第58話 幼馴染と最低男⑨

「み、美里さん!!!」

 三枝光一は、それを取り囲む俺達のことなど眼中にないかのように、久遠美里さんのことだけを見つめていた。


 自分に向けられる視線を受け止め、三枝光一の前で美里さんは静かに言葉を発する。


「光一くん。いま自分がどのような状況なのか理解していますか?」


「た、助けてくれ!美里さん」

 突然、三枝光一は声を上げると、四つん這いのままにやや高速で美里さんへと近づく。


 正直見ていると、滑稽で思わず笑ってしまいそうになったが……


「おっと、それ以上近づくなよ、強姦魔め!」

 俺は慌てて美里さんと三枝光一の間に割って入る。


「くっ!おのれ。貴様も俺と美里さんの仲を邪魔するか。

 分かち合える同士だと思っていたのに!」


「勝手に同士にするんじゃねえ、失礼な奴だな」

 とんでもないことを言われたぞ。少し油断させる為に話を合わせただけで同士呼ばわりとは本当にやめてほしい。


「美里さん、俺は罠にはめられたんだ!」


「罠ですか?」

 三枝光一が何か言いだしたぞ。ちょっと黙って聞いていようかな。

 ずっとお怒り状態の楓はともかく、他の面々はいまさらこいつは何を言い出すのだろうかと少し聞く態勢のようだ。


「そうだ!美里さん。これは陰謀なんだよ、俺はこのビッチにハメられたんだよ」

 そして指を指し示したのは楓だ。


 それを受けて楓の瞳からハイライトがすっと消えていく。

「……」

 そして無言のまま楓は、三枝光一に向けて歩き出そうとする。


 それを叶さんが押しとどめる。

「楓ちゃん、ちょっとこの坊やが何言いだすか聞いてみましょうよ」

 叶さんが少し悪い笑顔で楓に小声で話しかける。


「で、でも叶さん!

 こ、この野郎、私のことビッ〇とか!!!すぐに潰さないと!」


「あん?そういえば誰だ?このは。

 おまえも久遠楓の関係者か?」

 いま存在に気づいたのか、叶さんに向けて言ってはならない禁句ワードを告げた。


(あぁ、死んだな。三枝光一)





「はっ!!!痛っ!!!!」

 三枝光一が激痛で目を覚ました。

 頬をさすりながらゆっくりと首を傾げながら上半身を起こしている。再び気絶していたが、楓の強烈な往復ビンタで目を覚ましたのだ。


 強烈な往復ビンタで三枝光一を起こした楓は三枝光一の側にいたくないのか、既に俺の隣で上半身を起こして自分の頬をさする三枝光一を睨みつけている。


 ん?なんで三枝光一は再び気絶したのかって?

 言わせないでくれよ。俺はあんなを再び思い出したくないのだ。



「ゴホン!……さ、さて光一くん。いま自分がどのような状況なのか理解していますか?」

 美里さんは最初からやり直すことにしたようだ。あのは美里さんにもショッキングな光景だったのだろう。


「!!!!美里さん!助けてくれ!!……あ、あれ?俺さっき同じことを言わなかったか?」

 腫れた頬をさすりながら三枝光一が首を傾げている。きっと覚えていないのだろう。


「ゴホン!……えぇ~光一くん。私が何故ここにいるか分かりますか?」


「え?……うん、俺を助けるためですね?いやぁ、恥ずかしいなぁ」


「え!?」

 美里さんの顔は驚き、きっと漫画なら頭上には?マークが浮かんでいる。


「「「「!?」」」」

 もちろん俺達も?である。何言ってるんだこいつは。


「本当は男の俺が囚われた美里さんを助ける為に動く予定だったんです。

 でも、俺がいざ行動を開始したら、久遠剛に味方する悪人達が卑劣にも俺を罠にはめたんです」

 そして楓に向けて指を指し示す。


「特にそいつは最悪だ。色気もないくせに俺を誘惑して誘い出したんだ!」


「……は、はぁ……で、あなたは楓さんに誘い出されてどうしたんです?」


「!?」

 美里さんの発言にギョッとした顔で楓が驚く。


「(ちょっと、翼。何で私が誘い出したことに!?)」

 小声で俺に囁く楓。

「(まあ、誘い出したのは楓で合ってるんじゃないか?)」

 美里さんの発言の意図は別だろうけど、発言内容的には嘘はついていない。


「なっ!?」

 まさかの指摘に楓が驚いている。


「(ほら?いまは黙って話を聞こうぜ?)」

 小声で楓にそう促し、俺は美里さんと三枝光一の会話に耳を傾けた。


「久遠楓に誘われて、俺はこんな人気もない場所に誘導されたんだ!」


「(うん、三枝光一は嘘はついてないなぁ)」

「(えっと……内容だけ聞くと楓ちゃんが悪いみたいですねぇ)」

「(えぇ、全く嘘はついてないですね)」

「(いやいや面白いものだな、不思議と全く嘘をついてないじゃないか)」

「(あらあら、どんな嘘をつくのかと思ったら、全て本当のこと言ってるわね?この坊や)」

 俺、天、紅葉、茜さん、叶さんが小声でささやく。


「!?」

 ただ一人、楓だけが顔色が赤くなったり青くなったりしている。


「あ、あれ?」

 美里さんも困ってしまっている。

 発言内容だけは三枝光一の発言に嘘はないのだ。もちろん会話内容を聞いていた美里さんが誤解することはないのだが、嘘を並べたてると思っていたら、予想外の真実だけで言い訳をしており戸惑っている。


「あ、あれ?私が痴女みたいなことになってる!?

 み、美里さん。ち、違いますよ?誤解ですよ?」

 慌てて楓は美里さんに言い訳のように弁解を始めた。


「(お兄ちゃん。ちょっと面白い展開だね?)」

「(まさかの楓姉さんの痴女展開……)」

 天と紅葉がやや面白がっているようだ。まあ、何だ?この展開はと俺も少し苦笑してるのだが……


「ちょっと!?あんたいい加減にしなさいよ!」

 ここで楓が三枝光一に黙っていられなくなったようだ。


「おまえは黙ってろ!この痴女め!」


「なんですって!あんた私を乱暴しようとしたくせに!」


「何を言っている?俺に乱暴をしたのはおまえだろう?久遠楓」


「は?何言ってるのよ?あんたが私を……」


「おまえ俺を突然投げ飛ばしたじゃないか。

 俺はおまえに触れてもいなかったぞ?」


「はぁ!?あんたが……」


「先に暴力をふるったのはどちらだ?久遠楓」


「え!?」


「どちらかな?久遠楓」


「(あ、あれ?ここまでの会話だけ聞いてると楓が悪いみたいに聞こえてくる)」

「(何なの、この超展開?)」

「(やっぱり楓姉さん、少し頭が残念なのかな?)」

「(あ、あれ?妙な展開になってないか?)」

「(くっくくく、面白くなってきたなぁ、翼くん)」

 俺、天、紅葉、茜さん、叶さんが小声でささやく。


 楓が固まっている。あ、あれ?本当に頭が弱い子なのか?


「えぇと、西条さん?」

 美里さんがおかしな展開で困ってしまったのか、俺に助けを求めてきた。


 勝ち誇る三枝光一、混乱する楓と妙な展開になったので、幼馴染を助けに入るとしようか。


「おい、三枝光一」

 そう呼びかけ、俺は耳からワイヤレスイヤホンを外して三枝光一に放り投げる。


「む?何だこれは?」

 受取りつつも首を傾げる。


「そいつをつけてみろ」

 三枝光一が耳につけるのを見届けて……

「楓、スマホに向かって一言かましてやれ」

 楓にそう促した。


「!!!……わ、分かったわ」

 ようやく我に返ったようだ。本当に手のかかる幼馴染だ。


「……この変態野郎っ!!!!!!」

 楓が自身のスマホに向けて大声で叫ぶ。


「!?ぐわぁ!!!」

 三枝光一は慌てて耳からイヤホンを外す。


「何だこれは!!!」


「分からないか?楓のスマホはずっと通話中のままで、楓とおまえの会話はずっと俺達も聞いていたんだ。もちろん美里さんも聞いていたぞ」


「は?」


「楓とおまえの会話も聞いていたし、位置の確認もできていた。

 だから皆この場にいるんだよ」


「え?」


「ついでに言うと録音もしている。さっきの脅迫の下りもバッチリとな」


「え?」


「つまり美里さんは全てを知ったうえで、むすめのためにここにいる」


「つ、つまり?」


「美里さんはおまえの悪事の全てを知ってる。諦めろ」


「み、美里さん……」


「光一くん。はっきり言いましょう。

 私は娘に乱暴しようとしたあなたを許せない。

 私の大切な剛さんにしようとした行為を許せない。

 何より、私はあなたに好意はない。いえ、あなたにいま私が向ける感情は嫌悪です」


「え!?」


「あなたのご両親、そして私と夫の剛さんを交えて今回の件、じっくり話をしましょうか。有耶無耶にはさせませんよ?」


「……」

 ここで三枝光一は気絶した。明確な拒絶を受けて現実逃避したのかもしれない。



 本来なら警察沙汰になる案件かもしれない。

 未遂とはいえ三枝光一のやろうとしたことは犯罪なのだから。

 一度きっちりと関係者で話をつけたい。それが美里さんの希望だったこともあり、この後関係者で話合いをもつことになった。

 久遠家、三枝家……両家での話し合いには当然俺は参加しない。非常にデリケートな話になるのだろう。

 三枝光一は楓、紅葉の姉妹と美里さん。念のため叶さんだけが同行したうえで会談の場となる久遠家に連行されて行く。


 こうして俺にも因縁のあった男である三枝光一と、幼馴染の楓との因縁にも一応の決着がついたのだった。


 ―――――――――――――――――――――――

【読者の皆様へお願い】

 作品を読んで『面白い、面白くなりそう』と思われた方は、目次の下にあるレビューから★3を頂けると嬉しいです。作品フォロー、応援、わたしのユーザーフォロー大歓迎です!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る