第6話 まずは距離を測りましょう【それ、わたしじゃないもん】

転3/感情サイクロン


-_-/高梨弥弥弥


 風呂から上がると、体は程よいだるさに包まれていた。

 着替えを用意するのを忘れていたこともあって、丁寧に体を拭くと替えのタオルを腰に巻いて、部屋へと急ぐ。

 部屋に入れば着替えを済ませて、鞄を吊るしてエアコン発動。

 洗濯物は洗濯機に突っ込んできたし、では───


「有言実行だな」


 勉強しないとなー、と言った通り、異性に恋した男のこれからを……学ばねばならぬ。俺が学ばねば。


「えーと……」


 俺と雅は基本、ケータイとかいうものを持っていない。

 親の方針で、それを持っているとお互いの関係が希薄になりやすいからだ、とか。

 一緒に居るのに相手じゃなくケータイを見る人間になどなるな、というのが両親同士の決め事なのだ。

 そんなわけでインターネット系の環境は自分の部屋にしかないわけで。時間の確認が腕時計なのもそのためである。


「っと」


 SSDだからか起動が早い。

 そんなPCにニコリと笑みを送りつつ、早速ゴォグレクロームを開くと、メール通知。


「……みゃ……雅、から? ……」


 勝手に緩む口に手を当てつつ、メールを開く。と、晩御飯作りに行っていいか? とのこと。送信はついさっきだ。


「───」


 夜。好きになってしまった幼馴染と、二人きり。

 や、修二さんらが帰ってくれば、そりゃああいつも戻るだろうけど。

 でも、それまでは二人きり。


「っ……」


 ごくりと喉を鳴らすと、首を横に振る。

 はっはっは、おいおい現金だなぁみゃーくんよぅ。

 ついさっきまで体密着させて、尻に股間が当たろうがちぃとも反応しなかったくせによぅ。

 …………ご立派様がグワッハッハしております。誰か助けてください。

 思い出しただけでこれって! 馬鹿なのか俺馬鹿なのか!? ていうか痛っ! いったい! どんだけ漲ってるんだよ痛いって!

 あぁあああクラスメイトの馬鹿話に男って単純だなー、とかそんないいもんかー? とか言ってた俺、めっちゃピュアだった!

 でもだめもうだめ雅大好き愛してる!!


「どどどどどどーすんだ俺どーすんだよ! こんなマラ=サンのまま雅を家に招く!? 死ぬよ俺の精神!」


 むしろ嫌われたら死ねる! 幼馴染が家に来るだけでそんな反応して、変態なのかなみゃーくんは、とか惚れてもないなんでもない顔のままに言われて……あぁああああああっ!!

 そそそそうだ俺そうだよなんで忘れてた!? 雅、俺に惚れたりもしないんだぞ!? このままこうやって俺だけが好きで、なのに好きだ好きだって感情の籠もらん顔と心で言われ続けるの!?

 泣くぞ俺! 最初はグヘヘとか、あいつ俺のこと好きって言った~とか喜べるかもだけど、結末考えるだけで泣けるぞ!?


「アッ……」


 ジュニアが悲しみに屈した。息子よ……よくお聞きなさい。これからお前に話すことは、遠い昔から続く、それはそれは悲しい物語……これからお前とともに味わっていく、絶望に続く物語なのですよ……。


「…………好きになってもらうしか……ねぇよなぁ……」


 努力は大事。それはもう大事。

 故に、また難度でも、もとい何度でも努力するだけだ。

 頑張ろう、届かなくても、好きって伝えるんだ。意識改革、習慣自己催眠なんて前提での遊びでも、この想いがいつか届くと信じて───!


「……よし」


 メールを返した。晩飯、頼む。楽しみにしてる。好きだ。と。

 そう、そうだ。好きって、場所も場面も気にせず言える。我慢なんかする必要もなく。

 あいつのことだから、あの手この手で、それこそ顔を赤くする技法まで習得してでも意識改革を、習慣自己催眠を続けるだろう。

 それが実るならよし。催眠なんてものに頼らなければ自分を好きになってもらえない自分が情けないけど、贅沢なんて言ってられないほど好きになってしまったから。

 あいつの隣に居る男が俺以外だなんて、想像するのも嫌だ。

 だから……努力、していこう。


「ん、じゃあ掃除から始めるか。水滴、そうそう乾かないだろうし」


 焦って、テンパって、呆れられることがないように、出来ることはやっていこう───!!



  ……ところで。


  いつまで経っても幼馴染が来なかったんですが、どうしたんでせう?


  かなり遅くなってから届いたメールには、『賢者になれない、ごめんなさい。好きです』の文字だけ。


  え? なに? 賢者? え?


───……。


……。


 翌朝。

 目が覚めると空腹だった。

 結局自分で作って食うような時間でもなかったため、そのまま寝たのだ。

 今日は休日ということもあって、なんかこのまま無気力でいるのもいいかなー、なんて寝ぼけ眼で思っていると、人の気配に気づいた。


「ん……みゃーさん?」


 なんとなく、雅だと分かった。

 だからそちらを向きつつ言ってみれば、一瞬とろけるような幸せ笑顔っぽく見えた顔が、スンッ……と無表情になった、気がした。


「おはよ、……んみゃーくん。今日もいい天気だよ?」

「……ゾザー、ってすげぇ雨音聞こえるんだけど」


 なんだろう。みゃーくんって言われた途端、トキメケが膝をついて瀕死になった。

 反応が少し遅れる程度には大ダメージだった。


「さっきまでいい天気だったんだよ……誰かさんの一言で台無しになったけど」

「マジか」


 いい天気だったらしい。続いてなにか言ったようだけど、風と一緒に窓を叩く雨の音で聞こえなかった。


「ところでどした? 朝から来るなんて珍しいな」

「~……んみゃーくんが手ぶらで来いとか言ったんじゃん。ガッコ、休みなのに。だから来たの」

「あー……うん、ごめん、すっかり忘れてた。ガッコのことも、おべんとのことも。……ところで、さっきから呼ぶ時、なに? なんか溜めがない?」

「昨日から私のんみゃーくんはんみゃーくんになりました」

「どっから来たの、“ん”」


 言いつつベッドから降りると、着替えるための着替えをタンスから……むむ。

 これから雅と過ごすんだよな。雨だし、外に出る、なんてことしないだろうし。

 基本、雅はこういう日はこの家でだらだらしてるし。

 じゃあ…………マテ、こんなもっさり部屋着でいいのか? い、いや、意識しすぎると逆にからかわれたりしないか?

 ほ、ほら、雅だっていつも通りの軽めな服に───


「───」

「───」


 アノ。なんかめっちゃ気合い入ってません?

 え? これからオシャァ~ルェなお店にでも行くの? ていうかお前そんな服持ってたの?

 意中の男性相手に最終決戦奥義を仕掛けんばかりの意気込みを感じるんですが?

 え? これから出かけるの? 俺には関係ない案件ですか? 俺が弁当のこと言ったから朝食のみここで食って行くおつもりで?

 ドッ……ドナァタ!? ソレッ……ドナタディェエスカァアーゥ!?

 知ってる奴!? 知人!? 友人!? 山田!? 林田!? 飯田!? 本田!? 上田!? 岡田!? 堀田!? 多田!? ……田率多いな俺の知り合い!

 く、くそぅ負けてなるものか! 俺だって本気を出せば、こんなもっさりさんよりいい服がだなァアアアーッ!!


「………」

「?」

「あの。着替えるから部屋出ててもらっていいか?」

「えー? やだなぁ今までだってそんなことなかったじゃん。どうぞどうぞお気になさらずー」

「パンツから変えたい気分なんだが」

「詳しく」

「詳しくじゃねぇよ」


 ただ夢の中にお前が出てきて、目覚めたらフルボルテージだっただけだ。

 たぶん寝て少ししてからずうっと。

 なんかそのー……そういうのが長時間続いたであろうパンツを履いたままなのは、こいつに悪い気がしたのだ。……ご起立くださったのは紛れもない事実だが!

 最初に見たのがこいつのスンッとした顔でよかった……もし昨日の、あの振り向きざまのやわらか笑顔だったらフルボルテージを超越していた自信がある。


「あ、あー……その、なんだ」

「な、なにかな? もしやそのー……藤巻十三がご降臨めされたとか」

「さすがに夢精はしてない。ていうか女の子がそういう表現するんじゃありません」

「じゃあ……?」

「いや、これからどっか行くのか?」

「? や、そんな予定はないけど」

「?」

「?」

「……いや、見たことない綺麗な服着てるから。どっか行くのかと」

「え、え? 普通、でしょ? 普通普通。それに出かけるって意味ならここが終点で目的達成してるし。あ、もしかして家に朝ご飯のための材料がないとか? だめだなぁ、み……んんみゃーくんは。へたっぴ……! 人の持て成し方がなっちゃいない……! へたっぴさ……!」

「食材ならあるよ。安い時に纏め買いは独り暮らしの基本だ。てか、前の時に手伝ってもらっただろ?」

「前の───、───!?」

「そうそう、スーパーの会計のおばさんに、“悪いけど兄妹じゃ、おひとり様一つまでは二つ買えないのよぉ”って言われて、恋人です、って、言…………った…………」


 …………自爆。

 だがここは根性。顔に出すな。顔に出したら俺の恋が、芽生えた恋が終わる気がする。

 好きだ好きだとどれだけ言っても許される権利を得た。しかし馬鹿真面目に、面白みもなく本気で好きだ好きだ言ってみろ、面白いこと好きのこいつがドン引いて、距離とか置いてきたら俺は死ねる!!


「あぁあははあったねぇあったあった。恋人ですって言いながら腕組んでぎゅーって……し、て……」

「………」

「………」

「………」


 雅がンギィギギギって頬をつねり始めた。何事だろう。


「で、服なんだけど」

「普通だから。これただのロイヤル部屋着だから。今時の女子高生の間じゃこういうのがオサレなだけだから」

「え? 王室部屋着ってなに? あ、ああ、そのレベルできっちりした部屋着ってことか。てかそれがオサレの普通ってマジでか……き、気合い入ってんだなぁ最近の女子高生……!」


 え? じゃあ好きな人とデート、なんて時にはもっと気合いの入った服を?

 想像できねぇ……どうなってんだ女子高生という生き物は……!


「まあとにかく、着替えるから出ててくれって。あ、でも料理作る~とかは無しな。ちゃんと俺が作るから」

「ディェ~フェフェフェフェもしや何かを隠してやがるんですかい、……んんみゃーくんてば。なななにを───」

「好きだぞ」

「ふぴゅっ───、……ん、こほん。脈絡がないねやっぱり。もっと理由付けっていうか、どうして好きか、何処が好きかーとか明確化した告白の方が胸に来たりするんでないのかい?」

「何語だよ。けど、脈絡か───」


 昨日、キミに名前を呼ばれたら惚れました。…………あれ!? なんかこれ最悪じゃね!?

 今まで散々傍に居て、惚れないし好きになれないし性格すげぇな~とか超至近距離で相手に直接言いまくるとか! そのくせ名前呼ばれただけで!? うわっ、ひえっ、ギャアーッ!!

 よよよよーしよーく考えろよーく考えろー……! この軽薄に感じる想いを相手に気づかれるわけにはいかねぇ……!

 俺は、そう、あくまで、あくまでこの習慣自己催眠で雅に惚れた、ってことに……!


(…………あれ? なんだろう、泣きたい)


 え? 俺、蓋がなされていた気持ちをようやく解放出来たっぽいのに、その気持ちを“催眠で好きになりました”って言わなきゃいけないの?

 ……あ、やべ、泣きそう。

 違うよ? 違うんだ。俺、子供の頃からちゃんとこいつのこと好きだったんだ。

 子供みたいな意地じゃなくて、子供の意地でそんな気持ちを抑え込んじゃっただけで、ちゃんと好きだった。

 蓋が取れてしまえばどうってことのない、ただの意地が蓋になっていただけの、くだらない話。なのにそれが首を絞める。

 うわあ、恋ってめんどくせぇのに、なんでこんなにも意中の相手が眩しく見えるかなぁもう。


「その服を着たみゃーさんが好きだ」

「───」


 スンッと一蹴。反応無し。やべぇ死にたい!!

 あーあー気持ち真っ直ぐ明確化したらこれだよチクショーイ!!


「あ、いや、これじゃないな。……その服着なくても、みゃーさんが好きだ」

「───」


 スンッと一蹴。反応無し。……いっそ殺せよ。

 俺ほんと相手にされてねぇ! あっれ!? 親友ってこんなに辛い立場だったっけ!?

 いやぁああばばばばばばばおちおちおつつおつけくけかこえこけきえぇえええええっ!?

 ……落ち着け。そう、落ち着くんだ。よく考えろよ、っはは、そうそう、前から考えてたことだろう?

 こいつが惚れる~とか好きになる~とかあると思う? たとえばナナメ前の席の砂田くんがさ? ……だからなんなんだよこの田率。……ともかく砂田くんがさ? こいつと付き合うー、なんてことになったら───


「砂田殺す」

「え!? なにやったの砂田くん!」

「ハッ!?」


 うわやべ声に出てた! いやほんと落ち着こうな!? 想像で友人を殺すとか最悪だぞ!?

 はー、はー……はぁああ……。ん、落ち着いた。

 そうだよな、もし付き合う~なんてことになったって、こいつのことだから俺に嫉妬させるため~なんて理由があって、そこに付け込んだ砂田が“これくらいしねぇと雅のヤツ反応しねぇよ? あ、今の雅はあっちの方の雅だから、高藤さんのことじゃないからね?”とか───


「スゥウウウんナダァアアア……!!」

「だからどしたの!? 砂田くんなにかしたの!? なんなの!?」

「砂田ってさ、殺したい顔してるよな」

「なんで!? 今生きてることが不思議な顔ってことだよそれ!」


 力の入るところ全てにンギィイイギギギと万力のような力が籠ってた。とある刀とかめっちゃ赫くなりそう。

 あー……ああもう。恋ってスゲー。こんな単純なことで嫉妬に狂えるんだな。今までの自分が冗談の塊に思えてくるくらい、良くも悪くも他人のことを想える。


……。


 あーだこーだはあったものの、雅をソッと追い出して着替えを済ませて、ルーティーンのままに身支度を完了させるとさあいざ料理開始。

 朝に相応しい料理を手早く作っ───あの。なしてエプロンさ付けて横に立っとっちゃ?


「手伝うね」

「え……なんで?」

「習慣自己催眠の続き続き。朝から隣り合って二人のための料理を作る……それっぽいとは思いませんか?」

「どれっぽいんだよ」


 はははーと苦笑しつつ顔を背けて手で口を覆う。

 やっべエプロン姿眩しい! もう好き! ほんと好き! ずっと俺のために味噌汁を作ったり、お前のために味噌汁を作らせてください!

 あ、そ、そう、そうだ、よな? エプロンつけなきゃだよな。

 努力出来る俺は、きちんと料理する時はエプロンをつけましょう、を守ってきたんだ。

 それを恋にうつつをぬかすくらいで忘れてしまってはいけません。


「…………よし、と。……ん? どした? 顔背けて」

「ん、んんっ! ん、ごめん、眩し……んほんっ! ちょ、ちょっとしゃっくり出そうになって」


 え? 出そうになったしゃっくりって一発目から止められるもんなの?

 ん、んん? まあいいや、出来るんだろう。こいつなら出来る気がする。


「それで? 今日の朝食はなんですか? 先生」

「誰が先生か。普通にサラダとか厚焼き玉子とかそっちのでいくか。俺玉子いくから雅は味噌汁頼む」

「───! ……任せて。本気、出すから」


 え? なんで?

 訊きたかったけど、腕まくりをする彼女の目が過去最高にマジだったので、邪魔する気になれなかった。

 なれなかった、けど。あの。その鰹節(塊)、どっから出したの? え? 昆布も?

 うわ、削りだした、本格的ですね? ……やばい負けてられない!

 一人暮らしの腕を見せ───ん? んん? いやマテ? これ……俺がこいつのことを好きって自覚してから、初めて振る舞う料理ってことに……なるんだよな?


(………)


 勝負とかどうでもいい。

 心を込めて作ろう。喜んでもらいたい。美味しいって言ってもらいたい。

 ただ……こいつの笑顔を見たい。

 よし───努力しよう!

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