第5話 勇気をお出し……【蓋が取れたなら遠慮とかいいよね?】
転2/
「みゃーくんみゃーさんで慣れてたから気づけなかった……やばいねこれ、相当やばい」
「真剣な告白も、呼び方云々で抜けた感じになるからなぁ……一応真剣味を出すために、みゃーさんじゃなくしてみたのに」
「にゃはははは、残念だねー。でも、まあ、うん。それならこっちもだ」
「?」
「……うん。私も、弥弥弥くんにずうっと傍に居てほしい」
回している腕に、雨に濡れた手を添えるようにして、自分の肩越しに俺を見上げる雅。
……雨のしたたる髪が顔に多少張り付いても、息を飲めるほどの美人がそこに居た。
うーん。
「わっ……ど、どったの? 急に頭なんて撫でて」
「恋と愛って、勉強してどうにかなる感情なのかなーって」
「あー……なるほどねー……」
「勉強しなきゃだなー」
「勉強しなきゃだねー」
頭、というか……成績はそう悪いものじゃなかった。
成績は似たり寄ったり。
そんな俺達二人は家の前までえっちらおっちら辿り着くと、お互い手を振って別れた。
こういう時、お隣同士ってのは分かれるのも別れるのも簡単で助かる。
鍵を開け、家に入り、直行で風呂まで行って水を解放。温度が熱くなってくれば服を脱いで洗濯機に突っ込んで、風呂場に入れば頭からシャワーを浴びる。
「……………」
ざああと、雨とは違って熱めの雫群が体を打っていく感触が心地良い。
温度の所為か赤くなっていく肌を見下ろしつつ───
「~~~~~」
きっと赤くなっているであろう顔面も、今なら誤魔化せそうな気がした。
いや……いや。いや、いやいや。いやぁ。
……………………イヤァアアアアアアッ!?
「弥弥弥って! 弥弥弥くんってお前! アホだろ俺! え!? 呼び方!? 呼び方ひとつで!?」
雨の中、俺の名前をちゃんと言って、振り向き見上げてくる雅。
安心しきった、俺の、男の腕の中なのに緊張のひとつもないあの笑顔が、ちゃんとした弥弥弥な俺に向けられて。
あ、あー! あーそう!? そういうこと!? 俺みゃーくんなんて親が決めたあだ名じゃなくて、弥弥弥って、ちゃんと弥弥弥って、雅にこそ認められたかったの!? アホじゃない!?
うっわやば! やばい! 恥ずかしい嬉しい口角が持ち上がんの止めらんねぇ! うっわ嬉しい!! 好き! なんかもう……好き! あーこれなの“好き”って! 今まで反応しなかった分が、いっぺんにやってきたくらいに好き! うぁああやばい! やばいやばい! やっ……ヴァアアアアアアア!!
-_-/高藤雅
ぱたん、と。玄関が閉ざされたのと一緒に、ぱたたっと落ちた雫が玄関のタイルを濡らした。
あー、結構濡れちゃったなー。胸とお尻だけはみゃーくんガードで全然だいじょぶだけど。
「おかーさーん、ごめーん、タオル取ってー!」
こういう時、頼ってしまうのはお母さんだと思う。
お父さんにタオル取ってーなんて言っても届かないだろう。
「………」
返事がない。まるで空き家のようだ。
「あ、そだった」
二人ともまだ仕事の時間だ。お仕事大好きな二人はもうちょい経つまで帰ってこない。あ、仕事好き、っていうのはちょっと違うか。家族の将来のためになることが好きなんだ。
ははは、やだなぁ、鍵自分で開けた時点でそれ気づかないとかもー。
「しょーがない、っか。よっ、ほっと」
濡れてしまった靴を脱いで、吸い付くように脱ぎづらい靴下をスポンと取って、ぺたぺたとお風呂へ直行。
脱衣所で鞄を置いて、中身の体操服をカゴに出して、自分も脱いで……しまう前に、水を出してお湯になるのを待つ。この瞬間って寒くて寒くてたまらない。
なので温度が変わってきたのを確認すると、早速脱衣所に戻って服を脱いですっぽんぽんに。
ゆさりと揺れるお胸様に、よくぞここまで育った……と無駄な感慨深さを抱きつつ、いざ、シャワーを頭から浴びる。
「………」
……。
「………」
あぁあああああああああっ!!
みっ、みやっ、雅って! みゃーくんが雅って!
みゃみゃみゃみゃーくみゃみゃみゃみゃみゃくみゃみゃみょみゃみょみょみみやぁああああああっ!?
「ななななんで!? なんで!? 馬鹿じゃないかな馬鹿じゃないかな!?」
今まで全然平気だったのに! 呼ばれ方ひとつで!? あんなコロリって!? いやなんていうか重すぎてた感情の蓋がゴトリというかゴコッ……ズゴゴゴゴ……って動いたような!?
でもそこから溢れ出したのは、今まで蓋がされながらも熟成された感情っていうか、アァアアアアアアアッ!!
顔ちりちりする! 顔がっ! 頬がむゆむゆして……むずむずじゃないの!? なにこの表現しづらい感覚! 口角が! 口角が波立つ! 普通持ち上がるだけじゃない!? 波立つってなに!?
「あわわわわわわわみゃみゃみゃみゃーくんが……みっ……みやっ……弥弥弥くん、が、さっきまで、私のコト抱き、だき、しめ……めめめ……」
みゃーくん違う、弥弥弥くん。言い直したら、重苦しかった心の蓋が、ドンチュウウウンって空へと飛んで行った。
そして封印されし感情の奥底からは、やあ、と挨拶をするかのような親し気加減で、当然のように私のこれまでの感情に寄り添うと、ジョセフを喰らわんとするサンタナ、胡蝶しのぶを喰らわんとする童磨のように、私の感情を抱き締め吸収した。
途端。
「……ぁ……」
とくん、ことん、と……胸の奥が高鳴った。
高鳴って、高鳴って……たたた高鳴って……! こ、これまで大親友として超至近距離で触れ合ってきた思い出を一気に思い出させて、手を繋いだことや腕を組んだことや、異性を意識させるためにわざともにゅりと胸を押し付けたことや───アーーーーッ!!
馬鹿ぁああ!! 私馬鹿あぁあああああっ!! 痴女じゃん! 超軽い女じゃん!
ちちち違うの! 違うのみゃ……弥弥弥くん! ああああだめだこれだめだもうみゃーくん呼べない!! み、みやっ……みやび……あああああああああっ!!
「あわわわわわわわわ……! はわぁあわわわわわわわ……!!」
とくんとくんがどくんどくんになって、ドゴゴゴゴゴとトキメキどころかアレこれやばくないですか!? 私死なない!? 死因『初恋』とか恐怖以外のなにものでもないのですが!? ていうか恥ずかしさのあまり頭の中がサンドマンになってた! スパイダーマン3のサンドマン(まだ人間)って、なんで体が砂に分解されていく時、“ヤーアアアア!”って二回言ったんだろうね!? ───どうでもいいよそんなの!
「っ………………みやび、くんっ……!!」
名前を呼ぶだけでこんなに恥ずかしくて、嬉しくて、……同時に、自分ってアホだなぁと思うのでした。
あれだけ好きで、なのに惚れていない理由が、親が決めた呼び名でずーっと自分が認識されていたから、だとか。
子供の頃からそう呼ばれていたから、きっと子供の頃に蓋をしてしまったんだ。
私は弥弥弥くんが好きだった。だから、みゃーくんは好きになっちゃいけない。
私をみゃーさんと呼ぶのがみゃーくん。なら、雅と呼んでくれるのが弥弥弥くんだ。
おじさんもおばさんも、弥弥弥くんのことは“みやー”って呼ぶ。
お父さんもお母さんも、私を呼ぶ時は“みゃーこ”って。
だから意地になったんだ。いつかそう呼んでくれたなら、って、蓋をした。
その蓋が強固すぎて頑固すぎて、でも好きは隠せないから、せめて家族として、みたいに。
「馬鹿だなぁ、あはは」
あっつい雨が降る。さっきまで冷えてた体は温かい。
でも、一番温度が高いのは、きっと胸の奥だった。
「───」
今すぐこの想いを伝えたい。まさかたった一日で心の重しが飛んでいくとは思わなかった。
あ、無意識だったけど心の重し言ってたのって自分的にヒントだったのかな。
アホだなぁ私。
伝えたらどうなるんだろう。伝えたら───
「あ」
今までのみゃーくんの反応を思い出す。
あれ? これ……詰んでませんか?
え、え? これから私、こんな気持ちのままに自分を好きになってくれない人にアタックしていくの?
「えぇええぇぇ……」
凄まじい試練がそこにあった。
まさか同じタイミングで私のことを好きになってくれてるなんて、アホで馬鹿で、だけど奇跡みたいなことが起こるわけがない。
では……では?
「───」
声をかけてもぶつかっていっても、自分の所為で空回りして沈黙がお生まれになる未来しか浮かんでこなかった。
「うう、好きになるって大変だぁ……! だが負けぬ! 必ずしやあのトーヘンボクめをこの私に惚れさせてみせーる!!」
よ、よし、まずはそこまで頓着してなかった容姿の方とか考えてみよう。
ファッションとか正直よく知らないけど、お母さんに訊いたりして。
お、男心はお父さんに訊いてみればいいかな? ……からかってきたらどうしてくれよう。
ん、んん……とにかく……とにかく今は、だ。
「~……今までの自分がめっちゃくちゃ恥ずかしい……!!」
悪ガキのように弥弥弥くんにぶつかっていった自分が、どこか別の次元の野生児に思えてきた。死にたい。
けど、でも、行動開始から一日で意識改革が出来たんだ、この調子でこなしていけば、きっと弥弥弥くんも……!
「ぁあああ……!! 頭の中の優先順位がなんかどんどん更新されていってる気分だー……! どーしてくれるんだよぅ、弥弥弥くんのあほー……!」
弥弥弥くん。そう口にするたびに、口が勝手にだらしなく緩む。
そう。同じ呼び方の名前。あの口が、雅って。私のコト、ちゃんと見つけて、認識してくれて。雅、って。あ、あぅ、あぅあ……えへへ……!
「───あっ、そ、そうだ、おべんと仕込まなきゃ……あっ、手ブラで来いって……えぇええっ!? あやぁあやや違う違う手ぶらで……でででも真心こめたおべんと食べてもらいたいし……って明日土曜休みじゃなかったっけ!? じゃあえっと、弥弥弥くんも忘れてた? そそそそれとも家でごちそうするから手ブラててて手ブラで来いってあわわわわ……! ……あ、そ、そう、弥弥弥くん、おべんと美味いって……サンキュって……えへへ───じゃなくてあああ、あぁああっ!!」
感情がぐちゃぐちゃだった。どうしてくれよう。
「そそそうだ! 明日のおべんとがダメなら今日の晩御飯! 腕に縒りをかけて、頑張って……あっ、一緒の台所で一緒に料理とか新婚っぽくて……えへー……♪ へぷちっ!」
シャワーを頭からかぶりながらえへへしてた所為で、ヘンなところに水が入った。
へぷち、とくしゃみをしつつ、けれどとろける頭は安定してくれなくて。
そんなこんなで慌てて狼狽えて暴走して、落ち着こう、ともかく落ち着こう───落ち着け! 落ち着いて!? ええい落ち着かんか馬鹿者ー!! などと自分をとにかく冷静にさせようと思考を巡らし、その方法を弾き出してみた。うん結論。
「……ワイズ」
その日、男性が到達するであろう賢者タイム……サウイフ名ノモノニ、私ハ
ほ、ほら、私さ? 顔は良くても性格が男みたいとか言われたことあるし、きっとそういうのしても男の子みたいにえーっと賢者タイム? に入るに違いないし! みみみみみ弥弥弥くんだってそんな私だから異性は感じても惚れたりしないんだろうし!?
いいもん! 私いいもん! 明日から頑張るもん! だから今日は賢者になるんだそうなるんだー!
え? オカズ? …………
……結果。
落ち着くどころか留まるところを知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます