7 // ”アマテラス”:そして始まる終演
ドン―――爆音が響き渡り、“月観”本社、そのエントランスが吹き飛ばされた。
なだれ込んでくるのは、銃器で武装した男達。レジスタンス、――軍事訓練を受けた末“月観”に捨てられた元自衛軍に、第4支社、大定九曜子飼いの戦闘員。
それに対して、ドローンが射撃を行い、テロリスト達も応射。病院のような白いガラス張りのエントランスは、たちまち銃撃の雨で粉々になって行った。
巻き込まれた研究員が、銃撃から逃れるように壁際で身を縮めている――。
――その光景を、道雁寺輝久、その本体は、監視カメラ、あるいはドローン越しに、苛立たしく眺めていた。
彼の周囲のフロートウインドウには、映っている。
この第1階層へと繋がる各所の通路の周辺で、レジスタンスとドローンが戦闘を繰り広げている様を。
この階層の入口自体は抑えてある。まだ突破されていない。だと言うのに、この“月観”本社に、明らかに精鋭と見える集団が今、攻撃を仕掛けてきている――。
別の侵入ルートを使ったのだろう。公な第1階層へのルート以外にも、物資の搬入、供給用のエレベータや、新東京の外壁付近の施設整備用の通用口など、潜入するルート自体がない訳ではない。だが、それらは全て、道雁寺輝久の管理下で厳重に止めておいた、はずだった。
だが、今、気付いてから確認して――幾つかが破られていた事に気付いた。
爆薬でこじ開け、監視カメラを偽造してそれを道雁寺に悟らせなかったモノ。あるいは、道雁寺に近い権限――来島が明けた戸。そして、内部に潜入していたマリが開けたのだろうドアまで。
『そろそろ片が付く頃かな、』
そんな言葉が聞こえる。フロートウインドウの内の一つ、来島マサキと大定九曜の会談、その監視映像からだ。
暫く見ていない――気を向ける余裕が道雁寺輝久にない間に、そこには別の人間の姿があった。
老人達、だ。つい先日まで第5階層で浮浪者のように暮らしていた旧政府の重役。それがいつの間にやらマサキとクヨウの会議に加わっていた。道雁寺輝久が倒れ、この革命が済んだ後の話が、そこでは繰り広げられている。
そして、それを苛立たしく睨んでいる間に、また別の人間が別の思惑で、“月観”本社、その最奥へと進んでいる。
ついさっき、ユウの車いすを押して乗り込んだエレベータ。それを前に、ゴシックロリータの少女が立っていた。
警備として、あるいは時間稼ぎとして、そこには10体以上のドローンが配置してある。それらに道雁寺輝久は攻撃命令を出し――けれど、その命令をドローン達が拒否した。
ハッキングを食らったのだ。だが、それは一度食らったツールだ。即座にドローンの制御を取り戻し――取り戻し切る前にドローンの数が半数以下になっていた。
散弾銃――スラッグ弾の詰まったそれをぶちまけ、動きが止まったドローンを何体も倒し、弾切れになった瞬間にそれを上に投げ捨て、腰から2丁拳銃を取り出し、漸く始まった応射を常人離れした反射神経で躱し、躱しながら拳銃が火を吹く。
データとして、プロフィールとして、麻比奈レイカの事は知っていた。だが、首輪がない状態で敵に回すと、完全に道雁寺の予想を超えた怪物だった。
「……ふざけるな、」
苛立ち紛れに、道雁寺輝久は呟いた。
全てを一人で知り、全てを一人で管理できるからこそ――多すぎる敵への対処が追い付かなくなっていく。
そう、後手に回り始めた道雁寺輝久の耳に、声が届いた。
『どうしたの、おじさん?黙っちゃって』
*
「もしかして、焦ってるとか?」
無力な少年。道雁寺夕――ユウは、そう自身の車いすを押す、どうやら父親らしい男を見上げた。最も、そこにいるのは本物の父親ではなく、その表の顔、限りなく人に近い姿に作られただけのドローンだが。
そのユウの問いに――道雁寺輝久は苛立ちの視線を落とす。
「やっぱり?お姉ちゃんの事逃がしたんでしょ?お姉ちゃん、結構逃げ足速いしさ。逃がしちゃったんなら、もう酷い事出来ないね、おじさん」
嘲笑うユウを、道雁寺輝久は押していく――。
場所は、“月観”の、あるいは新東京の最深部。ただ機材とケーブルが乱立しているだけの薄暗い通路。上から爆音なのか、振動が伝って来ている――。
そこを歩んでいき――やがて、道雁寺輝久は呟いた。
「……確かに、そうだな。このままでは、敗北するのは私だ」
「あれ?認めるんだ?」
「だから手を打つと言っているんだ」
言った道雁寺、その背後の通路で、非常用だろう、幾つもの隔壁が封鎖される。
「手を打つって?時間稼ぎ?その間にボクがおじさんに説得されると思う?」
「ああ。そう、願っている」
道雁寺輝久が答え――直後、彼の、あるいはユウの目の前で、扉が開いた。
直後、薄暗いその通路に、開いた戸から――それこそ太陽光のような、眩い輝きが入り込んできた。
眩しさに目を細めたユウを押したままに、道雁寺輝久はその最中へと踏み込んでいく。
その先にあったのは、広間だ。
広大な、空間―――地面に何本ものケーブルがはい回り、ミミズの群れ、あるいはそう、巨大な脳の上部を覗いているかのような、どこか気色悪い光景。
輝きはそのケーブルから、あるいはケーブルの隙間から、漏れている――。
「これ……」
ケーブルで出来た巨大な大脳、その上を押されながら、――押している男は、答えた。
「“アマテラス”だ。人類の英知の結晶。この都市の全てを俯瞰し、全てを知り、全てを管理している巨大な量子コンピュータ」
道雁寺輝久はその大脳の中心部、輝きの最中へとユウを連れて行く。
そこには、後から取り付けられたのだろう、どこか電気椅子のようにも見える、装置があった。何本ものケーブルのついたヘルメットが、その椅子にはついていた。
「“アマテラス”には、技術が詰まっている。その内部を紐解けば、人類がかつて持っていた英知をこの身に宿す事が出来る。そこには当然、兵器の技術もある。ドローンもまた、そこから抽出した技術が元になっている」
「なに?ボクがおじさんに頷かないと、最終兵器が起動して皆死ぬとか?」
「その通りだ」
「ハァ?」
「人類が得た最悪かつ最高の残虐性を秘める兵器はなんだ?」
「……核兵器で皆死ぬ?」
「生物兵器だ」
「………」
「私がその気になれば、今すぐにでも、旧時代に開発された忌まわしき生物兵器が散布される。致死性の極めて高いウイルスが。この新東京と言う箱庭の中の全てにな」
「……だっさいブラフだね」
「その気になれば可能だと言う話だ。全ての生命与奪を私が握っている。私が、この新東京の王だ。選べ、ユウ。全員死に絶えるか、全員で夢の世界に行くか」
道雁寺輝久の目には狂気が宿っている。本気でやりかねない、そんな狂信が。
それを、ユウは冷めた目で眺めて――ため息交じりに呟いた。
「化けの皮がはがれて、いよいよ小悪党だね」
「……まったくだな、」
道雁寺輝久は笑った。笑い、光の中心、電気椅子のすぐ傍で足を止め、――ユウの首を掴み、片手でその身体を持ち上げる。
「グ……」
息苦しさに、だが満足に動かない体はばたつく事すら出来ず、かろうじて道雁寺輝久の腕を弱弱しく掴むのみ。その程度の抵抗で、道雁寺輝久の――ドローンの拘束を逃れる事は出来ない。
「これで私も臆病でな。根本的に、他人に価値を見出せない。これを孤独と言うなら、それを共有したかったんだろう。私にも情がある、情を求めている。息子にくらいは理解して貰いたかったよ。だから、誠心誠意説得した」
狂信者の笑みで、万力の如き力で、実の息子の首を締め上げ、吊るし上げ――その末に道雁寺輝久は、半ば投げ捨てるように、ユウの身体を電気椅子へと押し付けた。
咳き込むユウを眺めながら、道雁寺輝久は言う。
「余興だ、ただの。機能している最上位権限、生身の“妖精”さえ“アマテラス”に接続できれば、お前の意思は関係ない。もう、お前はただの道具だ」
淀んだ――冷たい目で、道雁寺輝久はユウを見下ろしていた。
それをユウは睨み返す。
「その為だけに、ボクを蘇生させたって事?生きているナノマシンが必要だから?」
「お互い、情があると言って欲しかったらしいな。その願いは叶う。“ハンド・メイド・エデン”で」
そう道雁寺輝久が言った直後――ユウの手足が電気椅子に拘束され、ケーブルの繋がれたヘルメット、それがユウの頭を覆い隠し。
次の瞬間――
「うァァァァッ!?」
稲妻が、閃光がユウの脳を奔り、焼き――視界に不規則な0と1が、蟲が頭の中をはい回るような痛みと不快感のあるノイズが目まぐるしく――。
*
ついさっき、道雁寺輝久がユウを押して潜り抜けたドア。そこを爆薬で力づくでぶち抜き、コンバットスーツの女性を従えて、ゴシックロリータの少女が潜り抜ける。
エレベータは止まっていた。だが、サヤを抱えたまま、レイカはそのシャフトを降りて行った。
通路の隔壁は閉まっていた。けれどその隔壁を迂回するルートが、マリからナビゲートされていた。
最後の扉は、手榴弾で物理的に開いた。
そうして、仲間とは言えなくとも、同じ敵を持ち同じ目的を持った他人の力を借りて、サヤはその場所に辿り着いた。
“アマテラス”、だろうか。脳髄のような輝くケーブルに満たされた場所。
輝く舞台の中心に、電気椅子に囚われたユウが見える。ぐったりと、その身体に力が入っていない。そして、その横に、自分の息子を電気椅子に乗せた末、微塵も後悔を見せない男が立っていた。
「神崎サヤ。案外、早かったな」
そう、冷徹に呟く道雁寺輝久を、――それ以上に冷徹な、苛立ちの籠った視線で睨み、サヤは問いを投げた。
「ユウに何をしたの?」
「夢の為の贄になった。それだけだ。これはただの道具だ、ツールに過ぎない」
「そう……」
冷たく、サヤは睨む――それを前に、ふと道雁寺輝久の顔に笑みが浮かんだ。
「喜べ、愚民ども。“妖精”は手に入れた。人格をデータ化する権限を私は手に入れた。“ハンド・メイド・エデン”は成る。理想郷が生まれる。完全な世界が、何に虐げられる事のない理想郷が!」
狂信が溢れ出て行くように、機械のはずのその目を輝かせ、道雁寺輝久は声を上げる。
「苦痛のない世界だ!苦難のない世界だ!全ての人間が全ての望みを叶える世界!待ち望んだ理想郷がここにある……」
狂信者の足元で、巨大な脳が、“アマテラス”が脈打つように明滅し、明滅する度に輝きが増していく……。
「クソッ、」
焦ったような声を上げたのはレイカだ。レイカは散弾銃を道雁寺輝久に向け、躊躇いなく引き金を引く。
狙いが逸れたのか――道雁寺輝久の片腕が吹き飛んだ。そこから金属部品が、オイルが、焦げちぎれたケーブルが垂れ下がる。
だが、それにまるで痛みを覚えていないのだろう――道雁寺輝久は尚嗤う。
「……無駄だ!今更、この
銃を手に、レイカは歯噛みする。
だが、それを横にサヤは――呆れたような風情で、呟いた。
「わかったわ。もう無駄なんでしょ?なら、早くやりなさいよ」
「……サヤちゃん?」
「己の無力を理解したか、神崎サヤ。なら――」
「三文芝居はもう十分だって言ってるのよ。理想郷なんでしょ?導いてみてよ、……出来るならね」
冷静さを崩さず、ただ呆れ、侮蔑するような視線をサヤは向ける。
それを前に、道雁寺輝久は一瞬、苛立ちに似た表情を浮かべ――だが次の瞬間、それがまた笑みに変わった。
「まあ、良い。理解される必要はない。理解する必要もない。ただ幸福に満ちた世界を与えてやる……」
狂信者は笑い、それに呼応して、“アマテラス”の輝きが強まる。
「私が導いてやろう。“ハンド・メイド・エデン”へ!」
そう、道雁寺輝久が叫び――直後、眩い程の輝きが“アマテラス”から放たれ、サヤの、レイカの、あるいは道雁寺輝久の視界をも、真っ白に覆い隠した……。
やがて、その輝きが失せ、サヤの視界が、真っ当に戻って行く。
同じ場所だ。ケーブルの詰まった、“アマテラス”の上。そこに、サヤは立っていて――その視線の先に、道雁寺輝久の姿があった。片手を砕かれ、ケーブルの垂れた権力者。
彼の顔は、歪んでいた。狂気の笑みに、ではない。
驚愕に。
「……馬鹿な、なぜ……」
「これが“ハンド・メイド・エデン”?確かに理想郷ね、私の望みが叶ったわ。見たかった顔が見れたもの」
嘲るように、妖艶に嗤って見せたサヤを、道雁寺輝久は苛立ちの視線で射抜く。
「お前、何を……」
その道雁寺輝久の表情を面白がるように、――サヤは余り浮かべないだろう、子供っぽい、悪戯っ子のような顔で笑いながら、“サヤ”は言った。
「別に、何もしてないよ?……ボクは」
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