第15話 初恋の幼馴染が語る真実(後編)

 俺は黙ってそれを聞いていた。


(……しかし、三枝さえぐさか……紅葉のいまの名字と同じ?……これは偶然なのか?)


「翼、ごめんなさい。

 嘘をついて、あなたを傷つけてしまったこと。

 それに誕生日の夜は態度も悪かったわ。あんな言い方をして、あなたを煽るような言い方もしてしまったわ。私のやったことは最低だった。

 あの日の私は本当に馬鹿だった……本当にごめんなさい」

 

 楓が俺に頭を下げている。流石に長い付き合いだ。楓が本心から悔いて反省しているのは分かる。分かるのだが……


「……楓、誕生日の夜は俺も一方的に突き放してすまなかった。あの時は君の言葉を聞く余裕がなかった。あの時は、真実を受け入れるのが怖かったんだ」


 楓の語ったあの日にあったこと、楓がいままで何を想っていたのか、楓の不安など、凡そのことは理解した。

 理解はしたが、それが納得に繋がる訳ではない。色々と思うことはあるが、疑問は払拭できたと言える。

 でも、俺は許すの一言は言えなかった。楓が俺についた嘘も、あの夜の態度も許すとは言葉が出なかったのだ。

 しっかり確認しないといけない。それで結論を出そう。俺が逃げて目を塞ぎたかった真実を確認しよう。


「楓、俺たちはずいぶんとすれ違っていたんだ。きっとお互いの関係に甘えずに、ちゃんと言葉に出すべきだったんだろうな。

 例えば誕生に告白するってあれもさ、『俺は誕生日に告白して欲しい』そう言われたと解釈してたんだよ。」


「……え?……誕生日に?」

 戸惑う表情の楓……たぶん少しずつ思い違いや、すれ違いが積み重なり、今こうなってしまったんだろう。俺たちが近すぎたから、お互いに大事な時に言葉を交わすことを怠ったから、お互いが分かり合えてると勘違いしてしまったのだ。


「ほら?こんな風に少しずつすれ違った結果がいまなんだよ」


 楓を見つめながら、俺は続ける。


「告白だってさ、俺が誕生日まで待つ必要もなかったし、君から告白してくれても良かった。楓はその分じゃ誕生日までに、告白をして欲しくて促したつもりだったんだろうけど、言葉を交わせばこんなことにはならなかった。


 あぁ、誤解しないでくれ。君を責めてる訳じゃないんだ。俺も同じく言葉を尽くさなかった側だから。

 ……昨日、俺たちと違い言葉を尽くしてくれた人がいたんだよ。俺なんかに昨日告白してくれたんだ。天から、茜さんから、七海から、そして紅葉からも」


 楓が目を見開き、息を飲む気配がする。


「でも、君とのことをちゃんとしないままで、みんなの想いに応えることはできない。まして待たせるなんてできない。だから、『みんなの想いには応えられない』と断った」

 俺は、昨日のみんなからの告白を思い浮かべながら告げる。


「……え、どういうことなの?天ちゃんや茜さんはともかく、七海?もしかして中野さん?……彼女がなんで?そ、それに紅葉?あの紅葉がここにいるの?」

 楓が戸惑い、混乱してる……そういえば知らないことも多い情報だったか。


「七海はさ、子供の頃に一緒にいる機会が多かった『旧姓は、大久保七海』だよ。

 そして、紅葉だけど最近こちらに引っ越して来たんだってさ。昨日偶然会ってさ、俺たちのことも全部話したよ」


 ――――そして、昨日の経緯を楓にも説明する。


「……そう、そんなことがあったのね」


「俺は彼女たちから、恋愛感情を持たれていることに今まで気付かなかった。

 言葉を尽くしてくれて初めて気づいた。俺は彼女たちからの言葉で前に進む覚悟を決めた。

 君と言葉を交わすことから逃げちゃ駄目だと、君に向き合う、君から真実を聞くと。だから楓、君とは本音で言葉を交わしたい。例え、それがお互いにとって辛いことでも、言葉を尽くしたい。」


 俺の話を聞いていた楓が、

「……最初から言葉にすれば良かったのね。

 不安だった。でも、それであなたを傷つけた。本当にごめんなさい」


 そして、意を決したように俺に告げる。

「……翼、聞いて欲しい。

 私はあなたのことが好きです。私と付き合ってください。

 あなたを失って、どれほど翼に恋をしていたのか分かったの。

 あんなことをしておいて、私の言葉が信じられないかもしれない。

 でも、これが私の気持ちです」


 そう言った楓は俯き、そして震えている……


「……楓、返事の前に一ついいか?」


「えぇ、なんでも聞いて」


「俺と天が誕生日に君を見かけた時、その三枝って人と腕組んで楽しそうにしてただろ?

 俺への当てつけで遊びに行ったと聞いたけどさ、どんな気持ちで出かけていたんだ?」


「……そうね、少し腕は組んでたわ。で、でも、楽しそうになんて……

それに他にやましいことはしていない。これは本当よ」


「俺が何年君と一緒にいると思う?君の楽しそうな顔を、俺が見間違えるとでも思うか?

 俺はずっと、ずっと君の横にいたんだぞ。君が楽しいと思ってる笑顔は、俺には分かっている。あの時の君の笑顔を、認めたくなくて逃げていたんだ。

 なんで天まで、君にあんな態度だったと思う?天も一緒に見ていたからだよ。君が楽しそうな表情で、腕を組んで歩く姿を見ていて天も感じてたんだよ。君が楽しんでいることを」


 苦しそうな表情の楓。苦しめたい訳じゃないけど、ここをはっきりさせたいと駄目なんだ。


「……正直言うと、最初は何でこの人といるんだろう?と思ったわ。

 でも、「楽しんだ方がいいよ?」「腕でも組んでみる?」とか言われた。

 戸惑いもあったけど、「男と腕も組んだこともないの?」って馬鹿にされた。腕を組むぐらい何でもない。あの時の私はそう思って流されてしまった。


 ……年上にエスコートされるなんて初めてだったから、雰囲気に流されてしまった。自分が少しだけ大人になったような、そんな気がして、私は舞い上ってしまったのかもしれない。


 あなた以外の男の人と遊びに行くのは初めてだった。その時の私は、自分の行動をそれほど深刻には考えていなかったの。だから新鮮だった。つい、確かに少し楽しいと思ってしまった……楽しんでしまった。……ごめんなさい。


 本当にその時の私は、自分の行動がどんな意味を持つのか理解してなかったの……あの時の私は……自分のやっていることが分かってなかった」


 楓は嗚咽をこらえながら言葉を紡いでいく。



「楓……君が俺以外の誰かと誕生日に一緒にいて、しかも嘘をついたうえで、それを楽しいと思えたなんて……悔しいし、寂しい。そして怒りを覚える。君にも、そうさせた俺自身にも。

 あの時、楽しそうにしてる君を見て、真実を知れば初恋が終わるのを覚悟した。だから俺は逃げた。真実を知って初恋を終わらせることが怖かったから。

 俺にも非があるのは分かったうえで言うけど、俺は君の気持ちをそのまま信じることができない。


 俺はまだ君のことが、楓のことが好きな気持ちがある。

 君だけを好きだった12年に嘘はない。けど、君の誕生日以降で俺たちには変化がありすぎた。俺の恋愛感情は、確かに君への想いだけだった。


 君のことが好きな気持ちはある。初恋だった君と恋人になりたい。その気持ちがない訳じゃないけど、俺は楓のことが分からなくなった。楓がどんな気持ちであんなことをしたのかは分かったけど、君の行動には納得できないんだ」


 ……これで俺の初恋は、

「返事は、俺は楓とは付き合えない。

 楓の目をしっかりと見て、偽りのない、いまの本心からの気持ちを告げる。


 いま俺の初恋が終わった。信じられない思いだ。ずっと好きだった初恋の幼馴染の告白に対してNOと返事をすることになるなんて、こんな未来は欠片も想像していなかった。



「楓、もうとまでは言わないけど、今までのように付き合っていくのは難しいと思うんだ。

 俺も楓も視野が狭かったんだろう。分かった気になっていたお互いに。

 楓はたぶん俺以外を知らなかっただけで、俺だけに捉われる必要はもうないんだよ。

 特に楓はモテるしな。だから楓も、よく考える時間が必要なんだと思う。

 俺も楓にしか恋をしたことがない。だから、ゆっくりと新しい恋愛が俺もできたらいいなと思う。もちろん、すぐには到底無理だけどな」



「私には翼以外でもいいなんて簡単に言わないで。

 あなたとの絆を失うかもしれないと分かって、ようやく本当に理解したわ。

 考えてみろ?考えたわよ、考えて、考えて、考えたわ。そして私も覚悟を決めたわ。


 私は幼馴染として、あなたの側にいたい訳じゃなく、あなたと恋人になりたい。

 私もあなた以外に恋をしたことないわ。でも、別に意地になってる訳じゃないわ。あなたに振られたら、潔く諦めることだって、当然考えたわ……

 でも無理だったの、諦めてたまるか。自分の馬鹿な行為があなたを傷つけて、全部壊してしまった。あなたにも信じてもらえない。だからこそ、私はこのまま終われないの。


 ……いまから私も自分勝手なことを言うわ。

 私は自分のためにもう一度戦う。自分が幸せになるために。そしてあなたと幸せになるために。私はあなたに心底惚れていたことを自覚したの。だからあなたの言葉を聞いて、私はと決めた。


 私へ想いが揺らいでるなら、再び私への想いを戻すための努力をしたい。いえ……違うわね。

 私への。新しい私を改めて惚れさせてみせるから。必ず私の気持ちをあなたに信じさせてやる。

 あなたには



「……ようは自分のために諦めないってことか?

 それは楓にとってはキツイだけだぞ?

 今までとは違う。君だけを優先していた俺とは、もう違うんだから」



「翼は私が側にいるのが嫌なの?どうしても目障りで、あなたにとって私は、苦痛な存在でしかないない?側にいることすら駄目?努力することも駄目?私には諦めるしか選択肢はないの?

 ……駄目なら、はっきり言って。あなたを困らせたい訳ではないの」



「……分かった。俺のためとか言われるより、自分のためと、はっきり言われた方がマシだとは思う。

 俺が一方的に決めることじゃないし、君の努力や覚悟を否定するつもりはない」


「……ありがとう。今までの私とは違うと思うけど、改めてよろしくね」


「俺は、君のことを『幼馴染』としか思わない。これから君への恋愛感情も少しずつ消えていくんだぞ。それでもいいんだな?」


 すると、楓が手を差し出してくる……


(そこまで覚悟があるなら、仕方ないか……

 自分の中で楓への恋愛感情が消えていくのが実感できるので、友人としての付き合いしかできないとは思うが……)


……少し考えてから俺はそれに応えた。



「……それと翼、ちょっといいかしら?

 紅葉は元気にしてた?ちょっと事情があってね……私は父から、母や妹に会うことを禁止されてるの。今までは何処にいるかも分からなかったけど、この街に帰ってきていたのね」


「あぁ、紅葉は元気だよ、凄くね。そちらの家庭の事情は知らないけど、紅葉から楓に会う気は、今はなさそうな感じだったよ」


(紅葉は捨てられたみたいなことを言っていた。久遠の両親には何かがあったのだろう……)


「いいわ。元気にしていると分かっただけでも。何処にいるかも分からなかった紅葉が、近くにいたなんてね。紅葉とは、折を見て私から話をしてみるわ。ありがとう」


「(そういえば言ってなかったな)……それと、ずいぶん遅れたけど、誕生日おめでとう」

 誕生日当日に告げることができなかった言葉で、この日の話し合いは終わりを告げた。


 自分の誕生日のことを忘れていたのだろう。楓は翼の言葉に驚き、少しだけ笑っていた……



 ――――こうして俺と楓の関係が変わった。

 俺にとって楓はから、へと。


 第1章 END



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 次回予告:閑話回です。今後の伏線あり!

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