はずっと立ち止まったまま行っていた。


 ……ということは、自分は丸二日一歩も足を踏み出していないのか?


 このままではまた変なスキルや称号が増えてしまいそうだ……。



 《スキル【時間耐性】を獲得しました》

 《称号【動かざる者】を獲得しました》

 《スキル【空腹耐性】が【飢え耐性】に変化しました》

 《スキル【睡眠耐性】【飢え耐性】【渇き耐性】が【身体欲求耐性】に統合されました》



 と思っていたらやはり増えてしまった……しかも初めて聞くメッセージのおまけつきだ。


 まぁ、今のところ悪影響のあるスキルなどは存在しないようなので増える分には問題ないだろうが……しかし変化? 統合? これは一体どういうことだろうか……。


 いや、単純にスキルが成長して、纏まったのだということは分かる。だがその条件は? 種類は? 発生確率は?



 確かに言われてみればずっと空腹などを無視していた気もするが、別に二日間何も食べないくらいそこまで大したことないだろう。


 世の中にはあえて3日間水だけで過ごす断食的な健康法? も存在するようだし、自分も何かの作業に夢中になって気がついたら何も食べることなく休日が過ぎていたこともある。


 ……というか今がまさにその状況だ。



 一昨日からそうだが、このゲーム? では割と簡単にスキルが手に入るらしい。


 それは喜ぶべきことだろう。


 スキル一覧で説明を見る限り、大小はあれど、どれも有用であることには違いない。

 そのスキルが簡単に獲得できるということは、それだけ早く自身が強くなれるということだ。


 しかし、自分は考えてしまった。


 いや、おそらく自分でなくとも検証の心得があるものなら誰もが……。


 何かが発生し、それがデータとして蓄積され、変化し、統合され、また変化するという、この挙動を体験し、気にならずには……そして確かめずにはいられないだろう。


 現時点で得られるスキルの獲得条件やその数を……。



「ふむ……なるほど……よし」


「……まずは軽く三時間ほど走り続けてみるか」



 どうやら自分はまだこの草原から出られないようだ。

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