2 // 神崎サヤ:呆然自失と創立記念日

 情報の整理に、数日かかった。

 “アマテラス”の、いや……“アマテラス”によるアップデート。空白の50年に何があったか、どうして住人全員の意識を改変する必要があったのかは、わからなかった。

 が、それも当然だ。それが調べて出てくるならば、箱庭の中の常識の改変は機能していない事になる。兄さんが知っているのはそれを暴いた張本人――父さんから直接聞かされていたからだろう。

 それに、知った所でどうなるのか、と言う話だ。

 兄さんに、“妖精”がサヤである事がばれた。そして兄さんはサヤの願い、目的を推察し、それに答えを与えた。

 父さんと母さんは、殺された。道雁寺照久に。それは間違いないんだろう。

 ……そこがサヤの設定したゴールで、その先どう進めば良いか、サヤにはわからなかった。

 道雁寺輝久に復讐する?……そこまでは、恨めない。いや恨みがない訳じゃない。ただ、そうやって道雁寺を殺そうとして、それが成功した所で、それでどうなるのか、と思ってしまう。

 そもそも、兄さんが殺せなかった相手だ。サヤが立ち向かって敵うとは思えない。

 目的が、なくなった。進むべきか止まるべきか、判断しきれなくなった。そうやって、今残っているのは、自分が“月観”に狙われているという事実だけ。

 兄さんに捕まるかもしれないという、事実だけ……。

『お姉ちゃ~ん。ねえ、学校行かないの?』

 ユウはそう問いかけてくる。この数日、サヤは自宅にこもっていたのだ。せっかく奪ってきた情報に目を通すのもそうだし、一応、兄さんのレイヤード――幻覚に対抗する手段を確立するのもそうだし、そういう事務作業はした。けど、どこかへ足を運ぼうとか、そう言う気分になれなかったのだ。

「……そうね、」

 あれから何日たったんだろう?昼夜もわからず、サヤはパーソナルウインドウで今日の日付を確認し、

「……あ。今日、休みよ。創立記念日」

『そうりつ、きねんび?』

 ユウは首を傾げていた。それを横目に立ち上がって、キッチンへ向かいながら、サヤは言う。

「創立記念日がわからないの?学校が出来た日よ。いえ、学校が出来た事にされてる日、なのかしら……」

 何所かニヒルにそう笑ったサヤを、ユウは心配そうに眺めていた。

 それから、言う。

『そうじゃなくて。なんか、あった気がするんだ。ソーリツキネンビ』

「なんかって何よ、」

 アバウトな情報に、そうサヤが呟いた所で――不意に、チャイムが鳴り響いた。

 瞬間、サヤの表情は険しくなる。

『お姉ちゃん?出ないの?』

 やはり心配そうに、ユウは首を傾げている。それを横目に、一つ息を吐いて、サヤは扉へと近づいた。

(ビビったところで、現状が変わる訳じゃない……)

 追われている。都市全員、経歴から記憶まで含めて改変される可能性がある。そして、幻覚のレイヤードもまた存在する。

 何所か――そう。全てに対して恐怖心を覚えるようになってしまったのかもしれない。目的があれば強がれる。舞台に上がればいくらでも微笑む事が出来る。だが、それがなければ精神的な未熟さが自分に強くのしかかってくる……。

 ドアの前。もう一度、息を吐き……サヤは、気を張って、ドアを開いた。

 その先にいたのは――金髪の少女だ。どこか怒ったように腰に手を当てるサヤの友人。来島エリ。いや、そう見えているだけで、別人の可能性が……。

「サ~ヤ!ねえ、そんな気はしてたけどさ。すっぽかす気なの?」

 その声は、エリのモノだ。だが、と、疑ってしまいそうになる自分を頭を振って追い払い、サヤは言う。

「すっぽかすって、ごめん。なんだっけ?」

「デート」

 ……デート?何の話だろう?

 と、固まったサヤの横でユウが言った。

『あ!思い出した!ソーリツキネンビに、遊園地行こうって話してたんだ!平日だから空いてるだろう、って』

「……遊園地?」

 と、鸚鵡返しに呟いたサヤの言葉を、エリは勘違いしたらしい。

「あ、思い出した?そもそも、サヤが行きたいって言いだしたんじゃん。ほら、早く着替えて、行こう?もうチケット取っちゃったんだから、」

 言いながら、エリは躊躇なく家に入り込み、サヤを引っ張って行く。

(遊園地?私が行きたいって言った?私は知らない。ユウは知ってた……)

 ユウに身体を預けている間に、そういう約束をしていた、と言う事だろうか。

『遊園地!……いや、別にボクが行きたいって訳じゃないんだけど。お姉ちゃん行きたいかなって、別にボクが行ってみたいって訳じゃないんだけどね?遊園地!』

 銀髪の幽霊の目が、輝いているように見える。遊園地と聞いて、この子がはしゃいだんだろう。それでエリが乗り気になった、か。

「……遊園地、か、」

 そういえば、サヤもあんまりそこで遊んだ記憶がない。遊園地に行く、とかより演劇orハッキングな少女だった。両親に、劇を見に来て欲しいと、そうねだる位だから……。

 とかぼんやり考えるサヤは、いつの間にやら、エリに自室まで連行されていて。

「はい。ジャージ、終了!すっぽかそうとした罰として私の選んだ服着てね、サヤ?」

 と言う言葉と共に、容赦なく、そして勢い良く、エリに服を脱がされた。

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