第9話 ファーストキスはレモn【味噌汁味でした】

転6/ヘェ~ラロロォ~ル・ノォ~ノナァ~ァオオォー


 叫ぶ猫、もとい雅をなんとか宥めようとするも、これがまた暴れるのなんの。


「こらこら落ち着け、雅? 雅ー?」

「みゃあああああ!! みゃあああああっ!!」

「雅ー!? ちょ、こらこら暴れるなっ! なんもひどいこととかしないからっ!」

「やー! おふろー! お風呂入るのー! お味噌汁飲んで汗掻いたもん! きっと汗臭いもん! そしたら弥弥弥くんが私のお味噌汁飲む度に私の汗臭さ思い出してみゃあああああああああっ!!」

「思い出さないから! っつーか人の感動的思い出を汗の香りで上書きしようとするなアホー!! お前それ言わなけりゃちっとも意識しなかったのにアホー!!」

「それ見たことかこのトーヘンボク! 放せ離せ解き放て解放しろー!! 私はお風呂で自分を清めて石鹸の香りを身にまとってからっ───わうっ!?」

「おわばっ……人が抱き締めてんのに暴れるかっ───」


 …………OH。

 抱き上げてた腕が外れた瞬間、見上げていた俺の顔面を豊満な柔らかさが……!

 咄嗟にもう一度抱き締め直した瞬間だったもんだから、力の抜きどころがそのー……あ、だめ、ここ桃源郷だ。俺、ここに辿り着くために今日まで生きてたんだな、って……。


「…………」

「………」

「ぐしゅっ……ひっぐ……! ~……宅の双丘さんの感触は、どうですか……?」

「結構なお点前で……!!」

「死ねどあほー!!」

「グワーッ!!」


 殴られた。理不尽だ。が、愚かなりクラウザー……! ここで離すはただの愚か者ぞ……!

 え? 俺? 離さん。何故ならおっぱいが大好きだからだ……!!


「ぎゃー! ばかー! 離せ離せ堪能しないでよばかー!!」

「俺の巨乳好きは既知であろう! 故に断る! あといい匂いです。大好きです」

「ふにゅうっ!? ここここのエロスは……! ど、どーせ乳に埋もれていたいから出てる出まかせでしょ! だって汗のにおいなんて誰だって嫌ですものそーですもの!」

「意中の相手の香りにはフェロモン的な効果があって、なんか知らんけどいい匂いに変換されるらしい。よく知らんけど。そんな先人が言ったからどうだって話なんて知らん。俺は、お前の匂いも香りもすべてが好きだ!」

「……強いて言えば?」

「おっぱい!」

「死ねオラァ!!」

「グワーッ!!」


 殴られた。これは俺が悪い。

 だが離さん。何故ならこれは事故なのだ。俺は持ち上げてただけなのに、こいつがっ……こいつが急に暴れるから仕方なくっ……!!

 だからこいつが何度、自身の胸に埋まる俺の頭をロシアンフックで殴ろうが、離さん。いいか、離さん。絶対にだ!! え? 話に落着がついたら? ……離すんでないかい?


「~……男ってばかだー……」

「おう馬鹿だとも」

「女なら誰でもいいの? おっぱいおっきくてかわいければ誰でもいいの?」

「まあ実際、男ってやつはその状況になると、そうそう我慢とか出来ないんだろーなぁ」

「こ、このエロスが!!」

「お前それ何回目? ……あーのーなぁ、雅ー?」

「……なに? あのね、私とっても怒ってるよ? これでもかってくらい怒───」

「お前を好きになる前、綺麗で可愛くて巨乳なお前を前にして、俺がお前に欲情したかよ。手ぇ出したかよ」

「弥弥弥くん愛してるー!!」

「お前の手の平どうなってんの!?」


 抱き締められた。むしろ胸でむぎゅうと顔面を覆われた。

 あー! あーああああ! もー! あー! と謎の声をあげながら、俺の頭を抱き締め抱き締め撫でて撫でて、わしゃわしゃして、その上から鳥が餌をついばむがごとくキスを降らせてくる。


「あーああぁあああーあー! あーもー! 弥弥弥くん! 弥弥弥くーん!! 好き! 好きぃ! 弥弥弥くーん! あー!」

「もがー!?」


 巨乳に挟まれ窒息……一度は夢見た世界がここに…………!!

 …………あ、なんかフツーに息できます。服着てんだもんね、そりゃそうだよ。

 でもぎゅむぎゅむ押し付けられ、時に角度とか変えられると、服の隙間さえも圧倒的な乳圧に塞がれ、息がつまることは確かにあった。

 だが本望よ……! この口元を塞ぐものが愛する者の乳ならば、拒む必要など皆無……!


「……でもステイ、ステイだよ私……! 勢いで初めてを散らすなど愚の骨頂……! そう、清い精神を磨くのだよ高藤雅……そう、思い出せばいいだけ。大親友だった頃の自分を。クラスメイト達を。私達はあんなに清い関係だったじゃない……!」

「………」

「…………砂田コロス」

「なんで砂田!? いや俺が言えた義理じゃないけど!」


 彼女の中で砂田が何かやらかしたらしい。

 なにかあっただろうか。男の友人の中じゃあ一番仲が良くて、あいつが俺に肩組んできたりするくらいだと思うが。……ハッ!? もしや嫉妬!? それは嫉妬でござるか雅!?


「すぅー……はぁーぁあああ……」

「幸せです」

「人の深呼吸に合わせておっぱい堪能する幼馴染なんて初めて見たよ……あのね、弥弥弥くん? 私が弥弥弥くんのこと心底好きじゃなきゃ、変態認定されて殴られてるよ? 別れられてるよ?」

「プロポーズ受け入れた上に勝負下着着て来た人が何をおっしゃる」

「ちくしょう言い返せない! でも勝負服と勝負下着のことは忘れてお願い!」

「……いや、目に焼き付ける。俺のためだったんだな、その服」

「んぐ…………っ……一応、その、ど、どう?」

「似合ってる。可愛い」

「………………~……!! くっ、くうう……! こんな辱しめを受けたのに、それだけで許すどころか嬉しい自分が恥ずかしい……!!」


 恥ずかしがってる雅をすとんと下ろす。と、胸を庇って涙目でこちらを睨む雅さん。そりゃそうだ。

 だが半端はしません。愛すればこそ、届けよう。


「ナイスおっぱい」

「くぅうっ……! どーせ弥弥弥くんのために成長したおっぱいですよーだ!! 将来泣いて堪能しやがれちくしょーめぇ!!」

「おう、努力する。約束だ」

「ギャー! 思い出の努力と約束がとんでもないもので上書きされたー! なのになんで喜んでんだあたしゃー!」

「まあまあ。……デート、続けよう?」

「~……うん」


 くすんと鼻を鳴らし、俺を見上げる彼女は、ギャーギャー騒いだわりには俺の服の袖を掴んで離さない。

 恋人になる前の方が積極的に腕とか組んできたのに、なんだか……うん。新鮮だ。


「……で、でもね? 弥弥弥くん。デート始めた途端にエロォスはよくないと思うのだよ?」

「なんの話だドアホ」

「ドアホとな!? ……だ、だって、私のこと持ち上げて、ベッドインしようと───」

「……駅。ホーム。男女。再会。抱き合う。持ち上げる。回転」

「ほわぁああああああっ!! いっそ殺せえぇえええええっ!!」


 俺の彼女が賑やか可愛い。

 頭を抱えて叫んだのち、しっかり謝ってきた彼女ともう一度“駅ホームハグサイクロン”をした。

 お互いがそうしようとすると、これが案外綺麗に回れて面白い。

 雅もかなり気に入ってくれたようで、しばらくそうしてくるくる回っていた。

 が、テーブルに足をぶつけ、バランスを保とうとした結果、結局ソファの上に二人して倒れることになり───


「あ……」

「あっ……」


 雅の頭は奇跡的にクッションの上に。俺はその上にのしかかるような格好で倒れ、咄嗟についた肘が雅の顔の横をどすんと叩く結果となり───超至近距離、壁ドンならぬソファドンが完成した。


「み、やび……」

「みやび、くん……」


 持ち上げられた位置から落下する恐怖と、急に恋人と顔が近づくドキドキ。それが合わさって、俺も雅も声を出せずに胸を高鳴らせていた。

 ……、あ…………顔、近……。え? これ……キス、出来…………?


「………」


 ゆっくりと、目を閉ざしていき、顔を近づける。

 雅はふわりと頬を緩めて、まるでその行為を待っていたかのように瞼を閉ざしていき───


「「はい、ここで邪魔が入る!」」


 …………。


「「………」」


 誰も来なかった。

 来なかったので、二人してくすっと笑って───キスをした。

 ……ファーストキスは味噌汁味だった。

 それに気づくや雅は俺を連れて洗面所に。


「歯、磨いて!」

「え? ど、どした?」

「歯! 磨いて! さっきのキスノーカウントで!」

「やだ。むしろ俺的にファーストキスが味噌汁味って最高に嬉しい」

「ふみゅうっ!? ~……だ、だだだだって、ファーストキス……レモン味……っ!」

「……雅。贅沢……言っちゃだめだ。世の中にはな、ファーストキスの味がキムチラーメンだった女の子も居るんだぞ……?」

「今私その乙女にすっごいシンパシー感じてる」


 なんにせよ。こいつの味噌汁飲む度、汗の匂いよりもキスのこと思い出しそうだ。


……。


 さて……昼である。


「………」

「んん……違う、こうじゃない……こう? こう……、んー……んぅ……?」


 もぞもぞと腕の中を恋人が蠢いている。

 頭を撫でるとえへーと笑う。で、またもぞもぞ動く。

 人をソファに寝かせてなにがしたいのか、背もたれにしたクッションがギュミーと二人分の体重で潰れる中、もぞる恋人を自分勝手に愛でていた。

 それにしてもたった一日で凄いレベルアップです。まさかキスまでするとは。

 果たしてこの連休で、俺達は恋人レベルをどれほどアップさせるのか。

 ……ま、まあ、普通にキス止まりだと思いますけどね? 人との関係をレベル~とか言ってる時点で俺も相当なガキャアなんだろうし。

 子供の頃は早く大人になりたい~って思ってたもんだけど、大人になるってそういうことじゃないんだろうな。

 一人暮らしをして家事をし始めるといろいろわかることがある。独り立ちした程度で大人になれるかっていったらそうじゃないし、それが年齢で決まるわけでもない。

 いい歳した大人がクソガキめいたことで喚き散らしている場面なんて、俺達は腐るほど見てきている筈だ。

 ああはなるまい、なんて思ってるヤツこそクソくだらないことですぐに怒って誰かに突っかかる。

 大人になろうね、いろんな意味で。努力、大事。

 その第一歩として恋人の甘やかし方を模索中なんだけど───


「ん、んー、んー……」


 抱き心地選手権でも脳内で開始したのか、雅は人の上に寝転がった状態で、もぞもぞと体勢を変えまくっている。

 あのー、これもお家デートに入るんで?


「───……ハッ!?」


 そしてとうとう俺の上で仰向けになる、という行為で、彼女の動きは止まった。

 ……いや止まったじゃねぇよ、どうすんだよこれ。

 大事な人の重さって……イイネ! どころじゃないんだが。


「………」


 けどまあ、当然ずるる~とずり落ちるわけで。

 背中にクッションあるしね、どうしても体ナナメになるし。

 なので少しずり落ちた彼女をきゅむと抱き締めて、俺の方で体勢をずらして、足と腕の間にすっぽり治める。


「…………おお」


 彼女は良ポジションを手に入れたらしい。俺の胸に後頭部を預けると、はふー……と長く長く気を吐いた。吐いて吐いて……がくりと力尽きた。


「…………エ?」


 や、力尽きたって。あの? ちょい? もしもーし?

 …………疲労、だったんじゃよ……。

 大賢者様を目指した彼女は、きっとろくに眠れなかったに違いない……。

 ていうかそんなん思い出させんといて!? 俺今そういうことやってたと自白しちゃった恋人を足の間に納めちゃってるんですが!?

 ~……いぃいいやいやいや大丈夫、大丈夫……! 後ろから抱きしめて、お尻に股間が当たっても不動であったこの弥弥弥くんに、こんなところでご起立なさるほどの興奮など……! ぁごめん無理です立ちます勃っちゃいます! 血がぞわりってそっちに向かうの感じちゃいました!

 ていうかなんでこんないい匂いするのこの幼馴染! 柔らかいし小さいし、無防備に男の腕の中で寝るなんてっ……あぁああもぉおおおお!!


(と、とにかく雅を軽くどかして、股間が当たらない状態に───)


 手を伸ばし、体を支え、起こしていく。

 出来るだけ刺激しないように、起きないように……! 身動ぎとか勘弁してくださいね!? お尻がジュニアに当たってて、今相当我慢して不動の地位にいてはるジュニアはんですから!


(……アッ)


 肩越しに見下ろすとなんと凶悪なるお胸様か……! さ、さっきまで俺、あそこに顔を───オォオオオオオ!! やめろてめぇ起きるなやめろ! 死ぬ! 俺が死ぬからなんていうか恋人的に! お願い! パパからのお願い! おっきしないで!

 アワワワワやばいこれやばいでもここで勢いよく持ち上げたりどかしたりすると、逆にいかがわしいことをしてたんじゃないかとか怪しまれて……ァアアアア!!

 こういう時! こういう時はそう、スンッと気持ちが冷えるなにかを───…………


(砂田アァァァァァァ!!)


 イメージ……完了。そしてやり遂げた。マイサン、ご就寝。


「はぁ……はぁああ……!」


 無駄に体力を使った気がする……! 身体動かすよりも精神的ダメージのほうが疲れるって、ほんとかもな……!

 さ、あとは雅を下ろすだけ───


「………」

「………」


 やあ、目が合った。


「…………ねえ。なんで人のこと抱き締めて、はあはあしてるの?」


 …………俺死んだわ。


「我が恋人よ……よくお聞きなさい。これからあなたに話すことは……とても大切なこと。私達が、ここから始める……彼から彼女へと、絶え間なく伝えてゆく……長」

「そういうのいいから」

「ぁはい」


 そういうの、いいらしいです。ごめんなさい。


「じゃあ嘘は無しとのことなので真実を」

「うん」


 俺は……重い口を開くと、語り始めた。

 俺達がこの場で、ソファの上で体験した……とてもとても残酷な、男の尊厳をかけた長く辛い戦いの軌跡を……!


「や、普通に起こそうよ」

「はい、ごめんなさい」


 そりゃそうだった。


「へー、でも、ふーん? そ、そっか、そっかそっか。ちゃんと私でも反応してくれるんだ。これだけ近くに居ても抱き締めてくるだけだから、魅力ないのかなーとか……その、理不尽にもちょっぴり思ったりしてたから……」

「うーわー、ほんと理不尽」

「ふぐっ! ……うう、ごめんね、自覚はあるんだけどね、感情って、こんなにも上手くいかないものだったんだねぇ」

「ていうかイチャつきの先をするにしたって、ソファの上が初めてとかはさすがに俺もひどいと思う」

「私も。もしするんだったら弥弥弥くんの部屋のベッドか私の部屋のベッドかなー」

「行為自体は恥ずかしがるくせに、そういうことは普通に言えるのな……」

「女子って結構そういうものだよ? 言葉にロマンを求めてるのに、求めるもの以外にはドライなのさ。勝手に期待してるのに、欲しい言葉が貰えなきゃ拗ねるのもまあ毎度のこと。そーゆーのをずっと頭の片隅で覚えておいて、いつもいつだって我慢してるの。男子が知らないところで、女子は案外傷ついて溜め込んでるものなのよ? はい、弥弥弥くんの次のセリフは」

「「いや発散しろよ」」

「───だ」

「……ハッ!?」


 馬鹿な……読まれた!? まさかリアルでジョセフの十八番やられるとは思わなかった!


「男子の思考回路は結構単純だからね。まあ私の場合は相手が弥弥弥くんだから、っていうのもあるけど」

「マジか……俺そんなに単純か……?」

「弥弥弥くんだって私の行動とか先読みできるじゃん。私の場合はそれが言葉なだけ」

「は~……すげぇなぁ」

「乙女は男より精神的成長が早いのさ。まあそのくせ、男の前では綺麗な私で居たい~っていうのも女の在り方なんだけどね」

「その心は?」

「程度の違いはあっても、結局子供なんだよね、性別関係なく」

「なるほどなー……」

「子供だー、って言われて、弥弥弥くんの感想は?」

「妥当だなぁと。似たようなこと考えてたし」

「わ、そうなんだ。子供扱いされると、男の子は怒るもんだけどね」

「そこはもう努力側で注意されたことだからな」

「あ、そっか」


 自分勝手なことで、キレて八つ当たりしたことがある。

 悪いのは自分って分かってるくせに、一度火がつくと止められない。

 その日ほど、男ってだせぇ、って思ったことはなかったから、努力も身が入った。

 勝手に怒って当たり散らして。……笑顔にしたいって女泣かせてりゃあ世話ないもんな。


「弥弥弥くんは勤勉だなー……ほんと、注意点が無くなってばっかでわたしゃ寂しい。ほらほらー、構えー、恋人さんが寂しがっておるぞよー」

「はーいはいはい、俺の恋人さんは寂しがりだなぁ」

「子供扱いすんなー!」

「お前が怒ってどうすんだよ」

「大人の女性としての対応を望みます。激しく」

「……大人。……雅」

「? なになに弥弥弥く……ふむっ!?」


 ザ・大人の対応。

 体勢を変えた彼女に、ちゅむ、とキスをした。

 するとどうでしょう、ムキーと子供のように怒っていた彼女が、一発でとろんとした女性の目になるではありませんか。


「……はふ……ほい、大人の対応。気に入ってもらえた?」

「…………はい」


 キスしたあとは大人しくなる。よし、覚えておこう。

 ………………。ただし首に抱き着いて離れなくなる、と。よ、よし、覚えておこう。

 離れたくない時は存分にご利用する方向で。

 ……あれ? じゃあ一日中してりゃあよかと? ……よかとね。

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