5 // 神崎サヤ/ユウ:突き付けられる無力
――ゴシックロリータの少女が、白い廊下を駆けていた。
「……ッ。もう、フリル邪魔!」
そう、閉じかけの扉に挟まったスカートを裂き、また駆けて行く。
背後からは、あるいは正面からも。何体ものドローンがサヤを追いかけて来ている。
手持ちのツール、それらを利用して、ドローンの包囲を自力で抜け出したのだ。だが、一度使ったツールは即座に対策が講じられていくらしく、2度目はうまく作用しない、使っても一瞬動きが止まるだけになる。
(ユウを、追いかける……でも、)
直線の通路は全てドローンに封じられている。迂回路を通って行こうとすると、だんだんと追い立てられるばかり……。
(……見通しが甘かった?)
そんな思考を片隅に、サヤは廊下を駆けて行き――曲がり角を勢いよく曲がった所で、誰かに、ぶつかった。
転びかけ、どうにか体勢を立て直す。
目の前にいたのは、―――骸骨だ。フレームだけの、人型のドローン。
「……ッ、」
咄嗟に、サヤは視界に映っているドローン、3体いるそれへと、ツールを使って権限を奪おうとした。
ハッキングを食らったドローンは、一瞬動きを止め、よろめき――だが次の瞬間、その銃口が再びサヤを剥く。
(効かない?今のツールはまだ使ってないはず………対策が早くなってる?)
歯噛みし、サヤは来た道へと飛び込んだ。そんなサヤの背後を、銃弾が通り過ぎ、壁をぶち抜いて行く。
「……容赦なしになって来たわね」
サヤが逃げまくっているから、道雁寺輝久が焦るか苛立つかしているのか。それを横目に、サヤは元来た道へ戻ろうとして――。
――その先にも、銃口があった。
(挟まれた……)
目の前にも背後にも、ドローン。それらの権限を奪おうとするが、一瞬動きを止めるだけで、権限を奪い取るまでは至らない。
「……ッ、」
苛立ちのまま、強く、サヤはドローンを睨みつけ……だが、睨んだ所で、袋小路に追い詰められた、と言う現実は何も変わらない。
自身へと迫ってくるドローン……それを前に、サヤは歯噛みし、俯いた。
*
「お姉ちゃんッ!」
その光景を、ユウは見せられていた。
道雁寺輝久――大柄な男に車いすで押されながら、フロートウインドウ――視覚投影された映像で、サヤが逃げ、追い詰められる姿を。
そして、その映像の隣には、惨殺されたマリの映像も流れている。
白い廊下を通り、古臭い通路、古臭いエレベータへ載せられながら、ユウは問いを投げられる。
「無為で無益だ。そうは思わないか?この世界には悲劇が多すぎる」
道雁寺輝久の言葉の直後、周囲のフロートウインドウが消え去る。ユウは、自分をどこかへ連れて行こうとする大男を、睨みつけた。
「……お姉ちゃんを殺したら、絶対、ボクはお前に協力しないからな」
「殺しはしないと言っているだろう?弾みで死んでしまう事はあるかもしれないが……人間は残虐だよ。世界も、残虐だ。どんな立場であれ、どんな時代であれ、本質は変わらない。“アマテラス”にはその証拠が収められている」
道雁寺輝久が言った直後、またユウの前にフロートウインドウが浮かんだ。
“アマテラス”に収められた、戦争の光景だろうか?銃を持って駆け回る兵士がお互いを撃ち合い、撃たれ苦しんでいる。
同じようなフロートウインドウが、周囲に幾つも浮かんだ。
拷問でもしているような、光景。正義を唄った狂信者が、天誅と言って女性を、子供を殺す光景。強制労働でもさせられているかのように、ボロボロの服で働かされている人々と、それらを銃で脅す、見慣れない制服の兵士。
強者が弱者を搾取し、脅かしている。そんな光景だ。
「……全てこの新東京で起こった出来事だ。これがここの住人に本質だ」
「そう。説得力あるね。さっきボクも似たようなの見たし、体験したよ。今もかな」
お前も同じだろう、と、そう皮肉を投げたユウへ、道雁寺輝久は笑った。
「そう、私も同じ穴のムジナだ。だが、私はより良く導こうとしている。その点だけは彼らと違っている。悲劇のない完全な世界を求めている」
また、フロートウインドウが消える。
たった一つだけ残ったそれは、さっきまでの残虐一辺倒の映像ではなかった。
明るい――第2階層だろうか?平和な住宅街の一か所に、車が止まっている。
そして、声が流れた。
『……ユウ?大丈夫?疲れた?』
思いがけず聞こえた優しい声音に、ユウは目を見開いた。
映像には、後姿が映っている。女性――優しい雰囲気の女性の後ろ姿。そして、それの後を歩んでいく、少年。
『大丈夫だよ。子ども扱いしないで』
拗ねたように言う小綺麗な格好をした少年。髪は銀色ではない。けれどその姿、声は、ユウのモノだ。
……何を見せられるか、わかったような気がした。
「やめてよ、」
呟いたユウの目の前で、映像は進んでいく……。
ユウに優しく微笑みかける女性が車に乗り込み、その後をユウも乗り込んで――。
「――やめてよッ!」
叫んだ直後――映像が乱れた。閃光、爆音、爆炎――二人を乗せた車が、炎に呑まれ、その周囲でパニックが巻き起こる。
「テロだ。私を狙った、な。いや、報復で最初から私の家族を狙っていたのかもしれない。このテロで、私の妻は、お前の母は死んだ。お前も死にかけた。だが、即死ではなかった。虫の息のお前を、冷凍保存した。いずれ肉体を再建できる日が来るだろう、そう願って“アマテラス”のデータベースを探り、あるいは技術者を集め、そうして今、お前はこうして、健康な状態でここに座っている」
目を伏せたユウへと、道雁寺輝久は言う。
「これがこの社会の本質だ。完全とは程遠い、愚かな搾取と愚かな報復の連鎖があるだけの、な」
「……だから、何だよ」
揺れた声で、だが頑なに、車いすを握りしめ、ユウは言う。
「これを見せたから何?これを見せたら、ボクがお前に協力すると思ってるの?治してくれてありがとうお父さんって、そうゴマをすると思ってるの?お前はボクを治したかもしれない。でも、お前はボクをずっと、暗い、何もない場所に捕らえ続けた。ボクの意識を、ボクだと知った上で。……騙されないよ。お前はボクに興味なんてない」
「その通りだ。お前に興味はない。興味があるのは、この出来事の結果、お前が手に入れたレイヤードの方だ」
「……ッ、」
一切悪びれる様子なく、そう言い切った道雁寺輝久を睨んで、ユウは歯噛みした。
「この悲劇を糧に。この悲劇によって、失われた者に報いる為。私は“アマテラス”によって認識を変えようとした。欲望のない世界を作ろうとした。だがそれが頓挫し、頓挫した結果“ハンド・メイド・エデン”に行き着いた。浮世の事は全て忘れる。脆い肉体など存在しない。精神はある。永遠に夢を見続ける。私はそこでお前の事を愛すだろう。お前がそれを望むならな」
「……ボクはそんな事望まない」
「母親に会ってみたくないのか?お前が望めば母親は存在する。“ハンド・メイド・エデン”はそんな世界だ。勿論、お前の固執している神崎サヤも、五体満足のまま生存するだろう」
言葉の裏にある可能性に、怒りに駆られたように、ユウは道雁寺輝久を睨みつける。
だが、それを意に介す様子もなく、道雁寺輝久は言った。
「アレは女優の娘とか、そう誇っていたな。顔でも焼こうか?」
「……絶対、お前なんかに、協力しない……」
「どちらでも構わない。そうだな、それでも良い。顔を焼いた後あの娘が何を望むか、確かめてみるか。夢のような世界を望むだろう」
道雁寺輝久の目には、冷静さしかなかった。他人の人間性を平気で踏みにじった上で、それで良いと、思い付いたように言う、狂人。
この男は本気でやるだろう。それを前に苛立ちよりも、恐怖が勝ったかのように、ユウは黙り込み、その目に僅かに、涙を見せ。
やがて、彼らの目の前でエレベータが開いた。
その先にあったのは、上とは違って清潔感も白さもない、薄暗い空間。ずっと昔から存在したのだろう、僅かに錆びと油の匂いのするそこへと、道雁寺輝久はユウを押していく。
「私は私の行いが正義だと確信している。最終的には、全員が幸福になる。問題はどれ程、そこに至るまでの苦痛を伸ばすか、だ。どれだけ徒党を組もうと、私はこの箱庭の中で絶対だ。苦痛を止められるのは、お前だけだな、ユウ。気に入った娘を泣かせるか?」
歯噛みしたまま、ユウはただ、押されて行く……。
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