7 // 麻比奈レイカ:ピエロの妹と秘書

 新東京第1階層。“月観”本社があり、道雁寺輝久とその許可を得た人間しか立ち入れないその場所に広がっていたのは、田園だ。

 終わり掛けの夕暮れの中に延々と広がる、田園風景。田があり、畑があり、牧場があり……そしてそれらの全てを、ドローンが管理している。

 他の4階層が居住区なら、この第1階層は農業プラント。この新東京が、そこに暮らす全ての人間が、生きて行く上での文字通りの生命線だ。

 そして、そんな広大な――田舎そのものな光景の中心に、自然とは真逆の近代的な建築物があった。

 “月観”本社。“アマテラス”の直上に建てられた巨大な塔の周囲に、幾つもの工業プラント、研究所、あるいは医療機関が建設されている。“アマテラス”によってされた一級の罪人を投獄するその牢獄もまた、その施設内に存在している。

 そんな郷愁と発展が混在する奇妙な夜の風景の一角で、物陰に隠れながら、着ぐるみの中に隠しておいたコンバットスーツと銃器類、そんな装備を整えた女性が、不思議そうな視線をトレーラに送っていた。

 ついさっき、この第1階層に入ってきた、“月観”のエンブレムが入ったトレーラだ。

「……あの中に、クソピエロの妹が囚われてるんですよね」

「ええ。油断して撃たれた上司バカの話が確かなら、ですが」

 そう応えたのは、コンバット、とはつかないごく普通のスーツに身を包んだ女性。

 レイカとマリである。

 二人は、道雁寺輝久の思惑を挫く為に、罪人を連行する、と言う名目で武装して第1階層に入ってきたのだ。そして、いざ破壊工作を始めようとした時に、上司から頼みが来た。

 妹を助け出して欲しい。あのピエロとは思えない衆生な願いに罠の可能性を疑いつつも、二人はそのトレーラの様子を見に来たのだ。

 その結果、トレーラは何もない道端で停車していた。

「なんで止まってるんだ?銃痕?やっぱり、罠ですかね?」

「……かといって放置する訳にも行きません。レイカ、様子を見て来なさい」

「……一人でですか?」

「期待していますよ」

 マリは涼しい顔でそれだけ言った。

(……室長ピエロが横にいるから目立たないだけで、こいつも相当アレなんだよな……)

 そう、完全に振り回され慣れてしまった下っ端は俯き、直後「了解です」とだけ言って、足音を忍ばせて、トレーラへと駆けて行った。

 一応警戒し、拳銃を抜き、身を低くしたまま、レイカはトレーラの荷台。銃撃で大きく開いた穴から、手鏡で、その中を覗き込む……。

 中にあったのは、退廃的で殺伐としたおとぎの国だった。

 2体の骸骨――“月観”の警護用ドローンが、何か、それもドローンだろうモノの残骸を漁っている。それを頬杖を付いて眺めているのは、ゴシックロリータの少女だ。

 少女はドローンから――残骸の中から拾い上げたのだろう、拳銃を受け取り、たどたどしくそれを調べ出し――。

「待て!その持ち方は危ない!トリガーに触れるな!」

 誤射が発生しそうな扱いをしている少女を前に、レイカは咄嗟に、そう声を上げてしまっていた。

 瞬間、ゴシックロリータの可愛らしい少女は、その格好とはかけ離れた鋭い視線をレイカに向け、かと思えばすぐに、思い出したかのように呟く。

「……麻比奈、レイカ?」

「なんで私の名前を……。ああ、指名手配か。でも、安心しろ。私は、……あ~。テロリストだ……」

 どうしてこうなったんだろう。一人色々と自己完結した末夜空が綺麗だと思ったレイカへと、少女――サヤは言う。

「丁度良いわ。確認して。これ、実弾入ってますか?」

「ハア?」

 とか答えながら、レイカはサヤから銃を受け取り、弾倉と薬室を確認する。

「ああ。……実弾だ。それが?」

「そう。……本当に私を撃とうとした?ええ、そうね。ちらつかせてビビらせようとした?いえ、それとも……別の宛があるのかしら」

 レイカには見えない誰かと会話している――そんな雰囲気で、何やらぶつぶつと呟くサヤ。

 それを前に、レイカはただ首を傾げ……そこで、レイカの背後から声が聞こえた。

「神崎サヤ。無事でしたか」

 振り向いた先に居たのは、涼し気な顔をしたスーツの女性だ。サヤはその顔を見て、すぐに言う。

「猪戸、マリ」

「ええ。その様子では、助けは必要なかったらしいですね」

「助けに来てくれたんですか?」

「ええ。貴方のお兄さんに言われて」

「……じゃあ、兄さんは無事?」

 伺うように尋ねたサヤに、マリは頷いた。それを前に、サヤは一つ、安堵した様な息を吐く。

(恰好が変なだけで、普通の子なのか……)

 室長アレの妹と言うからにはよほどネジ飛んでるんだろうと思っていたレイカは、普通に肉親の無事を気にかけている少女に、安堵した。

 と、そこで、マリは言う。

「さて。私たちはテロ活動中ですし、端的に尋ねます。逃げますか?ことが終わるまで匿う準備はありますよ?」

「逃げないわ」

 あっさり言い切ったサヤを前に、レイカは渋面を作った。

「逃げないわって、そんな簡単に決めて良い状況じゃ――」

「わかりました。では同行しますか?」

「……マリさん、」

 サヤと同じくらいにあっさりと言い切ったマリに、レイカは肩を落とし、そんなレイカの前でサヤは言う。

「同行?貴方達と一緒に行動するって事?」

「ええ。一緒に“月観”をぶっ壊しましょう」

 テロ活動とは到底思えない軽さで言うマリを横に、レイカは閉口し、サヤは暫し考え、やがて言う。

「魅力的な提案だけど、私は私の好きに動かせてもらうわ。これは私の復讐。兄さんにも、その部下にも、手を借りるつもりはないわ」

 そう言って、サヤは椅子から立ち上がると、この場を後にしようとした。

 が、そんなサヤを前に、レイカは立ち塞がった。

「待て。……良いか、サヤちゃん?これは遊びじゃない。命懸けなんだ。か弱い女の子がテロ活動なんて、そんな事するべきじゃない!」

 叱りつけるように言ったレイカを横目に、マリは言う。

「その娘、“妖精”ですよ?」

「そう、” 妖精“みたいに可愛らしい子が無暗に危ない事を……」

 そこで、レイカの言葉は止まった。

「……“妖精”?え?室長の妹じゃないの?」

「室長の妹が、“妖精”です。あのピエロはホントに道化でしたって話ですね」

「……ハァ!?“妖精”!?」

 漸く理解が追い付き、大声を上げたレイカ。

 そんなレイカを横に、マリが言う。

「まあ、単独行動をしたいと言うなら、別に良いでしょう。ですがその前に、情報共有ぐらいはしませんか?」

「情報共有?」

「ええ。どうせ最終的な目的は同じでしょうし。相互に予定や情報を出し合えば、双方、お互いをおとりに利用し合えるかと」

 マリの言葉を前に、サヤは暫し考えて……それから、笑う。

「そうね。相互に利用し合う……それなら良いわ」

 あどけない少女――とは到底思えない黒い笑みをサヤは浮かべ、それに、マリもまた似たような冷笑を浮かべていた。

「契約、成立ですね」

「ええ。仲良くしましょう」

 悪魔同士で契約を交わす、そんな雰囲気の二人を前に、レイカは薄ら寒い思いで、空を見上げた。

室長アレの妹と秘書か……)

 実は室長は室長で人生色々大変なのかもしれない。

 レイカは遠い目をしていた……。

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