物語みたいな物語

1:八十島芳樹-やそじまよしき

 ───不細工って言われて育ってきた。

 だったら顔以外のことでと努力した。

 でも、不細工の扱いは不細工でしかなかったんだ。

 ただ、努力家だと知ってもらえただけマシなのかもしれない。





 仕事仕事仕事仕事。

 人生仕事こそ墓場だ~って思うのって間違ってるかな。

 結婚が人生の墓場だって言われても、好きな人と結ばれるって時点でまだ救いがあるんじゃないの?

 一時だろうとリア充して、そんな相手と結ばれて~って、それだけいけたならいいじゃない。

 こちとら顔がキモイってんで女性にモテたこともないし、気になってた女性に“性格良くてもあの顔じゃねぇ~”なんて陰口たたかれたことのある猛者だ。

 せめて体を鍛えれば、せめてファッション、せめて趣味、せめて、せめて。

 頭が良ければ少しでも頼ってくれるんじゃ、なんて衝動に駆られて勉強したりもした。一時期だが、家庭教師だってしたこともあるほどに。

 けど、努力の全部をこの顔で台無しにされたわ。

 他全部がいいのに顔がねぇ……って溜め息吐かれた俺、乙。

 俺と一緒に居ると女性も逃げるってんで、男友達も出来ないしね。

 そのくせ有能だからって仕事は回す。ふざけんなちくせう。……やるけどさ。


「あー……仕事終わったらガキどもの食うもん用意しないと」


 え? 子供? 居るよ? 俺の子じゃねぇけど。

 姉と義兄が同じ仕事やってて、なんでも上から重要プロジェクトに参加することを命令されたらしく、やりたいことだったからって引き受けたんだと。

 で、それが海外ですることだってんで、子供、連れていけないんだとか。16で結婚して子供産んで、厄介事に俺を巻き込みつつ高校卒業、大学卒業、義兄と同じ会社に入ってアレコレして……で、プロジェクトですよ。

 仕事行って帰ってきたら子供が二人。鍵かけた筈なのに子供が二人。

 親が離婚して蒸発して、祖父母に引き取られて、祖父母が死んじまって、俺と姉貴だけになって、姉貴が結婚を機に出ていって、俺だけがここに、ここから仕事に。まあ家賃かからんってのはいいことだ。ちと遠いが。

 そんな場所に書置きがあって、つまりそのプロジェクトのために姉とその夫が海外へ出たことを知って、深く絶望。

 子無し一人暮らしの自由な空間はカオスと化した。

 言うこと聞かないし悪戯はするし口調はナメとるし。

 あのね、キミら追い出すの、こっちの気分ひとさじで決まるのよ?

 別に俺はあの姉にはなんの恩もないし、むしろ今まで散々苦労かけさせられた。

 それをあの義兄がもらってくれて、あるとしたらその義兄に、そのことについての恩程度だ。

 つまりその感じている恩義の許容を超えたことをされれば、容赦なく追い出す。

 しかしまあ結衣ちゃん可愛いから我慢できるけど。

 ただし雄大、てめぇは許さん。


「けれど贔屓はそこまで出来ないヘタレの鑑である」


 帰り道に“スーパー・超”に寄って杏仁豆腐やオムライスの材料を買っていく俺。ケチャップなかったのよね、ケチャップ。

 え? おやつならプリンだろ? とんでもない、俺にとって至高は杏仁豆腐よ。

 そして結衣ちゃんはそれがわかる数少ない理解者である。

 雄大はそれを否定しやがったからなちくしょう。今日はその美味を存分に味わわせ、杏仁道府どうふに導いてやるのだ。


「っと、そういや今日、ヤムチャ転生の発売日だっけ」


 ドラゴン画廊リーさん、絵ぇ上手だよなー。

 ドラゴンボール菜も欲しいんだけど、俺そういうのの買い方とか知らんからよくわからんし。


「んじゃ、あとは野菜を買って、魚をー……魚かぁ」


 昔から、魚には憧れた。

 水の中でちゃぷちゃぷと泳ぐその姿、その自由。

 俺みたいに顔がダメな上にノーと言えず、貧乏くじばっかり引いてきた人生を思い返せば、あんな顔なのに自由であるのがほんのちょっぴりうらやましかったり、とか……はぁ、なぁに言ってんだか。

 さっさと帰ろう。

 んで、ガキどもに変顔のおっちゃんって呼ばれながら料理でも作ろう。

 ……ん、電話が。


「ん、っと……はいはい、なんだよ姉貴」

『やほー。やぁーごぉめんねぇ芳樹ぃ、面倒押し付けちゃってぇ』

「ガキどもなら追い出したから」

『嘘つくの下手だねぇ。駆け引きもせずに用意した答えだけを言う癖、まーだ直ってない。そればっかを言おうとするから焦っちゃって声が上ずるし』

「……なんの用だよ。人の自由を奪っておいて」

『いや、純粋に謝りたくて。今回のはほんと、勝手だった。自分がやりたいものを吊るされたからって、他のもの押し付けてそれにかぶりつくようじゃ、なんのために子供を作ったのかって話よね。ごめん』

「……あのさ。そっちはしおらしく謝ってるつもりだろうけど、そういうのってこっちに後味の悪さしか残さないからな? じゃあ嫌だって言えば子供を見捨てたみたいで後味悪いし、許さなければこっちが小者みたいな嫌な気持ちを残す。だからって本心じゃ許したくないし納得も出来てない。何度も言ってきたけどな、俺、姉貴のそういうところ、本気で嫌いだから」

『……ごめん。あの人と一緒になってから気づいたこと、いっぱいあってさ。芳樹にはほんと感謝してる』

「いいって言ってるだろ。それから───あー」

『ん……それから?』

「……俺さ。魚になりたい」

『へ?』

「昔っから魚に憧れてたんだよ。なんにもしなくてもエサ貰える魚とか、顔は種類で固定されてるような存在と、か───ぁ……恨むからな、姉貴。買い物なんて来なけりゃ、こっちの道なんて通らずに済んだんだ」

『うん……恨むのは、仕方ない───っひ!? え、ちょ、なに!? すごい音鳴ったよ!? 芳樹! 芳樹!!』


 轟音。そして、浮遊感。

 スマホが手から離れて、地面を滑った。俺は大きく飛ばされて、地面に激突。

 悲鳴が聞こえて、世界が赤くて、それで…………それで。


「…………ただ、たのしく生きたかっただけなのにな……」


 こんな顔に生まれたのがだめだったんだろうか。

 俺はただ普通に生きてきただけだったのに、周囲は難しいことを俺に押し付け、自分たちは笑っていた。

 手を伸ばしてもキモいと引かれ、男たちもお前が居るとさ……ほら……なんて一歩引いて苦笑した。

 みんなそんな顔だったら、普通でいられたんだろうか。

 ……もう、いいや。どうせこんな顔や人生ともおさらばだ。

 よかったな、みんな。変顔のキモい男はこれで居なくなるよー……。

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