第35話 幼馴染たちと遊びに行こう(5)

 ――――あれから10分ほど経過した。


 嬉しい気持ち以外で涙を流したのはいつ以来だろうか。

 恥ずかしながら七海の大きな柔らかな胸の中で号泣してしまった。


「落ち着きましたか?翼くん」


「うん、迷惑をかけた」

 俺はまだ七海の胸の中だ。ずっと抱きしめられたまま。


「翼くん……好きですよ。

 これからも私の前では気負わずに、弱いところ見せてくださいね」


(……あ、あれ?まただ。茜さんからも感じたこの感情は……もしかして)


「……ありがとう。ちゃんと考えることにする。

 とりあえず思考放棄はやめる。ただ断るだけじゃ、本気で向き合ってくれるみんなにも失礼だしね」


「フフフ……一歩前進でしょうか。

 それで、その……翼くん、そろそろ大丈夫でしょうか。

 えっと、そんなに私の胸の感触を満喫されると恥ずかしいので。

 そんなに触りたいなら、私の気持ちを受け入れてくれたら……もっと先までいいですよ?」


「……心惹かれる提案だ……イテっ」

 その時、俺の後頭部に何かが直撃した。


「つっ……な、何だ?」


「だ、大丈夫ですか?翼くん」

 七海が何かを拾い上げる。


「ん?空き缶?」

 どうやら俺の後頭部を直撃したのは、この空き缶のようだ。


「誰だよ?痛いなぁ~」


「クスッ……あんなことしてたから、嫉妬した誰かかもしれませんね」


「あ~そうかもな。

 つい久しぶりに泣いて状況を見失ってたよ……紅葉かな?こんなことしそうなのは」


「えっと、そうかもしれませんね~(う~ん、あの後ろ姿は……)」


 俺たちは顔を見合わせて笑い合った。


 いろいろとあったけど、七海と2人の時間はこうして終わった。

 茜さんに七海もだが、何だか俺の心を揺さぶられる。気楽な気持ちで今日を迎えたのは、もしかして俺だけなのかもしれない。



 ――――マリンワールド出口



「……む?2人とも何かあったのか?ちょっと雰囲気が違うようだが…」

 出口から出たところで待っていた茜さんに詰められる。


「フフフ……内緒です」

 唇に手を当て、妖艶に微笑んでいる七海


「「「!?」」」

 天、紅葉、茜さんが目を見開いている。


「クッ……次はわたしですよ。ここから全部上書きしてくれる!!」

 どうやら次は紅葉とデートらしい。



「マリンワールドは見終わってしまったけど、この後はどうするんだ?」


「次は『海の中道海浜公園』で遊びましょう。天お姉ちゃんとわたしは、海浜公園でお兄ちゃんと過ごしたいんです」


「お兄ちゃん、海浜公園でもいい?」


 紅葉と天の問いかけに対して俺の答えは決まっている。


「もちろんだ。俺もこの公園は好きだしな。今日は何でも付き合うよ」


 そして海浜公園までの道すがら、みんなとの時間を楽しむ。

 茜さんが七海に尋問していたり、天と紅葉が俺を囲んで楽しそうにしていたり、今日はみんなと来れて良かったと思う。



 海の中道海浜公園は、海に囲まれた『海の中道』に位置する非常に広い公園だ。

 一年を通して季節の花々が楽しめるほか、リスザルやカピバラといった動物たちとふれあえる『動物の森』や、屋外レジャープールなど、季節を問わず楽しめる。

 とにかく広い公園なので、ここだけで1日楽しめるスポットだ。


「で、紅葉は何がしたいんだ?」


「まずは、アレに乗りましょう。カップル定番の2人乗り自転車です」


「じゃあ、みなさんお兄ちゃんは当分わたしが頂きます。大人になってきます!」


「「「……」」」

 3人がジト目でこちらを見ている。俺、何も言ってないのだが……


 こうして3人目のデート相手、紅葉との時間が始まった。

 しかし、1日で4人とデートすることになるとは思わなかった。正直『ハーレム野郎』とか言われても、もう否定できない状態になってしまった。


「どうしました?お兄ちゃん」

 紅葉が覗き込むように顔を近づけてくる。


「いや、大丈夫だ。行こうか……」

 正直、紅葉との時間は一番気楽なんだが、一番怖くもある。

 何をするか分からない怖さがあるのだ。破天荒なところが昔からあるし、いまもそれが変わらない気がする。


「むぅ!何か失礼なことを考えてますね?」

 変なところは相変わらずに鋭い……いや、何故か女性は全般この辺が鋭いのは何故だろう?

 そんなことを考えながら紅葉と2人のデートは幕を開けた。



 ――――2人乗り自転車をこぎながら……


「気持ちいい……お兄ちゃんも気持ちいいですか?」


「あぁ、そうだな。天気もいいし海も見えるしサイクリング日和だなぁ」


「あぁん、お兄ちゃん、そんなに激しくしないでぇ」


「いや、おまえ言い方!」


「おや?お兄ちゃんは何を想像したんでしょう?」


「エッチなこと想像したに決まってんだろ!」


「……なっ!!!!」


「いや、あんだけ煽ってきておまえ何で照れてるんだ?」


 こんなバカみたいな会話を交わしながら、自転車をこいでいる。

 紅葉とのやり取りはやはり気楽でいい。この分なら茜さんや七海のようにはならないだろう。


「ここです!ここで休憩しましょう。2時間くらい」

 今日の紅葉はいちいちワードが怪しい。

 着いたのは、海に面した開放感あふれるボードデッキの展望台。

 デッキからは美しい海岸線や、はるか先に広がる玄界灘とその島々が一望できる。素晴らしい絶景スポットだ。



 海を見ながら俺たちはしばし無言になっていた。気まずい沈黙ではない。

 でも、紅葉は何か考えているようだ。普段は明るく元気なのだが、らしくない雰囲気を出している。


「……」

「……」


「ふぅ……らしくないけど、いろいろ話をしておかないといけないことがあります」


「紅葉もか……七海にもいろいろ踏み込まれたしな。茜さんは俺が勝手に揺さぶられただけなんだけど」


「あぁ、今日はみなさん気合入ってますもんね~」


「それで話ってアレか?紅葉の義兄の話?」


「ふぇ?あぁ違います、違います。そもそも義兄の件あれから進展ありませんから。

 まあ、お兄ちゃんも巻き込まれた当事者ですから、気になりますよね?

 わたしから逃げてるのも気になりますし、やっぱり何か意図があったのかもしれません。でも、理由がよく分からなくて……」


「じゃあ、紅葉の話って何?この際なんでも聞いていいぞ。

 今日はいくら踏み込まれてもいいと、覚悟は決まってるからな」


「う~ん……分かりました。気を悪くしないでくださいね?」


「あぁ、いいぞ。何でも言ってくれ」

 紅葉が躊躇してる。そんなに重い話なのだろうか?


「……お兄ちゃん。お兄ちゃんは本当に楓姉さんのことを好きでしたか?」



 ……その紅葉の言葉に俺は言葉を失った。



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 次回予告:紅葉編続きます

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