第3話 隠れんぼ

うっ…頭クラクラするぞ。かなり勢いよく何かぶつけられたな…。何故だか体に肌寒い風が当たり、ぶるっと震える。それに耐えかねて俺はクラクラする頭を擦りながら光で眩しい目を開けた。


開けた目の先には夕日で雲が真っ赤に染まっていて幻想敵な空へと変わっていた。


太陽が地平線の下に沈みこむ夕方の時刻、普段とは異なる空の色を見て魅了される奴は少なくはないだろう。


「すげぇ綺麗だなぁ…」


案の定俺は自分の今の立場を忘れてこの幻想的な空の色に魅了されていた。

…荒木さんに声をかけられるまでは。


「お前、何やってんの?」


声が聞こえた方へと顔を向けると、しゃがみこんで俺の方をじっと見ている荒木さんがいた。


玄関の前にしゃがみこんでいる荒木さんは夕日の赤い光が当たり顔があまり見えない。だが口角が少し上がっているのをみて俺は悟った。


あ、俺追い出されたんだな、と。


「私が寝てる間に何したんだ?

あいつらにセクハラでもしたのか?」


肩を揺らしてクスクスと笑う荒木さんは悪魔のように俺を嘲笑っていた。

な、なんて悪魔なんだ…!


荒木さんの言うあいつらってのは俺を殺ろうとした奴らの事だろうな。なんてこった、この仮宿ヤバいやつしかいないんじゃねぇのか。


「いや、俺は別に何も…」


してないよな、うん。

だって俺顔も見てないんだぜ?太ももは見ちゃったけど。


って言うかあいつら俺の事知ってそうだったよな。前に喧嘩吹っかけてきた奴の彼女かなんかか?くっ…わからんっ。


仰向けで寝ろこがっている俺をつんつんとつついて何かを考え込むように「んー」と、唸っている。


つんつんすんのやめてくれ、こそばゆい。


玄関前の桜の木が春風に揺らされゆらゆらと桜が散っている。儚いな、俺のように儚いな。なんて悲しい事を考えてみる。


荒木さんはつんつんするのをやめ、俺に覆い被さるように顔を覗き込んできた。


「よし、隠れろ。何があったかは知らんが隠れながら自分の106号室に入れ。まずはこれをやり遂げろ」


荒木さんはそれだけを言い残して中に姿を消した。

むちゃくちゃだなおい。あの人達に俺はなんの恨みを買ってたのかもわかんねぇし分かんない事だらけじゃんか。


まあ仕方がないよな。ここは男子禁制らしいし、親父と荒木さんのミスとはいえ言うことを聞く以外ここに住む方法がないしな。


心にそう言い聞かせて俺は開けっ放しのドアをソっと除く。見た感じ曲がり角までの廊下は誰もいない。忍び足で中へ入り俺は受話器が置いてある物陰に隠れてからまえに進んだ。


曲がり角を右に曲がれば104〜106号室があるはずだ。曲がらずに真っ直ぐ行けば洗面台と風呂場がある。左に行けば101〜103号室があり住人が集まる居間が奥にある。


予想だと全員居間に集まっているはずだ。そして荒木さんもそっちに行ってる。きっと荒木さんなら気を聞かせてドアを閉めてくれているはず。そうすれば俺は誰にも気づかれずに部屋に入ることができる。


忍び足で廊下をそそくさと歩いていき壁に顔を半分隠して居間の方を見た。そしてすぐに反対側を見て誰もいないことを確認してから、息を殺して音を聞いた。


よし、ビンゴ!!五人くらいの声が聞こえるな。俺の部屋の番号的にも住人の人数も俺を含めて六人ってところか。よしこのまま部屋に直行だ!!


忍び足を極限までのスピードで右に曲がり106号室の前まで行った。


これでまずはミッションは成功だ。荷物は部屋の中に入ってると思うし入ったらまずは寝よう。うん、そうしよう。心も身も疲れきってるからね。


俺は達成感と安心感が両方でてしまい口元が緩んでいるのを直そうともせずドアノブに手をかけ、回した。


『ガチャッ』


その音で扉が開いたと確信した。


『…ガチャガチャッ』


開かない…まさか鍵がかかってるとか聞いてねええええええええええええ!!!!!!!!


「なんか音しない?」


すると反対側からそんな声が聞こえた。


「変な人入ってきたんじゃない?」


「そうかも!」


足音がドンとなった。俺はあまりに焦って隣の部屋のドアを勢いよく開けすぐに閉めた。


「はぁっ、はぁっ」


全く走ってもないのに息が乱れる。


乱れる息を整えながら俺はドアの前に座り込む。口で呼吸をして息を整え、今の状況を整理した。


そして一秒も経たずにまたピンチになったことに…俺は気づいた。


俺は焦って隣の部屋に入った。

まずい…これでもしここの部屋の人が帰ってきたら…あ、ここ住めなくなるんじゃ…。

いやな冷汗が全身から溢れ出した。


俺は思考を今まで使ったことがないところまで超フル回転で回した。

しかし…どんなに早く回しても頭の中は雪国のように真っ白のままだ。


声と足音がてくてくと俺の方に近づいてくる。音の数からすると二人、104号室と105号室の住人だろう…。

その二人がこっちに来るということは…部屋を確認するためじゃないだろうな。


そんな事を頭の中で考えると体がブルっと震え動きにはださないがあたふたとする。


考えに考えた末、俺はベッドの下に滑り込むように入り込んだ。俺はベッドの下で体の向きを変えドアの方に顔を向ける。そしてここの住人が入ってくるのをまつ。


いや、出来れば入ってきて欲しくはないんだけどね?俺が言うことじゃないけどね?


体の向きを変えてから数十秒後にガチャりと音を立てて開いた。


来たな…さあいないことを確認して早く出ていけ!さあ出ていってくれっ!


ベッドの下からでは下半身しか見えないためどんな人かは分からない。だが足音を全く立てずに歩くそのさまを見ると只者ではないように見える。


彼女はベッドの隣にあるL字のデスクに向かい、何かをガサゴソとあさってから静かに歩き俺の目の前にピタリと止まった。


おいおいおいおいまじかよ…、立ってたら俺が分かるはずがねぇ。やっぱりこいつ只者ではない?!


心臓が耳から出るんじゃないかと思う程鼓動を速く、大きく鳴った。この現状をどうするか考えようとするが今目の前の事に俺の目と思考は全て奪われた。


やばい…ほんっとにどうすりゃいいんだ…。


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