2 // 神崎サヤ/麻比奈レイカ:”月観”本社地下

 “月観”本社。医療技術棟。その箱庭の中の更に奥。エレベータの中――一人の女性研究員が、パーソナルウインドウを操作し、エレベータが下りて行く……直後、その、たった今エレベータを操作した研究員が、気を失ったように崩れ堕ちた。

 それを、――ゴシックロリータの少女は、軽く頭を振って、眺める。

 必要になった時に、周りの人間を探してその身体を奪えば良い。“妖精”のレイヤードは、潜入に関してはやはり完全にチートだ。

 と、そんな事を今更考えるサヤへと、ユウがどこか緊張したように呟いた。

『お姉ちゃん。あのさ、』

 そこでユウは口を閉ざし……それから、意を決したように言う。

『道雁寺夕、って、やっぱり』

「多分ね、」

 冷静に、サヤは応えた。

「さっき、道雁寺輝久は私を殺そうとした。“妖精”のレイヤードが必要なはずなのに。つまり、別の宛がある。その宛は、多分……道雁寺夕」

『………』

「実の息子だから私より協力させやすいと考えたのか、それとも単純に私より御しやすいと思ったのか。どっちだかはわからないけど、道雁寺夕は貴方の可能性が高いわ。振り返ると、色々繋がるから」

 何も言わずに俯いたユウを横目に、エレベータの中、サヤは続ける。

「貴方の記憶はない。でも、レイヤードは持っている。今の所、レイヤードを持っている、もしくは持っている可能性が高いのは、貴方を除くと、道雁寺輝久と私。それから、兄さん。私と兄さんは多分、父さん達が保険で残したのね。道雁寺輝久は自力かしら。どうあれ、全員“アマテラス”と直接的な導線がある人間。そう考えると、ユウ。貴方にも“アマテラス”との導線がある可能性が高いわ。そしてそれが、」

『道雁寺輝久の、息子』

「貴方は知らないでしょうけど、第3支社に潜入した時。道雁寺輝久は貴方の名前を出したわ。“妖精”が“ユウ”である事を知っていた」

 降りて行くエレベータの最中。サヤの横で、ユウは考え込むように俯き続けていた。

「……ユウ。思い出せる中で最初の記憶は?」

『どこかの病院に居た気がする。あんまり思い出せないけど……もしかしたら、ここかも』

 そう、噛みしめるように呟いた後……ユウはいつも通りの表情を浮かべた。

『でもさ、お姉ちゃん。ボクの、身体はあったら良いけど……それ、取るの、“ハンド・メイド・エデン”を壊した後でも』

「私の復讐よ。でも、貴方の復讐じゃない。貴方も選択肢を持って良いと思う。貴方とはフェアで居たいの」

『……ボクが、道雁寺輝久に協力するかもしれないって思ってるの?』

「その選択肢をとっても私は貴方を恨まないわ。でも、多分……本気でそう思ってたら、それこそ先に貴方の身体を取りに行ったりしない。私はそういう人間でしょう?」

『……ボクが絶対お姉ちゃんの味方だと思ってるんだ?』

「違うの?」

 問いかけたサヤに、ユウは呆れたような笑みを浮かべて、言う。

『違わないよ。父親だとしても、良く知らないおっさんより、ボクはお姉ちゃんの味方。何があっても』

「……そう、」

 そっけなく、だが安堵した様に、サヤは肩の力を抜き、そこで、エレベータが止まった。

「ねえ、ユウ。じゃあ、」

 そう言いかけたサヤの前で、エレベータの扉が開く――。


 *


 ガン!ガン!ガリ……バキバキバキ。

 と言う音と共に、エレベータの扉が、。そしてそこから、一人の女性が、フロアへと踏み込んだ。

「結局力押し。スマートにやりたかった……」

 言いながら、レイカはバールを背中のバックにしまい込む。

 背後にはエレベータシャフトがある。エレベータ自体はない。排気ダクトを通り、エレベータを呼ぶ労を惜しんで無理やりそのシャフトの中に入り込み、いつエレベータが通過するかとビビりながら僅かな突起を頼りにそこを降り、銃とバールで扉を押し開け――。

 漸く、レイカは辿り着いた。情報技術棟地下階、“ハンド・メイド・エデン”が研究されている場所――宗谷アラタのいる階層。

「で?次はどのダクト通るんですか?」

『目の前に広がってる一番広いダクトを堂々と行きましょう』

 廊下を進んで良いらしい。目の前を見る――あるのは白い通路。どこも景色は変わらないが、上の階層より掃除が行き届いていないらしい。人の、あるいはドローンの絶対数が少ないのか。

 一応警戒と、レイカは背に負っていた銃を手に取った。ショットガンだ。第4支社長――大定九曜からレジスタンスに回されてきた、アナログな銃器。12発装填の回転式のマガジンのついた、中途半端にオートマチックで同時にマニュアルな散弾銃だ。弾薬に詰まっているのは実包、スラッグ弾。

「それで?見つけたらどうするんですか?色仕掛けはちょっと自信ないですよ?」

『まあ、十分魅力的ですよ。肉体は』

「……本気で言ってます?」

『まず確認が先ですよ。宗谷アラタが、本当にいるかどうか……』

 含みのありそうなマリの発言に眉を顰め……それでも先へと進んでいき、やがて、レイカはそこに到着した。

『そこですね。その中に宗谷アラタが居ます』

 突き当りにある部屋だ。位置的に中は広いのかもしれないが、ドアを見ただけでは他と区別がつかない。とにかく、そこが目的地――。

 だが、踏み込む為にはドアを開けなければならない。鍵は――かかっているらしい。

「どうするんですか?……ハッキングして開けるとか?」

 スマートな気がする、と期待を込めて行ったレイカに、マリは応える。

『ええ。破壊活動クラッキングしましょう。万能鍵はもう手に持ってるでしょう?』

 言われて、レイカは自分の持っているモノを見た。ショットガンだ。スラッグ弾の入った。

「……ぶち破れと?」

『左から0.2メートルの直線。上から0.8、ジャスト1、1.2の三か所です。撃ち抜けば扉を開けられるようになります』

「……撃ったら、中にいる宗谷アラタを脅かす羽目になると思うんですが」

『良いじゃないですか。美女と仲良くするorダイで。話が早くなるでしょう?胸元は開けましたか?』

 ……どうやら本気でおっしゃっているようだ。

(やっぱり、室長の横にいるから目立たないだけだ……)

 上司達の合理性がもう完全にテロリストのそれだ、と、気付いたらテロリストの下っ端になっていた自称元エリート、レイカは散弾銃を構えた。

 3発。結構な轟音を廊下に響かせながら、連続で射撃した後、バールを取り出し扉をこじ開ける――。

 警備用のドローンが来る、と言う事もない。あるいは来る前に済ます、か。

 また散弾銃を握り、レイカは部屋の中に踏み込んだ。そして、

「動くな!敵だ!……けど、仲良くしたいとは思ってる……」

 ちぐはぐに言いながら、レイカは視線を部屋の中へと走らせる。

 思っていたよりこじんまりした部屋だ。いや、部屋の広さ自体は広大だが、モノが詰まっていてこじんまりして見える、か。

 薄暗い中にサーバーが幾つもある。冷房はかなり聞いていて、寒い位の部屋にサーバーの稼働音が響いている。コンソールやモニターの類はない、それこそ本当にただ巨大な箱だけが置いてあるような部屋だ。操作や確認はパーソナルウインドウで済ませていたのだろう。

 部屋のそこら中にゴミが散らばっている。栄養バーや、ペットボトルばかり。破滅的な食生活が見え隠れするその最中――中心に、宗谷アラタの姿があった。

 猫背で座り込んでいて、背後で轟音が響いたはずなのに、振り向こうともしない。

「……気づいてないのか?」

 呟いて、レイカは更に宗谷アラタに近づき――そこで、気付いた。

 腐臭がする。だけじゃない、宗谷アラタの白衣、その左胸の辺りに、赤黒い染みがある。

「……ッ、」

 駆け寄って、脈を調べた。だが、脈はない。さほど腐臭が強くないのは、冷房が効いた部屋だからか。だが、“ハンド・メイド・エデン”の開発者、宗谷アラタは、もう大分前に……?

『生きてますか?宗谷アラタ』

「……知ってたんですか?」

『可能性を考慮していただけです。道雁寺輝久は“アマテラス”のアップデートの際、功労者に裏切られた結果それがとん挫した経験がある。彼らを殺してもいる。同じ人間は同じ事をしますよ』

 苛立ち紛れに歯噛みして、それからレイカは言う。

「じゃあ、どうするんですか?“ハンド・メイド――」

 そこで、レイカは言葉を切った。背後で聞こえたのだ。足音――ガシャンガシャンと言う機械の足音。

 それが聞こえた瞬間、レイカは近くのサーバーの影に飛び込み――直後、背後で、銃声が響き渡る。

 容赦のない斉射だ。射線にあったサーバ、あるいは宗谷アラタの身体が、飛び散る……。

 物陰に潜んで、手鏡でレイカは状況を確認する。

 部屋の入口に人型のドローンがいる。手から銃の生えたドローンだ。それが何体も、踏み込んできている。更に、廊下からは、もっと多くのガシャンガシャンと言う音が……。

「……撃ったから気付かれた?」

『あるいは……泳がされていたとか。認識されている……室長のプレゼントも、もう破られているようですね。レイカ。どう……の、……がれ………』

 通信が途切れ途切れになった。ナノマシンを介している以上、単純な通信妨害は不可能なはずだが……。

「マリ?……猪戸マリさん?……や~い、腰ぎんちゃく?」

 キレて来ない。通信が途絶しているらしい。通信妨害、が、可能だとすれば、“アマテラス”を介して、――道雁寺輝久がやっている?

 こちらの狙いを見越して、ここまで誘い込んだのか。ここまでの警備が甘かったのも、全て罠?

 そう、わかった所で――

 ガシャンガシャンと、足音は多い。それをどうにかしないと、レイカはここで終わりだろう。捕らえられる、と言う事もない。宗谷アラタの惨状を見れば、道雁寺輝久の敵の末路は一つ。

 絶体絶命である。仲間との通信も途絶。次どう動くべきかの指示もなく、敵に包囲されている……そんな状況下で、散弾銃を手に、レイカはどこか能天気に、呟いた。

「もう、派手にやって良いのか……?」

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