間章 嗤うピエロと“自分なりに一生懸命やっては来たけど運にも見放されてつい数時間前に首になった挙句この先どうしようか見当もつかないOL”

「いや~実りの多い日だったね~、今日は」

 新東京第3階層。“月観”第3支社――今頃大混乱だろうその場所を遠く眺める、ビジネスホテルの一室で、神崎アサヒはベットにゴロゴロしながら、映像をリピート再生した。

 今日、監視カメラが捕らえた、道雁寺輝久と“妖精”とのワンシーンだ。

『……ねえ、おじさん?貴方の身体を頂戴?』

「こんな表情をするなんて……実に有益な資料だ。ねえ、そう思わないマリくん?ボクもう20回くらい見てるよ?一回生でも見てみたいんだけど?さあ、どうぞ!」

「…………」

 部屋の隅で、スーツを着込み、まだ何かしら作業しているのだろうマリは、アサヒを完全に無視した。

「……あ、そう。でも~、ボク的には~その後は許しがたいな~。ほら、マリくんの腕掴んで、こんな乱暴を!大丈夫、マリくん?怪我とかしてない?ちょっとお兄さんに良く見せてみなさい!」

「セクハラで訴えますよ」

「……それ、今なの?さっきじゃなくて?いや、別に良いんだけどね。マリくんはマイペースだな~」

 またベットでゴロゴロし始めながら、アサヒはそんな事を言った。

 マリは、そんなアサヒを横目で睨み、言う。

「……室長。どこまでが貴方のプランだったんですか?」

「ん~?そうだね~。今この瞬間、マリくんとホテルで同室してるまでがボクの計画通りさ!ちょっとボク、シャワー浴びて来ちゃおうかな~」

「“妖精”は?来ると読んで?」

「まっさか~。そこはイレギュラーだよ。だって、前の“妖精”だったらこんな大胆な行動とらなかったし。そこに関しては、予想外だ……予想外に情報が転がってきた感じ?」

 監視カメラの映像は進んでいく――道雁寺輝久とマリ、“妖精”との会話シーンだ。

「レイヤードが他人に移る……そんな事もあるんだね~。ボスも知らない情報だ。知らないままで居て欲しかったな~、ボクは独占欲が強いんだよ!」

「その独占欲で、加室タツマも」

「……お仕事だ。知りすぎてたからね~。一部ボクより情報を握ってたし。そしてボスは、ボクがどの程度情報を握ったかどうか、もうわからない」

「そこはプラン通りだったんですね。麻比奈レイカを切る事も、プラン通り?」

「切ったんじゃないよ~、レイカくんにもチャンスを上げただけさ。それに、それが悪い事だって言うなら……マリくんも同罪じゃない?わかった上でさ~、ボスを隔離する手伝いしたんだし?罪悪感を抱く者同士、今すぐ慰めあおう!」

 そうやってふざけ続けるアサヒを、マリは眺めた。

「罪悪感なんて持ってるんですか?ひっかきまわして遊んでいるだけでは?」

「ん~?聞こえな~い、」

 アサヒは未だゴロゴロとベットの上で寝転び……そこで、マリはパーソナルウインドウを操作した。

 すると、二人の目の前に、フロートディスプレイが表示される。

 そこにあったのは、“月観”本社からの通知、だ。

 内容は、第3支社長、加室タツマの、死亡。殺人。そして、その犯人、という事になっているのは……“麻比奈レイカ”。

 麻比奈レイカの捜査命令……事実上の指名手配が、その通知の内容だった。

「わお!大本命発表!」

 そんな風におどけるアサヒを無視して、マリは立ち上がった。

「では。……私も切られはしていないようなので、支社へ戻ります」

「え~?もうちょっとゆっくりしていこうよ~。ホ・テ・ル・で!」

 まだふざけ続けるアサヒを、マリは睨み、問いを投げる。

「……その誘いにのれば、私は切られ辛くなりますか?貴方から?」

「う~ん……その可能性に賭けて試してみるってのはどう?」

「……ないですね。その時はCEOの方が早い」

「あ、そう……」

「では、私は仕事に戻りますので。失礼します」

 マリはそう頭を下げて、荷物を手に、部屋を後にしていく。

 その背中に、アサヒは声を投げた。

「マリく~ん、」

 その呼びかけに振り向いたマリに、アサヒは言った。

「ボクは傲慢で惰弱なんだ。捨てたくないモノの為に他のあらゆるモノを捨ててるだけ。マリくんは、捨てたくないモノの方に入ってるよ?」

 マリはそんなアサヒを眺め、やがて言い捨てた。

「……それ、誰にでも言うでしょう?」

 そして、マリは頭を下げて部屋を後にしていく。

 閉じたドアを前に、アサヒは笑った。

「はっはっは~、まあ、ね。言うだけただだし」

 それから、アサヒは手近な椅子に腰かけ、ふざけた調子で椅子を揺らしながら、自分の手の平を眺めて、呟いた。

「ボクは何を捨てたくなかったんだっけ。な~んちゃって!アハハハッ!」

 突然、楽しくもないのに無理やり上げているような、そんな笑い声を上げて、アサヒは大きく踏ん反り返り、その勢いのまま、椅子ごと床に転んだ。

「あ~あ。まったく。“妖精”は、今度捕まえるとして……とりあえず今はプランの方、かな」

 床に転んだままに、そんな事を呟いて……アサヒはパーソナルウインドウを操作し、それから耳に手を当てた。

「やっほー。ボクボク。進捗どうですか~?」


 *


 ネオンサインの町の最中、ドローンがそこら中を飛び交っている。“月観”の監視ドローンだろう。誰かを探しているようで、誰を探しているのか、麻比奈レイカにはわかっていた。

 第3支社長を殺した人間。指名手配された、誰か。

 本社からの通知で、麻比奈レイカは知っている。

「……まるで身に覚えがない」

 街角をふらふらしながら、麻比奈レイカは呟いた。

 ドローンには、その姿は見つかっているのだろう。けれど、レイカの姿を見咎めて保安要員がやってくる事はない。

 見えているが、見えていない。少なくともドローンからは。あるいは、ナノマシンを介して筒抜けのはずの位置情報も、おそらく偽造されているのだろう。

 何が何だかまるで分らないのは、今も変わらない。とりあえず、レイカは状況を推察してみた結果、また呟いた。

「もしやこれは、私もレイヤードとやらに目覚めたのか?……そんな訳ないな。どうせあのピエロ気どり野郎のせいだ」

 肩を落としながら、やがてレイカは、第3階層外縁近くにある自然公園にたどり着くと、そのベンチに腰を下ろした。

 “月観”から指名手配されてしまった。身に覚えのない罪で。

 当然ながら、オンラインの決済は全部使えない。現金なんて持ち合わせていない。お金がない。帰る場所もない。

 麻比奈レイカは、夜空を見上げて、公園のベンチで呟いた。

「私は、“月観”の、エリートの……」

 自分の声が酷く空しく、耳に届いた。

 状況を解決する手段がない、訳ではない。

 レイカは無実だ。第3支社長の殺害なんてやっていない。ハッキング、はしてしまったようだが、それに関してもだいたいピエロが悪い。

 つまり、この状況は今すぐ支社に戻ってあのピエロを探して一発ぶん殴った上で無実を訴えれば解決するような状態……の、はずだ。

 本当に、“アマテラス”が完全なシステムだったとするならば。

「“アマテラス”は、完全じゃない。この状況、私の置かれた状況そのものが、不完全性の証明……」

 パーソナルウインドウを開く。そこには、様々なデータがあった。保安部門第1監査室のこれまでの捜査、その、レイカが知っていた部分と、知らなかった部分。どれにも裏側がある。その一部は、既に第3支社の資料室で目にしていた。

 おそらくだが、これは室長のデータなのだろう。室長が集めた、あるいは記憶しておいた、“アマテラス”の不完全性の証拠。

 “アマテラス”は、完全だ。完全でなければならない。そう、レイカは思う。

 完全でなければ、自分はこれまで何を根拠に荒事に身を投じてきたのか。

 完全でなければ、自分はこれまで何を守って来たのか。

 完全でなければ、完全で平等なシステムでなければならないはずだというのに……。

「私は……」

 どうするべきか。考えてもすぐには思い浮かばないまま、レイカはベンチで天蓋の星空を見上げていた。

 と、そんなレイカの耳に、通話しているのだろう、誰かの声が聞こえてきた。

「ああ?わかっちゃいるけどよ~、探すに探しきれねえっての。つうか、半分以上お前のせいだからな?」

 どこかガラの悪そうな金髪の男が、公園を歩いていた。耳元に手を当てて、誰かと通話中らしい。

「誰を探すのかすらわかってねえんだよ、こっちは。なんだよ、“自分なりに一生懸命やっては来たけど運にも見放されてつい数時間前に首になった挙句この先どうしようか見当もつかないOL”って。人探しに不必要な情報しか与えられてねえんだよ!OLぐらいしか参考になる情報ねえだろうが!ふざけんのも大概にしろよ、お前……」

 そんな事を言いながら、ガラの悪い男はレイカの前を通り過ぎていき……と、思えば、まじまじレイカを見ながら後ろ歩きに戻って来た。そして、言う。

「……あんたか?“自分なりに一生懸命やっては来たけど運にも見放されてつい数時間前に首になった挙句この先どうしようか見当もつかないOL”」

 反論しようと、レイカは腰を上げかけ、けれど反論できず、ただ歯噛みした。

「く……」

「マジで“く……”って言ったよ。ああ、見つけた」

 通話相手にそう言うと、ガラの悪い男は自分の耳から手を放し、レイカを前に言った。

「あ~。なんつうかよ。ある人に頼まれてあんたを保護してくれって言われたんだけどよ。まあ、怪しむのはわかるし、怪しい奴じゃないって言ったら嘘になるんだが……なんつうか、ついてきてくんね?」

「ある人って、誰だ?」

「それは言うなって言われてる。芝居がかったのが好きなふざけた野郎、とだけ言っとくよ」

「……絶対クソ上司だ……」

 レイカは項垂れ、それから半分諦めたような視線を、ガラの悪い男に向けた。

「で?お前は?」

「俺か?俺は、そうだな……“月観被害者の会”の会員?」

「“月観”……被害者の会?」

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