5 // ユウ:共犯者の決心
カジノフロアには、軽い騒ぎが起こっていた。
フロアごとネットワークが遮断された弊害だろう。先日のテロを思い出す者。これ幸いと、カジノ側に不正があると喚き始める者。あるいは、ソーシャルネットワークと切り離されてパニックになった中毒者。
カジノのスタッフもまた、その対応に追われて混乱し始めていた。なぜオフラインになったかわかっていないらしい。確認中、と言う言葉が飛び交っている。
その一角で、スロット台の前に座り続けながら、“サヤ”は頭を抱えたい気分だった。
(勘弁してよ……。お姉ちゃん戻ってこないし。封鎖されてるし。これ、ボクがなんかしなきゃいけない訳じゃないよね……?)
パーソナルコンソールのチャットは、更新されていない。
送った警告は途中までは届いただろうが……それを見てサヤがどう決断したのかがわからない。
(どっち?他の人になり替わって、こっちに来てる最中?それとも、捕まってる?)
ユウには判別しきれない――いやそもそも、それが分かった所で、よく考えればユウの行動は一つのはずだ。
(……ボクだけ逃げちゃえば良いんだよね。捕まってたとしてもボクはひとまず逃げられるし、お姉ちゃんの身体も捕まらないし)
そう思って、サヤはカジノの出口へと視線を向けた。出て行こうとする客が呼び止められてはいるが……簡単なボディチェックや質問を受けるだけで、出口を通る事を許されている。“サヤ”もおそらく、この場所を後にする事は出来るだろう。
(出て行って良いって事は、ここにいる人間を隔離しろって命令は出てない。ていうか、“妖精”相手だからそんな事しても意味ないか)
普通の発想をしていれば、こんな危険な場所に自分の身体を持ってくる訳がないのだ。意識だけで人の間を跳び回れるのだから。そう、わかった上でサヤがその身体をこの場に運んできたのは、手助けが欲しかったから。
(どう転んでもリスク負うのお姉ちゃんなんだって、わかってんのかな、ホントに)
回り続けるスロットを前に、“サヤ”は硬直して考え続けた。
(そもそも、馬鹿なんだよね、お姉ちゃん。なんでボクが言いつけ守ると思った訳?一回も守ってないのに……やろうとしてる事の割に、甘すぎるんだよ……)
“サヤ”は頭の中で文句を垂れ流し……と、そこで、隣の女性が落ち着いた声音で言う。
「……怖がらずともこの騒ぎはすぐ収まると思いますが?」
「あ、はい……」
演技の必要もなく心ここにないままに、“サヤ”は応えた。
(怖がってるように見えた?まあ、そうだよね。あんなだけど一応女の子だしね……)
サヤはこの間、逃げ帰ってきて、泣いた。プライド先行の人格だが、恐怖を感じない訳ではない。そして、その恐怖に負けてここに“サヤ”がいると言うリスクを冒している。まあ、本人にそうだろう、と言った所で絶対に認めないだろうが。
(……しょうがないな、)
そんな心持で、僅かに唇を尖らせながら、“サヤ”――ユウはパーソナルウインドウを開いた。
スロットの操作を適当に続けながら、もしもがあったら使うように言われているツールを探す。
ユウにハッキングの技能はない。それでも、この第4支社に来る前に、簡単なレクチャーをサヤから受けてはいたのだ。
曰く、
『第4支社の建物自体は、“月観”が買い取ったもので、その後改修はされてるけど、システム面ではアップデートされてないわ。第4支社長が本社を信用してないみたいね。“月観”としてのネットワークは移植されてるけど、カジノの建物自体のシステムは昔のまま。ある程度なら生体認証無しで侵入して操作できる』
らしい。この間第3支社から持ち帰った情報からそれがわかったそうだ。そして、
『カジノは出目が裏で操作されてる。ルーレットもスロットも。多分、それが“アマテラス”にばれないように、システムをスタンドアローンに……聞いてる?まあ、良いわ。わかった。とにかく、もし、何かあったらこれを使いなさい。何でも良い、筐体に近づいて、起動する。わかった?』
言ってる内容は半分もわからなかったが、何をすれば良いかは、
(わかったよ。ボクも、ご飯恵んでくれる相手がいなくなると困るし、)
そんな呟きを胸中に、“サヤ”はそのツールを起動した。
直後、目の前にロード中、みたいな円形が映る。隣の女性に怪しまれないよう、“サヤ”は手だけでスロットを適当に操作し、
“CONNECT!”
と言う表示の直後――目の前に、幾つもの映像が流れ出した。どうやら、監視カメラの映像のようだ。自動でシステムに侵入して監視カメラを盗み見るツール、らしい。スロット台の制御システムを仲介して、カジノ自体のシステムに入り込んだんだろう。
と、そんな画面の横に、チャット欄が現れ、そこに文字が現れる。
『使ったの?悪戯じゃないわよね?』
『危険があってかつ必要があったならまず状況確認』
『映像から“私”を探して』
『明らかに私に助けが必要なら下の機能を使いなさい』
あらかじめ打ち込んであるのだろう。要約すると、
“下のボタンを押して私を助けなさい”。
(はいはい、)
胸中呟いて、“サヤ”は映像を眺めていく。
サヤが今誰になり替わっているかは、わからない。が、推測は出来る。
(……お姉ちゃんのチャットからして、オフラインになったのは情報を奪ってる途中。ってことは、多分、第4支社長の身体は、奪った後……)
そうやって考えながら幾つか映像を拡大していき――やがて、その姿を見つけた。
事前に聞いていた第4支社長――マフィアのボスみたいな男が椅子に座っている。彼の目の前のモニターが割れていて、その背後には、銃を手にした赤いコートの、
(ふざけた男。やっぱり、)
話しているらしいが、会話の内容はわからない。監視カメラにマイクはついていないのだ。
『明らかに私に助けが必要なら下の機能を使いなさい』
その文字の下に、アイコンがある。“ピクシーズ・ミスチーフ”。それを使うと何かが起こるのだろうが、何が起こるのかは、わからない。いや、多分、サヤは説明してくれてたと思うのだが……。
(ちゃんと聞いとけばよかった)
今更後悔しても遅く、ユウは迷った。
この身体で派手な事をすると、リスクは全て“サヤ”が負う事になる。あらゆる意味で他人の命運を握っている状態なのだ。今程、ユウが何かしらの判断をしくじった結果サヤがデメリットを負うと実感した事はなかった。
手を出すべきか否か。サヤは自力でこんなツールを作れてしまう少女だ。レイヤードと言う切り札もある。その気なら、大抵の状況は自力でどうにかできるはず……。
そう迷うユウの視界の中。第4支社長――サヤの視線が、監視カメラを向いた。
このツールも何も、お膳立てしたのはサヤだ。
(……わかったよ、お姉ちゃん)
ユウは、覚悟を決めた。この結果足がついて、サヤの身体が閉じ込められたりしたら。
……牢獄の中でも話し相手で居てあげよう、と。
そして、“ピクシーズ・ミスチーフ”を起動する。
直後――ユウの視界は、暗闇に包まれた。
*
ふざけたコートの男。サヤの兄。神崎アサヒは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
急に視界が閉ざされたのだ。――そうなった直後に、様々な思考が頭の中を駆け巡る。レイヤードか、あるいはハッキングか。ハッキングなら”妖精”の仲間かあるいは別の組織か。狙いは?
そうやって――状況を推察し理解しようとするその時間が、隙だった。
答えは一番シンプルだと、ドアが勢いよく閉じる音に、気付かされた。
(……ただ電源を落としただけか、)
第4支社長。クヨウは、アサヒが裏切る事が出来る手札を渡す位には、“月観”への忠誠心のない男だ。何なら“月観”を疑ってすらいるだろう。カジノ、建物自体のシステムは“月観”を介していない分、脆弱だ。
“月観”へ情報を明け渡すサーバーと、このカジノのシステムは別にある。カジノで荒稼ぎする為のシステムで、同時にこの建物全ての管理機能も、大定九曜は道雁寺輝久に明け渡していない。
――明け渡さないというそのプライドが、脆弱さに繋がっている。
「チッ、」
舌打ちして……直後、アサヒの視界に眩い明かりが瞬いた。
明かりが点いたのだ。カジノのシステムが異常に気付いて復旧に移ったのか、カジノの従業員がすぐに対処したのか、あるいはこれを仕掛けた奴が最初からこうなるように仕向けていたのか。
戻った視界――第4支社長、大定九曜の部屋。その中にクヨウの姿はない。人影は、ソファで寝ころんでいるスタッフの女性だけ。
アサヒは銃を仕舞い、その部屋を後にする――と、部屋の外、扉のすぐ傍に、クヨウが倒れていた。気絶しているらしい……“妖精”が逃げて行った、抜け殻だ。
その身体をまたぎ、更に進む……その先にもう一つ別の、気絶した人間。偶然通りかかったスタッフだろう。ショートカット代わりに身体を乗りついて行ったのか。その体の横も通り過ぎ……アサヒは、カジノフロアへと辿り着く。
そこに広がっているのは、混乱だ。停電にキレてスタッフに怒声を吐く客。動揺したように動き回る者。この状況でチップを持ち逃げしようとする者。特に気にせずゲームに興じ続ける中毒者。そして、気味悪がってカジノを後にしていく客。
人、人、人、人、人………。
こうなるともう、“妖精”を特定する手立てはない。全員拘束して尋問しようにも、それが出来るだけの人数の部下をアサヒは連れていないし、カジノのスタッフはクヨウの部下だ。アサヒの独断で動かせる訳がない。それにそもそも、もう妖精は逃げている、と考えるのが得策だ。このカジノを一歩後にすれば、それでもうオンライン状態。元の身体へと、“妖精”は逃げられるのだから。
「びっくりだな。まさか、友達がいたとは。ボクと同じボッチだと思ってた。はっはっは~、……ハァ。やれやれ、」
誰にともなく道化になって、それからアサヒは、混乱渦巻くカジノフロアに背を向けた。
……今、取り逃がしたとしても。協力者がいるらしい、と言うのは、重要な収穫だ。そして、オフライン状態でカジノのシステムに介入する一番手っ取り早い方法は、このカジノの内部にいる事。そこから、“妖精”自身ではなくとも、その協力者を割り出す事は出来る……。
パーソナルコンソールで、今日のカジノの客のリスト、あるいは監視カメラの映像を眺めながら、アサヒはフロアを後にした。
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