3 // 遊園地で遠くを眺め:(………私は何をしているんだろうか、)

 新東京第2階層東区にある遊園地、テーマパーク“ドッグイヤー”。

 犬をマスコットにしつつ本のページの端を折るドッグイヤー様に思い出になりますように、と言うダブルネーミングってさっきパンフレットに書いてあったそんな遊園地の、一角。

 平日だからだろう、人気があまりないそこの、観覧車を見上げるベンチ。そこに、“ドッグイヤー”のマスコット、折れ耳の犬の着ぐるみ、“ドッくん”は、座っていた。

 そして、“ドッくん”思う。

(………私は何をしているんだろうか、)

 麻比奈レイカはマスコットの中に再就職を果たしていた……訳もない。

 酔って騒いで元警視庁長官やら元法務次官やら元最高裁判所の裁判官やらそういうおっさん達と『うぃ~~~』と肩を組み、二日酔いが覚め冷静に考えてもととはいえヤバイ上層部の人間と一緒にいるんじゃないか、とビビり出した後。

 ……その後、レイカの目の前にはまるでSF映画の終盤でレジスタンス達が集まってくるかのように、続々と、なんかよく知らないけど肩書だけ聞くと凄そうな人達が集まって来ていた。

 旧自衛軍の、士官。兵士。あるいは、元マフィア――第4支社子飼いでレイカと同じように公的にいない事になっている私設兵団。更に加室に忠誠を誓っていた技術者何人か。更にそこに長老、と呼ばれる30年前の“アマテラス”のアップデート、それに付随した大虐殺を生き抜いたと豪語するナノマシンを段ボール装備のおじいちゃんまで加わり、半分くらい浮浪者のおじいちゃんおばあちゃんの割にめちゃめちゃ賢そうな会話が目の前で始まり、それらを眺めてレイカは自分の置かれている状況が更に良くわからなくなったが、……多分コレ全部クソ上司あのピエロが集めたんだろうな、とは思った。

 ゴリゴリに脳筋でアナログなレイカが理解できる範囲で言うと、その会話――会議の内容は、皆で“月観”の本社攻めようぜ?だった。革命しようぜ、だった。

 開いた口が塞がらない上に状況についていけないレイカに、リュウジは問いかけた。

『で?姉ちゃんは乗る?』

 大学生のノリみたいに軽い調子でヤンキーに革命への参加を尋ねられた。

 そして、レイカは乗った。父の無罪を証明したい、と言うのは、革命に参加する動機としては十分だった。

 とにかく本人なりに一生懸命で切実な願いと決意の元、頷いたレイカへと、リュウジは言うのだ。

『じゃあ、姉ちゃんに特別な任務がある。姉ちゃんにしかできないって、誰とは言わないがふざけたピエロは言ってた。まずは……これを着てくれ』

 そして麻比奈レイカは“ドッくん”のぬいぐるみを着て遊園地で空を見ていた。

(私は、からかわれてるんだろうが……。真面目なんだろうか、これ)

 “ドッくん”には哀愁があった。エリート、と自分に言い聞かせていた頃の健気さはもう薄らぎ、ひたすら状況に振り回され過ぎてレイカは空が綺麗だと思った。この空の青さも結局映像に過ぎないんだろう、と遠くを見ていた。

 と、だ。そうやって暫く座っている内に、すぐ隣に、腰を下ろす何者かの姿があった。

「お疲れのようですね、“ドッくん”」

 遊園地に似つかわしくない、スーツを着込んだ硬さのある美女――それは、レイカも知っている人物だった。

「……猪戸マリ腰ぎんちゃく!」

「……もう一度言ってみなさい」

 “ドッくん”を睨むマリの目は座っていた。

「いえ、すいません……」

「と、マスコットに怒っても仕方がありませんね。マスコットの中の人なんていません」

「マリさん、そんな乙女チックな事言うんですか……」

「ちなみに“ドッくん”の語尾は“~~だワン”です」

「………」

「もし、その語尾を用いていない場合、私は“ドッくん”の中に別の誰かが入っているんじゃないかって猜疑心に苛まれて心当たりのあるその誰かと個人的に、をせざるを得なくなってしまうんですが……どうしますか、“ドッくん”?」

 流石室長アレ秘書官世話係。人をからかう能力は、アレに散々振り回されれば否応にも伸びるのだろう。何なら、ふざけている事がわかる室長と比べて目が一切笑っていない分、……レイカはただシンプルに怖かった。

「失礼しました……だワン」

 俯きながら言ったレイカ――“ドッくん”を横に、マリは笑みを零す。それから、言う。

「さて。本題を済ませましょう。本来はあのクソ上司が来る予定だったんですが、アレもアレで忙しいらしいので」

 そう呟いたマリの横顔に、どこか疲労が見て取れた。あるいはどことなく心配そう、か。そもそも、よく考えれば、こんな雑にレイカの事を煽り散らせる機会を室長が他人に委ねる、と言うのは珍しいかもしれない。あらゆる要素の中でふざけ回っている事だけは信用できる男だ。

 そんな事を考えるレイカへと、端的にマリは言う。

「それで?彼らとは接触したんですよね?どうするんですか?本心から彼らに賛同を?」

 急に真面目な話だが、レイカはどこかの上司や最近のあれこれのせいで落差に慣れてきていた。

「……正直ぴんと来ないです。旧権力階級、旧治政機関が、“月観”と“アマテラス”になり替わろうとしてる。結局上が入れ替わるだけの話で、今平和に暮らしてる人達からすると何の変化もない。むしろ悪くなる可能性もある」

「確かに。それで?」

「私は、復讐じゃないですが。パ……父親の正しさは証明したい。結果として上が切り替わるって部分には興味ないです。革命とかにも。けど、無実を晴らせるなら、協力したい。どの道、私は色々と知らないでいられた頃には戻れない」

 知れば知るだけ制約が増える。ここは監視社会ディストピアだ。考えようによっては、何も知らされていなかったレイカは、守られていたとも言えるのかもしれない。

 そう、根底の人格がシンプルな分、誰よりも成長したっぽい事を考えたレイカの横で、マリは頷いた。

「そうですか。わかりました。まあ、ここにいる時点でもう覚悟は決まっていたんでしょうが……ちゃんと確認するよう、上司アレに言われていたので。では、麻比奈レイカ。貴方に渡すモノがあります。両手をこちらへ」

 言われた通り、レイカは両手をマリへと差し出した。マリは、そんなレイカ――“ドッくん”の被り物のせいでレイカからは見えないその両手の部分で何かごそごそと動き……その直後、音が鳴った。

 カチャ、と。何か、鍵でもしまったような音だ。

 レイカは、自分の両腕を持ち上げてみた。そこに、手錠が掛かっていた。

「…………」

 何も言わずマリを見た“ドッくん”。それを、冷静な顔で見返して、マリは言う。

「貴方は今自白しましたね。“月観”に抗うと。不穏分子です。そういえば、加室タツマを殺したのも貴方って事になっていましたね。死刑です」

 これを言っていたのがアサヒだったら、レイカは笑っていたかもしれない。あ~、またなんかたくらんで振り回されるのか、と。

 だが、マリの表情は冗談を言うには向いていなかった。一瞬本気でビビったレイカを前に、マリは彼女にしては珍しく微笑む。

「では、連行させていただきます。行きますよ、テロリスト」

 言って、マリは自身の腕と、レイカの両腕を拘束している手錠、その両方にも手錠をかけて、歩き出した。

 引っ張られて、歩き出しながら……レイカはしかし、不遇な扱いに慣れてたくましくなっていた。

「で、どこに連行されるんですか?」

 普通に尋ねたレイカに、マリは、当然のように応える。

「この社会の、凶悪犯の行き先なんて決まっています。第1階層の、刑務所です」

「……第1階層、」


 *


 “ドッくん”。この遊園地のマスコットが、手錠を掛けられて、スーツの女性に連行されている。

 その、多分何かしらのアトラクションなんだろう光景を遠目に、

「……前衛的ね」

 サヤは呟いた。そう言っているサヤの格好もまた、ある種前衛的である。

 ドレスを着せられている。それも、先日カジノで着ていたような大人っぽいモノではない。完全に子供向けのフリルの沢山ついた、黒いゴシック調の、ドレス。

 ――ずっと前に演劇で着た事のある、衣装だ。確か小学生くらいの時に。それがまだ着れてしまう位には、サヤの体格はその頃からほとんど変化していない。そして、友人が持ち出したそれを着てしまうくらいには……。

(無気力。無抵抗。いえ、遊びたいのかしら)

 フリルのついたドレスに似つかわしくないアンニョイな表情を浮かべるサヤ――その顔を覗き込んで、その服を着せた友人は、怒ったように言った。

「サヤ!笑って!」

 言われた瞬間サヤの顔にその服に似合うだろうあどけない笑顔が浮かんだ。

「可愛い~!」

 とはしゃぐエリの横で、

『……やるんだね、お姉ちゃん』

 銀髪の幽霊は少し呆れた風に呟いていた。

「……友達ファンの頼みだからね、」

 そう、やはりアンニョイに、はしゃぎきれない、そんな表情をサヤは浮かべ……直後、“サヤ”のその表情がまた変わる。露骨に眉根を寄せ、驚いたように「え?」と声を上げる“サヤ”。その視線の先には、“サヤ”本人にしか見えない幽霊の姿があった。

 が、その姿は、さっきまでの銀髪の幽霊ではなく――サヤ本人の姿。

 幽霊――サヤは言う。

『……来たかったんでしょ、遊園地。遊んで良いわよ。この間、助けてくれたお礼』

 そう言って、幽霊――サヤは、また考え事をするように俯き、それを、“サヤ”は困ったように眺めて、更にそんな“サヤ”を、エリは眺めていた。心配そうに。

 と、そのエリの視線に気付いたのだろう。“サヤ”は、言う。

「……遊園地、か。たまには、良いかもね。ねえ、エリ。どれから乗りたい?」

 “サヤ”らしい、落ち着いた表情で。

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