第4話 好きだ好きよを届けよう【それじゃあ全然足りません】

転1/惚れない僕らの変化の兆し


 放課後、外に出ると雨だった。天気予報はここらの地域のもので間違いなかったらしい。


「雨かー……傘、無いよな?」

「好きだ!」

「少しは脈絡持とう?」

「隙あらば告白、とかよくない? 人間ってほら、不意打ちでドキィッとさせられるの、好きでしょ?」

「お前の例えのそれは、ホラーハウスとかで嫉妬に狂って自殺したマダム系ゴーストが言う類のものだ」

「……なんか血の涙とか流しながら、アタイと死んでェエェエとか言って襲ってきそう」

「外見マダム呼ばわりのゴーストが自分をアタイってお前」

「既婚女性をただ普通にマダムって呼ぶことあるけど、“地位の高い女性”って意味もあるからねー……でも地位が高くてもアタイって言っちゃいけない理由はないんじゃない?」


 昇降口で突っ立つ。どうしよう。あの時引き返してでも傘を持ってくるべきだったか。


「こういう時に忘れ物の置き傘を望むお話とかあるけどさ、普通に窃盗だよね」

「返せば問題ないとか、そういう話じゃないもんなぁ……なぁみゃーさん」

「ん? どったのみゃーくん」

「好きだ」

「窃盗が?」

「そうじゃねぇよ」


 不意打ちにもなりゃしねぇよ。

 まあでも、俺達ってそんなもんだよなぁ。


「しとしとと雨が降り、昇降口に並んで立つ高校男女。静謐なる空間にて、幼馴染である二人は互いに意識し始め……ついに、言葉を発した。───いつ止むかなぁこの雨」

「雰囲気出しながら語っておいてそのオチ」

「男女が居るからってなんでもかんでも恋愛に結び付けるなーって教訓じゃない? みゃーくんだったらそんな意識した異性になんて声かける?」

「傘持ってるか?」

「え? みゃーくんにとってその異性って、傘持ってない相手を傍に感じつつ、実は自分は折り畳み傘を鞄に仕込んでいるのに持ってないフリして愉悦に浸っているような、頭ン中クズの女なの……!?」

「だから例え長ぇーって。あとなにその愉悦女子。怖いわ」

「みゃーくんの理想の女子像ってどんな感じかなぁ。愉悦女子は怖いんだよね?」

「理想はお前だよ。なんで惚れないのか謎だけど」

「私の理想もみゃーくんだ。好きって気持ちが無いことだけがほんと残念」


 人って不思議。なんともふーしーぎー。

 けど惚れないのも事実なわけで。

 世の中の男女はどうやって結婚まで踏み切ってるんだろうな。

 物語の中にあるような燃え上がる恋とか、してみたいのに沸き上がりもしない。


「みゃーさん。好きだ」

「みゃーくん、好きだよ」

「………」

「………」

「ドキっともしねぇ……俺頭おかしいのか……!?」

「私もだー……なんかほんと自分が嫌になるなぁ。理想がたっぷり詰まったみゃーくんなのに、なぁんで惚れないかなぁ。こういう時ってほら、胸にズキュゥウウンとか来るもんなんだよね?」

「人の告白を“ブ厚い鉄の扉に流れ弾丸の当たったような音”で例えるのはやめろ」

「わはは」

「……難しいなぁ意識改革。実際、お前みたいな女子に嘘でも告白されりゃあドキっとするもんだろうに」

「ちぃとも心が動かない?」

「お前もだろ?」

「まさにまさに」

「……試しに別の誰かに告白してみる、とか?」

「大親友が適当な男子に好きだーって言ってる場面、思い浮かべてみて?」

「俺そいつ嫌い」

「私もそうなるって話。つまり私達はね、みゃーくん。お互い大親友として好き合っているのに、相手に異性の相手が出来ることにとても深い嫌悪感を抱くという、とーってもめんどくさい人間なのだよ」


 OH……なんてこと。まじか。まじだった。想像しただけで腹立つわ。

 “じゃあ好きなんだろいい加減にしろよめんどくせぇな”と自分に向けて苛立ってみても、“や、親友にそんな感情向けないから”とか心の波が凪ぐ始末。

 男女の友情は不可能だ、なんてものがOワイルド氏の言葉で存在する。情熱と敵意と崇拝と愛はあるけど友情は無いんだそうだ。

 これは……俺らの場合は何に分類するんだろう。友情じゃないなら……情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ? はたまた速さか早さか早坂ハーサカ。


「俺達の場合、Oワイルド氏の目から見てどう映るんだろうか」

「愛じゃない? 家族の方の」

「あー……」

「情熱敵意に崇拝と愛、これらじゃ愛くらいしか無いでしょ。情熱で言ったらなにがありそ? みゃーくん的に」

「情熱かー……物事に関して激しく燃え上がるような感情。……ないなぁ」

「ないよねー」


 しとしとと降る雨。雨空をぼーっと眺めつつ、そんなことをだらだらと言い合う。


「じゃあ、私が他の男子に告白してたりしたら、みゃーくんの心情は?」

「んー……情熱的だな。敵意側で」

「おお、敵意の項目が埋まった。じゃあ崇拝は?」

「俺みたいな性格のヤツを大親友って言えるだけで、凄い、偉いって思えるわけだが」

「あ、そっか。お互いが好きな理由ってそういうところもあるよね。あくまで友達として、なんだけど」

「だよなー。項目『愛』は……まあ、そういう感じだよなぁ」

「やっぱり愛なのかねぇ私達。家族方向での」

「幼馴染っていうのもいろいろあるんだろうけど、俺達のはちと特殊?」

「例は結構あるんだろうけどね。幼馴染としては家族級に気が許せるけど、お付き合いって感じじゃないんだよね。世に恋愛感情、なんてものが存在しないんなら、みゃーくん以外を選ぶ理由がこれっぽっちもないくらいだ」

「恋に恋してるよなぁ俺達。でも、自分の感情に妥協すんのがすげぇムカツク」

「そうそれ。恋をしてみたいのよね。それこそ情熱って言えるほどの恋を。あと友情否定されるのも腹立たしいっていうか。自分でこれは友情じゃなかったー、って自覚するならいいよ? でも他人に“いや男女間に友情とかないから”って言われて納得するのはなんか違うでしょ」

「きっちり納得した上で、友情か家族愛か、はたまた恋愛に発展するのかを見届けたいよなー」

「そうそれっ! もうみゃーくん通じ合ってる! 好き!」

「俺も好きだぞー。ちっとも胸トキメかねぇけど」

「ちくしょう私もだ」


 ガスガスと昇降口の石床を踵で蹴る雅。

 しかし動かん心は動かんわけで。

 意識改革なー……難しいなぁこれ。


「で、傘どうする?」

「みゃーくん、私を抱き締めて?」

「あ、そうか。抱き締めてりゃその部分はそう濡れないよな」

「うんうんっ! じゃあ、はいっ♪」


 両腕を広げてカマン状態な幼馴染。

 ……うん、清い男女なら、こんな時は赤くなってもじもじするんでしょうね。

 抱き締めてとか言われてもこれっぽっちもトキメかねぇよ俺。


「なんなら俺がお前をタワーブリッジすれば、俺はかなりの面積で濡れずに済むんだが」

「そんな理由で女子に触れたがる男子なんて初めて見たよ私」


 とりあえず抱き締める。

 よくあるすっぽりさんなくらい、雅の体が俺の腕の中に納まる。


「好きだ」

「……………………だめだ、今絶対抱き締めた瞬間言うだろうなぁとか準備出来てた所為もあってか、余計にトキメかない」

「だろうなと思ったよ」


 分かり合いすぎる幼馴染っていうのも、これはこれで問題だった。


……。


 歩く際に問題はなかった。

 二人の息は、どんだけ練習したんだってくらいぴったりだったし足を蹴り合うこともなく、スタスタと歩けた。

 雅が前、俺が後ろを歩くことで。

 抱き締めてるんだから当然、俺の前半身は雅の背や腰、尻に当たるわけだが。

 異性は感じる。相手はきちんと女性なわけだから、裸を想像すればそりゃあ興奮はするのだろう。

 けど、それに対して“性的に穢したい欲求はあるか?”と訊ねられればNO。

 歩くたびに動く安産型さんがむちりと揺れ、俺の股間が当たっても、ジュニアがご起立くださる様子はない。大丈夫なのか俺、と心配になる今この時。


「私って女としての魅力とかないのかな」

「美人さんだし胸大きいしお尻大きい腰細い。魅力満点だろ。むしろ俺に男子の魅力とか欲しい」

「みゃーくんは私の好みドストライクすぎるし、言うのが私だけでいいなら魅力満点だよ?」

「……なんで惚れないかなぁ」

「……なんで惚れないかねぇ」


 胸がドキュンとくるような恋愛がしてみたい。

 が、それは案外レベルの高い感情というものだったらしく……俺達は、好ましい相手がすぐ近くに居るというのに、その人物にこそ恋が出来ていなかった。


「……好きだぞ、みゃーさん」

「好きだよー、みゃーくん」

「好きだー」

「好きー」

「好きー」

「好きー」


 歩くたびに、体が触れ合うたびに言ってみるけど、効果はない。

 そのくせ、濡れた雅を誰かに見られるのは嫌だからと、制服の上を雅の胸の上で縛ってガード。

 うむ、これで胸は濡れない。


「今さらだけど、こうしてると前から後ろからみゃーくんに抱き締められてるみたいだねぇ」

「ブレザーの袖、背中側で縛ってる感じだしなー。なるほど、言われてみれば確かに」

「恋愛ものとかだと、こんな瞬間に頬染めたりして頭の中でそーゆーこと思い浮かべるだけなんだろーね」

「ああ、そーだなー」


 しかしトキメかない。

 時折傘を差した人が横を通っていくわけだけど、目が合うとぎょっとしたのち、なんだか微笑ましそうな顔をして通り過ぎていく。


「でもさ、みゃーくん? ブレザー貸してくれるなら、抱き合う必要無くなかった?」

「胸デカくて前がきゅーくつになるからそうなったんだろうが」

「OH、みゃーくん好みに育ってくれやがって、このわがままおっぱいめ」

「ほんと、なーんで惚れないかなぁ」

「……もしや惚れすぎてて、感情が麻痺してるとか?」

「なんなら一定期間、関わらないようにしてみるか?」

「好きだ合戦始まってから一日も経ってないのにその提案なの?」

「いや……正直効果無さそうだろ、これ」

「もっと真剣に言ってみるとか。なんかどうにもさ、ほら。おふざけ混ざっちゃう気がしない?」

「まあ、わかる」


 けど、真剣にって言われてもな。

 じゃあ……んん、あー……おう? どうやって?

 真剣、真面目……? いや、こういう場合は硬く考えるのではなく……そう、いっそ、こう……こいつを絶対に、俺のものに……俺に惚れさせて、俺も好きになって、ずっと傍に居てほしいって想いを込めて。


「…………雅、好きだ。ずっと俺の傍に居てくれ」

「………」

「………」

「………」


 効果無しである。まあ所詮こんなもんだ。


「……あっ、雅って私のことか!」


 ていうか届いてなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る