5 // ピエロと”妖精”:並列し相反する幕引き
“月観”第3支社、最上階。
断続的な銃声が、加室タツマのオフィスに鳴り響く――。
真っ赤なシルクハットの男が倒れていた。その赤い装束を血で更に赤く染め――そんなもう動かない体に、タツマは弾丸を放ち続ける。
頭に血が上ったタツマは、叫んでいた。
「調子に乗るな、ガキが!身の程を知ったか!どいつもこいつも、私を馬鹿にして……」
血走った目で、硝煙の上がる銃口を下ろしながら、タツマは続ける。
「テロリストと取引だと?舐めるな、利用しただけだ。“アマテラス”の不完全性の証明……独裁者として道雁寺を吊るし上げてやる!おい、どうせ見てるんだろ、道雁寺!独裁者!こうなればもう、手段を選ぶ気もない!居場所は知ってるぞ!お前を殺しに行ってやる!その後に、お前の罪を暴けば………私が、私が英雄だ!独裁を打ち破った!私が正義だ!」
「プっ……」
と、そこでだ。堪え切れないとばかりの吹き出す声が、タツマの耳に聞こえてきた。
素早く、タツマは声の場所――タツマのデスク、その椅子に視線を向ける。
そこでは、真っ赤なシルクハットの青年が踏ん反り返って、口元を押さえていた。
「おっと、失礼。あまりに名演説だったもので。どうぞ、気にせず続けて?」
「な……馬鹿な……」
タツマは、視線をさ迷わせる。確かに今、銃口の先に、神崎アサヒの死体はある。
だというのに、神崎アサヒはタツマのデスクで、へらへら笑ってもいる……。
同じ人間が二人いるかのように。
生きている方のアサヒは、呆れたように肩を竦めた。
「あ~。そういうの良いんで。演説続けてくださいよ。できれば手口とか全部喋ってくれると助かります。さっきのだとボクの仕事が増えちゃうでしょう?いや~、流石カムロ。ソフトウェア開発でギリギリまで“月観”と競っただけはあります。セキュリティ硬くて~、偽造も周到で~、時間かかりそうだったんで~……かといって権限と動機的に、状況証拠は揃ってましたし?」
そんな事を言いながら、アサヒはデスクの上のラジカセを指さした。
そのボタンの内の一つが、沈んでいる。録音ボタンだ。
……この時代に、録音する為に、ラジカセなんて必要ない。その気になればナノマシンで全部済む。だというのに、アサヒはわざわざラジカセなんて持ち込んだ。
その理由は、ただの一つ。アサヒは笑顔を浮かべた。
「なんで、まあ。不肖、神崎アサヒ。……雑に煽りに参りました!」
「私を馬鹿にするなァ!」
激高し、タツマはラジカセの向こうのアサヒに向けて、引き金を引いた。
放たれた弾丸がアサヒの脳天を撃ち抜き――直後、そのアサヒの身体が、白いハトになって散らばって行った。
同時に、タツマの横で倒れていた死体もまた、ハトになってどこかへ飛び去って行く――。
「レイヤードは知っている……が、ボクの能力は知らなかったんですね~。その通り。瞬間移動と分身です。正解した貴方に花束を」
その声は、エレベータの真横だ。芝居がかった仕草で、アサヒは大きく手を振ると……その手に、忽然と、大きな花束が現れる。
瞬間移動や分身、ではない。明らかに別だ。
「……幻覚、レイヤード……ふざけるな!」
タツマはアサヒに銃口を向け、躊躇いなく引き金を引いた。
だが、弾丸が放たれない。
弾切れ――と、そうタツマが気付いた所で、その後頭部に、冷たい感触が当てられた。
「ダメですよ、閣下。残弾は確認しないと。ボクはちゃ~んと、数えてましたよ?」
かちりと、撃鉄を下ろす音が、タツマの背後から聞こえてくる――。
翻弄し切って、武器を使い果たさせた上で背後をとり、アサヒは、脂汗を流すタツマの頭に、銃口を押し付けた。そして、冷たい声を吐く。
「とはいえ、確かに……ふざけるのはもう十分かな?白状していただきましょう、閣下」
怯えた視線で振り向くタツマを、冷酷な視線で眺めながら、アサヒは声を投げた。
「……お前は、何を知った?」
*
「……知らないのか、」
威厳、呆れ、嘲笑、全てを織り交ぜたような声で、道雁寺輝久は呟く。
そんな道雁寺輝久を前に、“マリ”――サヤは、驚いたように一歩、身を引いた。
(……奪えない?なんで……)
動揺を隠しきれないサヤを嗤いながら、道雁寺輝久は続けた。
「私の身体が欲しい、か。魅力的な提案だが……私は他人に見下ろされるが嫌いだ。それが何であっても」
そんな道雁寺輝久を睨み上げながら、サヤは再度その体を奪おうとする。
だが、幾ら試そうとも、道雁寺輝久の身体を奪う事が出来ない。
(レイヤードは発動しているはず……何か私の知らない条件があった?あるいは、こいつが……)
動揺覚めやらないサヤの前で――不意に、道雁寺輝久が動いた。
恐ろしく速い動き、という訳ではない。ただ、他人の内心を見透かすのが得意なのだろう、特に弱みや弱気、動揺を。
避けるも何もできないままに、サヤはその腕、拳銃を手にしていた手首を道雁寺輝久に掴みあげられた。
「……ッ、」
握られた手首に、潰れんばかりの痛みが走って、サヤは銃を取り落とす。
道雁寺輝久は、そんな銃には目もくれず、半ば吊り上げるようにサヤの身体を持ち上げ、睨み上げてくる目を嗤った。
「私にレイヤードは効かない。なぜか?なぜだと思う?」
「……ッ、」
「………私が道雁寺輝久だからだ。唯一無二、“アマテラス”に選ばれた最高の権力者だからだよ。唯一完全な存在だからだ。誰に私の代わりが務まるというんだ?この、私の」
「やっぱり、自分の話しかしない男なのね。説明になってないわよ」
減らず口を叩きながら、サヤは開いている手を道雁寺の顔へと振った。殴ってやろうと思ったのだ。
だが、その腕もまた、道雁寺に容易に掴まれ、潰れんばかりに握り締められる。
サヤは、たまらず呻いた。
(調子に乗ってリスクを冒すべきじゃなかった。周りは全員、私が気絶させて奪えない。保険が仇に……。ネットワークが回復すれば、解除できれば……チッ、)
未だにネットワークは遮断されたままだ。精神も体も、逃げ道がないままのサヤへと、道雁寺輝久は言う。
「……お前は、ユウではないな?テロリスト退治なんて余興をアレが思いつく訳がないと思っていた。逃げるしか能のないガキだからな」
「な……ユウを、知ってる……?」
思わず、サヤはそう呟いていた。だが、考えればわかる事だ。
“月観”の最高権力者が、レイヤードを持っていた少年の名前を知らないはずもない。
道雁寺輝久は笑う。
「正直な奴だな」
(……かまを、掛けられた?確信がある訳じゃなかったって事?)
「……意外と姑息な真似をするのね。最高権力者のくせに」
「せっかちなんだ。知れる時に情報を得るのは悪い事じゃないだろう?レイヤードが他人に移る。……そんな現象が起こるとはな。今日は、良い日だ。貴重なサンプルが自分から囚われに来てくれた」
「……ッ、」
(囚われる……閉じ込められる?ユウが、閉じ込められたように?機械の中に飼い殺しにされるって事?サンプルとして……?)
それは、このままいけば必ず訪れるであろう未来、だ。
殺す、事はないのだろう。レイヤードの実験対象として、閉じ込められて、飼い殺しにされる……。
(……何も、知らないまま……)
サヤは、苛立ちに歯を食いしばった。
その内心を見透かすように、道雁寺輝久は笑っている。
カタン、と、不意に音が鳴った。
その部屋の入口辺りだ。査察に好奇心でも持ったのか、研究員の一人がこの部屋を覗き込み……中の状況に戸惑って、抱えていたタブレットを落としたらしい。
「一体……」
研究員の声が、不意に途切れ……直後、その研究員は踵を返して逃げ去っていく。
道雁寺輝久の腕の中のマリは、がくりと、糸が切れたように気を失っていた。
「誰が扱おうと、所詮、逃げるだけの力か……」
つまらなそうに呟き、マリの身体を手放した道雁寺輝久は、部屋の奥のコンソールへと歩み寄った。
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