3 // 神崎サヤ:蜜であり毒である宝物

 ユウ。道雁寺、夕。

 彼は、実は前から、その可能性に気付いていた。

 ネットニュースで偶然見かけたのだ。冷凍保存から復活した少年。意識の戻らない少年。その名前が道雁寺夕。

 直感的に気付いた。だが、根拠はなかった。だから言わないでおいた。

 言ったら、サヤの敵になる。それを知った段階では、その場合サヤに切られるかもしれないと、そんな危惧もあったし、ある程度女の子の身体を楽しんでもいた。

 その後、サヤが追い詰められていった。同情しサヤに肩入れする毎にその事実は言い辛くもなり、自分の身体が欲しいとも思うがそれでも、サヤの敵になってしまった場合、保たないかもしれないと思った。

 ユウが、ではない。サヤが、だ。

 だから、サヤがそれに気付いて、切り出された時。

 嬉しいよりも、安心した。それが、ユウの本音だった。そうして、はた目には一人の少女な二人は、進んでいき――。

 

 *


 ――静かな部屋が、そこにはあった。

 白い部屋。ベッドが一つ。そこに、銀髪の少年が、眠っている……。

 いや、瞼は開いている。ただ、その魂が存在しないかのように、その目は虚ろを見ている。

 その、見慣れてはいるが初めて見る、やせた少年を前に、サヤは呟いた。

「ユウ……」

『ボク、だね。……ホントに?』

 半信半疑、サヤとユウはその場所でお互いの顔を見合わせた。

 エレベータを降り、誰に止められる事なく歩み、辿り着いた医療技術棟の地下階。

 ただの病室だ。ベットだけがある、真っ白いだけの簡素な病室。

 ドローンが一体いる。人型のドローンだ。ユウの身体の世話をしていたのだろうか。そのドローンはサヤに気付くと、だが敵対する事もなく、どこかへと歩み去って行った。

『ほんとに、ボクの身体……ホントに?』

 そう呟く幽霊を横目に、サヤは眠っている少年――冷凍保存されていたからだろうか、数年前から成長のない、横にいる幽霊とまるで同じその少年の頭を優しく撫で、それから言う。

「良い、ユウ?行ける?」

『多分、ね。大丈夫だと思う』

 そう答えたユウの言葉に、サヤは頷き――直後、だ。

 ふらりと、めまいでもしたかのようにサヤの身体が傾いた。けれどサヤは倒れず、その場に立ち続け……次の瞬間、目の前にいる少年。眠ったままの彼が瞬きする。

 “妖精”のレイヤード。それによって、ユウの身体に、意識が戻った。

「……ユウ?大丈夫?」

 心配そうにサヤは声を投げる。それにユウは頷いた。

「……う、うん。ボク、の、身体、」

 たどたどしく言いながら、ユウは、身を起こそうとしたのだろう。だが、その体の動きは鈍く、身を起こすどころか、少し腕を上げるので精一杯な様子だ。

「ユウ?」

「なんだか、……体が重い?」

 冷凍保存から、蘇生したばかりだ。そのまま、意識なく寝たきりのまま。身体が満足に動くようになるには、少し、いや、それ以上に時間が掛かるだろう。

 と、だ。サヤの視界に、ドローン――ユウを介助していたんだろうそれが、車いすを押してきた。そして、そのドローンはユウに手を貸して、身を起させる。

「う……あれ?全然、身体動かない」

「……焦らなくて良いわ」

 そう言って、ふら付くユウの身体をサヤは支え、手を貸し肩を貸して、ベッドのすぐ近くの車いすに座らせる。

 一歩引いたドローンを横目に、サヤは尚も心配そうに、ユウの目を覗き込んで、問いを投げた。

「大丈夫?本当に?」

「うん……多分。ちょっとなら、動けるよ」

 車いすに腰かけた少年――正真正銘、その場に身体のあるユウは、そう言って両手をあげて、立ち上がろうとしたのだろう。だが直後、前のめりに倒れかけ、それを、サヤが抱き留めた。

「焦っちゃダメよ」

 そう囁いたサヤに、寄りかかる様に、ユウはどうにか体勢を立て直そうと身体を動かし……その手が、若干怪しく、動いた。

 そして、ユウの手がサヤの身体を這って行き……その手の平がサヤの胸を捉えた。

 サヤの胸、それをどさくさで掴み、その柔らかさを確かめながら、ユウの顔に悪戯っ子の笑みが浮かぶ。

「……おお。これが、生身の……。ねえ、お姉ちゃん!ボク、頑張れそうな気がしてきた!」

 言いながら、ユウは笑顔でサヤの胸を弄っていた。

 つい数秒前までの感傷を拭い捨てた冷たい目で、サヤはユウを睨む。

「いきなりそれ?……やめなさい、」

 そう言い放って、半分突き飛ばすように、だが一応優しく、サヤはユウを車いすに戻す。

 と、車いすの背もたれに寄りかかったユウは、だが元気そうな表情で、あまり意図通りに動かない手を、ワキワキと動かして、呟く。

「……なるほど、なるほど。生身最高だね!」

「そう。それは良かったわね。じゃあさっさとテロしに行くわよ」

 言って、サヤは車いすを押し始める。そうやって、押されながら、ユウは唇を尖らせた。

「え~?お姉ちゃん、なんか冷たくない」

「私はいつもこうでしょ?」

 言って、サヤとユウは部屋を後に仕掛け――だがそこで、二人の耳に声が届いた。

「道案内が必要かな?」

 声に、サヤとユウは、同時に視線を向ける。

 部屋の入口に、一人の大柄な男が立っていた。

 道雁寺輝久。ただそこに立っているだけで威圧的な男。その、本体?あるいはまた別のドローンか。表に出す身体を機械にしている男だ。サヤは睨み、――一応レイヤードを発動しようとするが、やはり、権力者の身体を奪う事は出来ない。

 ユウが呟いた。

「……罠だったって事かな」

「案の定ね。案内は必要ないわ、裸の王様。……貴方は道を開けるだけで良い」

 そう、サヤが言った直後――傍に控えていた人型のドローン、その右手が、道雁寺輝久を向いた。腕が開き、そこから銃口が露出する。

 権限を奪ったのだ。ドローンの銃口を道雁寺輝久に向け、サヤは言い放つ。

「これから貴方の夢を壊しに行くのよ。邪魔しないで」

 直後――ドローンの腕から銃弾が吐き出される。

 ……はずだった。だが、ドローンは銃弾を放たず。

「いつまでも私が手品に怯えるとでも?」

 そう、道雁寺輝久が呟いた直後。

 サヤのすぐ隣にいるドローン。その目が、赤く輝く――。

「……ッ、」

 咄嗟に両手を上げて顔を庇ったサヤ――その身体を、突如振るわれたドローンの腕が、人間のモノではない怪力が、吹き飛ばした。

「お姉ちゃんッ!」

 驚きに声を上げるユウ――と、その身体を、あるいは彼の腰かけている車いすを、ドローンが手に取り、道雁寺輝久へと押していく。

「……制御が、奪えない?いえ、奪い返された……」

 呻き、殴られた腹を抑えながら、サヤは立ち上がる。

 道雁寺輝久は、自分のふりをさせられるくらいの高精度で、ドローンを制御する術がある。それがレイヤードか、あるいは本人の技術かは知らないが、さっき使ったツールがそのまま使えると言う目論見が甘かったのか……。

「さて。“妖精”は手に入れた。神崎サヤ。お前はもう必要ないな、」

 呟き、道雁寺輝久はユウの腰かける車いすを手に取った。

 身体の自由が聞かず、睨み上げるばかりで、……ユウは、言う。

「ボクがお前の手伝いするとでも思ってるの?……実の父親だから?肉親は宛にするんだ、馬鹿なの?」

「まさか。もっとシンプルな話だ。まあ、ゆっくり考えると良い」

 言いながら、道雁寺輝久はユウの車いすを押して部屋を後にしていく――

「ユウ!」

 声を上げ、後を追おうとしたサヤの目の前を、しかし、人型の骸骨――ドローンが遮った。

「私より神崎サヤの方が大事なんだろう?なら、……選択肢がないと気付くはずだ。“ハンド・メイド・エデン”に招かれた上で、神崎サヤの肉体が意味を失うか、それともただこの場で喪失するか、」

 あからさまな脅しの言葉を投げながら、道雁寺輝久は去って行き――。

 そこで銃声が響いた。サヤを狙うドローンの銃撃。

 それが撃ったのは、サヤ本人ではなく、その足元。

「……ッ、」

「……お姉ちゃんッ!」

 声を上げるユウが、サヤへと手を伸ばしながら、けれどそれしかできないままに、連れ出されて行く……。

 サヤが、人質扱いらしい。サヤを死なせるか、あるいはその魂だけでも、仮想現実で生かすか。その二択にならない二択を突き付ける為に、この状況……。

 道雁寺輝久が、ユウの姿が消え、部屋の戸が閉まり、ロックされる。

 白い部屋の中、そこに残されたのは、骸骨とゴシックロリータの無力な少女だけ。

 捕えられた。このまま人質にされる。あるいは拷問まがいの事もされるかもしれない。

 だが、――サヤの目には、恐怖ではなく、苛立ちと意思が宿っていた。

「……舐めないでよ。こっちはわかった上で来てるのよ、」

 目の前のドローンを、そしてもう見えない道雁寺輝久を睨みながら、サヤは言った。

 その視界に、パーソナルウインドウが開く。

 表示されているのは、数多の――幾つものアプリケーション、ハッキングツールだ。起動するだけで即時に効果を発揮する、……復讐を決めてからここに辿り着くまでの間に幾つも作り上げた、ハッキングツール。

 全て、効果は同じだ。ドローンの制御を奪う。

 だが、そのアプローチ方法が違う。アプローチ方向が違えば敵からすれば対策の方法も変わる。

 ドローンの制御システム、その脆弱性は一つじゃない。普通なら脆弱性とすらみなさない程微細で小さな隙、それを見つけて侵入し権限を奪い取る――。

 数年前、出来なかったからこそ。ついこの間、第2支社で偶然に頼って逃げ出す羽目になったからこそ。

 失敗を知る、プライドの高い少女は――これを用意しておいた。

 さっきとは違うアプリを起動する。ドローンの制御系の内、脚部だけを奪い取るツール。それに侵された骸骨は、突如上半身と下半身ばらばらに、それぞれ別の意思で動いているかのようにちぐはぐに、たった今しまったドアへと全速力で駆けて行った。

 激突――暴れる下半身に揺さぶられるように、狂ったように、ドローンはその身体とドアを、両方が壊れるまで、ぶつけて行く。

 やがて、ショートでもしたかのような音共に、小さな爆発が起こる。

 それによって、ドアが開き――苛立ちを目に宿らせながら、サヤはひしゃげたドローンを、壊れたドアを潜り抜ける――。

 途端、だ。

 ガシャン、ガシャンと、幾つもの足音が、目の前から響いた――。

 見ると、廊下を覆い隠すかのように、多くのドローン――人型のそれが、廊下に集っている。

「……邪魔よ」

 睨んだサヤの目の前で――集団の中にいる何体かのドローンが、狂ったように、その銃で、仲間を撃ち始めた。

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