みやびな二人のコメディな恋物語
第1話 近すぎる幼馴染【ずっと一緒の幼馴染】
起/みゃーくんとみゃーさん
幼馴染って居るよな。
男か女か、歳がちょっと離れていても幼い頃に馴染みがあれば、立派な幼馴染だ。
「残り一分……ん、いける」
ただ、うんと幼い頃にほんのちょっと馴染みがあった、程度で幼馴染と呼べるのかは、俺にはちょっと分からない。
相手にとってみればとっても印象深い出会いとか瞬間があったとして、けれど俺にはそこまで大した出会いでも瞬間でもなかった~なんてことになっていれば、俺はそれを幼馴染とは呼ばないだろう。
「よし、時間内に準備完了!」
そんな、たまぁに考えることがある深く考える必要のないことを頭の片隅に、長くも短くもない黒髪を玄関の鏡の前で撫でつけると家を出て、鍵をかけた。
鍵がかかったかを確かめるためにドアノブをジャコッと動かすと、手に持つ鞄を持ち直して忘れ物の確認。OK。と、なんとはなしに視界に入る『高梨 弥弥弥』のネームプレート。“たかなし みやび”と読む。“ややや”でも“いよいよいよいよいよいよ”でもない、俺の名前だ。
既に一人暮らしを始めて一年。子供の頃からここに住んでいるとはいえ、ちょっぴり心配事もある現在高校二年の俺は、今日も一人で元気です。
「忘れ物無し、食事OK、歯磨き、洗顔も含めた身嗜みの確認もOKと……」
指折り確認しては、最後に笑顔を作ったあとに今日一日分の気合を入れる。ルーティーンってやつだ。一人暮らしは気楽なもんじゃあございません、自分との闘いであり、気合は必要です。
当時を適当に振り返れば溜め息も出ようものだけど、流れはこんな感じだった。
“おぅい! 父さん遠くへの出張決まったから、家族みんなでここ出るぞ!”
“え? 待ってよパパン、僕もう行く高校決まったのYO?”
“マジでか”
“みゃーさんと同じ場所って伝えたじゃん。ていうかささやかなる合格おめでとうパーティーとかしたじゃん”
“すまん忘れてた。しかし、みやちゃんを一人にさせるのは忍びないな! よし弥弥弥、ここはお前に任せて俺は行く! 一人暮らしとか男子高校生の憧れだろうし、そういやお前連れて行くと約束も努力も無駄になるしな! お前もそういうそのー……一人の努力とか好きだろう!”
“いやべつに好きじゃないよ!?”
“嬉しそうになっちゃって~♪”
“いやいやいやほんとなってないから! かーさんなんか言ってやって!”
“パパが行くならママもいくわ。弥弥弥、一人暮らしよおめでとう! お金は毎月スイス的なあそこに振り込んでおくから!”
“そこに俺の口座があるだなんて俺初耳だよ”
“冗談よ、雅ちゃんの口座に振り込んでおくから”
“なんで!? 俺の生活みゃーさんの一存で決まるの!? 心臓を捧げよレベルじゃん!”
“……息子よ。女性と生きる、ということは……そういうことなのさ。あ、ところでかーさん? 今月のお酒代……”
“はいはい、私が管理しますから飲む時は言ってくださいね。勝手に飲んだら潰しますから”
“腎臓を捧げよ!?”
“それじゃあ弥弥弥? 努力を忘れずにね。約束よ?”
“はぁ……はいはい、努力しますよ母上様”
“式には呼んでね~?”
“なんの!?”
“ん? ん~……んっふふ~♪ ミッソ・スゥープ!”
“余計になんの式!?”
とまあそれぞれの言葉とか完全に覚えてないけど、大体はそんなノリで。
両親がラブラブだから、二人きりってところは……うん、そこんところはまあよかったんだと思う。いっつも見てて砂糖吐けそうなほどのラブラブっぷりだったし。
けどべつに一人暮らしがしたかったわけじゃあないのだ。全国の専業主婦や専業主夫の皆様にはごめんなさいだけど、やりたいことが多い場合って炊事洗濯掃除って大変じゃないですか。それをやってくださる親が居るというのは、それだけで大変ありがたいことなのです。
まあ、一年も経てばそれも慣れてくるってもんだけど。大事なのは一度した失敗を出来るだけしない努力をすること。気をつけるだけじゃなく、努力する。これ大事。世の少年少女は、こうやって親の有難味を知っていくんだなぁって。いつか孝行しますので、頭ん中がもっともっとガキ以上になるまでお待ちください。
「さってとー……」
鍵を制服の胸ポケットに入れて、腕時計で時間を確認。よしよし、待ち合わせには余裕で間に合うなと頷く。で、小さななにかだろうと実行出来た時、多少でも自分を褒めることを忘れない。“努力して生きる人に必要なこと”だそうで。よし、俺頑張った。俺偉い。よく出来ました。でも慢心は敵です。明日も出来るように頑張りましょう。
誰も居ない扉に、それでも「いってきます」を呟くと歩き出す。家の前の片開きの門扉を開けると、出る前から見えていた幼馴染の姿を確認。
待ち合わせ場所はいつも、家の前か互いの家の中間あたりだ。歩いてきた俺に気づいたそいつが「あ、来た。おはよー、みゃーくん」なんて言って手を軽く挙げる。
「おはよ、みゃーさん」
隣の家にお住まいの、幼馴染の
「今日もみゃーさんが先だったかぁ。これでも頑張ったんだけどな」
「十分早いよ? そんな急がなくてもいいのに」
「いやいや、一度注意されたことは直していかないと、ろくな大人になりません」
「その心は?」
「たとえ顔が普通でも、幸せを願うなら努力は惜しまぬべきです。そうした日々の積み重ねが、いつか誰かの心に安心を届けるのだとか思いたい。やっぱ、生きてるなら幸せになりたいしなー」
「みゃーくんは頑張り屋さんだからねぇ。日に日に注意するところが無くなっちゃうと、みゃーさんは少し退屈ですよ」
「人の努力不足をお楽しみ要素にしやがらないでください」
丁寧にしみじみ文句を垂れる幼馴染に、こちらも丁寧に対応。丁寧か? まあ、おふざけレベルでなら丁寧ということで。
そうして軽口が終わると、朝の挨拶とばかりに二人同時にノックをするみたいに、お互いの手の甲をペチっとぶつけ合う。学校に行きましょうの合図だ。
子供の頃から続けている習慣で、まあ、意味はない。ないけど続けている。そういうの、あるよな? ない?
「みゃーさん今日天気予報見た?」
「やー、見なかったなぁ。みゃーくんは?」
「朝から昼は晴れるけど、夕方あたりから雲行きが怪しくなるって。ただそれがここらの地域の予報かを確認できなかったから訊いてみた」
「なるほど。……でもそれ、もうちょい家の近くの内に聞きたかったかも」
「うん、すまん、俺も今思い出した」
「あー……あるねぇ、そういうの。私も昨日の夜コンビニにさ? 二粒入りのあのー……キュウPゴーア・メタリックシルバー? を買いに行ったんだけど、途中で目的忘れちゃって。あ、ほら、朝のうちに頼まれてたんだけど、みゃーくんと帰ってくる時に買うの忘れちゃって。……で、コンビニでミッションをこなして、家に戻った私の手には……お父さんに渡されてたお金で買った、ほのかに温かい肉まんの姿が……!」
「渡されてた、って……つまり飲みたかったの修二さんなのか。それからどした? ていうか女の子が夜一人で出歩くんじゃございません。俺に言え俺に」
修二さんは雅の父親である。かなり若いけどヴァリヴァリに仕事が出来る人。
その所為で上司にも部下にも頼られまくってて、休日にヘルプを頼まれることも結構ある。が、彼は断れる人なので、よっぽどまずい案件以外は断っている。素敵だ。
「いやぁ、一応家の前には行ったんだよ? そしたらさ? ココーン、バッシャア、フンフフーンって、お風呂独特の音と鼻歌が聞こえてくるではありませんか」
「嘘つけ、そこまで明確に外まで音聞こえたら怖いわ。中入ってきてたなら言えよ、泥棒じゃあるまいし」
「不用心だよ? 一人暮らしなら、家帰ってきた時点で鍵かけたほうがいいって。ということで勝手に鍵かけて、一人で向かいました。ところであの音楽なに? ノリノリだったから私もノリノリで聞いてたんだけど、聞き覚えがなくて」
「…………適当に鼻ずさんでたら、なんか思ったよりも良くて……ほら、その。自分がノリにノったアレだよ…………わかるだろ? そしてどんなに気に入ろうが、もう音楽思い出せねぇ……!」
「あー、あるねー、あるあるー。えっとね、デーンデッデデレ・デーンデッデデレ・デーンデッデデレ・デーンデッデデレ」
「それ違う絶対違う」
「昨日たまたま思い出して殿下ステップを見たのさ」
「前に踊れるものか試してみて、指ぶつけて悶絶してたアレか」
「そこは思い出さなくていーの」
くだらない、とまではいかないまでも、どうでもいいような話題をお互いに提供しては、笑ったり呆れたり。
日常ってのはまあそんなものの連続で出来ています。ずうっと腹抱えて笑える話題を提供しろとか無理でしょう?
「で、合い鍵だけど」
「ん? 欲しい? 許可得て入ってもらわないと困るとかだったら渡すよ? 私もみゃーくんが嫌がることしたいわけじゃないからね」
「や、返さなくていいしいつだって入ってきていいんだけどさ。無くしたり盗まれたりするなよ、って。それだけ」
「あー……私の失敗でみゃーくんの家に泥棒入るのは、心に乗っかる重しがヘビィだね」
「おーいぃ? 罪悪感だけで済ますなよこんにゃろー。べつに俺に盗られて困るもんとかないけど、入られるってだけで嫌なもんだろ、そういうの」
「あはは」
そう、幼馴染。
両親が親友同士で、産まれた病院が同じで、産まれた日時も同じで、名前も漢字違いなだけで同じ“みやび”。
そんな俺達は、みゃーくんみゃーさん呼び合う仲であり……恋愛のれの字も知らない、けれども腐らせるつもりもない仲であった。
そんな俺達だから、時折将来のことを考えては、お互いに呟いたりしている。
「私達、将来どーなってるかなぁ」
「まあ、どっか就職するとして、仕事場が同じじゃなけりゃあいずれ疎遠になっていくんじゃないか? 家から通うのかも怪しい」
「アパートとかマンションに部屋取るの?」
「仕事に寄るだろ。まだ漠然としてるけど。それより大学の心配じゃないか?」
「あっはは、大学の心配かー……来るところまで来たって感じで、心に乗っかる重しがネバついてそうだねぇ」
「将来のこと話し出したら、お前いっつも拷問レベルで重し乗っけてるだろ」
「まだ早いよー。もっと気楽に生きたい。私の全部をあげるから、養って、みゃーくん」
「あー……それもいいかもなー。一人暮らししてみて気づいたけど、家帰って“おかえり”が無いと寂しいんだよ。お前が家に居てくれて、おかえり言ってくれるなら頑張れるかもなー……」
「愛は無いのに?」
「縁ならあるだろ。腐らせるつもりはないけど」
「うん、腐らせるにはもったいないよね、幼馴染って関係」
やっぱりくすくす笑って、雅は俺の腕に抱き着いてくる。
その顔には照れも恥もない。いつも通りの、少し眠たそうな顔がそこにあった。少し楽しそうにしながら俺を見上げるこいつは、部分的に肩まで伸びる茶髪を頬ごと俺の腕にこすりつけて、「どうどう? 相手が私でもこういう仕草の女子ってドキっとする?」なんて笑う。ほれ、こんなもんだ、幼馴染。よーするに、俺達は近くで育ち過ぎたのだ。こいつは俺をからかい始めると、自身の豊かなる実りの下まで届くもみあげを、指でいじくり出す癖がある。何故もみあげだけそんなに伸ばすのだろう。なにかの願掛け?
まあともかくだ。……幼馴染の話だが、幼馴染同士が結婚する確率とかご存知? 結構。呆れるほど低いから、コメは望めてもラブなんて滅多なもんじゃない。それが幼馴染だ。
そして、俺達の間にそういった恋愛感情、なんてものはこれっぽっちもなかった。
そのくせ関係は大事にしてるから、嫌うでもなく離れるでもなく、気を許し合っては身を寄せ合って、同じ漫画や動画でわははと笑う。そんな、仲の良いキョーダイレベルな関係だった。
……そう、“だった”のだ。
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