2:因幡すみれ-いなばすみれ

とりあえず名前一覧。

 不細工:八十島芳樹-やそじまよしき

 姉  :因幡すみれ-いなばすみれ

 義兄 :因幡宗次-いなばむねつぐ

 双子姉:因幡結衣-いなばゆい

 双子弟:因幡雄大-いなばゆうだい

 女教師:笹村絵里-ささむらえり

 後輩 :川西山東-かわにしやまと

 部長 :上尾善治-かみおぜんじ

 シン :新川信哉-あらかわしんや(あだ名のみ)





 ───朗報、なんか普通に生きてた。

 これで怪我の結果、顔面が強制整形されました、イケメン俺爆誕、とかだったらもうラノベっぽかったんだが。ん? ラノベだったらイケメンに転生してたか? ……してたな。ほんと現実ってクソゲー。

 あ、しかもなんか超奇跡的に、超軽傷で済んだ。赤かったのは、買ったばかりの潰れたケチャップだった。いやぁ、さすがに人生諦めた原因がケチャップって笑える。

 様子見ってことで休ませてもらっても、一週間もすりゃあ仕事に復帰できたし、俺が車に撥ねられたってんでびゃーびゃー泣いてたガキどもも、今じゃなんだか一丁前にキリッとしてる。

 近しい者の事故とかって、嫌でもいろいろ考えさせられるんだろう。しかも俺が杏仁豆腐の材料が入ったレジ袋を持っていたのをガキどもが知っていたらしく、“自分たちのおやつを買うために寄り道したから事故に遭った”と誤解をして、しっかりしなきゃと立ち上がったのだろう。

 まあ、ある意味間違ってはいない。おやつじゃないけど、食事のための買い物だったわけだし。

 ただまあこのことについては姉には伝えてない。プロジェクトとやらのために子供まで押し付けたバカ姉なんぞに誰が教えるもんですか、そのまま意欲満点で仕事を成功させろってんだ。


「ちょ、先輩マジ大丈夫なんスカ? 事故ッて一週間で復帰とか……」

「ヘン顔だからツラの皮どころか体も丈夫だったんだろ。ほれ川西、こっちよろしく」

「やっ……そりゃいいっすけど。……はぁ、ほんと先輩鋼メンタルっすよね。俺だったらいろいろ折れてますよ。骨とか心とか」

「いーんだよ。こんなんもう慣れだ。自分のツラでもネタにしないと生きてくのも億劫になる。だからって誰にネタにされてもいいってわけじゃないから、あんま調子に乗らないこと」

「……なんか先輩、いろいろスッキリした顔するようになったっすね。前はなんか世界そのもの憎んでるような顔でしたけど」

「今もそんな変わってねーよ。いろいろ諦めただけだ。車に撥ねられる時、あ、これ死んだって思ってな? そしたら命とか自分の顔とか、こんな簡単にオシャカになんのなー……とか思って、どうでもよくなった。俺の顔じゃ恋人どころか友達だって無理だし、部下だって何人慕ってくれるか」

「なるほどー……」


 いやなるほどじゃねぇよそこは否定しろオイ。

 ま、それよりも仕事仕事。さっさと終わらせて定時で帰って、ガキどもの面倒を見るのだ。

 んで、変顔のおじちゃんでも多少の安心は与えられるのだと、多少の満足感で自分を満たし、やがて死ぬのだ。


……。


 そんなわけで仕事を終えて、買い物をして、家に帰る。

 今日も今日とて変顔のおっちゃんとして迎えられて、食事を作って、一緒に食べて。


「おっちゃんウマイ!」

「おじちゃん、おいしー!」

「はっはっはっは、この野郎この女郎」


 結局。

 俺は、俺には、こんな人生しか残されていない。それがわかった。わかっちまった。

 これからなにかをすれば劇的に変わる? 馬鹿言え、それは人生の終わりだ、劇的に変わるんじゃない、馬鹿みたいに終わるんだ。

 交通事故に遭いました。死ぬんだなぁなんて自覚して、最後に思ったのは結局ツラのこと。ほら、俺の人生なんて結局それに左右される。

 はぁ、ほんとくっだらねぇ世の中。

 だからさ、もういいって思えたんだ。

 スッキリした顔になった? そりゃそうだ、夢も希望も諦めた。“自分の時間”も諦めた。

 俺はこうして姉の我儘に振り回されて、自分の時間も削られて、給料だってこいつらのために使わされて、今際の際に自分を振り返って、自分の顔に振り回されるだけの人生だったって泣きながら死ぬ。

 ドえらい誰かは言った。人間諦めが肝心だって。

 諦めた先には何があるかって? っはは、他人の幸せに決まってんじゃねぇか。誰かの不幸は他人の幸せなんだからな。

 だから……


「だから」

「?」

「おっちゃん?」


 だから、俺の不幸でこいつらを幸せにしてやろう。手始めはそれでいい。

 俺はもう諦めた。だから、それでいい。

 あんな簡単に俺の人生なんて潰れるんだってわかっちまった。もう、いろいろと諦められちまった。だから、いい。

 ははは、なんて薄く笑って、ふとどんな顔で笑ってんのか気になって、玄関にある鏡を覗いた。

 そこには、ハイライトなんぞ無くなったドス黒い目をした不細工が居た。


「………」


 うん、キモいわ。

 ぶっさいくやわぁ。

 そうして俺は、ちぃっとばかり残っていたプライドも、ドブ川に捨て去ることが出来たんだと思う。

 ハイライト消えたまま自然に微笑むことが出来た。もうなにも怖くない。

 さあ覚悟しやがれガキども。俺の不幸と財産で、貴様らを立派な青年に育て上げてくれるわ……!!

 ……と、その前に。


「えぇっと……、んー……あ、もしもし姉貴ー?」

『ちょ、アンタなんで今まで連絡もなくっ……!! 大丈夫なの!? あの音なに!』

「うっさい黙れ。ちゃんと会話しろ会話」

『むぐっ……! じゃ、じゃあ。アンタ、大丈夫なの?』

「世間一般的に言えばいろいろ手遅れじゃないか?」

『なっ……ちょっとアン───!』

「うっさい黙れ。ちゃんと会話しろ会話。なんでも叫ぶなやかましい」

『~~~っ……アンタって……!!』

「五体満足だよ。近くで衝突事故があってケータイ巻き込まれて今まで使えなかったんだ」

『へ? そ、そうなの? そりゃまた……えと、ごしゅーしょーさま?』

「ガキどもの食いもん買いにいった所為だから、もろもろの代金いつか請求すっからな」

『あーはいはい、好きなだけしなさい。可愛い子供に会えない分、お金だけは稼いでるから。対価でもなんでも、好きなだけ持ってけこのやろー』

「………」


 手遅れって部分にツッコミはないらしい。まあ、五体満足でも精神的にアレなだけなんだが。

 あー……未練か。いい、いい。そんなもん捨てとけ捨てとけ。まだ誰かに気にしてほしかったのか。くっだらない。


「姉貴」

『んぁ? あによ』

「なによ、だろそこは。あーその。……頑張れな、プロジェクト」

『ま、自由にやるわよ。あんたも子供たちのこと、泣かせたりすんじゃないわよ』

「子供に泣くなってのは無理だ。てかもう泣かせた。子供にゃ悪いと思ったがあんたにゃ悪いとは思わん」

『……んっといい性格してるわね我が弟ながら……!』

「わかってるくせに俺に預けたのは姉貴だろ?」

『あぁはいはいっ、わぁったわよ! ……で、で、だけどそのー……結衣に雄大は? 声とか聞かせ───』

「聞かせるわけねぇだろうがなに甘えたこと言ってんだプロジェクト頑張れっつってんだこのタコ」

『やぁあああだああああっ!! 声聞きたい声聞きたいぃっ!! このままプロジェクト終わるまで声も姿も聞けないし見れないなんてヤ゛ァアアアア!!』

「…………姉貴」


 本気の本気で声が枯れるような号泣ボイスを出す姉に、俺はそっとやさしい声をかける。

 と、ぐずぐずと泣き声が聞こえるケータイの先から、少々の期待が宿ったような吐息が聞こえ───


「それ選んだのはてめぇだろうが甘えんなクソが」

『うわぁああああああああああああんっ!!』


 その甘えた根性に唾をかけるようにド正論を投げた。

 なんぬかしょっとかこんげらんこっつ。


「あ、結衣とユーダイこっち来たから切るな」

『それ逆じゃないの!? 代わって!? 代わってよぅ! 代わりなさい!!』

「代わってほしい?」

『ほしいほしい!』

「どうしても?」

『どうしてもどうしても!!』

「だめだ」

『アンタはどこぞの世紀末七ツ星救世主か!?』


 つくづく思うけど、北斗の拳の主人公に愛を取り戻させるのは無理があると思う。だって無慈悲だし。


「んじゃ、旦那さんによろしく」

『なっ、ちょっ、お願い一言だけでいいからっ!』

「結衣ー、ゆーだ~い」

「えー?」

「なになにおっちゃーん!」

「はい聞こえたな一言」

『アンタちょっとマジふざけんじゃないわよそれ一言っていうか聞こえただけじゃないのいやちょ待って待って話させ』


 悪は去った。むしろ切った。すぐにかかってきたけど知りません。


「? おじちゃん、お電話?」

「誰からだー?」

「モンスターザクロパス」

「ざくろぱすー!」

「ざくろぱすー!」


 姉がザクロパスになった瞬間であった。誰だよ。

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