4 // 道雁寺輝久/猪戸マリ:与えあう窮地

「手品が多いな……」

 呆れたように、道雁寺輝久――そのは、呟いた。

 “月観”本社のどこか。研究室か何かのように、周囲にサーバーや機器類が乱立するその場所、まるで明かりのないその部屋の中。

 彼の目の前には幾つものパーソナルウインドウが開いていた。そこからの映像もまた、全て、見えている。

 道雁寺輝久――その表の顔に引かれて、“アマテラス”へ、“ハンド・メイド・エデン”へ強制的に連れていかれる、身体の自由の効かない少年。

 物陰に隠れ、手を変え品を変え、ドローンを奪い取り同士討ちを誘発しその場を逃れようとする神崎サヤ。

 罠に嵌って、ドローンに包囲されている麻比奈レイカ。

 それだけではない。

 この第1階層。幾つかあるその入り口で、ドローンと銃撃戦を繰り広げているマフィアやらレジスタンスやら。そこには、神崎アサヒの姿も見える。

 更には今も尚、道雁寺輝久亡き後の会談を続けているらしい来島マサキと大定九曜。

 全て、把握していた。

 明るい監視社会。その、王。全てを知る権限を持ち、全てを見ている男。たった一人で数多のドローンを、あるいは機器類を操作できる男。

 彼のレイヤードは、監視社会、情報科学において絶対のモノだった。

 ハッキングと権限の統一操作。意図した通りに機材を操作できる、と言うモノだ。“アマテラス”を介し、“アマテラス”が計算の大部分を司る。

 細かな努力は必要ない。才能すら、必要ない。望めば望んだ通りこの箱舟の中の機材が動く。弱点はない――そう、道雁寺輝久は自身で思っていた。

『レイカ?……チッ。復旧が……。傍受、してるんですか?CEO』

 耳に、声が届く。猪戸マリの声――麻比奈レイカとの、通信だ。それを始めからずっと、道雁寺輝久は傍受していた。だからマリの、レイカの目的を知っていて、それに事前に手を打つ事が出来た。

「ああ。……君達の会話コントは楽しかったよ。良い余興だった」

 表の身体と同じ、だがそれより少ししわがれた声で、道雁寺輝久は応えた。

『まあ、返事があるなんて。驚きました。王は下の者の意見など聞かないとばかり』

「これで寛大なつもりだからな。でなければ全員を楽園に導こうなんて思わない」

『傲慢なだけでしょう?自分の正義が万人の正義だと信じて疑わない。だから作ろうとしないでも敵が多いんですよ』

 嘲るような声に、道雁寺輝久は応えず、目の前のパーソナルウインドウを操作した。

 画面に映っているのは、“月観”本社の外観。それを遠目に眺める、田舎の一角。

 その物陰に座り込んでいる猪戸マリの映像だ。外から、潜入した仲間をサポートする――その作戦も、道雁寺輝久は聞いていたし、位置を把握してもいた。

 麻比奈レイカが罠に入るまで。神崎サヤが罠に踏み込むまで。ユウの身柄を、意識を確保するまで。泳がせておいただけ。その気ならいつでも、撃てる。

「敵なんていないさ。私の敵は、皆いなくなる。お前はもう用済みだ」

 そう言って――道雁寺輝久はそのカメラ、猪戸マリの近辺に潜ませてある警備用のドローンを操作した。

 銃撃だ。それによって、猪戸マリを殺す。その後、麻比奈レイカを殺し、神崎サヤを捕え、それを適当に辱めるなりしてユウに協力を促し、そして全員手作りの楽園へと誘われ、世界は平和になる――。

 そう、道雁寺輝久は狂信していた。

 ……けれど、待てど暮らせど、その映像にマズルフラッシュも瞬かなければ、猪戸マリが銃弾に倒れる事も、ない。

「……なに?」

 理解が及ばない、と呟いた直後――道雁寺輝久の耳に、マリの声が届く。

『あら?もしかして、ばれました?驚きました。思ったより賢かったんですね』

「貴様……」

 苛立ち紛れに、道雁寺輝久はその監視カメラ、ドローンを精査する。直後、“アマテラス”がそれを自動で解析し、……やがての様子が、そこに映し出された。

 銃は撃っていた。弾痕は、あった。ただし、そこに猪戸マリの姿はない。

「チッ……」

 道雁寺輝久のレイヤード。ガラクタの王様の、その能力自体にはこれと言う弱点はない。

 機械を騙せない、監視カメラ越しではその姿が見えてしまう、だからこそ機械に認知されないツールを作ったアサヒとは、違う。あまつさえそれを部下にくれてやり、その結果切り札を破られているアサヒとは。

 あるいは、使っている間生身が無防備になる“妖精”のレイヤードとも違う。ドローンに、機器に命令を与えながら、道雁寺輝久本人もなんの問題もなく動ける。

 だから、道雁寺輝久の能力はほとんど無敵に近い。

 だが、弱点が一切存在しない訳でもない。

 あくまで、統合管理だ。一時的なハッキングは食らってしまう。監視カメラの映像をすり替える、それは可能なのだ。

 そして、何よりの弱点は――それに道雁寺輝久が気付けない、と言う事だ。

 例えシステムが完璧であっても、それを扱う人間まで完璧とは限らない。

 能力に弱点はなくとも、

『貴方は完全ではない。でしょう、閣下。では、ここで一つ、そちらからすれば大問題だろうな問題です』


 *


「……私は今どこにいるでしょうか?」

 長く横に居たせいでどこかの誰かの悪い病気が感染ってしまった。

 そんな煽る調子で、マリはコンソールを叩いていた。

 目の前にモニターがある、物理的なコンソールのある、古臭い部屋。それだけ昔に作られた場所、と言う事だ。元々ここにあった施設、あるいは新東京設立当初からあった施設。

 “月観”本社中央区画。“月観”内部の全てのデータ、及びこの第1階層にある全機器を統括管理しているその場所。“アマテラス”へと直接的に侵入できる、その場所。

 マリは、レイカ、サヤと同じタイミングでこの“月観”本社に潜入していた。アサヒの作った、自身の弱点をカバーするツール――機械に認知されなくなるそれの、別アプローチのバージョンを使いながら。

 レイカを、あるいはサヤをおとりにした形だ。傍受されている事を前提に、監視されている事を前提に、わざと自分は背後にいるとレイカに、道雁寺輝久に知らせていた。

 だが、ばれた以上――

(今度は私がおとりになる番ですね……)

 誰が餌、と言う事もないのだ。全員本命、全員自分の意思で随時判断して行動している。自分の利益の為に。

 サヤは道雁寺夕の身体を得る為。あるいは、道雁寺輝久に復讐する為。

 レイカは、この社会の打倒。そして父の無罪を証明する為。

 そして、マリは――。

「フッ、」

 ふと、笑みを零した。目の前の端末、つい今しがたまで侵入しデータを吸い取っていたそれが、急にエラーコードをはじき出し始めたのだ。

 道雁寺輝久が気付いて、今更阻止しようとしてきたのだろう。

 だが、マリはもう、ある程度は情報を抜き取っている。真っ当に裁判が行われたその時に、“月観”に“アマテラス”に不利になる、道雁寺輝久の改ざんの証拠だ。

 最も、それまで道雁寺輝久が生きていたら、の話だ。

「……何してるんですかね、」

 応答のなくなったコンソール、そこから手を放し、マリは腰の拳銃を抜いた。

 ばれたからにはドローンが来るだろう。それと銃撃戦の末、マリは終わりかもしれない。

 周囲を探る。身を隠せそうな場所は――この部屋にはない。せいぜい、椅子の影に隠れる位。そこへと身を躍らせ、マリは息を吐いた。

 猪戸マリに、この社会、あるいは道雁寺輝久への個人的感情、恨みがあるかと言えば、ノーだ。

 猪戸マリは元々、そして生粋の“月観”の人間だ。その暗がりに片足を突っ込んだ女性。元から保安部門の人間。内偵、潜入を目的に訓練や実務をこなしてきた。

 その業務内容が、4年前に変わった。いや、変わってはいないのだろう。内偵、監視の対象が一人の青年に移った。

 アサヒに銃の撃ち方を教えたのはマリだ。マリの方が二つ三つ年上で、教育係として、同時に首輪として、アレの世話を焼く羽目になった。

 “妖精”を捕まえる為に飼われた猟犬の、首輪。

 首根っこにくっつく羽目になった首輪はいつの間にか犬に懐いていた。

(我ながら、ですが……)

 愚かな話かもしれないが。より自分を信頼してる方に靡いた、と言うだけの話だ。アレでアサヒは色々仕事をマリに振ってくるのだ。マリが道雁寺からの首輪、と知っているだろうに、あの臆病過ぎて何もかも敵に従ってしまう青年には、結局、身近にマリ以外の他人が居なかったのだろう。

 傲慢な権力者より生身の臆病な青年の方が好みだっただけかもしれない。

 と、だ。そこで、爆発音が鳴り響く。

 こうなる事を見越して、通路に仕掛けておいた対機用の小型地雷。が、起爆したらしい。

 それだけドローンが、危険が近いと言う事だ。

 マリは拳銃を握り締め……今更、思い出して、いつの間にか履きなれていたヒールを折った。

 パキン、と不自由な背伸びが解けると同時に――

 ――銃撃の雨が頭上を行き過ぎて行った。

「……ッ、」

 姿勢を低く、それをやり過ごし、背後でモニターが、コンソールが砕け散り――。

 その音が止んだ直後。

 マリは身を起こし、両手で拳銃を構えた。

 その視線の――銃口の先に、骸骨の群れがあった。

 何体か、焦げている。目に感情はない。だが手には殺意が、銃口がある。それが、マリへと向けられている。

 マリの手にある武器は、拳銃だけ。その装弾数よりも、ドローンの数が多い。素手でドローンを倒す事はマリには不可能だ。ハッキングして権限を奪い取る程に、その道に習熟してもいない。

 要は、

「……ゲームオーバーですか、」

 そう呟いて、マリは拳銃を下ろした。

 完全に、ではないがある程度は仕事をした。マリの行動で、道雁寺輝久は一々状況を詳細をチェックする羽目になった。作業量が増えればそれだけミスが起こる余地が増える。

 それで、その後はサヤなりレイカなり、あるいはアサヒなりがやるだろう。

 目を閉じたマリの耳に、銃声が響き渡った――。

 ……けれど。

 待てど暮らせど、マリの意識が消える事もなければ、痛みが身体に走る事もない。

 瞼を、開ける。硝煙の上がる銃口が、目の前に幾つもある。けれど、それらの暗い穴は、全て、マリから逸れていた。

 何が起きているのかわからない、と瞬きするマリの前で、ドローン達が部屋の中の精査を始める。マリを、あるいはマリの死体を探すように。すぐ傍まで、ドローンは迫っている。けれど、目の前にいるマリを認識していないかのように、ドローンは目の前を通り過ぎて行く。

 マリの姿が見えなくなった。そんな、でも食らっているように。

 と、だ。目の前を通り過ぎるドローン。その合間に、人影が見えた。

「あ、」

 と、声を上げかけたマリを前に、その人影は、気取った仕草で壁際に立ち、喋るな、と人差し指で唇を抑える。

 赤いシルクハットに、赤いコート。いつから居たのか、そんな男がドアの横に立っていた――。

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