第34話 幼馴染たちと遊びに行こう(4)
茜さんと2人で過ごした時間は終わり、マリンワールド内のレストランにみんな集合していた。
ここまで誰にも会わなかったけど、やはり全員マリンワールドにいたらしい。
「楽しかったですか?お姉ちゃん」
天が茜さんに話しかけている。
「あぁ、私は満足だ。忘れられない1日になった」
茜さんが満足そうに応じている。
「茜さん、まだ1日終わってませんからね?」
ここで七海がツッコミを入れる。いつの間にか、みんな仲良しになっているようだ。
「お兄ちゃん、お昼食べたらずっとわたしのターンですよ?」
「「「違うから」」」
紅葉が総ツッコミを受けている。何だかいつも通りの紅葉を見ていると落ち着く。
きっと茜さんにドキドキしてしまったあとだけに、平常運転の紅葉に安心感を得てしまったのかもしれない。
そして束の間の全員集合のひととき。
まるで海の中にいるような雰囲気で、巨大な水槽で泳ぐイルカを見ながら食べる食事は、非日常感がある。
こんな雰囲気で食事が出来るのも、水族館ならではの醍醐味だろう。
「そういえば食事の後はどうするんだ?」
「はい。食事のあとは私との時間ですよ?翼くん」
七海が身を乗り出す。
「そうか、次は七海か。よろしく頼むよ。
そろそろ行くか?」
「えぇ、そうですね。実はやりたいことがありまして、お付き合い頂けますか?」
「もちろん。行こうか」
――――ここから再びみんなとは別行動。
ここからは、しばし俺と七海の2人での行動となった。
七海がやりたかったこと。
それはバックヤードツアーというやつだ。
普段は入れない水族館の裏側に入れるもので、案内のスタッフに連れられ説明を受け、他の参加者と一緒に楽しむ。
七海の場合は、大学生にも見えるような大人びた容姿なので、年相応に楽しむ姿が微笑ましい。
人懐っこい海獣類たちが飼育員さん達に擦り寄ってくる姿に目をキラキラさせている。
彼女たちと2人で行動する時は、一緒に楽しみたいと思っている。七海を見ていると何がしたいかが見えてくる。
七海は遠慮しているが、きっと……
「七海、エサやりしようか?」
「え?いいんですか?
何か子供っぽいかなって思って、言い出しにくくて……ぜひやりたいです。」
目の前では、子供たちやカップルがアザラシたちにエサやりをしている。バックヤードツアーならではの動物たちと触れ合いながらの体験だ。
先ほどから、七海がソワソワしながら見ていたのだ。たぶんあの中に入り、はしゃぐことを遠慮していたのだろう。
「俺もやりたいから、七海も付き合ってくれないか?」
「はい!やりましょう」
そして一般のお客さんにも見える中で、七海と一緒にアザラシたちと触れ合った。
そして一般のお客さんの中に茜さんや天、紅葉も見える。あちらも気づいたようで、手を振ってくれるが、何故か紅葉がハンカチを咥え、悔しがりながら去って行く。
あの子はいろいろリアクションのレパートリーが多いようだ。
しかし、楓と姉妹なんだけど性格がかなり違うなとふと考えた。やはり姉妹が離れていた時間が長かったからなのだろうか。
アザラシとの触れ合いの後、横を向きながら七海が手を差し出してきた。その顔は薄暗い水族館の中でも朱に染まっているのが分かる。
そして俺はその手をとる。先ほどは茜さん、次に七海と我ながら節操がない。
それは分かってはいるが、手をとった後の七海の表情を見れば例え節操なしでもいい。
彼女たちに今日一日喜んでもらえるなら、それでもいいかと思ってしまった。
七海と2人で過ごし始めてから、もうすぐ2時間が経とうとしていた。
バックヤードツアーの後にはイルカショー等を見たり、他の展示やショップを見て回ったりしていた。
「翼くん、少し休憩しませんか?」
「そうだな、あそこのカフェにでも行こうか」
そして、俺たちは横並びの席で休憩することにした。
「七海、どうかした?」
「……顔に出てましたか?
ちょっとお話したいことがあるんです。
以前から気になっていたことを、2人だけの時に聞きたくて」
「うん、いいよ。何が聞きたい?」
「……翼くん……翼くんは、ちゃんと泣けましたか?」
「……えっと、それはどう言う意味?
泣いたと言えば、みんなから告白された時は泣いてしまったかな」
「あの時だけですか?
楓さんとお話された後に泣くことはできませんでしたか?
立ち入ったことを言いますけど、あれだけのことがあって、あれだけ傷ついて、それでも泣けませんでしたか?」
「……あぁ、泣いていない。泣きそうにはなった。きつい思いはしたし、泣きたくはなった。でも、泣いてはいないかな。
……俺はね、嬉しい時には泣けるけど、悲しみでは泣けないんだよ。
母さんを亡くして、あの時に泣き尽くしてから、悲しい時には泣かないと決めたんだ」
「どうして、そこまで耐えるんですか?
私は翼くんが無理をしてるように見えるんです。
最初に違和感を覚えたのは、翼くんが教室で楓さんに振られて絶縁したと言った時です。翼くんの目が悲しみに耐えてる。そんな風に感じました。
それからも何度か同じように感じました。楓さんと話をしてからも、時折辛そうにしてる時がありますよ?」
「……心配かけたか?ちゃんとしていたつもりだったんだけど。
茜さんや天にも気づかれないように、表情にも態度にも出さないようにしていたんだけどなぁ。
俺もまだまだか……ちゃんとしないとな、またみんなに心配かけちゃうな」
「……そうか。そうなんですね。
私はね、翼くん。あなたのことを凄く見てるんですよ。視線を向けなくともあなたをよく見てます。
以前までは露骨にあなたを見てると、楓さんが威圧してきてましたからね。楓さんにもバレないように見るテクニックを身につけました」
「えっと……俺はそれに何と返せばいいのか……」
「あなたが泣かない理由が分かりました。
そうか、周りに心配かけたくないんですね。
きっとお母さんを亡くされた時、たくさん周りの方々が翼くんを心配されたんですね。それを迷惑をかけた。そのように思っていませんか?」
「……心配かけたくないか。
そんなに自分で強く意識したことはないんだけど、そうなのかもしれない」
俺は少し昔を思い出しながら続ける。
「母さん亡くした時にさ、とにかく周りのみんなに気を遣わせてしまったんだ。
親父はもちろんだし、楓や紅葉にも心配をかけた。茜さんなんかずっと一緒にいてくれた。とにかくみんなに心配かけて、それが申し訳なくてさ。
そうか……俺は心配かけないように、泣かないと決めたのか……」
「翼くん。泣くってね、時には必要なんですよ。
泣くのを我慢するのって、ただ泣く行為を我慢してるだけじゃないんですよ。
悲しいとか、悔しいとか、怒りもかな?強い感情ごと無理に我慢させちゃうんです。
楓さんとのことも我慢して、我慢して感情を抑えつけて、たくさん傷ついたのに、初恋を終わらせて悲しいのに我慢してる。それも周りに心配かけないように……気を遣いすぎなんですよ。自分のこともちゃんと大切にしないと」
「……我慢か、吹っ切ったつもりだったけど、我慢してたのかなぁ。いや、そんなに簡単に吹っ切ったりできる訳ないよな。
俺はずっと、ずっと続いていた初恋を終わらせて、楓に嘘をつかれて傷ついて、周りには心配かけたくなくて……あ、あれ……」
俺の目から……涙が……
そして、俺は柔らかな感触に抱きしめられていた。七海が優しく、優しく頭を撫でながら背中に手を回して抱きしめてくれる。
「翼くん、よく頑張りましたね。
さあ、我慢はもうしなくてもいいんですよ」
俺は泣いた。我慢していたのだろう。堰を切ったように涙が止まらない。
「他の人に見せられないなら、私の前だけは我慢しなくていいんですよ。
私はこれからもずっと、ずっとあなたの側にいますからね」
きっと周りからも変な目で見られてるかもしれない。でも、全く気にならなかった。
七海が優しく、優しく抱きしめてくれたから。
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次回予告:次は腹黒の妹の出番らしい
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