第7話 自分より料理が上手で【幸せをくれる人】
転4/味噌汁に限っては母親よりも上手らしいです
-_-/───
……その日は随分と平凡で当たり障りない一日だった。
暇潰しにラジオは聞かなかったからまあどうでもいいことだが、いつも通りの一日といえばそれまで。
けれども意識をひとつ、コトンと動かすだけで、そんな一日も変わるものだと二人は知った。
「みゃ……んん、みゃ……み、みやっ……」
「雅、濃い口取ってくれ」
「みゃーっ!?」
「オワッ!? ど、どした?」
二人で並んで料理を作る。ただそれだけのことなのに、二人は真剣で、互いのためを真っ直ぐに思って、けれどそんな中でも息を合わせてものを作っていく。
「みやっ……~……弥弥弥、くん。これ、味見……」
「みゃー!?」
「みゃー!?」
互いが互いの気持ちに気づかないまま、けれども気づけば、ではなく気づかないままに名前を呼び合い、愛称を忘れて。
「うまっ! なんだこれっ、ン~マイな!」
「えへへー、取る直前に削った鰹節のお出汁はサイキョーなのですよ」
「お、じゃあ俺も一人暮らし中に編み出した最強ドレッシングを味わわせねばならんな……!」
「えー? ドレッシングなんてどれも一緒でしょ? そんな珍しい味なんて───ンんマッ! わー! なにこれ! 味に目覚めるってこれだね! 弥弥弥くんすごい!」
「んっぐ……! ま、まあ、これでも料理についてはかなり研究したからな。……そういや、昔はこうして二人で、競うみたいに料理したっけ」
「そだねー。そういえばなんでだったっけ? 別に競う理由なんてなかったと思うんだけど」
「そりゃお前。雅が晴子さんにどんな旦那さんと結婚するー? って訊かれて」
「んん? え? それ違うでしょ。うんうん違う違う。弥弥弥くんが、陽子さんにどんな奥さんが欲しい? って訊かれて」
「「“自分より料理が上手で、幸せをくれる人”って」」
そうして、子供の意地が蓋になっていた記憶は、そんな平凡な競い合いの先で蘇る。
二人は顔を見合わせて、あー……なんて言いつつコリコリと頬を掻いて、
「……そういや、どの料理で優劣を決める、なんて決めてなかったよな?」
「あはは、うん。我ながら子供だったー……そしてそれを敢えてツッコまない我らが親のなんたる……」
「ま、約束忘れてお互い料理上手にはなったよな。のり弁の再現なんてかなり手間かかりそうなのに」
「約束を守れる女性になりなさいって言われた私ですから」
「おう。で、俺が努力なわけだ」
約束を、努力を思い出した。
子供の頃に誓った物事は、大人になるにつれその“大元”を忘れがちだ。
それをするための何かは覚えていても、肝心なものこそを忘れている。
大切だった筈なのに、経験すること、覚えることが多い子供の頃は、そうした様々とその大元が混ざりがちだから。
故に過程だけを覚えている。その過程がなければ大元に辿り着けないという意識だけは残るから、それだけが残る。
「……ねぇ、弥弥弥くん」
「ん、なんだ? 雅」
「~……えへへー、好きー♪」
「ッ……! すっ……好きだ!」
「おお、今のはなかなかにどかんと来たかも。でででも満足には遠い……カナ? だからこれからも───」
「好きだ」
「コレッ!? ……ここ、これからも、続け、よ? ね?」
「……好きだ」
「~~~っ!!」
思い出せればあとは届けるだけ。
だというのに、お互いがまだお互いを好きだということに確信が持てていない臆病者二人。
ならば、もう。催眠がどうとかなど関係ない、俺は私はずっと前から好きで、既に自覚して、好きだから好きって言っとんのじゃ何が悪い、とばかりに突っ走った。
「ふわっ……な、なにこの厚焼き玉子……! ほっぺたとろける……! え、えー? どしたのどしたの? なんかすごい、私に味覚にぴったりフィットなこの味付け……! 心の重しとか宙に浮いちゃうレベルだよっ……?」
「うンまっ……! なんだこれこの味噌汁だけでご飯めっちゃ進む……!! おぉおほっぺがじんじんじゅわじゅわする……! うンめェエエ~っへへ~……!!」
「サラダいい……! 手が止まらない……!」
「この漬物もいーなぁああ……! 味噌汁の塩気と絶妙にマッチして……! ご飯、ご飯が足りない……!」
「はいはいよそるよー? 貸して貸して」
「お、サンキュ」
「……おおう。まさかおべんとの時と同じサンキュで、これほど威力が違うとは」
「雅?」
「~……んんっ、うん。お、大盛りでいいカナ? あ、でも胃もたれしたらせっかくの料理がマイナス評価だね。はい」
「……丁度欲しい量を普通に渡せるとか、雅スゲーな」
「んへへー♪ 努力してる人が傍に居るとね、約束を守りたい人っていうのは無意識にでも努力できちゃうのだよ」
「……? まあ、伊達に何年も一緒に居ないよな」
「おうよ~。お嫁に行く準備は出来てるから、いつでも養ってくれていいよ?」
「お、そうか。じゃあ───」
だから。チャンスがあるのなら、いつだって突っ走れるのだ。
叶わなかったら、なんてことは考えない。走らなかった所為で届かず、誰かの手に渡ってしまうくらいなら、同じ玉砕するにしても可能性のある道を。
「雅、お前が好きだ。毎日、俺のために味噌汁を作ってくれ」
蓋をしていた所為で溜まりに溜まった想いは、葛藤はあれど背中を押すばかり。
彼はもう気持ちを隠すことはせず、朝っぱらから心からの告白に躍り出た。
「───…………ハッ!? お、おおう、今のはさすがの雅さんも呼吸が止まった。ナ、ナナナナルホド? きゅんってくる瞬間っていうのは、こういうののことをいふのカナ?」
しかし相手はテンパって、取るべき行動を間違え───
(あぁあああ違う違う違う! そうじゃなくてそうじゃないのにそうじゃないでしょばかあああっ!! み、みやっ、みやびくんが、みや弥弥弥くんが言ってくれたのに! 毎日、お味噌汁を、って言ってくれたのに! これを聞きたくて、お出汁の取り方とか美味しいお味噌汁の作り方とか頑張ったのに! お父さんにも味わわせたことのない、私のとっておきだったのに!)
混乱し、暴走し始めた。
テンパる者の行動のほぼは意地と見栄で出来ている。
こうなってしまうと何を届けても突っぱねてしまうことが多い。
雅もそれが分かっているからこそなんとかしようとするのに、焦れば焦るほど感情が暴れて本音が引っ込んでしまう。
そして、そんな返答が出てくれば、男は当然───
「そうかキュンって来たか! じゃあ───」
……喜んだ。幼馴染だから。
今まで無反応だった、好きだった相手に反応があったのだ。それを知る幼馴染だったからこそ、そんな反応にシラケたりなどしなかった。
むしろ料理を褒め、美味しいと素直に告げて、褒めて、ありがとうと感謝をし、ご馳走様をきちんと届けると、え? え? え? と困惑する彼女の抱き締め何度も何度も告白した。
「へぁああああああのあのあのあのみやーみゃみゃみゃ弥弥弥くん!?」
「好きだ雅! 好きだ! 本当に好きだ! 冗談なんかじゃない! お前に惚れた! ずうっと昔からだ! お前が好きだ!」
「みやー!? みゃっ……み゛ゃーっ!?」
頭の中がショートしそうなほど目が渦巻き状に回り出した彼女は、抱き締められながらじたばたと暴れるものの、余計にぎゅうっと抱き締められて「きゅう」と鳴いた。
鳴いた途端に大人しくなり、彼の腕の中でもぞりと動くと、顔を真っ赤にしながら……
「……あ、の」
「好きだ」
「うにゅうっ!? ~……あの、弥弥弥、くん」
「好きだ」
「ふきゅぅ! ……ほ、ほんと? ほんとに、好き? 催眠、効いちゃってる……?」
訊ねておきながら、彼女の心の中は大変複雑だった。
催眠の効果だと言われれば、スンと熱が消えてしまうと思えるほどに。
朝だって早くから彼の部屋に来て、寝顔を見下ろしきゅんきゅんしてたのに、まさかのみゃーさん呼びに、スンと無感情になってしまった。
「……約束。努力。俺とお前が昔、ガキの頃、互いの両親に誓ったもんだ。料理だけじゃない、俺は平凡な顔してっから、いろんな努力をしてお前に好きでいてもらう」
「……私は、忘れっぽくて馬鹿だったから、弥弥弥くんがいっぱい努力してくれる限り、弥弥弥くんの傍で約束を守るよ、って」
「覚えてんじゃねぇかこんにゃろ……」
「思い出したのっ。……ほんと、なんでこんな大切なこと忘れちゃうかなぁ……!」
「……たぶんだけど。俺達は俺達になりたかったんだよ」
「? なにそれ」
「親が親友同士で、結婚。子供が男女。仲良くなって、将来は結婚したりするのかなー? なんてからかわれて。……子供心に、親に言われたからそうなるんじゃなく、俺達は俺達のまま好きになったんだ、って……思いたかったんだろ」
「…………あ。みゃーくんと、みゃーさん」
「……マジか。お前もそれで思い出した?」
「うん」
結局、二人は子供の頃に自分たちにつけた仮面を思い出す。
呼び方ひとつでスイッチを入れたかのように、自己の輝いていた将来の夢、関係に蓋をしたのだ。
「うわー……うわ、うわー……すごいすごい、芋づる式っていうのかな、どんどん思い出してくる。そうそう、私、お母さんたちにからかわれる前に───」
「……っはは、おう。……ずっと、俺のために味噌汁を作ってください」
「っ……弥弥弥くん……!」
「おっきくなったらそうぷろぽぉずしてね、だったよね、“雅ちゃん”」
「~……ん、うんっ、うんっ……! わたし、頑張ったよ……? いっぱいいっぱい練習して、美味しいお味噌汁作れるようになったから……!」
「うん。……そこは、約束も努力も逆になった、かな?」
「えへへ……努力している好きな人の隣で、女の子の方が努力しないわけないでしょー? えへっ、えへへ……あぅー……!」
彼女は彼の胸に顔をうずめ、ぐりぐりと顔をこすりつけた。
彼はそのくすぐったさに頬を緩めつつ、背中と頭を撫で続けた。
今朝から大雨だった天気模様はまだ続いている。
振り返ってみれば……出かける必要もなく、一日中傍に居られるなぁという考えに到った途端に、彼は寝起きのひと時と彼女の言葉を思い出し、なるほどと頷いたのだった。
「“弥弥弥くん”と一緒に居られると思った途端、みゃーさん呼びは嫌だよなぁ」
「……、……~♪」
呟いてみれば、彼女の機嫌は大変よろしいものへと変わっていった。
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