第3話 神「どんな能力が欲しい?」 陰キャ「絶対どもらない最強チートが欲しいです」 神「そんなんワシが欲しいわい」
そんなわけで、とある日の夜に雫ちゃんに助けを求めた。
「しずくちゃん……」
『電話が繋がった途端に死にそうな声で名前呼ぶのやめない?』
彼が図書室に来なくなって数日。もしかしたら嫌われたのかもしれない。自分が気が付かなかったなにかで、ひどいことをしてしまったのかもしれない。
毎日毎日、また明日、って別れたわたしたちなのに、いったい彼になにがあったんだろう。
『あん、ん、んー……まぁ、その。丁度よかったわ、私も電話しようかどうしようか、悩んでたし』
「え? …………えと、なにか……あった?」
あ。嫌な予感。
思ったことを、結構好き勝手に言う雫ちゃんだ、言いよどむなんてとても、すごく、珍しい。それはつまり、わたしにとってとんでもなく面倒な、もしくはよろしくない情報なわけで。
『ほら、ついこのあいだまで夏休みだったわけじゃない? 私もアンタも地味~に
「う、うん……」
『その間に、劇的にお痩せめされ、眼鏡をコンタクトに変えた一人の猛者がおった』
「? あの……雫ちゃん? 言ってる意味が───」
『その男はそれまで大好きであった女生徒に相応しい己になるため、夏休み前から努力を続けていたそうな。まあ、現実的に考えて、眼鏡デブに告白されて嬉しい女子高生って想像つかないしね』
「な、なんてこと言うの雫ちゃん! 人の気持ちを決めつけちゃだめ!」
『ああ、例外も居たわね…………ってそれはどうでもいいのよ。いやよくないから言ってんだけど』
「……?」
話が見えない。いっつも結論からズヴァーって言う雫ちゃんにしては、えらく遠回りで気を使ってるような……?
はぁー……と深呼吸する音が聞こえた。珍しく、雫ちゃんが緊張してるみたいだ。
『……よく聞きなさいカナ』
「うん」
『……夏休み明け、アンタに告白してきた雰囲気イケメン。あれ、キミが惚れてる眼鏡デブ読書愛好男子、登戸朗だったわ』
「───」
トドアキラ。トド、アキラ。……わたしが、大好きな、図書室に来てくれる、あの人。
え? 朗くん? え? だってあんなに痩せて……え?
「あの、雫ちゃん? 人間は一ヶ月程度でそんな痩せられないんだよ? いけて10キロくらいで……」
『はいはい現実逃避しない。私も別クラスの友人に聞いた時ゃ嘘でしょって思ったわよ。でも───』
……聞くところによると、急激ダイエット成功の秘訣(秘訣?)は、彼の行動にあったそうで。
彼はそもそも誰かさんに告白するために、眼鏡デブ男子脱却ダイエットを開始。それも夏休み前から長くやっていたそうで、自分で痩せて来たな、と感じてからは重ね着をして痩せてない自分を演じていたそうで。
よく、“体は痩せても顔の輪郭がちっとも削れていない人”が居るけれど、彼もそのタイプだったらしく、顔の周囲の脂肪よりも体の方が先に削れて行く方だったそうで。それを重ね着で誤魔化しつつ、やってきた大型連休、夏休みを利用して一気にダイエット。眼鏡でデブで地味な人が、一気にスリムにコンタクトになれば、ギャップ効果も出るんじゃないかと考えた末の重ね着だったんだそうです。
で、まんまと顔の輪郭もシャープにして、眼鏡もコンタクトに変えた彼は、彼いわく好きで好きでたまらなかった女生徒を呼び出して、告白したんだそうです。ええ、はい、ここまで聞けばわかります。それわたしです。
「あ、の……じゃあ、わたし……」
『そ。相手が愛しのトドくんと知らず、盛大にフッたってわけ』
「─────────………………富士の樹海……」
『怖い怖い怖い! いきなりなに言い出してんの!』
「ぇ……ぇだ、だって……え? えぇええっ!? 嘘! 嘘だよね!? 嘘でしょ!? 嘘って言って!?」
『“嘘”。はい言った。じゃあ現実見ようか』
「鬼っ! 悪魔ぁっ!」
『魔王様とお呼び』
「余計に
『はいはい、世の中にゃあ現実逃避~なんて言葉があるけど、基本あたしらはそれが出来ないように世の中回ってんのよ。現実逃避が許されるのは一部の猛者だけ。OK? じゃあ現実見よう』
まったくもって正論だった。世の中って本当に恋する乙女にやさしくない。現実逃避くらい、少しでいいからさせてほしいのに。
「うぅうう……現実って……?」
『アンタが好きな人の告白を盛大に断ったって事実』
「…………死にたい」
『阿呆言ってんじゃないの。なーに暗いこと言ってんの。少なくともアンタは、好きな相手が自分のことを好きだって知れたわけでしょ? じゃあ次にアンタがするべきは?』
「え?」
『えじゃないわよ』
「………」
するべきこと? するべき? エ……なに?
『や、だから。愛しのトドくんには、もう好きって言ってもらったんでしょーが。しかもずっと前からとか。アンタはこれから、その言葉に返すものを改めて用意すればいいの。それで受け入れられればヨシ、もう心変わりしちゃったから、とか言われればそれまで。違う?』
「で、でも好きな人が居るって言っちゃった……!」
『それがあなたでした、なんて最高の誉め言葉みたいなもんでしょ。むしろ“眼鏡デブ男子の頃から好きだった”なんて、相手にしてみりゃ“外見で好きになったわけじゃない”って言われてるようなもんなんだから。それともなにか、アンタデブ専だったの?』
「ちちちちがうよ! わたしは純粋に、朗くんの人柄がいいなぁって思えて、自然と目で追うようになって……! 両親が二人とも太ってて、元々痩せにくい体、太りやすい体質で困ってるんだ、なんて言っちゃうくらいだから、ダイエットだってきっと苦労したんだと思う。それなのにわたし……」
自己嫌悪である。もうやだ、穴があったら入って、反省して、出てきたところをピコピコハンマーで叩かれて得点にされたい……!
『んじゃ、カナもちょっと遅れた登校デビューでもしてみればいいじゃない』
「登校デビュー……?」
『そ。トドくんが……まあ元がフツメンだった所為か雰囲気イケメンな感じになってたけど、デビューしたわけだから、カナだって“私はこんなに化けるんだ!”ってのを見せつけるの。ていうか今時三つ編み眼鏡って』
「わたし、自分の中でこれが一番可愛いって思ってるよ?」
『ぶっちゃけ古い。イモい』
「い、いも?」
『芋っぽい女って言いたいの。どこの田舎娘よ、もう』
「……雫ちゃん? 自然と一緒に暮らすって、育つって、容姿を芋で片付けられるほど甘いことじゃないんだよ?」
『ああもう田舎のこと馬鹿にしてるわけじゃなくて! ……カナ、おしゃれとか興味ないでしょ』
「手入れはしてるよ?」
そう、手入れさえしなくていいならそのまんまで居ればいい。私はちゃぁんと、この髪型が可愛いと思っているからこの髪型なんだ。
『必要最低限でしょ? 女は最新ファッションと戦ってなんぼよ?』
「それが好きなことならいいかもだけど、好きなことをする時間を潰してまですることかなぁ」
『だまらっしゃい。いーから明日モールに集合。いろいろ行くからお金下ろしてくること。いーわね?』
「ねぇ雫ちゃん。脅しでお金を使わせるのは、一種の犯罪で───」
『アンタトドくんを落としたいのかそうじゃないのかどっちだ!?』
「おしゃれしたってお金かけたって、それわたしの魅力じゃないもん! わたし知ってるよ!? “陰キャぼっちの俺が~”とか言ってる小説は全部が全部、容姿変えたら実はイケメンでした~っていうのばっかなんだから! そんなの結局“ただしイケメンに限る”だよ! 本当の陰キャぼっちに全力で謝るべきだよ! 容姿変えたくらいで陰キャ感が治るわけないじゃん! 陰キャ異世界転移系だってそうだよ! 神様に願う言葉が転移者とか転生者にあるなら、何を願うよりもまずどもりを治す特典を貰いなさいって話だよ! 容姿整えたくらいでどもりが治るわけないじゃん! 異性相手に器用に立ち回れるわけないじゃん! 対人恐怖症ナメんなだよ! だだだだいたい! 陰キャといえばオタク、みたいな書き方されてるけど、オタクでも元気でコミュ力全開の人はたくさんいるんだからね!? ていうかわたしのお兄ちゃん人付き合い良すぎて怖いくらいだよ!」
『ええいまったくこの娘はまた妙な知識を……!』
『や、まあ確かに陽介さんがコミュ力全開オタクなのは認めるけど……』と言う雫ちゃんは、お兄ちゃんとも交流がある。
ていうかファッションについてもいろいろ話し合ったりしてることもあって、結構仲が良い。好きとかじゃないとは、雫ちゃんの断言である。
兄、三木陽介はいわゆるオタク……だけど、とても喋るし、学校でも普通に人気者。ガラの悪い級友に絡まれたこともあるらしいけど、今じゃバイクのことに関して二人で肩を組んで熱弁出来るほどの仲だ。
彼女も居るし、その彼女がハーフのとんでもない美女だったりする。
コミュと情報とオタに全力を注いでいるだけでは? なんて思われがちだけど、普通に喧嘩とか強い。
一部では主人公とか呼ばれてるくらいに、なんというか……各方面で強い。信条は“汝、一途を諦めることなかれ”。ハーレム主人公がとても嫌いな兄です。けれどそれよりも、寝取り男が大嫌い。
兄曰く、
“いや、べつに寝取り自体が悪いとは言わないよ。不倫はヤバいけど。その人のことが好きで好きで、我慢出来なくて、正々堂々奪う……一種の恋愛戦争なら全然いいと思う。あ、それ寝取りとは言わないか。……でもさ、それで寝取っておいて、飽きたら捨てるカスは死ぬべきだ。“死ぬべきだと思う”、なんて
とのこと。
蒼麻というのは兄の親友の多摩蒼麻さん。イケメン大学生。
たまにシャーリーさん……兄の恋人を見る目が危険な時があるけど、シャーリーさんは兄以外の男性にとても強い警戒心を持っているので、寝取り状況なんてものが来たところでスタンガンくらわされて通報されるのがオチだと思う。
……ちなみにわたしも兄に持たされてる。スタンガンとボイスレコーダー。
兄とシャーリー・白銀の仲はとても良好だ。キスだってしょっちゅうしてるし、兄の部屋からあんあん聞こえてきたのだって一度や二度じゃないわけで。
どうでもいいし関係ないけど、シャーリーさんに向かって“銀シャリ”だとか“白米”だとか言ってはならない。
『カナー? ちょっとカナー? 黙っちゃってどしたー?』
「あ、ううん、なんでも」
『そ? ……とにかく。アンタ素材はいいんだから、きちんとしなきゃだめ』
「……出た。陰キャ主人公の知り合い枠が言うセリフ、“素材はいいんだから”」
『その言い方やめい! だいたいカナだって別に陰キャじゃないでしょーが』
「今の時代、眼鏡かけて黒髪ってだけで陰キャなんだよ……。ほんと、陰キャ陽キャで枠決めたがるの、なんとかならないかなぁ。べつにわたし、暗いわけでもコミュ障なわけでもないよ? なのに黒髪眼鏡で三つ編みとかおさげしてるだけで陰キャ呼ばわり。陽キャの人たちって決めたがりだよね。ほんと、なんとかならないかなぁ」
『無理無理無駄無駄。いーからあんたはさっさと諦めて、明日の私の着せ替え人形になりなさい』
「……貯金、いくら下ろせばいい?」
『2万は用意なさい』
「…………べつにお金使ってるわけじゃないからいいけどさ。それってあの、よくある“最初はいいけど使ったあとに、なんでわたしこんなの買ったんだろ……とか後悔するやつ”じゃないよね……?」
『───』
「………」
『次の休み、美容院にも行くから覚悟しときなさい。予約は済ませたから』
「雫ちゃん? ねぇ、雫ちゃーん? それ、わたしのお金が目当てでディナー予約するたかり男みたいだよ?」
『失礼な親友ねこんにゃろめ。心配しなくても絶対にカナを磨ききってみせるから。絶っっっ対に! カナは化けるから!』
「今から死後の心配されてもなぁ……」
『そういう方向の化けるは期待しなくていーのよ!』
まあ、ともあれ、そういうことらしい。
服に、美容院に……はぁ。散財だなぁ。
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