第8話 仲良くなりそう

閉まっていたはずの縁側の掃き出し窓は一つ開いている。元々外が丸見えの掃き出し窓が開いていても遠くからじゃそう分からない。ただそこに誰かが足を外に出していれば、すぐに分かる。


凛はすぐに部屋に戻ろう、そう頭の中では決めていた。しかし身体は動こうとしなかった。それは何故か…


──とても、後ろ姿が綺麗だった。それと、白米がまだ残っていたから…。


少し冷たい冷風が彼女の髪を揺さぶる。

彼女のいる場所だけ月明かりが照らされているのかと思うようにその場だけ少し明るかった。


凛は茶碗と箸を持ったまま、ただ彼女に見とれていた。その顔はきっと呆けた顔になっていただろう。


彼女が振り向いた。その顔は誰の顔だろう。荒木さんでもない、あのJKでもない。金髪でもない、ロングヘアでもない。


「……めんどくさそう女子や」


めんどくさそう女子、略してめん女子は俺の方をジッと見ている。茶碗を机に置き、その上に箸を置いた。


「……」


「……」


目があったまま沈黙が続いた。眠そうな、でもキラキラと光るような大きい瞳に俺の目は射止められる。


「……なにしてるの」


めん女子は目と同じように眠そうに言った。


「…ちょっと飯をな」


「泥棒…?」


「ちがうわああああ!!!!」


あまりにもマジメ聞かれるからつい大きな声を出しちまったぜ……。情けねぇこれでも男か俺は…!


「知ってる。荒木さんからある程度聞いた」


「そ、そうか……。それは良かった…?」


良いのか悪いのかよくわかんねぇぜ。

てゆーか今AIと喋ってる気分になったんだが…。


めん女はムクっと立ち上がり俺の方に歩いてくる。


おいおいおい、いきなりなんだ?!また俺は気絶させられるのか!?


手を後ろにつき、いつでも下がれる準備をしながらこっちに向かってくるめん女を見る。


どんどんどん俺の方に迫ってくる。

こ、これはまずい!!ガチでまた蹴られる!!

と思っていた俺は知らん。とばかりにこの女子は通り過ぎて台所の方へ向かった。


少し驚きながらもその後の行動を俺は観察した。


食器棚から茶碗を取りだし炊飯器を開ける。

杓文字しゃもじを取りだし米を掬う。

茶碗の中に輝かしい白い米を乗せて炊飯器を閉じる。そしてもう一度俺の方に来る。


座布団を俺の前にボンッと適当に置き、座った。


「…な、何してんだ」


「何って、私も食べようと思って。妙に美味しそうに食べてたから」


そう言うと手を合してから箸を持ち、黙々と米を口に入れ始めた。

と言うよりこいつは俺と食卓を囲んで嫌じゃねぇのか…。


沈黙の食卓は何分も続いた。

二人とも黙々と白米を口にほうばる。

片手に茶碗、片手に箸、作業のように口に放り込み噛んで味わう。


(…美味い!けど気まずい…)


もう茶碗の中にある米も残り僅か。早く食って部屋に戻るか。


箸で人摘み、大きな口で食べきった。


食い終わった後の俺は素早く立った。

シンクに箸と茶碗を持っていき、茶碗の中に水を貯めた。


よし、部屋に部屋に戻ろう。

このまま早足でこの空間から逃れよう。


凛は台所からよそ見をせずに音のうるさいドアまで静かに、つ早く歩いていった。


あとは開けて部屋に戻るだけだ。

そう思っている凛の思考に邪魔が入った。


このまま何も言わずに戻ったら更に嫌われるんじゃないか?しかもめん女子は少ない時間だとしても同じ食卓を囲んだ中だ…。


「…おやすみ」


時間が止まったように感じた。

迷いに迷った末に放った言葉は時間を止める能力でもあったんだろうか。


チラッとめん女子を見ると茶碗と箸を机の上に置き、食べる動きが止まっていた。


あかん、もう限界だ…!

もしかしたら「おやすみなさい」とかいい感じに返ってくるんじゃないかと期待していた。


くっ…!考えが甘かった…。ちょっと喋ったからって勘違いしてはいけなかった。俺はこの借宿ではぐれ者の男だ!間違えるな千石凛!


そうやって自分の心に言い聞かせ、少し恥ずかしかった心を落ち着かせた。


よし、戻るべき場所に帰ろう。

そう決意して凛はガガガっとドアを開けた。


「おやすみ」


聞き間違いか?

いや幻聴を聞くような事は何もしてない…。

ま、まさか…!!


凛は後ろに振り向いた。

目に映ったのは俺の方を向いているめん女子だ。相変わらず眠そうな目でじっと見てくる。


「おう!おやすみな!」


思ったよりもテンションが上がった凛は片手を上げてそう言った。

そしてガガガっとうるさい音を立てて居間のドアを閉めた。


荒木さん以外にしっかり喋った数少ない住人。少ししか喋ってないとはいえ、結構良い奴だ。これから徐々に仲良くしていこうぜ俺!


そう心に誓い、阿修羅は風呂に入り歯を磨き重たくなった瞼を抵抗せずに閉じた。


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