派遣デバッガーの異世界検証譚【コミカライズ決定!】

よりいと

プロローグ

 目の前には、何もない広い草原。

 息を吸い込めば、土と草の香りがする綺麗な空気。

 後ろを振り返ると、少し遠くに鬱蒼とした大森林。


 そして遠くの空を眺めれば、大きな翼を広げて空を飛ぶ……ドラゴン???


「ここは……どこだ?」



 ♢ ♢ ♢



「大須! 最後の進行不能バグが修正された! すぐに確認しろ!」


「はい」


 自分は大須 啓太おおす けいたというデバッガーだ。


 デバッガーというのは、まぁいうなればゲームを製品として売り出す前に、その挙動に想定外の不具合などが混在していないかを検証する職業である。


 派遣社員としてゲーム会社を転々としながら、もう十年くらいそのデバッガー業務を続けていて、検証には専門的な知識や技術なんてあまりないことを考えると、これだけ続けていればスキル的にはもう十分ベテランだろう。


 勉強は昔からそれなりに得意な方だったのだが、親が子供の好きなように生きさせるという放任主義な考え方だったので、自分は人生という川に流されるようにこの職についた。


 切っ掛けは学生時代のコミュニケーションのひとつとしてゲームを選んだあたりだろう……。


 自分としては人付き合いは苦手ではないつもりだったのだが、どうやら実際にはその手の能力が欠けていたらしく、小学校のころから人と友達のような関係が長く続くことは無かった。それをなんとか打破しようと同年代の趣味を分析し、中学になって流行っていたゲームに手を出してみたのだが、これがなかなか興味深く研究のしがいがあるものだったのだ。


 そして一通りの研究が終わった自分はクラスメイトに話しかけ、フレーム単位でのラグを考慮したコマンド入力や、特定の状態下でのみ発生する挙動などを語るのだが、何故かみんな、それ以降自分にゲームの話題を振らなくなった。


 こうしてコミュニケーション上達への道は途絶えたのだが、それをきっかけに自分はゲームの研究が趣味になり、説明書や攻略本に載っていない様々な遊び方をプレイして、高校になって出会えた最初で最後の理解者であり友人と呼べる関係になった人から、このデバッガー業界の情報を得て、先生や親戚から反対されつつも、とある派遣会社に入ったのだ。


 給料は安いし拘束時間も長く、出向先の会社や検証するゲームによっては何日も徹夜することになるが、人との交流も少なく、今までの経験も活かせるため、自分はこの職業こそが天職だと思って日々を過ごしている。



 ……いや、過ごしていた。



「修正が確認できました」


「よし! もうバグは残ってないな、すぐにマスタービルド作業に移るぞ!」


 自分は、ゲームの状況や状態を確認することに関しては得意だった。


「助かったぞ大須! 何日も悪かったな、今日はもう帰って……」


 しかし、自身の状態を確認するのは得意では無かったようだ……。



 ―― バタッ…… ――



「大須! どうしたっ! おいっ!! しっかりしろ! くそっ……! 誰か救急車!!」


 その日、突然何かの病気が発症したのか、元から身体が弱かったのか、四日を超える徹夜が厳しかったのか分からないが、自分はその場に倒れると、そのまま意識を失った……。



 ♢ ♢ ♢



 そして現在……自分はだだっ広い草原に一人ポツンと立っている。


 先ほどまで自分は会社にいたはずだ。

 何故こんなところにいるのだろうか。

 そもそもここは日本なのだろうか……

 誰がどうやってここに連れてきたのだろうか。


 様々な疑問が頭の中に浮かんでは消え、状況が全く分からないまま、考えがこれっぽっちもまとまらない。


 ……きっと自分じゃなかったら、そうなんだろう。


 しかし、自分は大須 啓太、デバッガーだ。


 コミュニケーションと自分の身体の体調を把握するのは苦手だが、目に見える事象を把握するのは得意だったし、その方法も知っていた。


「ふむ……なるほど……よし」


「……まずは放置して処理速度低下のチェックだな」



 自分はその日、その世界で……検証ぼうけんを始めた。

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