第5話 訳:【ごめんなさい、あなたが好きなのであなたとは付き合えません】

 で。


「す、好きです! わたしと付き合ってください!!」

「ごめんなさい、好きな人が居るので無理です」

「ドゥウェッヘェエエエァッ!?」


 我が胸に 無情なまでの ゲイ・ボルグ

 川柳があっさりと出来上がるほどの悲しみがわたしを襲いました。肛門じゃないだけまだマシです。

 けれどもめげません! あがきます! どこぞの大仏なこばちさんだって『A☆GA☆KE!』と仰ってましたし!


「だだだ誰ですか!? どなたですか!? いったいどんな方に───」

「え、っと……ハハ……三木奏さん、っていうんだ。もう、好きで、好きで……はは、フラレちゃったんだけどね。女々しいよね」

(ギャーアーッ!! わたしアホォオオーッ!!)


 でも好きって言ってもらえて口角が上がってしまうのを止められない!

 ああ、兄さん、カナは、カナは……カナは幸せです……!! でも阿呆でもあるのでほんとどうしたらよいのか……!

 い、いや、違うよね、うん! ここでまごまごして言い出さないのはラノベキャラだけで十分だよ! 燃えろ青春! 駆け抜けろ恋の花道!


「あ、あのっ、それ、わたしっ……わたし、ですっ……! 声、聞き覚え、あると思います……!」

「………」

(困った顔と苦笑が胸に苦しい! あ、そ、そうだ眼鏡! 眼鏡つけて三つ編みにすれば!)


 そう思ってバッグを探る。探って探って……さぐ……さ…………


(雫ちゃぁあああああああああん!!)


 そういえば返してもらってなかった。もう泣いていいと思う、わたし。

 ピッ、ぷるるるるる……


『あ、カナ!? どうだった!? ていうかもうほんと突撃したの!? どう───』

「あなたを殺す」

『え? えちょっ、カナ!? カナちょ、なに!? え!? コロ』


 ブツッ。ツーツー……ドえらく低い声が自然と出た。もちろん本気じゃないし、八つ当たりというか、行き場の無い気持ちをなにかにぶつけたかっただけだ。とりあえずの心の平穏は得られたんだと思う。では───


「あの……」

「はひぃっ!? 殺さないで!?」

「こここ殺しません! 殺しませんから!」


 ほんのちょっぴりの心の平穏が裸足で逃げてった。サザこうさん! おさかなくわえたドラ猫のついでに、ちょっとその平穏捕まえてください! ……無理でした。好きな人に告白したあと、殺さないでって言われる女の子って滅多に居ないと思います。


「とにかく! わわわわたしはっ! 三木奏は! 登戸朗くんのことが大好きですから! 大好きですからぁあっ! 痩せたくらいで見分けがつかなくなってごめんなさい! ならわたしもってイメチェンしたのに気づかれなくてざまぁみろですわたし! うわぁあああん!!」

「え……え!? えっ……ほんとに!? 本当に三木さ───ってちょっと待っ……速ぇええええっ!?」


 逃げました。泣きながら。相思相愛だってわかったのにこんなのってありません。

 今すぐ雫ちゃんから眼鏡を奪い返して、元のわたしに戻らなきゃ、きっとこの恋は成就しないんだ。

 だから元来た道を戻った。戻って戻って、何処か怯えた顔でやたらと周囲を警戒している雫ちゃんを発見した時、相思相愛だと認識して持ち上がりかけていた口角は、ウォーズマンスマイルへと変貌したんだと思います。コーホー。


「雫ちゃぁああん!!」

「ひぃカナ!? ごごごごめんなさい殺さないで!? 私、ただカナには幸せになってほしくて! 本当にそれだけで! ごめんなさいごめんなさい! 殺さないでぇええ!!」


 親友にヒィと言われてしまった。そりゃ、住宅街の道路の先からウォーズマンスマイルの親友が、事前に殺す宣言までして走ってきたら悲鳴だってあげます。


「そんなこといいから眼鏡返して! 眼鏡!! わたしもアホだけど雫ちゃんも大概アホだよぅ! せっかく勇気出して告白したのに、気づいてもらえなかったんだから!」

「え……や、そりゃそうよ。だから止めたじゃない私。そういうのはガッコにでも行った時に、まずは周囲驚いてもらってからしっかり告白するもんでしょ。“え!? あの人が三木さん!?”なんてトドくんが認識してからが理想的だったのに、この恋愛戦争娘は……」

「だだだってラノベで!」

「ラノベ基準で物事考えない! ……たしかに経験とかで語られる物語だってそりゃああるでしょーよ。けど現実なのよここ。そんなんで勝ち取れるなら、世界中恋人だらけだっつーの」

「うう……」


 それは、そうかもしれない。

 現実に自分は自分だと理解すらしてもらえず、あっさりフラレたのだから。

 なのに相思相愛なことが嬉しくて頬が緩む。なので返してください。わたしをわたしたらめる眼鏡を、返してください。


「……もう、いいから。わかったから、眼鏡返して」

「え? 眼鏡? あー……」

「雫ちゃん?」

「ごめんカナ。そのコンタクト買う時、下取りだとかなり安くなるとかで、その───」

「そういうこと普通真っ先に本人に確認するよね!? 雫ちゃんは馬鹿なのかな!? ていうかお店の人も普通確認くらいとるよね!? 大丈夫なのその眼鏡屋さん!」

「やっ……こればっかりはほんとーにごめんっ!」

「こればっかりって……! もうやだー! もー!!」

「あ、はい……こればっかりどころか、結構やらかしてるわね私……ごめん」


 そう高くはない眼鏡だけど、結構愛着あったのに。

 ていうかお金出したのわたしじゃないし、お母さんになんて説明すればいいのか……! ……素直に雫ちゃん連れて行って説明したほうがいいね、うん。


「はぁ……踏んだり蹴ったりだよぅ……お金も飛んじゃうし、陰キャ(笑)ラノベ主人公には謝らないとだし……」

「や、後半はむしろどうでもいいでしょ」


 溜め息が出る。ああ、学校行きたくない……。

 雫ちゃんがコンタクトケースを握らせてきた時から嫌な予感はしてたのに、恋に盲目になっていたわたしが愚かだった。

 なんてがっくりしていたら、後ろから駆けてくる音。

 ジョガーな人かな? なんて一応の警戒として振り向いてみると、


「み、見つけた……! はぁっ、はぁっ……!」


 息を切らした登戸朗くんがそこに居ました。

 ……わあ、幻覚が見える。なんでこんな状況に? ひょっとして未練? 未練が作り出した幻覚でござるか?


「あっ、立花さんっ!? っ……丁度良かった! えっとその、ごめんっ! すっごい失礼なことを確認させてください!」

「えっ、あ、うん。なに? ええと、雰囲気ほんと変わったけど、登戸朗くん……でいいのよね?」

「は、はい! 以前はデブメガネだった登戸朗! 通称トドローでしゅ! ぁ、で、です!」

「あ、うん。そのどもり方はトドくんだわ。でもほんと変わったね。やっぱりアレ? カナに告白したかったから?」

「う……っ……そ、そうですとも! おれっ……俺は、眼鏡トドな俺は、三木奏さんが好きになりました! でも眼鏡デブのままじゃ絶対に無理だと思ったから頑張って痩せて、あ、その……痩せまして、その……」

「はいはい、言いたいこと急ぎすぎて早口になってる。どもりの原因って大体そこだとか言われてるんだから、まずは落ち着きなさいって、逃げないし逃がさないから」

「雫ちゃん!?」


 がっしと雫ちゃんに肩を掴まれた。その上で視線が朗くんに向くように固定されて、顔に熱が集まっていくのを感じながら……わたしはただただ震えた。


「……じゃあその、失礼な質問を。三木さんの親友の立花さんに訊ねむぁ、たず、訊ね……ぇ、ますっ、んんっ! ……すいません」

「やっぱイメチェンくらいじゃどもりは治らないわよねぇ」

「~……」

「ほ~ら、気にしてないから話す話すっ。どもりなんて人であれば出るもんでしょ」

「はい。え、と……その。そちらの綺麗な人は、ちゃんとその……三木奏さんで、間違いないのでしょうか」

「うん。奏。ちょっと前にトドくん、この子に告白してくれたでしょ?」

「ドゥグッ!?」

「や、どぅぐ、ってどんな反応? まあいいケド。で、この子ったらその時、キミがトドくんだって気づかなかったのよ。だからせっかくの告白を断って、後悔しまくって、じゃあ今度は自分が変わる番だーって。で、変わった瞬間にじゃあ告白してくるーって、トドくんの家まで走ったわけで」

「雫ちゃん!? しずっ……なんなななななんでなんで言っちゃ……あーっ!! あーっ!!」

「~…………」


 朗くんが顔を真っ赤にして俯く。

 わたしの顔をちらちらと見て、戸惑いがちに視線をそらしては、また赤くなって。


「ごっ……ごめん、三木さん。俺、三木さんだとは気づかなくって……! す、好きな人の顔がわからないなんて、好きだ、なんて言えたもんじゃ……」

「えっ!? う、ううん!? それは違うよ! わたしだって気づかなかったもん! 急に呼び出されて、知らない人に告白された気分になって、怖くて、緊張して……」

「え……あ、だからあの時、怯えたような顔で…………はは、そっか、嫌われたわけじゃなかったんだ」

「嫌うなんて! ……あ、あの。外見なんかで気づけず怖がっちゃったわたしだけど。……あのっ、あああ朗くんのこと、ずっと好きでした! 太ってたって眼鏡だって構わないです! わわわわたしのこいっ……恋人になっていただけないでしょーかーっ!!」

「……我が親友ながらなんつー告白……」

「い、いやっ……俺の方こそ、こんな綺麗な人に告白されるなんて、絶対になにか裏があるに違いないとか思って距離取っちゃって……! ご、ごめんなさい! 面影にも気づけなかった俺だけど、どうか俺と恋人になってください! ずっと……ずっと好きでしたぁーっ!!」

「………」


 すぐ傍で告白大会を視聴していた雫ちゃんは、にっこり笑顔でわたしの背をググイグイグイと押しまくってきました。

 頑張れ、って激励どころかとっととくっつけコノヤロウと言われてる気分です。

 そうして……わたしは、朗くんと手を繋ぐことで恋人同士になりました。

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