3 // 邂逅:再会
「それ、貰って良いかな?二つほど」
「え?あ、はい。どうぞ。……?」
カジノフロア。売り子の女性はそう、愛想笑いと共にカクテルグラスを二つ差し出し……その末に首を傾げた。
「どうかした?」
「……いえ。今、突然現れたような……」
「手品が得意なのさ!……ちょっと、向こうでもう少し手品を披露したい気分なんだ。おっと、丁度カクテルも二つあるし?」
「残念ですが、仕事中ですので」
売り子の女性は、そう愛想笑いを浮かべると、足早に立ち去って行った。
両手にカクテルグラスを持ちながら、赤いコートの男はそれを見送って……何事もなかったかのように歩き出した。
「はっはっは~、じゃあ、マリくんに手品披露しちゃお~」
気分を害した様子もなく、無暗に踊るような足取りでアサヒは欲望で賑わうフロアを歩み、マリの姿を探す。
その姿はすぐに見つかった。アサヒがプレゼントして命令だのドレスコードだの持ち出して半ば無理やり着せた真っ赤なドレスだ。
どうやら、スロットに興じているらしい。マリの横には、見知らぬ女性の姿もある。煽情的に背中が大きく開いた黒いドレスを着た、小柄な女性。顔は見えない。
(マリくんの友達?知り合いでもいたとか?まあ、幸いにもカクテルは二つあるし~、両手に華でもオールオッケー!楽しんで楽しませちゃうぞ~仕事中なんで!)
一切何一つ真面目にやる気のない男は、そんなふざけた事を考えながらマリの元へと歩みかけ……そこで不意に、アサヒは立ち止まった。
「“妖精”早過ぎ……」
憮然とした表情で、アサヒは呟き、消え入りそうな程肩を落とし……そして実際に、その姿が消え去った。
*
その一幕を、“サヤ”――ユウは見ていた。
スロットを前に、振り返る事はなく……だが、丁度暗転した画面に映りこんでいたのだ。
真っ赤な――ふざけた男の姿が。
(あいつ……ボクを捕まえた、ふざけた奴……)
名前は知らない。直接見たのはこれで2回目だ。意気揚々と、ふざけた調子でユウを追い詰め、その体ごと奪い取ってやろうとしても、ユウには奪えなかった。
情報はサヤと共有してある。ふざけた男、おそらくレイヤードを使う。能力は、幻覚……だが、幻覚以上に、本来なら特定すら難しいはずのユウを追い詰め、更には罠に嵌めて捕縛した事の方が恐ろしい。
(あいつが、ここに?読まれてた?お姉ちゃんの行動が?とにかく、警告しないと)
周囲に怪しまれないよう、あくまでスロットを適当に続けながら……ユウはパーソナルコンソールで、あらかじめ決めておいた匿名のチャットルームを開いた。
*
“クヨウ”――第4支社長の目の前の端末、“月観”のローカルネットワークにアクセスし、無事生体認証をクリアしたそこでは、サヤの用意したツールが走っている。
最優先で必要な情報は、“月観”本社、第1階層のフロアマップおよびそこの人員の情報、だ。
サヤが欲しいのは、両親の死の真相、兄が言った言葉の真相――“アマテラス”の保存領域にあるデータと、それが偽造されているかどうかの証明。
当初のプランでは、道雁寺輝久の身体を奪ってしまえば全て解決する――そう、レイヤードを過信して楽観視していたが、しかしどういった理由でか道雁寺輝久にはレイヤードが効かなかった。
だから、プランを変える必要が出てきた。
道雁寺輝久本人ではなく、その周囲を攻める必要がある。その為に、完全に“月観”の勢力下である本社、および“アマテラス”そのモノの位置情報が必要だった。
前回、第3支社に侵入した事で、直接的な情報は大して得られなかったが、“月観”のローカルネットワークの構造は知れた。ツールもある程度アップデートしてある。前回よりも早く情報を吸い上げ、またあらかじめ設定しておいた優先順位の高い情報については個別にパッケージして逐次保存――。
そうやってまた、情報を奪い取り続けながら――サヤの興味は“クヨウ”が開いていたファイル、その情報に向いていた。
(ハンド・メイド・エデン。“アマテラス”の膨大な演算領域と諜報能力を元に、パターン化した人格データを仮想空間に移植し、そこに完璧な世界を作る。人口の楽園?仮想現実って事?プロジェクトの立案と総監督……道雁寺輝久?あいつが、仮想現実を作りたがってる?神様にでもなりたいの?)
一つ情報を得れば疑問は尽きない。
道願寺輝久が、仮想現実の世界を作りたがっているらしい。完璧、完全、そんな言葉が好きそうな男だ。今の明るい監視社会よりもより完全な世界でも作りたいのか?完全に全てが手中にある、完結した完全な世界を。
パターン化した人格データの移植は、それこそ“妖精”だ。このレイヤード。捕まえた“妖精”――ユウのデータを元にして始まったプロジェクトなのだろうか?
と、思考に沈むサヤの視界の端で、アラートが点灯した。
事前に用意しておいた、ユウ――見張りとの連絡チャットだ。即時に開いたそこには、こう書かれている。
『警告。“ふざけた男”発見』
“ふざけた男”は、あらかじめ決めておいたリストの内の一人、だ。ユウを捕まえた男男の事である。
(……待ち伏せされてたって事?行動を推察されて?)
サヤは、“クヨウ”の端末、そこに表示されたハッキングの進行状況に目を向けた。
最低ラインの情報は、あと少しで吸い終わる。第1階層、および“月観”本社のマップ情報だ。
現状、こうやってユウとオンラインでやり取り出来ている状態である以上、ネットワークの封鎖、区画の隔離はされていない。
つまり……。
(“ふざけた男”はここにいるが、まだばれていない可能性が高い……)
『あと少しでデータを吸いきれる。終わったら戻るわ』
そう、返答した直後。心配でもしているのか、ユウからの書き込みが現れ――
『続ける気?逃げた方が良い。あいつを舐めるべきじゃ』
――中途半端な所で、それは途切れた。
(……ネットワークが封鎖された?ばれたって事?どうして?)
サヤは即座に、かつ同時に3つ、行動を試みる。
レイヤードの解除……不可能だ。
たった今盗んだデータのファイリング、それは可能。
同時に、今いるこの場所――“クヨウ”のナノマシンに、妙なツールが走っていないか。
(あまりにもタイミングが良すぎる。私が第4支社を狙うと読んでいたのなら、仕掛ける先は――)
ヒットした。今この瞬間も、“クヨウ”のナノマシン内部で、妙なツールが走っている。
先程サヤが閲覧した、“ハンド・メイド・エデン”の記載があったファイル。そこに、妙なプログラムが紛れ込んでいた。
プログラム名:『looking for you』。
一目見てわかる、ふざけた――見た者を嘲る為だけにネーミングされた、プログラム。
(“月観”は、レイヤードの、この能力の研究をしていた。ユウの能力も、調べてたはず。……レイヤードに反応して通知を送る、プログラム?まんまと嵌められた……)
カツン。と、音が鳴った。
視線を上げたサヤ――“クヨウ”の目の前、そのデスクの上には、カクテルグラスが置かれている。
ドアが開いた音はしなかった。ドアが開いた所を見てもいない。……だというのに、いつの間にか目の前に、何者かの姿があった。
真っ赤なコート。真っ赤なシルクハット。そんなふざけた格好をした男が、“クヨウ”の前でカクテルグラス――真っ赤な液体を喉に流し込み……むせた。
「ごほっ、ごほっ……思ったより度が強いな。気を付けてゆっくり飲んでくださいよ?」
そんな風にふざけ散らかして、ふざけた男は空のグラスを置き、まだ中身が入っている方のグラスを“クヨウ”へと差し出し、笑い掛けながら、言った。
「……こちら差し入れになります。仕事熱心な、“妖精”?」
その姿、その顔を前に、“クヨウ”――サヤは、硬直した。
(……兄、さん?)
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