4 // 遊園地:回り回り回り回って

 くるくると回るコーヒーカップ……。

「わぁぁぁいっ!」

 とかはしゃぐ声を上げながら全力でそれを回す金髪の少女を前に、

「……そもそもなぜ手動の部位が残ってるのか理解できないわね、これ」

 と、“サヤ”はどうでも良い事を真剣に考えていた。


 *


 くるくると回るメリーゴーランド。

「わぁぁぁぁいっ!」

 とかはしゃぐ声を上げながら、上下に揺れる白馬に乗る金髪の少女の一つ後ろで、

「……晒しモノね」

 と、ゴシックロリータで馬車に揺られ、やたら注目を集める“サヤ”は呟いていた。


 *


 勢いよく落ちるジェットコースター。

「わぁぁぁぁぁいっ!」

 と、両手を上げて嬉しそうに落ちて行く金髪の少女の横で、

「…………」

 “サヤ”は涙目で目を閉じバーに強くしがみ付いて縮こまっていた。


 *


 二人で恐る恐る進んでいくお化け屋敷。

「……わ、わぁぁぁい………、」

 とかノリで恐る恐る呟く金髪の少女にしがみ付かれながら、“サヤ”は悪知恵を働かせるような表情の後、

「え?……うわぁッ!?」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?な、なな、なに?サヤ?どうしたの?」

 びっくりして見せた結果、それに更に驚いたエリの声に驚いた。と、思えば、小さく息を吐くと、冷静な表情で、“サヤ”は言う。

「ごめん。見間違えた。なんか今、私にそっくりな幽霊が見えて、遊園地なのに仏教面だったから……」

『……ほっときなさい』

「サヤ~、……もしかして私の事脅かそうとしてる?」

 と、幽霊と金髪の少女に白い眼を向けられて、そこで“サヤ”は、小さな笑みを零した。


 *


 遊園地の一角にある、ベンチ。平日だからか家族連れの姿も少なく、数人若者やカップルが歩いているだけのそれを“サヤ”は一人眺めていた。

 ちょっとお手洗いに~と、お化け屋敷を出た後エリが青い顔で歩いて行ったのだ。“サヤ”に脅かされた、は抜きにしてもエリはお化け屋敷が苦手だったらしい。

 と、そこでだ。“サヤ”の耳に、お化け屋敷に行く前からついてきている幽霊の声が聞こえた。

『私はあそこまでニヒルじゃないわ』

 その声を聞いた途端、“サヤ”はそれまでの冷静そうな表情が嘘のような、子供っぽい表情を浮かべて、足をばたつかせながら言う。

「嘘だ~、お姉ちゃんの遊園地のリアクションって絶対こうだよ。子供騙しは一々指摘して、ビビりだからジェットコースターで泣いちゃって、で、お化けにはボクで慣れてる」

 心当たりがあったのか。幽霊はそっぽを向いて口を閉ざし、それから、言う。

『そもそも、なんで貴方私のフリしてるのよ』

「エリちゃんが遊びたかった相手、ボクじゃなくお姉ちゃんだよ。最近、エリちゃんの相手してるのボクばっかりだし。寂しかったんじゃない?」

 幽霊は何も言わなかった。

 “サヤ”は、日常、学校ではほとんどエリと共に行動している。が、それがずっと本物のサヤかと言えば、違う。得た情報の分析、行動の立案その他、サヤの意識がどこかへ出掛けていない時も、身体をユウに預けて作業に没頭する事が多かった。

 そしてその違和感に、誰よりも身近なエリは当然、気付いていただろう。

「お姉ちゃんにもさ、気分転換って必要でしょ?最近考えこんじゃってるし。ボクが来たかったのはそうだけどさ。お姉ちゃんが遊んでよ。……疲れるんだよ?お姉ちゃんのフリするの。眉間にしわ寄せなきゃ――」

 と、そう言いかけた直後に、眉を顰めるように、“サヤ”の眉間にしわが寄り。

「一言多いのよ」

 そう言ったサヤの視線の先に、銀髪の少年、その幽霊の姿があった。

 身体のない、遊園地に来たがった少年は、サヤの身体から追い出されておきながらけれどどこか嬉しそうに、笑顔を浮かべる。

『あ、遊ぶ気になった?』

「……ええ。たまにはね、」

 そう疲れたように微笑んで、サヤはベンチから身を起こした。

 だが、その表情は、微笑みは、またすぐに消える。代わりに浮かんだのは、緊張と警戒。

 鋭い視線を、サヤが向ける先―――すぐ目の前には、いつの間にか、真っ赤なコートの男の姿があった。

「……やあ、サヤ。可愛い恰好をしてるね」


*


『しくじったそうだな、神崎アサヒ。“妖精”に逃げられたと聞いたぞ』

『今度の“妖精”を捕らえるのは手に余るか?あるいは、で忙しかったのか?』

『そう気が迷って仕事をなせないと言うなら、私が手ずからやっても良い。“妖精”の捕獲。どうする、神崎アサヒ?挽回するか?お前は何を敵にする?』

 それが、来島マサキを頼った末、待ち構えていた道雁寺輝久から、アサヒが聞いただ。

 ただただシンプルな脅しと威圧である。道雁寺輝久もまた、知ったのだ。

 誰が、“妖精”かを。道雁寺が捕えるか、あるいはアサヒが込めて捕えるか。

 選び、見せろと、脅されたのだ。忠誠、を。

 だから。

「……兄さん」

 自ら足を運んだアサヒの前に、妹の姿があった。アサヒは他人の事をとやかく言えないだろうが、おかしなドレスを着ているし、場所は遊園地。

 エリにでも引っ張られてきたんだろう。そう、アサヒは辺りを付けた。

 来島マサキは両親を失ってからのサヤの後見人であり、その娘のエリとサヤは、それこそ姉妹のように過ごしていた。サヤの、アサヒの両親が健在だった頃からの友人でもあったはずだ。その子と、遊びに来ていたのだろう。この状況で。あるいは、最後に楽しい思い出でも作ろうと思ったのか。

 そう、思考を巡らせるアサヒを睨みながら、サヤは言った。

「私を捕まえに来たの?」

「……そうなるね」

「そう……」

 呟いてサヤは俯いた。そのリアクションが――アサヒには、予想外だった。思いの他憔悴している様子だった、と言った所だ。

 知りたがっていた事に答えを与えた。だが、それにサヤが満足するとは思っていなかった。与えられた答えを受け入れて納得する、あるいはしようとする程大人になっていたとは思わなかった。

 それに、警告だけ投げて妹の前から姿を消し、以後ほとんど顔を合わせていない兄は……妹に内心頼られているという発想を持っていなかった。

 当然歯向かってきて兄妹喧嘩になるだろう。そうとしか考えていなかったアサヒは、だからそこで動きを止め――

 ――そこで、また別の人間の声が響いた。

「アサヒ、さん?」

 視線を向けた先にいるのは、金髪の少女――エリだ。アサヒを前に、驚いたように目を丸めている。それへとアサヒは笑い掛け――

「やぁ~、エリちゃん!久しぶり。可愛くなったね?」

 ――ふざけた笑顔の裏で思考を巡らせた。

(……困ったな。兄妹喧嘩する気で来たんだけど)

 このサヤの様子では、抵抗ではなく投降を選んできそうだ。その場合はどうなる?アサヒが敗北ではなく勝利して、サヤを――“妖精”を連れ帰ったパターンでの道雁寺の行動と、その後のサヤの行動。

 目まぐるしく思考を巡らせるアサヒに、エリが言う。

「アサヒさんが、なんで……サヤが呼んだの?」

 エリの言葉に、どこか弱弱しくサヤは首を横に振り、エリはまたアサヒを見た。

(……サヤに反骨心と自分での行動を望めない場合、情報を渡した所で――)

 思考を巡らす、男。真っ赤なシルクハットにコート。普通の神経では着ないだろうその服は、妙に遊園地にマッチしていた。似合いすぎる程に。

 エリは、恐る恐る、尋ねる。

「……じゃあ、ここが職場なんですか?」

「違うよ。用事があって来たんだ」

「一人で?」

「……そうだね」

「そんな恰好で、遊園地に?一人で……?」

「…………」

(…………)

 小さい頃から知っている女の子のシンプルに不審げな視線に、アサヒの言葉も思考も止まった。

 敵でもなく、情報を持っている訳でもない知り合いの女の子からの、現実的な不信感マジレス

「……そう、なるね」

 思いがけないダメージを負ったピエロは、辛うじてそう言った。

 と、そこでだ。フ、とこらえ切れないような、小さな笑い声が届いた。

 視線を向けると――サヤが小さな笑みと共に、アサヒを眺めていた。

「ホントね。何してるの、兄さん?暇なの?」

(エリちゃんの前でボクと敵対しない事にした。同時に、ボクがこの状況では何もしないだろうと、考えた……)

 要は、エリを巻き込まないように振舞おうとしているのだろう。そして、アサヒもそう行動するだろうと、サヤは……信用しているのか。

「いや~、こう見えて忙しいんだけどね?たまの休日にデートだ。けど、彼女が用事って言って逃げちゃって~」

 一旦、サヤの心理状況を把握し、今後のパターンを考え直す為にも、サヤの思惑に乗ろうと、そう慣れきったふざけ方をしたアサヒ。

 と、そんなアサヒの肩を、不意にエリが叩いた。

「アサヒさん。……良いんですよ?」

 エリの目が優しかった。完全に色々と勘違いした上で受け入れて優しくしようとしていた。その優しい瞳は、やはりアサヒに深刻なダメージを与えた。

「……やめてホント、エリちゃん。同情されるような状況じゃ、」

「そうだ!アサヒさん、暇なら一緒に回りませんか?」

「いや、それはちょっと……」

 様々な意味で問題が発生する、と何も知らない少女に押され始めたアサヒへと、小声でエリは言う。

「最近。サヤが落ち込んでるみたいで。お願いします、」

「…………」

 何も言わなかったアサヒの前で、エリはサヤに視線を向ける。

「サヤも、良いよね?」

「……いえ。兄さんも、ほら。やっぱり忙しいかも、」

「良いよね?」

 詰め寄った笑顔の少女を前に、サヤもまた気圧されたかのように一歩退いて、それからおずおずと頷いた。それから、伺うような視線をサヤはアサヒに向ける。

 その視線が、なんだか懐かしいような、そんな気がしたアサヒをあるいはサヤを前に――

「じゃあ、二人とも!アレ乗りに行こう!」

 ――はしゃいだ声で、エリが指さしたのはジェットコースターだった。

「「それはホントに嫌」」

 同時に言った兄妹を前に、エリは笑顔を浮かべ、その目が怪しく輝いた。

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