第2話 最低限を守る者達【約束の最低限は絶対に満たす】

承1/幼馴染同士が結婚までいく可能性は3%程度らしい


 ファーンフォーンチャーンチョ~ン…………音の外れたチャイムを耳にしつつ、今日も今日とてお昼である。


 Q:学校で過ごす時間の中で、どんな時間が一番好き?

 A:ヴェンジョにてスモールを解放し終えた、あのぶるるっとくる瞬間とか


 いや、そうではなく。いや、そうだけど。

 多くの人はメシ時だと答えるのだろう。まあ、俺も中々好きではございます。窓際真ん中の席が俺の席。前は幼馴染。そんな幼馴染が、椅子を軽く引いてからぎゅるりとこちらを向く。


「みゃーくん、お昼お昼。お昼どうする? 学食行く? 購買行く? それとも、わ・た・し?」

「おかえりなさい云々の話をしたその日の昼に、まさか『ごはん、お風呂、わたし』以外の選択肢が来るとは思わなかった」

「ちなみに私を選ぶと私の行動に付き合うことになるので、シェフのお任せフルコースになるよ? 私に全部任せるって意味で」


 任せる? たまにはいいかも。それにフルコースって響き、なんかいい。


「ほほうフルコース。ちなみに前菜はなにかな?」

「青汁」

「青汁!?」


 訊ね返すと、雅はその豊満な胸の先にある胸ポケットから、粉末スティック青汁を二本取り出してみせた。みせた、っていうか……一本渡してきた。


「いや青汁だけ渡されても。飲み物とかは?」

「水道水」

「いや……うん、予想はしてた。……え? スープ? それスープ枠なの? 聞きたくないけど……あ、いや逆に聞きたくなってきた。魚料理なに?」

「うおのめコロリとか」

「“魚の目”は魚じゃねぇよ。料理の二文字どこ行った」

「“口直し”には、幼馴染とのかぁるいお話合戦でも」

「そのお話の所為で困惑してるってわかってて言ってる?」

「もっちろんだよ、気づくの遅いよ大親友。はい、“肉料理”には皮肉をプレゼント」

「言葉遊び好きなぁお前……」


 今のところ、前菜が青汁、スープが水道水、魚料理に魚の目コロリ、口直しは会話、肉料理に皮肉、と来て、“デザート”と“コーヒーと小菓子”にはいったいなにが……?


「……なるほど、読めたぞみゃーさん。デザートは砂漠に見立てた“きな粉系”のもので、コーヒーと小菓子はそのまんまコーヒーゼリーかなんかだろ!」

「や、グラウンドの隅が空いてるからシート敷いてお昼食べない? コーヒーもお菓子もあるよ?」

「グラウンドの隅って。……砂マウンテンじゃねぇか。デザートを砂漠にしたのは間違ってなかったのに、そもそも誘い方が雑オブ雑だわ」

「べつに愛しの誰かを誘うわけでもないんだから、誘い方なんて雑でいいでしょ。参考までに、みゃーくんは私のことどう誘う? んー、たとえば免許取って、ドライブに誘う~なんて時」

「えー……我唱えん。我らを宿す黒き大地の上に、さしずめ、鈍色にびいろつるぎの如く、太陽の目から遠く、死の岸辺に誘う」

「それ運命という名のRPGのグレイブの詠唱ね。ドライブだよドライブ」

「それ以前に、俺とドライブとか嬉しい?」

「嬉しい嬉しくないで言うなら“楽しい”じゃない?」

「嬉しい嬉しくないで言ってないじゃないか」

「気になる相手誘って一緒に行けても、ガッチガチで緊張して会話どころじゃなかったら空気とか最悪じゃない。私はそんな、重苦しい息苦しい目まぐるしいの苦しいだらけより、たったひとつの楽しいを選ぶわよ」

「……まあ、恋ってガラじゃないもんなぁ」


 これだけ一緒に居て、互いのことを知って、けれど一緒になるというイメージは湧かない。

 あるのはあくまで超至近距離を許せる赤の他人だ。


「けどさ、自分にそういう相手が出来る未来自画像とか描けるか? 恋だの愛だの~って」

「無理だね。即答出来る」

「その心は?」

「自分が認めた奴じゃないのに、自分の体を許すとかさぁ……私にゃ無理だ。で、私は男を認める度量がこれっぽっちもない」

「俺は?」

「みゃーくん男っていうか幼馴染だし。むしろ家族的な?」

「お前は家族だったら誰であろうと腕に抱き着くんかい」

「おや、言われてみれば。んー……よしみゃーくん、私にキミを男として認められるように頑張っておくれ? 好きになれたら結婚しよう。私の全部をあげるから養って?」

「だからそれがハードル高いっつーとんのじゃい」

「大親友相手を恋人として見るって、やっぱり難度高いよねー。私だってみゃーくんに男を感じてアイラビュンとか難しいし。みゃーくんは?」

「正直俺もだな。や、そりゃ異性は感じるぞ? 女性にすることじゃない、って線引きはちゃんと出来てる」

「ん、そだね。でもそれだけだねぇ」

「そう、それだけだ」


 最低限を守っていられてるだけだ。それ以外はかなりズヴォラ。

 などと言っている内にグラウンドの隅にある、何の用途でここにあるのか分からない、砂の山の傍まで来る。

 雅はそこにシートを引くと、すとんと座って横をぺしぺし叩く。座れってことらしい。


「ほいおべんと。残念なお知らせだけど、青汁のおかわりは無いの」

「ちっとも残念じゃないんだが」

「そう? そりゃ結構だね」

「ていうか普通に習慣的に野菜食ってる奴に、青汁奨めるのってどうなんだ?」

「んー……例えばさ、野菜好きの人が居たとして、様々な野菜を摂取してると思う? 野菜めっちゃ好き! でもレタスしか食いません。はい、栄養足りてますか?」

「ちくしょう言い返せねぇ」

「うんうん、自身の敗北を認められるって、素晴らしいことだ。男の子なら特にね。負けず嫌いと負けても負けてないって性格のハイブリッドが男性って存在だー、なんてなんかどっかの研究者さんが言ってたし」

「お前、ゲームで負けたら勝てるまで挑んでくるだろうが」

「負けを認めた上で挑戦するという、その素晴らしい向上心を認めてくれたり?」

「わざと負けたらリアルファイトに移行するくせに」

「合気道を極めんとした私に、一般人男性のみゃーくんは時折負けるサダメにあるんだよ。あ、ところで今まで試した合気道の技で、一番効果があったのってなに?」

「合気道の超基本、受け身マッスルアタック」

「わー……なんだろちっとも嬉しくない」


 寝転がりながらゲームをしていると、背中に女性の全体重のほぼが落下してきます。胃が口から飛び出るかと思った。

 他の合気道技? 受け身に比べれば子供の遊びだった気分だよ。こいつ、合気道なんてネットで齧った程度ですぐやめたし。

 まあ、原因は受け身マッスルアタックで俺がしばらく動けなくなって、こいつが両親にガチ説教喰らったからなんだが。極めるつもりは一応あったらしい。


「けど弁当かー……急に作ってくるとか、なにか考えがあってのことか?」

「昨日たまたま幼馴染ものの好まれるランキングーみたいなのを見てさ。ふむ、ヴェントゥ……作ってみるのもいいかも、とただのノリで」

「……お前ってそういうやつだよ」

「中身はコーヒーゼリーとクッキーなんだ、味わって食べてほしい」

「さっきの“口直し”まだ続いてたのか!?」

「なんだかむしょーにコーヒーゼリーにハマる時ってない? 私はある。あとクッキーはなんだかんだ美味しいし」

「せめて主食くれない? 男子高校生の昼メシにゼリーとクッキーってお前……」

「先にシェフのお任せフルコースって言ったよ? 私」

「OH……絶望しかねぇ」


 ていうかこの楕円形の、いかにも女子が食べますよって感じのおべんと箱に、ぎっしりとゼリーとクッキーが……!? 想像するだに恐ろしいんだが。

 なんてことを思っていると、雅がそっと目を伏せ両の頬に揃えた指を添えて、くねくねし出した。


「そ、それでっ……! 私、誰かに愛してるって……言ってもらえそうかなっ……!」

「え? そこに繋がるの? 世界中の男子高校生に宣戦布告してるとかじゃなくて?」

「恋という名のバトルに宣戦布告、って意味では。漫画とかの女の子はすごいねえ、演技で頬を染めるとか無理だよ私」


 あっはは、と手をひらひらさせて笑う幼馴染。……うん。こいつ結婚とか無理だわ。しみじみ思った瞬間だった。

 そういや晴子さんもこいつのことかなり諦めてた感じだったし……ちらちら俺を見る回数が最近増えた気がするしなぁ。

 働き者の奥さんで、娘がコレで、嫁の貰い手とか大丈夫かな……とかたまに俺に漏らすから、なんだか最近周囲が怖い時がございます。

 や、俺選べるほど顔面偏差値とかよくないと思うんだけどね。

 ていうか俺への性格がこれなだけで、外見も成績もかなりいいから、俺から離れりゃ引く手数多だと思うんだが。

 ああでも身内として知っている分、晴子さんも俺と同じ気持ちなのかもなぁ……。


「んー……でもさ? そんながっついてまで相手欲しいかなぁ。そんながっついてもさ? どうせ我儘放題のクソ異性しか掴まらないよ?」

「お前は外見もいいし、性格だって“いい性格してやがるぜ……!”って顎をグイと拭われそうな性格してるんだし、俺よりは選べるだろ」

「その無駄に豊富な比喩表現はどっからくるのさ。顎グイってバトル物とかでライバルキャラがやるやつじゃん。あーでも、選ぶ……選ぶねぇ。あのね、みゃーくん」

「なんだいみゃーさん」

「私、クソ異性しか掴まらないって言ったよね?」

「選んでもクソ異性なのかよ。辛いな、現実。わかる気もするけど」

「でしょー? 騒ぎ始めりゃウェーイしか言わないような集まりばっかじゃん、カーストがどーとか言ったって、結局はノリが良くて顔がいいかで選ぶんでしょ? 私、ちゃんと日本語で騒げる恋人が欲しいのよ? そんな、MUGENでキャラ作ろうと思って陽キャ寄りの誰かをイメージした瞬間、ネタに走ってヴォルフガング・クラウザー=サンをベースにした謎キャラを作るが如き無謀さとか要らないから」

「例え長ェよ」


 ツッコんでみれば、ふむと顎に指を当てる雅は、当てていた人差し指をくるりと回し、言ってくる。


RBSPリバスペのクラウザー=サンいるじゃない?」

「居るな」

「カイザーウェーブのボイスあるじゃない?」

「あるな」

「編集でウェーブだけ取るじゃない?」

「取るなぁ」

「ウェ~イとしか聞こえないじゃない?」

「聞こえないなぁ」

「勝利ポーズに少し溜めたあとに腕突き上げるアレ、あるじゃない?」

「あるなぁ」

「そこにウェーイボイスをつけるじゃない?」

「なんでだよ」

「ほら、陽キャ」

「あのデコバッテンマッスルを陽キャと言い切る勇気」

「はじめてMUGENに手を出してみたきっかけがそれでねー? クラウザー=サンの行動ボイスを全てウェーイにしたら、もう笑ったね、お腹抱えて笑った。ブリッツボールもレッグトマホークもアンリミテッドデザイアーも、ウェーイしか言わないの」

「………」


 想像してみた。…………笑った。特にデザイアー。DMCの連続“ンウェー”を彷彿とさせるなにかがあった。


「ウェーイって言って腕をクロスして相手を引きずり込んで、ウェーイって言いながらギガティックサイクロンするクラウザー=サンの完成を以って、あの日私の腹筋は翌日の筋肉痛を余儀なくされた……」

「そういえば新種の腹筋方法が確立されたんだ……! とか親指立ててた時期があったな……」

「飽きるまではかなり効果あったね。そしてMUGENも引退したの。まあそんなわけで……うん。とりあえずウェーイ言って、ディヤッヒャッヒャッヒャって笑いながら手ェズッパンズッパン叩いてれば陽キャなんだよね? あ、あと顔がいい」

「お前の陽キャ知識」

「陽キャの定義なんて知らないしね。陽キャって書いて一発で変換されるようになった世の中なんて、正直頭痛のタネレベルだよ」

「それはわかる気がする」


 でも大丈夫かなぁこいつ。顔もいいし性格も“いい性格”してるのに、いろいろ台無しな部分もあるしなぁ。

 悪い人には騙されない慎重さは持ち合わせてるけど、騙されなくても自爆でいろいろとやらかしそうな……なぁ?


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