第8話 恋人って難しい【好きはちゃんと言葉にしよう】

転5/熱情の……


-_-/高梨弥弥弥


 朝食が終わった。プロポーズした。受け入れられた。

 そして……そして。


「「どうしよう……!」」


 大絶賛照れていた。

 世の成功した若人たちはこれからなにをどうしてらっしゃるのか。

 告白して終わりとか、どこのギャルゲー? 伝説の木の下で告白とかそれで終わるわけがなかった。

 ていうかさ!? ひと昔前のギャルゲーってさ!? 順序逆じゃない!? なんでデート回数三十回を軽く超えるような関係続けてから告白してんだよ!

 しかもそれを三年続けてからようやく告白って! 卒業の日に告白って! い……いやァア~……過去の男女の関係が分からない……!!


「ね、ねぇ弥弥弥くん? 普通さ? 男女の関係って、告白して付き合ってからデートとかするよね? それ以前に出かける場合、仲間内で~とかだよね? 二人っきりとか有り得ないよね?」

「あ、同じこと考えてた」

「だだだだだって普通そうじゃない!? そりゃさ!? 好き合ってるかもわからないのに告白するわけにはいかないから、それなりの関係は作ると思うよ!? この恋愛素人の雅さんですらそう思うんだから、きっとみんな思ってると思うなぁ! でもさ、だからって三年も二人きりでデートしたり関係深めたりって、それ出来る人現実に居るのかなぁ!」

「いや……普通は一年も関係続ければ、告白して恋人になって、その上で残り二年を、とか考えるよな……」

「恋って複雑だねー……ん、んーふふへへ~……♪ ねぇねぇ弥弥弥くん」

「はいはいなんだい雅ちゃん。好きです」

「すっ……不意打ち無し! わわ私が言う筈だったのに! のにー!!」


 のど元過ぎれば胃袋灼熱とはよく言わないもので、俺の心の奥底では今まさに、十数年の好きがぐるぐると灼熱地獄窯のように蠢いている。

 なんというかそのー……胃袋があって、胃液があって、それが血の池地獄みたいになんか赤くて灼熱で、その中で“好いとーよ♪”がね? こう……出せ~、解放しろ~、言わせろ~、ウンダリャー、って呻き続けておるの。

 今はこうして鋼鉄の心で再び蓋をしているわけだけど、隙を見せれば好きが出る、みたいなダジャレ状態なのだ。

 いや、いいんだと思うよ? 言ってやったほうがいいと思うの。言われて俺も嬉しいし。

 でもさ、聞いたことない? ラブラブバカップルほど、ベタベタバカップルほど、飽きるのが早い、冷めるのが早いって。

 人の恋愛感情は4年しか持続しないと、先程さっそく調べました。

 4年ですって。今から4年しか、こいつと好き合うことが出来ないかもしれないのだ。ならばレーシェン、もとい冷戦状態みたいな感じでも長々と恋を育みたいと思いませんか?

 そんな、ねぇ? バカップルみたいにところかまわずヴェタヴェタしたり、好きだ好きだ言ったりさぁ……ねぇ?

 ………………あ。昨日帰るまでやってたわ。バカップルだったわ俺達。

 自分の行動を思い出してたそがれつつ、最後の食器を片付け終わった。


「………」

「………」

「~……」

「…………」


 で、タオルで手に付いた水滴を拭きながら見てみれば、ソファに座ってクッションをグミューと抱き締める雅が、じとーとこちらを見ていた。

 ふむんむ? はて、こはいかなる反応ぞ?

 うーん……みゃーさんから雅になった、というか戻った? 反動か、今までの雅といろいろと行動パターンが違う部分が多くて。


「雅」

「!」


 クッションがソファにヴォサァーと突き飛ばされるようにして落下した。

 そして雅はなにやらわくわくそわそわ、期待を込めた目で俺を見てくる。ご丁寧に、胸の前ではぎゅっと握り締められた両手がガッツポーズよろしく、微妙に震えている。期待に震える、なんて言葉、あったっけ? ……あれ? 震えるのは喜びじゃなかったっけ? まあいいや。緊張と期待に震える、っていうのはあった気がするし。ともかく期待を全身で表しているような恋人さんに、見つめられております。


「………」

「……!」

「………」

「……!!」


 沈黙が続くほど、期待が膨らんでいってるのは気の所為で?

 ああこれまずいパターンや、行動を間違えるとなんか男ばっかが悪いと決めつけられるアレ。

 ならばどうするか? まず傍に行きましょう。と、傍に行ってみれば、クッションがベシィと弾かれ、空いたスペースをポスポス叩く雅さん。座れ、ということらしい。

 座ってみれば胴に抱き着いてきて、「んん~♪」となにかを堪能するように、頬ずりしてくる。くすぐったい。

 あ。あー……。


「子供の頃から、雅はそうして俺の胸に頬ずりしてきたなぁ」

「うちは両親が共働きのバカップルさんだからねー、子供ほったらかしで仕事仕事~って。お陰でお父さんお母さんよりおじさんおばさんの方が親って感じがするよ」

「なるほど。その反動で俺に甘えていると」

「甘えるっていうのかな、これ。たぶん人肌恋しいとかそんなのだと思うのよ」

「怪しい響きになるからやめんしゃい」

「……雅くんは、忙しいからごめんな、なんて言わないからさ」

「ふはははは、平凡顔の男子高校生は、身の程ってのを弁えてるから暇なのさ」

「結婚しても、構ってくれなきゃヤだよ?」

「あの。告白とかされたり、したりしたばっかなんですが」

「弥弥弥くん。あれはプロポーズです」

「あ、はい」


 プロポーズだった。そういえば、何処に出しても恥ずかしくないほどの日本伝統のプロポーズでした。そして受け入れられたんでした。ワァイ、まだキッスもしてないのに。あれが通用しない、流されるのが許されるのなんて、めぞん一刻くらいで十分な気がする。


「さっきの例えじゃないけど。そういや俺達も、告白以前にデートまがいのこと散々してきたっけ……」

「あれは親友枠のただのお出かけ。デートはこれから。OK?」

「……そだな。じゃ、デートプランでも一緒に考えるか。どうせ一人で悶々考えたって失敗するのがオチだ。それなら一緒に考えて、楽しいデートにしよう」

「思い切りがある考えだねー。じゃ、まずはお家デートしよっか」

「うん。……うん? ───エッ!?」


 馬鹿な……! つまり、もう始まっている……だと……!?

 ……いや待て? 始まっていたからといって……なんの問題が? ハテ、好きな人とお家デートですよ?

 なんの問題ですか? なんの問題もないね? 大丈夫だ、問題ない。うんOK、ラミレスビーチの誓い。


「じゃ、まず」

「お、おう。まず?」

「……お家デートってなにするんだろ」

「……………………大問題だ」

「ね。でも他人の知識に縋って関係を深めるのもどーかなぁと思う私も居るわけで」

「なるほど……じゃあ、あれか? まずデートでしそうなこと、片っ端から?」

「お家デートって、外でやるデートをお家でやることなのかな」

「や、知らんけど」

「うん私も知らない」

「………」

「………」


 やってみることにしました。

 ソファに座って、二人でスーハーと深呼吸をして、さあいざ!


「えーと、まずは……ごっめーんお待たせー! 待った?」

「エッ!? 座ってるのにそっからなの!? ……あ、ああっ! あーと……だだ大丈夫! 俺も今来たところだからっ!」

「───嘘をついたんだね……!?」

「いきなり真顔になるなよ怖ぇええよ!!」

「弥弥弥くん。私は嘘は好きません」

「コーヒーゼリーとクッキー」

「ごめんなさい」


 即行で謝られた。


「でも恋人間で嘘はなしでいよう! せーじつで清らかなる恋! そげなことが出来る恋人に、私はなりたい! ところで“恋人間”って、文字にすると恋・人間って読めるからややこしいよね」

「コイビトカンとコイニンゲンか。あー、たしかに。……そういやさ、せーじつで清らかなるで引っかかったんだけど。昨日の夜、そっちからメールしてまで晩飯のこと言ってきたのに、晩飯作りに来なかったのってどうして?」

「こ、このエロスが!!」

「なんでじゃあ!!」


 ……その後、せーじつで清らからしい彼女を問い詰めまくって、追い詰めて、ついに壁ドンならぬソファドンしたあたりで、真実を知りました。

 はい、言葉に詰まって真っ赤になりつつ、なんかメチャ興奮しましたごめんなさい。


「えーえそうですよ!? 名前呼ばれただけで即オチですよ惚れちゃいましたよ! 惚れたどころか興奮して持て余しちゃっていろいろシちゃいましたよ何度も何度も! いっそ笑えー! けけけ賢者になれなかった私を笑えー! うわぁああん!」


 あ、賢者になれないってそういう。

 あー……アホやわー、安心するほどこいつアホやわー。

 真っ赤になって目ぇ渦巻き状にして騒ぐこいつが、今となってはとっても可愛い。


「ふぐぅううっ……なんという心の重し……! 私はこのまま弥弥弥くんにこれをネタに、あげなことそげなことを強要されて……!」


 コンニャロまーた人のことで勝手な妄想を。ていうか大事で好きな相手にグヘヘな行為を強要するように見えるのか。

 俺はそういうのは同意が無いとしたくないタイプです。強要なんて愛のないこと、してたまるもんですか。

 ……しかし? だったら一度言ってやって、わかってもらうのも一つの手。

 ならば? ならば。しからばほなら。


「……雅? 嫌なの?」


 ソファドンしたまま真っ赤な彼女の顎をさするように、こちらを向かせて顔を近づけて、耳に口を近づけて、ソッと言ってやる。そうしてから顔を離して目をまっすぐに見つめて。

 そう、イケメンだからこそ許される行為。半端モンフェイスがやれば心がスンと冷える行動! ウッヒャア恥ずかしい! こんなもん平気な顔で出来る奴ァフィクションの中だけだぜェェェェ!!


「ぁ……、……み、みやび、くんが……のぞむ、なら……っ……!」


 うん。いやうんじゃないが。

 ぽふんと、真っ赤な顔を桜色に染め直した雅が、とろんと潤んだ瞳で俺を見つめて来た。

 …………ヴァーアアアアッ!! ちがっ……ちっがぁああ!!

 こういう時はむしろ呆れたような反応をっ……あぁあああああっ!!

 冗談で済まされない状況にされるのが、言ってみた方としては一番辛いんだってばさぁあああっ!!

 あ、でも俺限定でなら、俺が望めばそういうあげなことそげなことな関係もありだそうです。天使ですね。

 で、俺もこんな心を許しきった目で、好きなやつにこんなことを言われりゃトゥンクするってもんで。

 顎から手を離して、ぁ……と小さく漏らす彼女を胸に抱いた。

 すると雅の手が俺の背に回されて、きゅー、と思いっきり締め付けてくる。

 かわええ……とほっこりしつつ、慈しむように雅の背中をさす……と撫でつけると、びくーんと震えて抱き締めの力がへにょりと緩み切った。

 あ、ああ、あぁああ……! なんかっ……なんかこう、……なっ、なんかっ! なんかー! だだだ抱き締めて振り回してなでなでして抱き締めて持ち上げたり振り回したり抱き締め直したりななななんかいっぱいめちゃくちゃしたいぃいいっ!!


(あ)


 お家デート。デート。デートなら、ほら、抱き締めたり、抱き締めた女性を持ち上げてくるぅりと回転するアレもありなのでは!?

 よ、よよよよし!


「雅!」

「ひゃ、はいっ!」

「御免!!」


 立たせた雅をがばっと抱き締める! その際、若干腰あたりを抱き締めるのが良い!

 その上で持ち上げてぇえええっ!!


「えっ!? えっ!? ぇええっ!? やっ、ちょっ、弥弥弥くん本気!? い、今からっ!? ……でも強引な弥弥弥くん、いいかも……って、あ、でも待って!? ちょ……あぇあっ……そりゃっ……しょ、勝負服と、勝負下着、だけど……ででででもやっぱりその前にお風呂入りたいっていうか! あののあのあのアノノアイノノォーオオォーオオォーヤ!?」


 彼女の頭の中で熱情が律動しているっぽい。

 抱き上げた彼女はやっぱり涙を溜めた目を渦巻き状にして、栗みたいな口しやがってラロラロラロリラロローと叫んでいる。

 うん、盛大な勘違いをしてるのは俺にもよーくわかるっていうか、相手が慌て過ぎな分、とても素晴らしく冷静になれた。

 そしてやっぱりこいつは俺以外とじゃ無理だ。男に抱きかかえられて勝負下着がーとか言ってる女の子が、普通次の瞬間に熱情の律動歌いますか?

 なので、その場で駅のホームとかで再会した恋人が、抱き合って持ち上げられてくるぅりと回るかのように回ってみた。

 ……借りて来た猫の拒絶反応並みにみ゛ゃーみ゛ゃー鳴き出したんだが。

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