第52話 幼馴染と最低男③

「まあ、結論から言おうか。さ。君が『久遠剛』の娘だったからね」


「父?……どういう事?あんたが何故父を知ってるの?それに父と何が?」


「気になるよね、でも君には関係ないことさ。俺はただ君が『久遠剛』の娘だと知ったからこそ、悩んでる君につけこんだのさ」


「そう。まあ、実は『私のことが好きだった』みたいな気持ちの悪い答えじゃなくて良かったわ。

 つまり私と一緒のバイト先に居たのは偶然なのね?」


「それはそうさ。もしかして俺たちの出会いは運命だったとでも?

 いや、ある意味では運命だったのかもしれないな。

 俺にとっては忌むべき存在『久遠剛』の娘が俺の目の前に現れたんだからな」


「父は何をしたらあんたにそんなに嫌われたのかしらね。

 しかし、いい迷惑ね……もしかして私はを受けたのかしら」


「クックク、バカを言うなよ。元々相談を切り出して、俺に頼ったのは君だろう?

 もちろん、そう仕向けたのは確かだけどね。

 久遠の名を知って君のことを調べるのは簡単だった。君の高校は俺の出身校でもあるから、今でも知り合いがいる。今の世の中、個人情報を調べることは難しくない」


「……」


「調べた内容から君が幼馴染との恋愛に悩んでるのは推察できた。君もあの幼馴染も有名だったからな。特に君は学園でも有名だったからね。

 君も余程思い詰めていたのか、俺に限らず学園の中でも、バイト連中にも恋愛相談なんかしていただろ?だから君につけこむのは容易かったのさ」


「バイトで一緒に居た時にはまともに見えたのに。まさかそんなに歪んだ人格とは思わなかったわ」


「それはそうだろうね。周りにはよく見えるように演じていたからね。どうすれば人から良く見られるのか、他人が俺をどう見ているのか、それさえ分かればそれを演じてやれば皆が騙される。君も騙されただろ?」


「えぇ、そうね。切羽詰まっていたとはいえ、自分が情けない……」


「うん、傑作だったよ。まさか自分の誕生日に俺の誘いに乗るなんてね。

 俺はね、君からの相談を受けていた時の音声は録音しておいたんだ。バイト先の休憩室で相談に乗っていた時の映像も残してある。2人でバイト終わりにファミレスで会っていた時も映像や声も残しておいた。何故だか分かるかい?」


「……私への取引にでもするつもりだった?または脅すつもり?」


「安心していいよ。脅すつもりも君への取引に使う気もなかった。

 ただね、君と幼馴染くんが付き合うことになったら、幼馴染くんに撮影していた音声や映像を送りつけてやろうと思ってね。

 少し加工したものも添えて。君が俺と浮気していたように見えるようにね」


「ッ!?……あ、あんた、そんなことを考えていたの!!」


「クックク、それがどうだ?まさかのご本人である幼馴染くんが、君と俺とのデート現場を目撃。俺が何もすることなく、俺と君との浮気現場を目撃ときた。

 幼馴染が誕生日に会う約束をドタキャンして、違う男とデートする現場を目撃する。幼馴染くんに恨みはないけどね、それで君が振られたのは傑作だったなぁ」


「……」


「いやぁ、腹筋がねじ切れるかと思ったよ。

 君たちが破局するように本気で君を口説くか悩んでいたけど、君が勝手に自爆して、盛大に踊ってくれたからね。本当に君の愚かさには驚くばかりだったねぇ。

 俺は浮気に見えるように、君に疑念を持つようにと、証拠を幼馴染くんに送りつけてやる算段をしていたら、知らない所で勝手にことが進んでいたんだからね」


「怒りでどうにかなりそうだけど、あれは自分でやったこと。それは受け止める。

 浮気と思われても仕方ないと思っているし、あの裏切りは、浮気に値する行為だと自覚してる。だからそのことであんたを責める気はない」


「ん?そうなのかい?てっきり君は逆上してくると思ってたんだけどね」

(……こいつ何があった?以前のこいつなら逆上して俺に八つ当たりくらいする性格だったはずだが……幼馴染に振られて人格でも変わったか?)


「私があんたとこんな人気ひとけもない場所で話をしたかったのは、あんたの本音が聞きたかったから。

 そう言う意味ではうまくいったわ。あんたの歪んだ性格がよく分かった。それにある意味では安心もしている」


「安心?」


「えぇ、あのことがどれだけ仕組まれていたのかを知りたかった。

 まあ、結果的にはいいように利用はされたけど、私が勝手に自爆しただけ。

 翼に変に加工された音声や映像を送られていたら、あんたにはケジメをつける必要があったけどね」


「ふむ、君は随分と変わったようだね。正直つまらん人間になった。

 前の君の方が俺と同じ『自己中心的』で親近感があったんだけどねぇ」


「つまらん人間で結構よ。今の私の方が自身で気に入ってるの。

 で、あんたも私に用があるんでしょ?私の用は済んだ。あんたの用は何かしら?」


(逆上したところを抑えつけてやろうと思ったが、意外と冷静か……まあ、所詮は小娘だ。男の俺にかかれば容易いだろう)

「……あぁ、俺の用事はね」


 静かに俺は久遠楓に近づく。

 久遠楓は黙って俺が近づくのを見ているだけ。

(危機感のない女だ。まあ、好都合だけどな)


 そして、俺は久遠楓に手を伸ばす……


 ドンッ



「……何が起こった!?」

 気づけば俺は大地に横たわっていた。



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