4 // ”サヤ”:平穏の中、欠伸交じりに

「ふぁ~あ、」

 “サヤ”は、学校の教室、窓際の席で、大きく欠伸をしていた。

(お姉ちゃんは、今頃せっせとスパイ活動ごっこ。お留守番のボクは、暢気で平和に学校生活……って言ってもな~。正直授業とか面白く無いし)

 そう思って授業中に色々ネットニュースを眺めたりもしていた。

 “テロリストに起きた怪異!集団ナルコレプシー”とか、“潜入捜査!カジノの出目操作は本当なのか(5万負けたから本当です)”とか、“冷凍睡眠から数年ぶりの蘇生!だが、意識戻らず”とか、一瞬面白そうなニュースはあるが開いてみると面白く無くすぐに飽き。

(ゲームとか欲しいんだけど、それはお姉ちゃんにダメって言われるしな~)

 そんな事を思いながら、“サヤ”は自身の胸に手を当てた。あまり大きくはないが、確かにある柔らかさ。それに触れ、揉み、揉みしだき……が、その表情は冴えない。

(なんかこう、空しいよね……。こんな事やってもボクの身体ないし。リアクションないとからかう事にもならないし。あ~あ、今ピンポイントでお姉ちゃん戻ってこないかな。そしたらキャー!とか……アレが言う訳ないな。もう何のリアクションもなしに普通にシャワー浴びるくらいだし。初日は色々頑張ってて面白かったのに……恥じらいを残しておいて欲しかったな……)

 シャワーを浴びようと決めてから実際に浴びるまで、どうにかユウに見られないように、と2時間ほど詳細に状況を確認して、結論として本人の目をふさげば霊体になっている方からも見えない、と気づき、目隠しをしたままシャワーを浴び始め……オチとしてその最中に目隠しが取れたのだ。

 サヤの頭の中でどんな思考が駆け巡ったのか、その一瞬、サヤは目を見開き硬直し、頬は紅潮し、泡だらけの身体を隠そうと手が動きかけた瞬間にシャワーで泡が全て流れ落ち……。

 そして、直後。開き直ったかのように、サヤは一切そういう事に対してリアクションをとらなくなった。

 まあ、目の前で触ろうとすれば流石に入れ替わられるのだが。

(なんかこう、人間性が見えるよね~)

 準備は怠らない。が、その割に解決策だと確信するとすぐにそれに飛びつく。そして、致命的な見落としがあったりする。

 どうしても対処できない状況に対しては、諦めてそれに納得する。いや、納得したように振舞う、演技をする、だ。

(プライド高いんだろうな~。負けを認める位ならどうでも良いってふりをする訳だ。……それは別に良いんだけど、露骨に機嫌悪くなるのはやめて欲しいよね~)

 とか、自分の胸を揉み続けながら“サヤ”は教室でぼんやりして……そこで、声が投げられた。

「……サヤ?」

「ん?」

 視線を向けた先には、少女がいた。金髪の、透き通った目鼻立ちの少女。スタイルが良く、身体も“サヤ”より育っている。そんな西洋の血の混じった少女――来島エリは、こそっと“サヤ”の耳元で囁いた。

「あのさ……男子が見てるよ?」

 言われて、“サヤ”は周囲を見回す。その瞬間に散っていく視線が幾つもあった。どうやら、自分の胸を揉んでいる“サヤ”を、男子が遠目に眺めていたらしい。

 サヤは背伸びした少女だ。肉体的には背が低いが、精神的には大人びている、と言う意味で。そんな少女が自分の胸を揉んでいる、と言うのは、傍から見ればまあ煽情的かもしてない。

「え?あ~……それはなんかちょっと嫌かもしんない」

 そんな事を言い、漸く胸から手を離した“サヤ”を前に、エリは眉を顰める。

「かもって……。なんか、やっぱり、最近変だよね、サヤ」

「元々こいつは変な奴だよ」

「それは確かに」

「……納得されちゃうんだ、お姉ちゃん」

 呆れ半分、“サヤ”は、自身で気づかず無意識にいつも通り、お姉ちゃんと呼び……それを前に、“サヤ”の一番の親友なんだろう、エリはまた、眉を顰めていた。

「ねえ、サヤ。それ、演技?」

「え?ああ、うん。演技演技。ほら、何だっけ?ショートフィルム?に向けて?色々練習してるの」

 適当にごまかした“サヤ”を、エリはまた不審げに眺めて……それから、恐る恐る、と言った様子で、尋ねてきた。

「演劇、する気になったの?」

「なんで?」

「だって、サヤ……ご両親が亡くなってから……」

「……?」

 ご両親が亡くなってから?それ以来、“サヤ”は演劇を止めたりしたんだろうか。

 そう、首を傾げる“サヤ”――その様子を、演技と、納得したのか。小さな微笑みと共に、エリは言う。

「まあ、うん。私としては嬉しいよ?サヤのファンだし」

「へえ、そうなの?」

「なんか酷い……。とにかく、役者魂、なのかもしれないけど……恥じらいは捨てちゃだめだと思う」

「それは全くその通りだと思う。ワーキャー言って欲しいよね~。無視した上で露骨に機嫌悪くなるってさ。あざとい可愛げってホント大事なんだって最近思う」

「……なんの話?」

 と、エリが首を傾げた所で、チャイムが鳴り響いた。予鈴、だ。

「もう、そんな時間……サヤ。次の授業行こう」

 そんな風に言ったエリを前に、また詰まんない授業か~と“サヤ”は肩を落とし。

「はあ……次って?」

「水泳だけど」

「水……泳……」

 その言葉を聞いた瞬間、“サヤ”の身体に力が戻った。

 水泳と言う事は、水着に着替えると言う段階が発生している。そして、“サヤ”は女の子。女の子だから仕方ない。

「これは、不可抗力だよね?」

 真横にいる金髪の、スタイルの良い少女を凝視しながら言った“サヤ”を前に、エリは、庇うように、自分の胸を抱いた。

「……サヤ?なんか、目つきもおかしいよ?」

「不可抗力だから。しょうがないよね!」

「……何が?」

 そうやって、平和な場所は平和に過ぎていく――。

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