1 // 欲望と強気と弱気のカジノフロア

 夕陽の教室で、涙に目を腫らした少女が、窓の外を眺めながら、か細い声で囁く。

「凄く……怖かったの。怖い目にあって……本当は、もうこんな事したくない」

 心なしいつもより小さく見える背中で、震えながらサヤはそう言った。

「でも、私はどうしても、真実が知りたいの。だから、ユウ、お願い。力を貸して」

 震えた声で、震えた瞳で、サヤはユウを見つめ、囁く……。

「貴方だけが頼りなの……」


 *


(……とか、そんな感じならボクも、頑張る気になるかもしれないってのにさ~)

 内心そんな風にぼやきながら、“サヤ”は筐体にコインを入れた。

 着ているのは黒いドレスだ。胸がない自覚はあったのか開いているのは背中の方で、何ならスカートにも深いスリットがあり、その素足をこれ見よがしに組んだ先にあるのは真っ赤なヒール。

 唇にはルージュ。年上に見えるように、とサヤ自身が選んだ格好とメイクの結果、女子高生ではなくもう少し上、少なくともその場で浮かないくらいの容姿になって、“サヤ”は、スロットに興じていた。

(ホント、可愛くないんだよね~、お姉ちゃん)

 せっかくのメイクを、拗ねたような表情で無駄にしながら、“サヤ”は、また筐体にコインを入れる。


 *


 数日前。

 自動販売機の中で、ガコンと、ブラックコーヒーの缶が落ちる。

 学校の休憩所の自販機から、サヤはブラックコーヒーを取り出すと、ぐいとそれを傾けた。

 そんな様子を眺めながら、銀色の髪の少年、ユウは、サヤをからかった。

『で?お姉ちゃん?怖くなって大泣きしたし、もうやめにするの?』

 そう言ったユウを、サヤは苛立たし気な目で睨み、ただ一言こう言った。

「はあ?」

『はあ?って……』

「やめる訳ないじゃない。そもそも泣いてないし」

『お姉ちゃん?やっぱり、泣いてないは無理あると思うよ?ていうか別に、お姉ちゃん女の子だし、怖くて泣いたって別に……』

「イレギュラーが悪いのよ」

『イレギュラー?』

「道雁寺輝久が、いなければ。……別の企業スパイがいなければ。見つかる事はなかった」

『泣く事もなかった?』

 またからかおうとしたユウをサヤは睨み、完全に無視して、話を続けた。

「ばれたからには警備体制が上がるわ。けど、あの場所の支社長が殺されたらしいし、ある程度の混乱は見込める。この内に、できるだけ早く次の行動をとる。目的は二つ。まだ生きてる支社長の身体。あるいは第1階層、“月観”本社のフロアマップ」

『やる気満々になっちゃったよ……。なんていうか、若さに破滅しそうだね、お姉ちゃん』

 呆れた視線を向けたユウに、サヤは笑みを浮かべ……こう言った。

「……なら、一緒に破滅しましょう、“妖精”?」


 *


 そして、現在に戻る。

 場所は、“月観”第4支社――カジノ、だ。

 ある意味退廃の象徴とも言える、公的で大々的な市民の娯楽施設。ドレスコードを整えた大人達が、カクテルを片手にルーレットやら、ブラックジャックやら……。

 きらめく欲望の坩堝、明るい監視社会で誰もが羽を伸ばせるその場所に、“サヤ”は居た。

(一緒に破滅しましょう、ってさ……怖すぎるんだけど、お姉ちゃん。絶対プライド優先で動いてるし)

 予想とずれて絵柄が合わなかったスロットに苦い顔をしながら、“サヤ”は内心ぼやき続ける。

(ていうか、ばれたけど警備体制が整ってない内に次の行動って、発想がやっぱりテロリストなんだよね。一応、連れ出された以上、一人で行きたくない、みたいにビビッてはいるのかもしれないけど)

 “サヤ”――ユウが、サヤ本人から頼まれたのは、見張りと緊急時のサポートだ。

 ユウがサヤの身体以外に入れない以上、“サヤ”本人のままカジノ――“月観”の支社に踏み込む他にない。それには当然本人が捕まるリスクがある。

 が、そのリスクを無視してでも、サヤはユウに同行させていた。

 サポート、区画が遮断された時の緊急避難所、前のようにイレギュラーが発生した時にすぐに気づく為の見張り。幾つか理由はあるのだろうが、サヤの本心としてはおそらく心細い、とかなのだろう。

(ボクの他に協力者にできそうな相手がいないって、それさ……まあ、やってる事が事だから?やめたって良いと思うんだけど……仇討ちか。よくわかんないな~)

 体を転々としてきた結果、幽霊には親しい相手、という具体的なイメージがない。

 一応言われた“見張り”はやろうと周囲に目を向け、退屈そうに適当にスロットを回し……そこで、“サヤ”は横にちらりと視線を向けた。

 そこにも、美女が座っていた。華やいだ真っ赤なドレスを着ていて、スタイルも品も良いのだが……どことなくお堅い雰囲気が漂っている美女、だ。

 “サヤ”は、その女性の事は知らない。“サヤ”が一人で座っている時にやってきて、隣に陣取った見知らぬ女性だ。

 その女性がやってきたのは、“サヤ”が明らかに下心丸出しな若い男に声を掛けられて、鬱陶しがっていた時で、その若い男の事も、この女性が追い払ってくれた。

 おそらくかばってくれたのだろう。今も隣に座っているのは……。

(連れに見えて声かけられ辛くなるから、かな。女の人は大変だよね~)

 と、そこで女性は“サヤ”の視線に気づいたらしい。

「何か?」

「あ、……いや、お姉さん美人なのに一人なのかな~って。ボクが言うのもあれだけど、」

 と、そう言った途端、そのどこか硬い雰囲気の女性が、いぶかし気に……いや苛立たし気に目を細めた。

「ボク?」

「あ、いや~、癖で。お父さんが男の子欲しがってたみたいで、気を抜いちゃうと、私の口調がおかしくなっちゃうんだ、……です、の?」

「そうですか。……人違いですね」

 そう、お堅い美女は、スロットに視線を向ける。少し興味を惹かれて、“サヤ”は問いかけた。

「あの……一人称がボク、の女の子に知り合いが?」

「いえ、男です」

「……女の子みたいな、男?」

「いえ。女の子に化けて現れる可能性がある上司です」

「はあ?」

 そう、“サヤ”が首を傾げた所で、お堅い女性は雑にスロットを止めた。

 7、7、……から外したのだろう。失敗演出、か、画面に大笑いのピエロが現れた。

 お堅い女性は、その画面を苛立たし気に睨みながら、言った。

「……あの上司は絶対遊びたいだけなんで」

「はあ……」

(なんか、この人も大変そうだな……)

 そっとしておこう。そんな風に思って、“サヤ”はまた、自分の筐体にコインを入れた。

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